攫われた聖女~魔族って、本当に悪なの?~

月輪林檎

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魔族の聖女

不穏

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 マーガレットとユーリーが自分達の街に戻ってから、半年近くの時が流れた。それは、クララが人族領から魔族領に攫われて、一年が経った事を示している。
 半年という時間で、クララは少し背が高くなっていた。それでも、人族女性の平均と比べれば低い事に変わりは無かった。ただ、定期的な運動のおかげで、体力は人並みまで上がったのだが、筋力に関しては、まだまだという段階だ。それでも、前よりも成長している事には変わりない。
 さらに、リリンとベルフェゴールの講義のおかげで、魔力の扱いが上手くなり、使える魔法と地理や生物などの知識が増えていた。そして、自主的な勉強で、医学や工作に関する知識も増えていた。
 加えて、サラが栽培してくれている新しい薬草がいくつか届いた事で、作れる薬の種類や量なども増えていった。作れる薬が増えた事によって、薬室の収入も増えていった。自由に使って良いのだが、クララはあまり使う事はなく、時折画材や布などを買う程度だった。
 絵や彫刻、服やぬいぐるみも多く作っており、充実した生活を送っていた。

────────────────────────

 今日のクララは、サーファの膝の上で、ユーリーが送ってくれたデザインの資料を読んでいた。そこに載っているのは、ユーリーやその部下が昔作ったもので、色々と参考になるものだった。

「へぇ~、こういうのもあるんだ……」

 無意識に声を漏らしながら、真剣に資料を見ているクララをサーファは優しく抱きしめていた。リリンの方は、部屋の掃除をしている。
 そこに、勢いよく扉を開いて、カタリナが入ってきた。その目は真剣そのものだった。

「全員いるわね。丁度良かったわ。クララちゃん達は、そのまま座ってて。リリンも話を聞いてくれる?」
「かしこまりました」

 リリンはそう言って、クララ達の斜め後ろに立つ。クララも資料をテーブルに置く。そして、カタリナが、クララの正面に座る。

「実は、悪い知らせなのよ。勇者達が、魔族領の奥まで侵攻してくる可能性が出て来たの」
「!!」

 クララはビクッと身体を揺らす。ここ最近、全く音沙汰の無かった勇者が、いきなり行動を始めたと聞いたからだ。その様子を見て、カタリナは、リリンから聞いていない事を察する。

「どうやら、潜伏していた期間にものすごく修行したみたいでね。周囲の仲間に勇者の加護を与えられるようになっているみたいなのよ」
「勇者の加護?」

 聞いた事のない言葉に、クララは首を傾げる。

「そうよ。効果としては、劣化した勇者の力を与えるって考えてくれれば良いわ。つまり、普通の人族も魔族に対抗出来る力を得るという事ね」
「そ、そんな力が……」
「まぁ、クララちゃんも使ってるけどね」
「!?」

 全く知らなかった事実に、クララは驚く。

「い、いつ使ってましたか?」
「魔王城を通して、今も全魔族に加護を与えているわ」
「えっ!? あっ、聖別……」
「正解」

 クララは、自分が魔王城を聖別したという事実を思い出した。実際には、酔っていたので身に覚えはないのだが、その事実だけは伝えられている。

「でも、恐らく聖女の加護でも、今回の勇者の加護は防ぎきれないわね」
「どうしてですか?」
「向こうの憎しみ的なものが強いからよ。惨敗を経験しているから、より魔族を憎んでいる可能性があるのよ。クララちゃんも、サーファに負けて悔しい思いをしているでしょ?」

 クララは、サーファとの追いかけっこで、常に負け続けており、毎回悔しそうにしている。その事を思い出したクララは、少し納得した。

「もしかしたら、魔王城まで来る可能性もあるわ。だから、クララちゃん達には避難して欲しいの。マーガレットの街が、ここから離れているから、そこに行くと良いわ。マーガレットなら、ちゃんと保護してくれるだろうから」

 カタリナにそう言われて、クララはすぐに返事を出来なかった。勇者が危ない存在である事は、ラビオニアの件でクララもよく知っている。そして、その危険に、また魔族達が晒されてしまう。そんな事にクララは耐えきれるとは思わなかった。

「いいえ。避難はしません。私も連れて行ってください。後方での治療なら力になれます。私の加護の力が効かなくても、私自身の力なら、勇者の力による回復妨害も打ち消せます。本当に勇者が攻めてくるのであれば、私の力が必要なはずです」

 クララは真剣な顔でそう言った。自分のやるべき事から目を背けたくない。そんな意志が見えている。

「……はぁ」

 カタリナはため息をつく。やっぱり駄目かと思い、少し俯く。

(意志は硬いって感じね。確かに、後方にクララちゃんがいてくれたら、助かるのは本当の事なのよね……確実に戦死者は減る。でも、その分クララちゃんが危険になのも事実……)

 カタリナとしては、クララの安全を優先したい所だった。特に戦場にいるのは、元仲間の勇者。クララが生きて魔族領にいる事が分かれば、何をされるのか分からない。下手をすれば、殺されてしまうかもしれない。勇者には、その危うさがある。
 こうしてカタリナが迷っていると、リリンとサーファが同時に手を上げた。

「「私達が守ります」」

 リリンとサーファは、全く同じタイミングで全く同じ事を言った。完全に声が重なっていたという事もあり、カタリナは驚いて目を丸くしていた。
 だが、すぐに我に返る。

「はぁ……分かったわ。クララちゃんの従軍を許可します。ただし! 今回の戦いは、ラビオニアよりも危険になる事が予想されるわ。だから、本当に危険と判断したら、撤退する事。良いわね!?」
「はい! ありがとうございます!」

