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第13話 上陸、フラッド・クラーケン

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 カナエとトレジャーハンター達の前に突如として現れた巨大な水生魔物は、生臭い匂いを撒き散らしながら触手を蠢かせて威嚇している。この魔物がハーフェンの街を襲って水没させたのは容易に想像できることで、カナエは急いでマリカ達のもとへと後退した。

「マリカ! ヤバいぜアイツは」

「恐らく、あの魔物はフラッド・クラーケンだよ」

「知ってんの!?」

「珍しい水生タイプで海の王者と呼ばれる伝承もあるらしい。肉食で普段は魚を食ってるんだろうけど、餌が少なくなって街を襲ったんだ」

 魔物の多くは陸上生活をしており、海中で暮らす魔物は希少な存在だ。そのため内陸部に住む人間には認知すらされておらず、航海者達の間で噂になる程度である。特に現代のような通信が全く発達していない状況では情報の共有など困難で、マリカもアオナから聞いただけなので詳しい生態などは知らない。

「こりゃ退散したほうがいいな、マリカ」

「そうだね。触らぬ神に祟りなしって言うし」

「なんだそれ?」

「旧世界の格言だよ」

 三人は車へと引き返そうとしたが、悲鳴が聞こえて立ち止まる。海面近くにいたトレジャーハンター達がフラッド・クラーケンに狙われているようだ。

「…見捨てるってのも後味が悪いよね」

「善人のマリカならそう言うと思った」

「出来得る限りの援護をして撤退を促そう」

 マリカは背負っていた杖をカティアに渡し、魔弾による射撃で敵の気を引くように頼む。マリカ自身も魔弾の発射自体は可能なのだが、いかんせん射撃が下手なのだ。そのため高精度の狙撃ができるカティアに頼んだほうが確実と判断したのである。

「撃ちます!」

 放たれた魔弾はフラッド・クラーケンの頭部に着弾するが、ダメージは通っていないように見えた。体表面で弾かれて光がバッと散る。

「魔弾が効いていない!?」

「フラッド・クラーケンは魔弾に対する耐性が高いようです、マリカ様」

「あの図体だもの、射撃には対策してくるよねえ……なら近接戦しかないということか」

 巨体は圧倒的なパワーを発揮できるが、狙い易く的にもなりやすい。その対策として魔弾への防御力を高めているのだろう。

「しかし接近戦といってもな…ヤツの体は海の上だ。近づけないぞ」

 上陸してくれればいいのだが、フラッド・クラーケンは海から上がろうとはしない。それは当然なことで、得意なフィールドを離れる理由がないし、触手を使えば遠くを攻撃することも可能であるのだ。

「なら…カティア、例の装備を」

「はい!」

 カティアは背負ってきた大きなケースを降ろして開き、その中にはいくつかの機械と装備が格納されていた。

「マリカ、コレは?」

「まあ見てて」

 マリカが手にしたのはバックパックで、縦長のボンベが二本セットとなって並列して接続されている。それをカティアの背中に装着し、更に足には厚底のブーツのような履物を履かせた。

「認証、アンドロイド用装着型戦闘システム。水中対応パック、接続完了です」

 今回カティアに装備されたのは水中活動能力を向上させるためのオプションで、背負ったボンベの中身はハイドロジェットパックであった。スクリューフィンを用いた強力な推進機能を有していて、水中内において高速移動が可能となる。

「水没した街に行くっていうから、急いで直しておいたんだけど正解だった」

「カティアちゃんが海に潜るの?」

「それしかフラッド・クラーケンに近づく方法はないからね。カティアには大きな負担をかけることになっちゃうけど……」

 その言葉にカティアは全く問題ありませんと返し、バックパックの左右に短縮された槍を二本装着する。これは素潜りなどで使うモリに似ていて、さながら漁に向かうような格好だ。

「カティアが戦いやすいように私も前に出る。魔弾はダメージになりにくいけど、注意を引き付けるくらいはできるからね」

 自分で人助けをすると言い出したのにカティアに全て任せるなどあり得ないことだ。せめてできる事はするべきと、マリカは杖を抱えて走り出していく。
 それをカナエが追い、カティアは別ルートから海面へと近づいた。

「カティア・マリンタイプ、いきます!」

 飛び込みの要領でカティアは海に身を沈める。アンドロイドは機械であるが、特に問題なく水中でも活動することができた。アンドロイドは呼吸する必要がないため長く潜水できるし、今回のような任務ではうってつけの人材と言える。
 ハイドロジェットパックのスクリューを始動させ、まるで魚雷のようにフラッド・クラーケンに向けて加速していく。



