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捨てられた王女
森の中へ
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マリー達は森の中に入ると、どんどん奥へと進んでいった。野外演習は、森の中でのサバイバルなので、森の中でも、なるべく開けた場所を探しているのだ。開けている場所の方が、テントなどを張りやすく、生活もしやすいと考えたためだった。
「水も近くにあった方がいいですわよね」
「そうだね。水袋はあるけど川か泉があれば、もしもの時に便利だしね」
リリーの意見を取り入れて、川や泉が近くにある場所も探す。一番先頭をアルが歩き、殿をリンが守りつつ、森を進んでいく。三十分ほど歩いたが、幸いな事に魔物は現れなかった。そして、探していた泉が近くにある開けた場所に辿り着いた。
「着いた!」
セレナが、両手を挙げて喜ぶ。リリーとアイリも一安心して力を抜く。その三人以外の四人は警戒を緩めない。リリー達とは違い、マリー達はそれぞれの修行で、森の中での戦闘経験がある。そのため、今の状況においても、一時も油断が出来ないことを知っている。
「マリー、魔物除けはあるか?」
「ううん。今の私じゃ、作れないからないよ。お母さんに作ってくれないかって訊いたけど、駄目って言われた。自分の力で切り抜けなさいだって」
魔物除けは、かなり高級品の魔道具で、周囲に魔物を遠ざける結界のようなものを張る効力がある。魔物を狩る人達や軍に人気の品だ。当たり前だが、高級品という事もあって、作る難易度がかなり高い。カーリーによって、通常の職人レベルまで成長しているマリーでも、まだ作る事は出来ない。
「カーリー殿の言うとおりだな。しかし、そうすると見張りが必要か。それは、俺とリンでやるとして、後は食料だな。リンは、テントの設置を頼む。マリー、コハクは付いてきてくれ。リリー、セレナ、アイリは、リンを手伝いつつ、ここを守ってくれ」
『了解』
アルの指示で、全員が行動を開始する。マリーとコハクは、アルとともに森の中へと戻った。食糧の確保が目的だ。アルが、マリーとコハクを選んだ理由は、あの中で狩りに一番慣れていると思ったからだった。リンも慣れてはいるが、拠点を守って貰うために残らせたのだ。リリー達には、まずこの場に慣れてもらう必要があるので、リンと一緒に行動してもらっている。
マリー達は、アルの予測通り狩りには慣れていた。魔道具作りに使う材料の中には魔物や動物の素材を使うものがある。カーリーが作るものにも、その素材が使われている。魔道具職人のほとんどがギルドなどに、素材の採取を依頼するのだが、カーリーは自分で取りに行くことが多い。
その狩りにマリーとコハクも修行の一環として同行していたのだ。その際、カーリーから獲物の捕獲方法や解体方法を学んでいた。
「アルくん、あそこにイノシシ。牙が大きいから多分雄だね」
単眼鏡を覗きながらマリーが、アルに報告する。この単眼鏡は、倍率を自由に変えることが出来る魔道具だ。最大倍率は五十倍だ。そこまで、倍率を上げることは極希だが。
「コハク、いけるか?」
「もちろん」
コハクが、縮地を使い一気にイノシシに近づく。そして、イノシシの心臓に刀を突き立てる。イノシシは、一瞬震えた後、すぐに絶命する。マリー達が追いつき、すぐに血抜きをしてから、木の棒に括り付けて泉まで運ぶ。
そこで、コハクが解体を始める。内臓を取り出し、皮を剥いで、枝肉にし、部分肉にし、精肉にしていく。
「本当は熟成とかするんだけど、今はしなくてもいいかな」
マリー達が泉のほとりまで戻ると、テントが三つ設置されていた。そこまで、肉を持っていく。
「肉を入れるもの無いかな? さすがに、このまま置いておくだけだと、腐っちゃいそうだけど」
「待って、今作るよ。アルくん、あの木を斬ってくれる」
「ああ」
アルが、近くにあった木を、剣で難なく斬り倒した。
「アルさんって、やっぱり規格外ですわ」
「普通、剣で木は斬り倒せないよね」
リリーとセレナがこそこそと話す。しかし、その声はアルに届いていた。アルはギロリと二人を睨む。
