フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第15話 母と娘

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 朱音の奇襲によって義堂寺内部の傀儡吸血姫達が引きつけられ、その隙に千秋達が手薄となった正門から敷地内へと侵入した。
 義堂寺は建物自体も大きいが蔵や居住エリアなども存在して土地面積自体がかなり広い。なのでどこから敵が湧いてくるか分からないという恐怖がある。

「神木さん、小春を任せていいかしら?」

「は? アンタはどうすんのよ」

「相田さんとは別方向から攻撃をかけるわ。二面作戦よ」

「つまり挟み撃ちの形になる」

「?? ならないわよ??」

 千秋は小春の手を離し仕方なく愛佳に預ける。本当だったら自分が直接守りたいのだが、そうも言っていられない。

「あたしが前に出てもいいけど?」

「アナタは夜間にエネルギーを回復する手段がないでしょう? つまり、体力が尽きたら終わりなのだから、ここぞという時まで温存しておきなさい」

 巫女のエネルギー源は太陽光で月の浮かぶ夜中には補給することができないのだ。そんな彼女がガス欠すればそのまま行動不能になるし、小春によって血を取り込める吸血姫が先行するほうが合理的だろう。

「千秋ちゃん、気を付けてね」

「ええ。行ってくるわね」

 千秋は小春にウインクを飛ばし刀を装備して駆け出す。月明かりを反射する美しい黒髪を靡かせ、赤目が薄く発光して残光を描きながら一陣の風のように疾駆する姿はアサシンのようだ。

「消えてもらうわ」

 鮮血色の刀が一閃。傀儡吸血姫の胴体が両断されて地面に崩れ落ちた。

「新手か!?」

「気がつくのが遅いわよ」

 千秋の出現に驚いている敵に反撃の隙も与えず切り裂く。
 傀儡吸血姫達は千秋の出現で右往左往してまともな連携もとれていない。これなら体勢を整えさせる前に決着を付けることも可能だろう。

「後は吸血姫本体が出てこなければ・・・・・・」

 傀儡吸血姫は目視できるだけで三十体は優に超えている。これだけの戦力が配置されている場所に過激派吸血姫本体がいないわけがない。
 交戦しながらも周囲を警戒する千秋だが、ゾッとするプレッシャーを感じてハタと足を止めた。

「この感じは、まさか!」

 プレッシャーの感触に覚えのあった千秋は身震いし義堂寺を見上げる。すると腕を組んだ妖艶な美女が屋根の上でこちらを見下ろしているのが見えた。

「千祟真広・・・!」

 その吸血姫は間違いなく千祟真広だ。実の母を見間違えるわけがなく、生理的嫌悪感を伴う吐き気に襲われる。

「久しぶりね、千秋。元気そうでなによりだわ」

「貴様、よくも母親ぶることができるな・・・!」

「母親でしょう?」

「そう自覚できるほどの事をしてくれたのか!? 貴様はただ、産んだだけだ!!」

「恐ろしく冷たい子になってしまって・・・ワタシは悲しいわ」

 真広の言葉に千秋は激怒し、怒りは力を増幅させて斬りかかってきた傀儡吸血姫をまとめて薙ぎ払った。その瞳に宿るはひとえに殺気のみで母を想う子の姿には見えない。

「変わっただと・・・本当に変わってしまったのは貴様だ!! どうしてだ!? どうして裏切った!?」

「裏切る? それは千秋のほうでしょう?今からでも遅くない、ワタシと共にきなさい」

「今さら何を言う・・・! 貴様は・・・敵だ!!」

 義堂寺の屋根の上へと跳んで渡り刀で高速な突きを放つ。
 
「躱されたっ・・・!」

 並みの傀儡吸血姫なら防御も回避も間に合わない技だった。だが真広は軽く身を捻って躱し、千秋の後ろに回り込んでその体を抱きしめた。

「何をっ・・・?」

「成長したのは体だけのようね。ワタシが教え込んだ技はそのまま・・・・・・」

 真広の手が艶めかしく千秋の体を撫で上げ耳に小さな声で囁きかける。

「やめなさいよ!」

「ふふふ、怒ったら怖いところもそのままね」

 母の手を振り払って千秋は刀を横薙ぎに振るも、やはり当たらない。それは真広が千秋の動きを熟知しているからでもあるが、そもそもの戦闘力が真広の方が高いからだ。つまり一対一では勝ち目が薄く朱音や愛佳の援護が必要だろう。



「ちーちは真広さんと戦っているのか・・・・・・」

 義堂寺上での親子の戦闘を視界に入れた朱音は支援に向かおうとするが、傀儡吸血姫の鎌が迫って妨害される。数はかなり減らしたとはいえ、まだ十体以上は残っていた。

「神木さん、ちーちを助けられるか?」

「任せなさい。赤時は蔵の中で隠れているから、気にしてあげなさい」

「おうよ!」

 敵の親玉である真広が出てきたとなれば巫女も参戦するしかない。愛佳は小春を隠れさせ傀儡吸血姫を撃破しながら千秋の元へと急ぐ。
 
「傀儡・・・いや、吸血姫か!」

 義堂寺本堂に近づいた愛佳は側面からの奇襲を受け、注意を向けざるを得なくなってしまった。その相手は傀儡ではない吸血姫そのものだ。

「チッ! まだ敵がいたとは・・・!」

「真広様の邪魔はさせませんよぉ」

 チェーンメイスを振り回しながら迫る吸血姫は愛佳を妨害し、敬愛する真広を守ろうとしているようだ。

「邪魔すんな!」

 質量兵器であるチェーンメイスは簡単に言うならば長い鎖の先端に鉄球が付いた武器だ。しかも鋭い棘が無数に突き出し、掠っただけでも肉を抉られそうな凶悪なデザインである。
 そんな相手に対して愛佳は回避運動を行いながらも攻撃のチャンスを窺い、チェーンメイスが頭上を抜けた瞬間に一気に距離を詰めて斬りかかった。