 その頃、マリカは魔弾を撃ちながら陽動をしつつ、トレジャーハンター達に逃げるように叫ぶ。

「早く逃げてください!」

「アンタ達は何者!?」

「そんなことは今はどうでもいいでしょ! それより生き残ることが先決です!」

「とか言って、海に沈む宝を掠めとるつもりだな!」

「だから今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 とやり取りをしている最中、トレジャーハンターの一人が触手に捕まって握り潰された。血肉が散り、雨のように海に降り注ぐ。
 その光景に流石に怖気づいたようで、マリカの叱責を受けたトレジャーハンター達は魔具を放り捨てて逃げ出す。
 しかし、

「マリカ、下がれ!」

 カナエの声に咄嗟に飛びのくマリカ。すると、フラッド・クラーケンの頭部から照射された魔弾が先程までマリカが立っていた場所を焼き払った。
 しかも魔弾はトレジャーハンター達も襲い、何人もを消し炭にしてしまう。

「あんな火力があるのか…!」

 フラッド・クラーケンの胴体と一体化した頭部には赤く光る大きな結晶体が埋め込まれていて、白い体色と相まって特徴的な部位であった。その結晶体にフラッド・クラーケンの魔力が集中しているようで、カッと発光して魔弾を撃ってくるのである。

「なんでこんな……」

 トレジャーハンターのリーダーが仲間の死体の傍で倒れている。悲しいのは分かるが、このままでは同じように死ぬだけだ。

「金品に目を眩ませるから…いいから早く立ち上がって!」

「あ、足が動かない……」

「クッ…怪我をして…!」

 先程の魔弾による攻撃で足を負傷したようだ。生き残った仲間も傷を受け、まともに動けるような状況ではないらしい。

「カナエ、あの人達を遠くに運べる?」

「そりゃ不可能じゃないけどさ。マリカは?」

「カティア一人に無茶はさせられない! 私は残るから」

「ったく、ホント義理堅いというかなんというか……」

 カナエに負傷者を任せ、マリカは再びフラッド・クラーケンに立ち向かう。

「カティア…頑張ろうね」



 その言葉を直接聞いたわけではないが、気力が高まったカティアは槍状の魔具、スピアを一本手に持つ。そしてスピードを維持したままフラッド・クラーケンの下半身に突き刺した。
 魔弾による攻撃とは違って簡単に皮膚を貫き、肉を抉る。刃物に対する防御力は低いようで、これなら充分なダメージを与えることもできるだろう。

「このまま!」

 引き抜いたスピアを再び振りかざし、今度は足の一本に刺し込む。
 だが、カティアへの怒りを爆発させたフラッド・クラーケンは触手状の足全てを海中に潜らせ、うねらせるようにカティアへと迫った。

「そうくるのなら…!」

 足に履いたブーツの底にもスクリューが内蔵されていて、足の角度に合わせて急激な方向転換が可能だ。これによって動きの鈍る水中でも回避行動を取ることができ、カティアはこの装備を駆使して巧みに触手から逃れる。

「そこだ!」

 触手の付け根へと肉薄したカティアは、口となる部位を発見した。体内はより大きなダメージを与えることが可能であり、カティアは口の中に向かってスピアを投げ入れる。

「これで!」

 開いていた口はカティアを飲み込もうとしていたようだが、代わりにスピアが口内に突き刺さって傷を負った。激痛にひとしきり暴れたあと、口の近くに生えている噴射口から真っ黒なスミを吐き出す。

「うわっ! 真っ暗ですマリカ様!」

 ここにいないマリカに報告してもどうにもならない。
 カティアのアイカメラセンサーはフラッド・クラーケンを見失ってしまい、噴出したスミの勢いに押されて海中深くへと流されてしまった。



「なんだ!? 動きが…?」

 マリカはフラッド・クラーケンの動きが激しくなる様子に怪訝そうにしながらも、続いて起こった出来事に目を丸くした。

「と、飛んだ!?」

 なんとフラッド・クラーケンが海中から一気に飛び出し、宙を舞ったのだ。海水やスミの噴射口がスラスターバーニアの役割を果たしており、スミを推進剤として跳躍したのである。
 
「んな馬鹿な…!」

 ズシンと街に着地するフラッド・クラーケン。漆黒の目には憎悪の感情が浮かんでいるように見え、睨みつけられたマリカは恐怖を抱いて額を汗で濡らすのであった。
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