リリーとセレナは、二人で青ざめて眼を逸らす。
「ありがとう、アルくん」
マリーが笑顔でアルにお礼を言うことで、その緊張感が有耶無耶になった。リリーとセレナは、ホッと一息つく。
マリーは、もう一度アルに頼んで木を四角く加工してもらう。そのうちの一面を一センチの厚さに斬ってもらい、一枚の板と一つの四角い塊にしてもらった。マリーは、塊となった木の中身を一センチ厚になるようにくりぬく作業に取りかかる。この作業には、魔道具作りのノウハウを使う。
一カ所に錐で小さな穴を開けて、そこに液体鉄を流し入れる。その液体鉄を操作して一センチ厚に切り抜く。塊をひっくり返して振ると、切り抜いた塊が落ちてきた。
「おお、すごいな。その液体鉄は、この前買ったものか?」
「うん、ネルロさんに頼んだら用意してくれたんだ。触媒としての効果は低いけど、こういう時に結構使えるものだから」
あの後も、マリーはネルロの店に良く通っていた。アルは、毎回マリーの買い物に付き合ってくれている。偶にネルロと話して、何か買っているようだった。
(アルくんも、魔道具に興味がでたのかな。一緒に作ったり出来たら、楽しそうだなぁ)
マリーはそんな事を考えながらも、作業を続ける。くり抜いたところに、冷却の魔法陣を刻印する。内側が冷えてきたのを確認して、バッグから小物入れを取り出した。その中身は、蝶番やネジなどの接着道具だ。バッグから、もう一つ魔動ドライバーを取り出す。このドライバーは、かなり小型化されていて、人の指くらいの大きさになっており、魔力を流す事で回る。
分離しておいた板と箱に小さな穴をいくつか開けて蝶番を合わせる。ネジで締めて、きちんと稼働することを確認して、取っ手を付ければ、ほとんど完成だ。
最後の仕上げとして、温度維持を箱全部に刻印して冷却が、きちんと出来るか確認を済ませる。
「コハク、出来たよ」
「ありがとう、マリー」
コハクは。泉から袋に入れて浸けておいた肉を取り出し、簡易冷蔵庫に入れる。
「泉に浸けているよりも温度が安定してるし、きちんと冷えてるから大丈夫かな」
コハクが頷きながらそう言うと、周りの皆も同意している。
「常温だと不安が残るからな。少しでも長く保たせるならこれが一番だ」
「まぁ、マリーさんがいなかったら、出来なかったけどね」
アルの言葉に、リンがツッコむ。実際には、マリーで無くとも魔道具を作れる人がいれば、出来たことだ。ただ、一年生で魔道具を作れる人はマリーしかいないが……
「早めに大量の食料が確保できたな。野外演習の期間中なら保ちそうだ」
「そうですわね。後は、火を点けるだけですわ」
周りにある石と木を集めて、かまどを形成する。マリーの魔道具で着火して、火が安定するまでは、様子を見る。石や木を集める以外の、これらの作業はアルとリンがやってくれた。
火が安定し始めた頃に、日が暮れ始めた。アイリは、学校からの支給品からランタンを取り出し明かりを灯す。このランタンも魔道具だ。
この魔道具は継続起動型で、停止させるまでは常に明かりが灯る。結構な明るさなので、キャンプの範囲内を全部照らせた。ただ、直接見ると眩しい。
「それじゃあ、今日の夕飯を焼いていくか」
アルは、冷蔵庫から肉を取り出して、安定した火で焼いていく。棒に肉を刺して、火に当てて、時々ひっくり返しながら、じっくりと中まで火を通す。
そして、セレナが持ち込んでいた塩を振りかけてシンプルに頂く。こういった食事は、王族であるリリーは、初めてだった。恐らくほとんどの貴族令嬢は、「こんなものは食べられません! ソースはどこですか! ナイフとフォークは!?」などと言って、駄々をこねるだろう。
しかし、リリーは目を輝かして興奮していた。
「おいしそうですわ! こういった食事は、初めてですの。作法などはありますの!?」
リリーは、かなりノリノリだった。そんなリリーの様子に皆驚きを隠せなかった。
「リリーって、本当に王族か分からないときあるよね」
セレナが耐えきれずに皆の心を代弁する。リリーは、セレナの言葉にきょとんとした顔をした。
「どういうことですの?」
