猫魔女と弟子と魔法の世界

月輪林檎

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知らなかった世界

杖と試し

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 そんな調子で裏世界に来てから一週間。魔力増加はいつでも出来るようになり、ここでの生活にも慣れてきた。最近は、床に座って魔力増加をするのではなく、軽く運動やストレッチをしながら魔力増加をしている。何かをしながら出来るようにするという方針の下、こういう風な形になった。一つ嫌なのは、料理をする時以外は、下着姿でするという事だけど。最初は全裸でするという話だったけど、師匠を説得して下着だけは着けていい事になった。私にとっては、大きな事だった。全裸で運動って何か嫌だし……

 朝、師匠に起こされて、寝ぼけた頭を起こすために顔を洗う。その起きた瞬間には、魔力増加を始めている。

「そろそろ良いかしらね。まさか、こんなに早く習得するとは思わなかったわ」

 顔を洗い終わって、朝食の支度をしていたら師匠がそんな事を言い出した。

「まだ知らない調理方法がありそうだけど……」
「料理の方じゃないわよ。魔力増加の方」
「ああ、うん。言われた通り、運動とかをしていても出来るようになってるし、起きている間はずっと出来るようになったもんね。これって、凄い事なの?」
「大分凄いわよ。普通の人は、もっと時間が掛かるもの。スポーツとかはしていたの?」
「陸上くらいかな。体力お化けって言われてたよ」
「運動が出来る人は、こういうのの飲み込みが早いのよね。感覚的なものだからかしらね」

 集中力が必要だからなのか分からないけど、そういうものみたい。ここで躓かずに済んだという事を考えると、運動が出来て良かったかな。そんなこんなで朝食を食べ終えて洗い物を済ませる。

「さてと、これからの予定だけど、今の水琴の状態なら、今日から魔法の訓練に入っても良さそうね」
「いよいよ実践って事?」
「そうよ。そのために、杖が必要なのだけど、この子が使えるかによって、予定が変わるわね」

 そう言って師匠は棚の中から一本の杖を取りだした。杖は、綺麗な直線の形をしていて、全体的に真っ白だった。無駄な装飾が一つもないので、本当にシンプルな杖って感じだ。

「仕舞ってたの?」
「というより眠らせていたという感じね。この子じゃじゃ馬なのよ。私は扱えなくて、弟子達も無理だったわね」
「杖に性格とかあるの?」
「そうね。そもそも杖が主を選ぶから、性格と表現されているわ。この子は魔法の威力ばかり上げて、こっちの指示を聞かない子って感じね」
「それって、私は大丈夫なのかな……」
「そこは分からないわね。この子との相性によるわ。私の見立てとしては、割と相性が良いと思うのだけどね」

 そう言われながら、師匠から杖を受け取る。すると、真っ白な杖に、自分の魔力が吸われているのを感じた。

「えっ!? ね、ねぇ、師匠。これって大丈夫なの?」
「大丈夫よ。杖が水琴を確かめているだけだから。そのまま少し待っていなさい」
「うん……」

 師匠に言われて大人しく待つ。真っ白な杖は、少しずつ仄かに光り始めた。そこまでなら私も何も問題なかったし、ただ大人しく待つことも出来た。でも、杖が私の中に入り始めたところで、さすがに慌てる。

「ちょ、ちょっと!? どうなってるの!?」
「あらま。最初の試しで、そこまで気に入られたのね。予想外だけど、そのままで大丈夫よ。それは杖に認められた証だから」
「ど、どういうこと!?」

 師匠は冷静にそんなことを言うけど、自分の中に物体が入っていく事なんて、注射とかくらいでしかないから、かなり怖い。杖が注射よりも遙かに太いというのも理由に入るかもしれない。杖は完全に私の中に入り込んだ。

「えっ……全部入っちゃったけど……私の手どうなるの?」

 この状態でレントゲン写真を撮ったら、骨の他に一本の棒が入っているように見えるのではという恐れがある。そうなったら、医者にどう説明したら良いのか分からないし、摘出手術になると思う。それらも考えないといけなくなるかもしれないと思い、師匠の言葉を待つ。

