フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ

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第27話 憂鬱の秋穂

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 休日の昼下がり、ドアチャイムが鳴って小春がすたすたと玄関へと向かう。本来小春は千祟家の人間ではないのだが、もうこの家の一員として自他共に認める存在になっていた。

「はい、どちら様ですか?」

 ガチャッとドアを開くとそこにはスーツ姿の成人女性が立っていた。短髪が似合い、いかにも真面目そうなその女性は小春を一瞥すると、胸の内側ポケットから何かをスッと取り出す。

「初めまして。私はこういう者です」

「えっと・・・警察!?」

 小春に突きつけられたのは警察手帳であった。刑事ドラマなどではよく見るが現実では初めて見る代物だ。

「わ、私はまだ罪は犯していないはずですが!?」

「あ、いえ、アナタではなく千祟千秋さんに用があるんです」
 
「千秋ちゃんに!? 千秋ちゃんが何かしたんですか!?」

「ではなくて、協力要請を」

 どうやら小春や千秋を逮捕しに来たわけではないらしい。アワアワとしていた小春はホッと息をつき、手帳に記された相手の名前を確認する。

「早坂、さん・・・あっ!」

 警察にいるという共存派吸血姫の名前と同じであった。千秋達の戦闘の後始末などを行い裏で助けてくれているのが彼女らしい。

「私を知っているということはアナタが千秋さんの協力者の赤時小春さんですね?」

「はい。アナタは・・・」

「吸血姫、と言えば分かっていただけますよね?」

「分かります。千秋ちゃんは中にいますから、どうぞ」

 早坂を招き入れてリビングへと通し、小春の部屋で昼寝をしている千秋を起こしに向かう。

「千秋ちゃん、早坂さんが来てるよ」

 呼びかけるが千秋はうーんと唸りながら小春の腕を掴み、布団の中へと引きこもうと引っ張ってきた。さすが吸血姫の力は強く、ひ弱な小春はされるがまま布団へと倒れ込んだ。

「ま、待って千秋ちゃん。お客さんだよ」

「客・・・?」

「早坂さんが千秋ちゃんに用事があるって来ているんだよ」

「あらそうなの・・・・・・」

 仕方なく千秋は上体を起こし上着に袖を通した。何故だかは知らないが半裸で寝ていたのだ。

「風邪引いちゃうよ?」

「布団に残っていた小春の温もりを体感するためよ」

「今の状況を早坂さんが知ったら連行されそうだね」

「あら、私は不審者じゃないわよ。それに、小春はこういうのイヤじゃないでしょう?」

 小春の顎を親指と人差し指でつまみ、クイッと上げて視線を合わせる。

「そりゃ勿論イヤなんかじゃないよ。むしろ・・・・・・」

「ふふ、続きはまた後でね・・・・・・」

 早坂を待たせるわけにはいかないので千秋は寝癖もそのままに小春の部屋を出た。



「お待たせしました」

「いえ、お休みのところお邪魔してしまってすみません」

 にこやかに待っていた早坂の対面に座り、小春も千秋の隣に座る。早坂の用とは吸血姫絡みであるのは予想がつくし、なら千秋のパートナーである自分が居ても問題ないだろうと同席することにした。

「実は千秋さんにお伝えしておかねばならない事態が起きまして・・・先日、小根山で観光バスが崖下に転落する事故が発生したのですが、ご存じですか?」

「ニュースでやっていたわね。生存者はいなかったとか」

「そうなんですが、これはただの事故ではなくニュースは正確なものではありません。バスには乗務員を合わせて三十人を超える人間が乗っていたはずなのに、一人の遺体も見つからなかったのです」

「不自然よね。誰かが生きているなら連絡をするはずだし、一人も残らずバスからいなくなるなど・・・・・・」

 全員がまとめて神隠しに遭った可能性もあるが、もっと現実的な可能性を模索した千秋は一つの可能性を思いつく。

「過激派吸血姫に襲われ、乗員が全て連れ去られたということ・・・?」

「充分に、いえ最も有り得る可能性ですね。義堂寺での戦闘で敵は傀儡吸血姫を相当数失ったようですし、戦力補充のために襲ったのかも・・・・・・」

「・・・やはりあそこで千祟真広を抹殺するべきだった・・・!」

 まだ明確に吸血姫絡みの事件だとは限らないが、千秋は自分のせいなのだろうと下唇を噛む。

「もし吸血姫が関係しているなら千秋さんの手を借りたいと思いまして。一度、現場を見ていただけませんか?過激派と戦い慣れている千秋さんなら何か気がつくこともあるかもしれません」