リリーは首を傾げる。本当にどういうことか分からないようだ。
「王族ってマナーとかに厳しいし、おいしいものも食べているでしょ? だから、こういう野性味溢れた食事が嫌がるのかなって……」
マリーがどういうことか説明する。すると、リリーは納得がいった顔をした後、また不思議そうな顔をした。
「それだと、貴族のお二人も同じなのでは?」
リリーは、アルとリンを見ながら言う。二人以外の皆もつられて二人を見る。注目を浴びた二人は、顔を見合わせてから答える。
「俺達は貴族だが、戦いの中に身を置かなければならないからな。こういった事は慣らされている」
「八歳くらいからかな。野営を慣れるための訓練を始めるんだ。あの時は大変だったよ。先に訓練を始めていたはずの人が、駄々をこね出すんだから」
リンが苦笑いをしてそう言うと、アルがため息と共に片手で顔を覆った。二人の家系は、王国の軍事を担っている。通称、色騎士と呼ばれる貴族の家系だ。その髪色と眼の色から名付けられる。アルの場合は【黒騎士】、リンの場合は【青騎士】となっている。
戦争や魔物の討伐を行う際は、野営がほとんどとなるために、幼少期から訓練を施されて慣れさせられる。アルとリンが初めて訓練を行った際に、何もせずに家に帰りたいと駄々をこねだした者がいた。それは、アルの三つ上の兄だ。
「我が兄ながら本当に情けないと思う。そのくせ嘘をつきまくるときたものだ。救いようが無い」
さすがのアルも弁護できないらしい。普段、周りの実力を細かいところまで見て褒めるアルだったが、自分の兄には無理なようだ。
このように皆で他愛の無いことを話して、野外演習を過ごしていた。そんな時、その異常に気付いたのはアルだった。
「武器を取れ。魔物だ」
その一言で、空気が引き締まる、全員瞬時に武装して、周りの気配を探る。そして、驚く。周りを囲っている魔物の多さに……
「アルくん、どうなってるの?」
「分からんが、俺が探れるだけで、百は超えているな」
時刻は、十九時付近。夜の帳が降りているため、周りは、暗闇でほとんど何も見えない。
「全員撤収の準備だ。荷物を持て」
こういった事態に備えて、テントの中には、荷物を一切入れていない。自分の荷物は、常に自分の近くに置いてある。それぞれが荷物を持って、じりじりと下がっていく。先に仕掛けてきたのは、魔物の方だ。
明かりの外から飛びかかってきたのは、オオカミだった。アルは、身体を反らして避けつつ、首を斬り落とす。
「森狼だ。何故こんな浅いところに…?」
森狼は、サリドニア大森林の中でも、最奥付近に住んでいる魔物だ。大きな群れを形成しており、群れに所属するほとんどで狩りを行う。アルが探った気配はすべて、森狼だったのだ。
「退くぞ! 囲まれる!」
アルのかけ声で全員が動き出す。マリーは、ランタンの灯りを消す。
「眼をつぶって!」
全員が眼をつぶった瞬間、一瞬大きな光が世界を包んだ。森狼は、急に出てきた光に眼が眩む。マリーの閃光玉の効果だ。
「『付加《エンチャント》・暗視《ナイトヴィジョン》』」
マリーが、皆に暗視の付与をかける。普段、魔法に対して使う付加魔法だが、こうして人に対して使う事も出来る。これで、ランタンなしでも森の中を進んで行く事が出来る。
「マリー、助かる。皆、あっちだ!」
アルが指さす方向にコハクが先頭に立って、進んで行く。マリーの閃光玉で時間を稼いだが、森狼の速度の方が速いので、すぐに追いついてきた。迫ってくる森狼を、リンが時々振り返って、射貫いていく。しかし、数が多くこのままでは切り抜けることが出来ない。
「アル!」
「分かっている!!」
アルは、剣に魔力を溜め、リンは弓に魔力を溜める。それぞれの武器が光り輝く。
「『魔剣術・氷華《ひょうか》』」
「『魔弓技・氷狼《ひょうろう》』」
アルの放った魔剣術は、広範囲を氷の華で満たすというものだ。辺り一面に、様々な氷の華が咲いている。そして、その華に絡まれ包まれているのが、森狼だった。森狼は動けないだけでなく、氷の魔力で出来た華によって命を削られていく。