「どうも何も変わらないわよ。杖がそのまま身体の中に入ったわけじゃないもの」
「……どういう事?」

 いまいち理解出来ないので、もっと詳しく知りたい。

「杖に使われる素材は、様々なものがあるわ。例えば、木の枝。例えば、獣の骨。例えば、獣の角。硬い素材は何でもなるわね。加えて、柔らかい素材でも、硬い素材に混ぜ込む事で素材とする事は出来るわ。でも、基礎的な素材になるのは、硬いものが多いわ」
「じゃあ、お箸とかも杖に出来るって事?」
「理論上はそう思えるかもしれないけど、実は重要な要素があるの。それは、魔力が満ちた素材である事。同じような木の枝でも魔力が満ちていなければ、素材には出来ない。表世界よりも裏世界の方がそういう素材が多いから、杖作りは裏世界に潜ってやる事になるわね」
「杖がないといけないのに?」
「無くても魔法は使えるわよ。安定させやすくするために必要ってだけ。まぁ、大体は杖作りの店で作るから、そこまで気にしなくても良いけどね」

 杖作りも一筋縄ではいかないものみたい。素材の厳選とか色々して最強の杖を作り上げたいって思う人は沢山いそうだし。

「杖は、杖になった時、魔力との親和力が高くなるの。その中でも、自身と相性の良い魔力には、自身を溶け込ませる事が出来るようになるわ。それが、今の水琴と杖の状態。杖が水琴の魔力に溶け込んだ状態よ」
「じゃあ、杖は形を持っていないって事?」
「そういう事。後は、自分で念じれば実体化するし、もう一度念じるか、一定以上離れれば身体の中に戻るわ。その状態は、それだけの信頼関係を築けた証拠ね」
「信頼……魔力の相性だけで?」

 魔力の相性が良いから信頼してくれていると言われても、本当にそれだけなのかと思ってしまう。

「そうね。ここからは眉唾物だけど、杖には触れた相手の中身を分析する事が出来ると言われているわ。そこで自分と性格が合う人を選ぶともね。とにかく、その子はじゃじゃ馬な事は間違いないわ。私が使った時は、魔法が暴走しそうだったもの……」
「……私大丈夫かな?」

 師匠で扱いきれないのに、魔力の相性が良いだけで、私のいう事を聞いてくれるのか心配になる。

「大丈夫よ。多分……きっと……」

 段々と小さくなる師匠の言葉で、余計に不安になった。でも、この杖以外に使える杖はないし、やるしかない。

「そ、それじゃあ、魔法の実践をお願い」
「そうね。まずは、杖を出してみなさい」
「う、うん。念じれば良いんだよね?」
「そうよ。さっき見た杖を思い浮かべて念じれば、すぐに出て来るわ」

 そう言われて、さっきの真っ白な杖を思い浮かべて、『出ろ』と念じる。すると、すんなりと右手に杖が出て来た。本当に出て来た事に驚いた。そのせいで一瞬取り落としそうになったけど、慌てて掴む。さっき初めて握ったばかりなのに、何かしっくりとくる。

(これも相性によるものなのかな?)

「どう? 違和感とかない?」
「うん。手にしっくりくるよ」
「本当に? まぁ、あの素材だものね。持ち主に合わせるくらいの事は出来るわよね」
「さっきの眉唾話って、本当に眉唾なの?」
「どうかしらね。少なくとも、杖と対話出来たって話は聞かないし、本当の事は分からないわ。さっ! そんな事はさておき、魔法の実践を始めるために、外に出るわよ」
「あ、うん」

 師匠が玄関の方に向かうので、先に移動して私が扉を開ける。師匠がぶら下がって開けるよりも、私が開けた方が早いからだ。
 私の方は、靴箱から靴を取って履く。その姿を師匠は外からジッと見ていた。

「靴は大丈夫?」
「ん? 大丈夫だよ。この前変えたばかりだし、靴擦れもしなかったから」
「そう。それなら良かったわ」

 これから歩き回る事になるし、靴が使えなくなる事を考えたのかな。

(仮に靴が使えなかったら、裸足で移動する事になるのかな。まぁ、師匠が解決法を考えてくれるか)

 こういうときは師匠に任せておくしかない。私から起こせる行動なんて無いに等しいし。

「それじゃあ、始めるわよ。最初は、基礎の基礎。魔力弾からね。魔法とは名ばかりに、ただ魔力を飛ばすだけのものよ」
「それって何か意味があるの?」
「魔力を物質化して飛ばすと言った方が良いかしらね。これが基礎的な攻撃になるわ」
「炎の球とかじゃなくて?」