「おっと、今のは危なかったですね」

「ちょこまかと小賢しい・・・・・・」

 重量のあるチェーンメイスを軽々と扱う吸血姫はバックステップの要領で斬撃を避けてみせた。

「アンタ、結構やるわね」

「甘く見られたものですねぇ。私は真広様親衛隊の藻南(もなみ)ですよ? アナタ如きにやられるわけには参りません」

「なーにが親衛隊よ。気取ってんじゃあないわよ!」

 鎖をしならせる藻南は愛佳に向けて振り下ろすが、それを回避した愛佳は藻南の肩を踏みつけ義堂寺の屋根へと飛び乗って行く。
 本来なら藻南を倒しておくべきなのだろうが千秋の苦戦を放っておくことができなかったのだ。

「私を踏み台にして・・・?」

 吸血姫である自分が巫女に無視されるという屈辱で闘志と怒りが燃え上がる。

「おどりゃクソガキがぁっ!」

「こっわ。めっちゃキレるじゃん」

 雄たけびのような叫びに思わず愛佳もビビるが、とにかく殺されかけている千秋を助けなければならない。



「残念ね。聞き分けの無い子供は処分しないと」

「死ぬわけには・・・小春に、また会うために!」

「小春・・・?」

 知らない名前を出された真広は一瞬動きが固まるが、しかし容赦なく千秋を蹴り飛ばした。実の娘にすることではないのだが虚ろな目で睨む真広には正気など元から無いのだろう。
 倒れ込んだ千秋は起き上がろうとするも真広が迫るほうが早い。

「させないわよ!」

 両者の間に割って入ったのは愛佳だ。真広が突き出した刀を弾き千秋の命を救う。

「まさか吸血姫を助けることになるなんて・・・・・・」

 吸血姫は討伐対象で、このように守るべき相手ではない。しかし短い期間とはいえ千秋達と関わり、彼女達を殺す必要があるとは思えなかったからこその行動だ。

「申し訳ないわね」

「まったくよ。感謝しなさい」

「ええ。感謝しているわよ。ありがとう」

「素直で逆に気持ち悪い」

「えぇ・・・・・・」

 せっかく感謝を言葉にして伝えたのに気持ち悪いと言われてちょっとだけ悲し気に眉を下げる千秋。しかしすぐに体勢を立て直して真広と向かい合う。
 これで二対一の構図になったが、すぐに真広にも援軍が現れる。

「真広様、このガキどもは任せてください! ブッ潰してご覧にいれましょう!」

「藻南、無茶は・・・」

「ご心配なく! すぐにケリをつけますからぁっ!」

 愛佳に踏み台にされてご立腹な藻南は力任せにチェーンメイスを叩きつけてきた。そんな分かり易い攻撃は当然に回避されるが、

「なっ!?」

 鉄球部分が義堂寺の天井を破砕する。長い間人の手が入っておらず、脆くなっていた天井は煙を上げながら轟音と共に崩れ千秋達も建物内へと落下した。

「ったく、後先考えないヤツらね・・・・・・」

 愛佳はかすり傷程度でダメージは少ない。隣にいた千秋もまた無事な様子だ。

「アンタは赤時から血を貰ってきなさい。正門近くの蔵の中にいるから」

「でも一人で相手するのは・・・」

「凌ぐだけならやれるわ。それより、アンタの全力が必要なの」

「分かった。少しだけもたせて」

「承知」

 傀儡吸血姫との戦いで千秋は消耗していた。逆に愛佳は温存されていたこともありまだ戦える。なら愛佳が時間を稼ぎ、千秋が血を補給して全力を出せる状態で真広と戦う方が勝率が高い。
 義堂寺を後にする千秋を見送り愛佳は周囲を警戒する。殺気は四方からきているように思えた。

「・・・来るっ!」

 背後で何かが動いたのを察知してサイドステップでその場から離れる。すると真広が先程まで愛佳がいた空間を刀で薙ぎ、威圧感のある眼光で睨みつけてきた。

「千秋はどこだ?」

「さあ? それよりアンタの相手はあたしよ」

「フッ・・・小娘が」

 藻南も天井の残骸を押しのけながら真広と並び、肩を回しながら舌なめずりしている。

「急ぎなさいよ・・・あたしもまだ死にたくないんだから」

 小さな呟きはチェーンメイスの鎖の音に掻き消される。
 二体の吸血姫相手に果たして愛佳は生き残れるのか・・・・・・

   -続く-
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