対して、リンが放った魔弓技は、矢を氷の狼にするというものだ。氷の狼は自立して動くことが出来る。そして、氷に覆われた大地をものともせずに動き回ることが出来る。この氷の狼は、アルの魔剣術から逃れた森狼を、次々仕留めていった。二人の大技が森狼を倒しているうちに、マリー達はその場を離れる。
この森狼の襲来は、自然に起こったものでは無い。マリー達がいる泉に仕掛けられた引き寄せ餌に引きつけられたのだ。仕掛けたのは、王の腹心であるカイトだ。今も、この森を見渡せる崖の上でマリー達を見ている。
だが、その顔には、苦渋が滲んでいた……
「水も近くにあった方がいいですわよね」
「そうだね。水袋はあるけど川か泉があれば、もしもの時に便利だしね」
リリーの意見を取り入れて、川や泉が近くにある場所も探す。一番先頭をアルが歩き、殿をリンが守りつつ、森を進んでいく。三十分ほど歩いたが、幸いな事に魔物は現れなかった。そして、探していた泉が近くにある開けた場所に辿り着いた。
「着いた!」
セレナが、両手を挙げて喜ぶ。リリーとアイリも一安心して力を抜く。その三人以外の四人は警戒を緩めない。リリー達とは違い、マリー達はそれぞれの修行で、森の中での戦闘経験がある。そのため、今の状況においても、一時も油断が出来ないことを知っている。
「マリー、魔物除けはあるか?」
「ううん。今の私じゃ、作れないからないよ。お母さんに作ってくれないかって訊いたけど、駄目って言われた。自分の力で切り抜けなさいだって」
魔物除けは、かなり高級品の魔道具で、周囲に魔物を遠ざける結界のようなものを張る効力がある。魔物を狩る人達や軍に人気の品だ。当たり前だが、高級品という事もあって、作る難易度がかなり高い。カーリーによって、通常の職人レベルまで成長しているマリーでも、まだ作る事は出来ない。
「カーリー殿の言うとおりだな。しかし、そうすると見張りが必要か。それは、俺とリンでやるとして、後は食料だな。リンは、テントの設置を頼む。マリー、コハクは付いてきてくれ。リリー、セレナ、アイリは、リンを手伝いつつ、ここを守ってくれ」
『了解』
アルの指示で、全員が行動を開始する。マリーとコハクは、アルとともに森の中へと戻った。食糧の確保が目的だ。アルが、マリーとコハクを選んだ理由は、あの中で狩りに一番慣れていると思ったからだった。リンも慣れてはいるが、拠点を守って貰うために残らせたのだ。リリー達には、まずこの場に慣れてもらう必要があるので、リンと一緒に行動してもらっている。
マリー達は、アルの予測通り狩りには慣れていた。魔道具作りに使う材料の中には魔物や動物の素材を使うものがある。カーリーが作るものにも、その素材が使われている。魔道具職人のほとんどがギルドなどに、素材の採取を依頼するのだが、カーリーは自分で取りに行くことが多い。
その狩りにマリーとコハクも修行の一環として同行していたのだ。その際、カーリーから獲物の捕獲方法や解体方法を学んでいた。
「アルくん、あそこにイノシシ。牙が大きいから多分雄だね」
単眼鏡を覗きながらマリーが、アルに報告する。この単眼鏡は、倍率を自由に変えることが出来る魔道具だ。最大倍率は五十倍だ。そこまで、倍率を上げることは極希だが。
「コハク、いけるか?」
「もちろん」
コハクが、縮地を使い一気にイノシシに近づく。そして、イノシシの心臓に刀を突き立てる。イノシシは、一瞬震えた後、すぐに絶命する。マリー達が追いつき、すぐに血抜きをしてから、木の棒に括り付けて泉まで運ぶ。
そこで、コハクが解体を始める。内臓を取り出し、皮を剥いで、枝肉にし、部分肉にし、精肉にしていく。
「本当は熟成とかするんだけど、今はしなくてもいいかな」
マリー達が泉のほとりまで戻ると、テントが三つ設置されていた。そこまで、肉を持っていく。
「肉を入れるもの無いかな? さすがに、このまま置いておくだけだと、腐っちゃいそうだけど」
「待って、今作るよ。アルくん、あの木を斬ってくれる」
「ああ」
アルが、近くにあった木を、剣で難なく斬り倒した。
「アルさんって、やっぱり規格外ですわ」
「普通、剣で木は斬り倒せないよね」
リリーとセレナがこそこそと話す。しかし、その声はアルに届いていた。アルはギロリと二人を睨む。
リリーとセレナは、二人で青ざめて眼を逸らす。