 許可を出してくれたカタリナに、お礼を言う。戦いに参加出来る事を喜んでいるのではなく、傷付いた仲間を助ける事が出来るという事を嬉しく思っていた。

「一応、魔王軍本隊と一緒にベルフェゴールも向かうから、後方まで来る事はないと思いたいけど、さっきも言った通り、前までの勇者とは違うから」
「分かりました」
「それじゃあ、明後日には出発だから。リリン、準備はお願いね」
「かしこまりました」

 クララに伝えたい事を伝え終えたカタリナは椅子から立ち上がる。そして、少し考えて、クララに近寄り、その額にキスをする。

「無事に帰って来る事。良いわね?」
「はい」

 カタリナは、クララの頬を撫でてから、部屋を出て行った。

「さてと、クララちゃんも準備しないとだよ」
「えっと……薬ですか?」
「うん。後方で治療するなら、必要でしょ? 箱に詰めていかないと」
「そうですね。そこら辺の準備もしっかりとした方がいいですよね」

 クララはサーファの膝から降りて、薬室へと向かった。

「アリエスちゃんにも伝えた方が良いですよね?」
「そうですね。基本的に一人で作業する事になるとお伝えください」
「分かりました」

 クララとサーファが薬室に行っている間に、リリンも準備を始める。クララの着替えと祭服を鞄に詰める。聖別された祭服は、クララの力の底上げにもなるので、持っていた方が良いのだ。普段は、マネキンに飾っているだけなので、ちゃんと利用されるのは、今回が初めてとなる。

(最低限の着替えと祭服。杖はクララさんが持つとして、他に必要な物はあるでしょうか?)

 遊びに行くわけでは無いので、着替えは、戦場から帰る時と、着替えが出来る余裕が出来た時用となる。戦場へ行くという事を考えると、大荷物になるよりは少ない荷物の方が良い。そう考えたリリンは、これ以上に物は必要ないと判断した。どのみち、薬で荷物の量が増えるという事も要因にあった。
 一方で、クララが薬室で薬の選定をしながら、サーファが、アリエスに事情を説明していた。

「という訳で、戦場に行くことになったから、アリエスちゃんは一人で薬室を回しておいてくれる? 作る物は、普段通りで良いから」
「えっと、はい。分かりました。で、でも、大丈夫なんですか?」

 アリエスは、クララ達の無事を心配して、そう訊く。

「大丈夫ではないと思うけど、私達も戦いとかは初めてじゃないから」

 そうサーファに言われて、アリエスは、クララ達がどういう境遇だったかを思い出す。クララは元勇者パーティー、リリンは元諜報部隊、サーファは元魔王軍兵士。全員戦いに身を置いた事がある面々ばかりだった。

「……クララ、気を付けてね」
「うん。ありがとう。帰ってきたら、また一緒にご飯を食べようね」
「あ、うん。そうだね」

 帰ってきたらやることを、遊びではなくご飯という辺りクララらしいと思い、アリエスは笑ってしまう。それを見て、クララも笑った。戦場へと赴くというのに、和やかな雰囲気になっていた。

────────────────────────

 クララ部屋から出て行ったカタリナは、ガーランドの執務室に来ていた。

「というわけで、クララちゃんも戦場に向かう事になりました」

 ガーランドの執務室に来た理由は、クララが戦場に向かうという事を伝えるためだった。ガーランドはクララが避難する方に賛成していたため、大きくため息をつく。

「そうか。分かった。出来れば、避難しておいて欲しかったが……」
「クララちゃんの言い分ももっともでしたので」
「そうだな。確かに、勇者の加護に対抗出来るとすれば、クララの能力だろう。だが、危険な事には変わりない」

 ため息をつきながら、頭を抱えるガーランドを見て、カタリナは思わず吹き出してしまう。

「何か変だったか?」

 普段のカタリナならやらない事だったので、ガーランドはそう訊いた。

「そうですね。今のあなたの姿が、どう見ても父親にしか見えなかったもので」
「むっ……まぁ、そうだな。クララの事は、マーガレットやユーリーと同様に考えてしまう。最初は攫って来たからには、保護しないといけないと考えたからだが、今では自分の子供と思ってしまうな」
「良いことだと思います」
「……俺も出るか」

 真剣な顔でそう言うガーランドに、カタリナが冷たい視線を浴びせる。それを受けて、ガーランドは気まずそうな顔をする。

「じょ、冗談だ……」
「そのようで良かったです」

 魔王であるガーランドは、言ってしまえば総大将だ。それが自ら最前線に出てしまえば、魔族の存亡が掛かってしまう。魔王が負ければ、勇者に対抗出来る存在が他にいなくなってしまうからだ。

「親馬鹿になりますと、クララちゃんから嫌われてしまうかもしれませんよ?」

 ガーランドは、大きくため息をつく。

「そのような状態で、マーガレット達の結婚も控えていますのに」
「……正直、マーガレットとユーリーが結婚する光景が思い浮かばないんだが……」
「……私もです」

 カタリナとガーランドは、二人して遠い目をしていた。恋よりも仕事に生きている二人を思い出して、本当に結婚している姿が思いつかなかったからだった。

「寧ろ、クララちゃんの方が早く結婚しそうです」
「良い相手が二人もいるからな。二人との結婚式か……二人なら許せるな」

 そんな事を言うガーランドを少し呆れた目でカタリナは見ていた。
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