 私の攻撃魔法のイメージだと最初は炎の球とかになる。だから、最初に習うのもそういったものになると思っていた。

「そうよ。そういう魔法が基本的に使われると思うかもしれないけど、ただ炎の球を撃ったところで、相手に避けられたり、防がれたりしてしまうわ。この魔力弾で牽制しつつ隙を突くように撃つというのが基本的な戦法になるわね」
「それって対人戦?」
「動物相手でもよく使うものよ。それに、いきなり殺傷力が高い魔法をやると言っても危険でしょう? 魔力弾で狙いの付け方や魔力を体外に出す感覚などを養って貰うわ。属性的な魔法は、その後よ」

 師匠の教育方針は、基礎を疎かにしない事にあるみたい。魔力増加もその基礎の一環だったみたいだし。

「これには詠唱は必要ないわ。現象を起こす訳では無く、体内の魔力を飛ばすだけだからね。これが、基本的な攻撃に使われる理由の一つでもあるわ。それじゃあ、足を肩幅に開いて」
「うん」

 その場で足を肩幅に開く。

「杖を前に向けなさい。片手でも良いけど、最初は両手の方が良いかもしれないわね」

 ちょっと心配だったので、片手で杖を握って、その手を支えるようにもう片方の手を添える。

「次は、手に魔力を集中させる。そして、集中させた魔力を杖に通して撃ち出すイメージよ」
「魔力を集中……杖に通して撃つ……」

 魔力を集中させる方法は、魔力増加でずっとやってきた。集中させる場所が鳩尾ら辺から手に変わっただけだ。
 ただ、手に集中させた魔力を杖に通す。この方法が思い付かない。自分の魔力を身体の中で動かす事はしてきたけど、外に出した事は一度もない。

「杖を自分の身体の一部であり、排出口と考えなさい」
「杖が出口……」
「そうよ。排泄と似たようなものよ」
「んっ……!?」

 せっかく良い感じに集中出来ていたのに、師匠が変な事を言ったせいで、身体の中に戻っていった。

「えっ、良い感じだったのにどうしたの?」
「師匠が変な事を言うから!」
「変?」
「だって……その……あれと似てるとか……」
「変かしら? そうでもないと思うけれど。水琴が初心なのよ。生き物なら大体がするでしょう。分かりやすい例えだと思うわよ?」

 そう言われると、私が気にしすぎただけに思えてくるけど、もう少し例え方はあったと思う。でも、これ以上言い争いをしても仕方ないので、深呼吸をしてもう一度魔力を手に集中させる。
 集中した魔力を杖に通す。杖を私の身体の延長線と考える。そもそも私の魔力に溶けていたくらいなのだから、身体の一部という認識は間違っていないと思う。その考え方が功を奏したのか、魔力が杖を通って先端に集まる。
 後は、その魔力を自分から切り離してまっすぐ飛ばす。

「んっ!」

 切り離すイメージをする際にちょっと力んだからか声が漏れてしまった。でも、拳大の少し白みがかった球体が飛んでいくのが確かに見えた。

「成功ね。でも、魔力はもっと少なくて良いわ。大きさは……ビー玉くらいが目標ね。後は正確さ。狙った場所に撃てるようになって貰うわ」

 そう言って、師匠は謎の生物の人形を地面に置いた。私の服を仕立て直している時に作ったのだと思うけど、本当に何の生物か分からない。辛うじて四足歩行という事は分かった。

「何それ?」
「猪よ。これを的に見立てて練習して貰うわ」

 言われても猪には見えない。でも、師匠が態々猪を選んだ意味は分かる。カワードボアとの戦闘を想定しているからだ。ここに来て、恐怖を感じた対象を模す事で、私の苦手意識を消そうとしているのだと思う。それが本当に効果的か分からないけど、試してみて損はないはずだ。

「倦怠感が限界まで達したら止めなさい。それと水分補給はしっかりとする事。私は、食材探しに行って来るわ」
「うん」

 師匠が魚を獲りに行っている間、私は魔力弾の修行を始める。課題は大きさと精度。これは、どのくらいで会得出来るかな。
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