「ありがとう、アルくん」
マリーが笑顔でアルにお礼を言うことで、その緊張感が有耶無耶になった。リリーとセレナは、ホッと一息つく。
マリーは、もう一度アルに頼んで木を四角く加工してもらう。そのうちの一面を一センチの厚さに斬ってもらい、一枚の板と一つの四角い塊にしてもらった。マリーは、塊となった木の中身を一センチ厚になるようにくりぬく作業に取りかかる。この作業には、魔道具作りのノウハウを使う。
一カ所に錐で小さな穴を開けて、そこに液体鉄を流し入れる。その液体鉄を操作して一センチ厚に切り抜く。塊をひっくり返して振ると、切り抜いた塊が落ちてきた。
「おお、すごいな。その液体鉄は、この前買ったものか?」
「うん、ネルロさんに頼んだら用意してくれたんだ。触媒としての効果は低いけど、こういう時に結構使えるものだから」
あの後も、マリーはネルロの店に良く通っていた。アルは、毎回マリーの買い物に付き合ってくれている。偶にネルロと話して、何か買っているようだった。
(アルくんも、魔道具に興味がでたのかな。一緒に作ったり出来たら、楽しそうだなぁ)
マリーはそんな事を考えながらも、作業を続ける。くり抜いたところに、冷却の魔法陣を刻印する。内側が冷えてきたのを確認して、バッグから小物入れを取り出した。その中身は、蝶番やネジなどの接着道具だ。バッグから、もう一つ魔動ドライバーを取り出す。このドライバーは、かなり小型化されていて、人の指くらいの大きさになっており、魔力を流す事で回る。
分離しておいた板と箱に小さな穴をいくつか開けて蝶番を合わせる。ネジで締めて、きちんと稼働することを確認して、取っ手を付ければ、ほとんど完成だ。
最後の仕上げとして、温度維持を箱全部に刻印して冷却が、きちんと出来るか確認を済ませる。
「コハク、出来たよ」
「ありがとう、マリー」
コハクは。泉から袋に入れて浸けておいた肉を取り出し、簡易冷蔵庫に入れる。
「泉に浸けているよりも温度が安定してるし、きちんと冷えてるから大丈夫かな」
コハクが頷きながらそう言うと、周りの皆も同意している。
「常温だと不安が残るからな。少しでも長く保たせるならこれが一番だ」
「まぁ、マリーさんがいなかったら、出来なかったけどね」
アルの言葉に、リンがツッコむ。実際には、マリーで無くとも魔道具を作れる人がいれば、出来たことだ。ただ、一年生で魔道具を作れる人はマリーしかいないが……
「早めに大量の食料が確保できたな。野外演習の期間中なら保ちそうだ」
「そうですわね。後は、火を点けるだけですわ」
周りにある石と木を集めて、かまどを形成する。マリーの魔道具で着火して、火が安定するまでは、様子を見る。石や木を集める以外の、これらの作業はアルとリンがやってくれた。
火が安定し始めた頃に、日が暮れ始めた。アイリは、学校からの支給品からランタンを取り出し明かりを灯す。このランタンも魔道具だ。
この魔道具は継続起動型で、停止させるまでは常に明かりが灯る。結構な明るさなので、キャンプの範囲内を全部照らせた。ただ、直接見ると眩しい。
「それじゃあ、今日の夕飯を焼いていくか」
アルは、冷蔵庫から肉を取り出して、安定した火で焼いていく。棒に肉を刺して、火に当てて、時々ひっくり返しながら、じっくりと中まで火を通す。
そして、セレナが持ち込んでいた塩を振りかけてシンプルに頂く。こういった食事は、王族であるリリーは、初めてだった。恐らくほとんどの貴族令嬢は、「こんなものは食べられません! ソースはどこですか! ナイフとフォークは!?」などと言って、駄々をこねるだろう。
しかし、リリーは目を輝かして興奮していた。
「おいしそうですわ! こういった食事は、初めてですの。作法などはありますの!?」
リリーは、かなりノリノリだった。そんなリリーの様子に皆驚きを隠せなかった。
「リリーって、本当に王族か分からないときあるよね」
セレナが耐えきれずに皆の心を代弁する。リリーは、セレナの言葉にきょとんとした顔をした。
「どういうことですの?」
リリーは首を傾げる。本当にどういうことか分からないようだ。
「王族ってマナーとかに厳しいし、おいしいものも食べているでしょ? だから、こういう野性味溢れた食事が嫌がるのかなって……」
マリーがどういうことか説明する。すると、リリーは納得がいった顔をした後、また不思議そうな顔をした。
「それだと、貴族のお二人も同じなのでは?」
リリーは、アルとリンを見ながら言う。二人以外の皆もつられて二人を見る。注目を浴びた二人は、顔を見合わせてから答える。
「俺達は貴族だが、戦いの中に身を置かなければならないからな。こういった事は慣らされている」
「八歳くらいからかな。野営を慣れるための訓練を始めるんだ。あの時は大変だったよ。先に訓練を始めていたはずの人が、駄々をこね出すんだから」
リンが苦笑いをしてそう言うと、アルがため息と共に片手で顔を覆った。二人の家系は、王国の軍事を担っている。通称、色騎士と呼ばれる貴族の家系だ。その髪色と眼の色から名付けられる。アルの場合は【黒騎士】、リンの場合は【青騎士】となっている。
戦争や魔物の討伐を行う際は、野営がほとんどとなるために、幼少期から訓練を施されて慣れさせられる。アルとリンが初めて訓練を行った際に、何もせずに家に帰りたいと駄々をこねだした者がいた。それは、アルの三つ上の兄だ。
「我が兄ながら本当に情けないと思う。そのくせ嘘をつきまくるときたものだ。救いようが無い」
さすがのアルも弁護できないらしい。普段、周りの実力を細かいところまで見て褒めるアルだったが、自分の兄には無理なようだ。
このように皆で他愛の無いことを話して、野外演習を過ごしていた。そんな時、その異常に気付いたのはアルだった。
「武器を取れ。魔物だ」
その一言で、空気が引き締まる、全員瞬時に武装して、周りの気配を探る。そして、驚く。周りを囲っている魔物の多さに……
「アルくん、どうなってるの?」
「分からんが、俺が探れるだけで、百は超えているな」
時刻は、十九時付近。夜の帳が降りているため、周りは、暗闇でほとんど何も見えない。
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明かりの外から飛びかかってきたのは、オオカミだった。アルは、身体を反らして避けつつ、首を斬り落とす。
「森狼だ。何故こんな浅いところに…?」
森狼は、サリドニア大森林の中でも、最奥付近に住んでいる魔物だ。大きな群れを形成しており、群れに所属するほとんどで狩りを行う。アルが探った気配はすべて、森狼だったのだ。
「退くぞ! 囲まれる!」
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「眼をつぶって!」
全員が眼をつぶった瞬間、一瞬大きな光が世界を包んだ。森狼は、急に出てきた光に眼が眩む。マリーの閃光玉の効果だ。
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「マリー、助かる。皆、あっちだ!」
アルが指さす方向にコハクが先頭に立って、進んで行く。マリーの閃光玉で時間を稼いだが、森狼の速度の方が速いので、すぐに追いついてきた。迫ってくる森狼を、リンが時々振り返って、射貫いていく。しかし、数が多くこのままでは切り抜けることが出来ない。
「アル!」
「分かっている!!」
アルは、剣に魔力を溜め、リンは弓に魔力を溜める。それぞれの武器が光り輝く。
「『魔剣術・氷華《ひょうか》』」
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対して、リンが放った魔弓技は、矢を氷の狼にするというものだ。氷の狼は自立して動くことが出来る。そして、氷に覆われた大地をものともせずに動き回ることが出来る。この氷の狼は、アルの魔剣術から逃れた森狼を、次々仕留めていった。二人の大技が森狼を倒しているうちに、マリー達はその場を離れる。
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しょくぱん
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