「分かったわ」





 早坂の運転する警察車両に同乗して千秋と小春は事故現場へと向かう。いわゆる覆面パトカーであり、無線やら回転灯といった内装を見て小春は少しテンションが上がっていたが、千秋は家からずっと険しい表情のままだ。
 街外れにある小根山はそれなりの標高で、山中には小春が傀儡吸血姫によって拉致された廃旅館がある。そこは幼い頃に千秋と出会った場所でもあり、ある意味で思い出のある山と言えよう。

「ここです。この崖下に・・・・・・」

 緩やかな上り道の途中、ガードレールが寸断されている箇所があった。規制線が張られ近くには一台のパトカーが止まっている。

「早坂さん、その方達は・・・?」

 現場を見張っていた警官が敬礼しながらも、早坂が連れてきた少女二人を見て首を傾げる。

「気にしないで下さい。引き続き自らの職務を全うして」

「は、はいぃ・・・・・・」

 早坂は催眠術を使い、警官はフラフラになりながら元の位置へ戻る。味方を操るというのは気が引けるが悪用しているわけではないし、これまでにも捜査情報を千秋達に漏洩しているので気にするのも今更であるが。

「ちょっと勾配のキツイ崖ですが、いけますか?」

「問題ないわ。小春は私が運ぶ」

 突き破られたガードレールから下を覗くと、ひしゃげたバスの残骸が転がっていた。そこまで行くには急斜面を降りる必要があり、運動性能の高い吸血姫ならまだしも一般人の小春には危険である。
 そこで千秋が小春をお姫様抱っこして斜面を滑り降りる。昼間で能力が落ちているとはいえ、この程度なら造作もない。

「ありがとう千秋ちゃん」

「こういう殺伐とした状況だもの、小春成分をちょっとでも摂取しておかないと」

「成分・・・?」

 千秋は小春を降ろし早坂と共にバスに近づいた。窓ガラスのほとんどは砕け、太陽光を反射してキラキラと輝いて光の道となっている。

「血の匂いがすごいわね・・・・・・」

 バスを覗き込むとそこかしこに血が付着していた。シートや、あまつさえは床や天井にも飛び散っている。これでは死者が出ても当然だが遺体はどこにも見当たらない。

「搭乗者の持ち物は残されたままでした。今、鑑識で調べているところですが、まあ事件解決に繋がる物証は出てこないでしょう。ドライブレコーダーも損壊してメモリーも読み込み不可でした」

「ふむ・・・となれば迷宮入りね」

「過激派吸血姫に繋がるモノは見つかりませんか?」

「うーん、戦闘の形跡もないし・・・とはいえ普通ではないわね。もし過激派に連れ去れたのなら、もう・・・・・・」

 術をかけられ、すでに傀儡吸血姫へと変化させられてしまっていることだろう。

「街中で人間を襲えば目立つから、こうやって人目の無い場所で襲う・・・卑劣ね」

「我々も情報収集を続けますが、実戦の必要が出てきたら・・・・・・」

「任せてちょうだい。敵は・・・敵は私が全て叩く」

 過激派吸血姫を一人残さず倒さねば、どこかでまた人間が犠牲になる。千秋は改めて過激派と真広抹殺を心に誓うのであった。





 薄暗く小さな電灯のみが光源となっている屋内で、吸血姫の少女が金属に囲まれて手元の作業に集中していた。その少女の顔立ちは千秋に似ているが垂れ目で気弱そうである。

「どうだ? 準備は進んでいるか?」

 古びた扉をギギィっと開いて現れたのはレジーナだ。相変わらず奇妙な仮面を付け、コスプレ会場か仮装大会にでも出るような格好である。

「れ、レジーナさん・・・魔具の精製は進んでいますよ・・・・・・」

「ならいい。先日、傀儡吸血姫を多数入荷できたのでな。その分の魔具が足りんのだ」

「また人を襲ったのですか・・・?」

「小根山でバスを襲ってな、乗っていた人間を捕まえたのだ。だがそれが我々のやり方だろう?なにを憂いている?」

 仮面の奥で嘲るように眉を上げたのが少女には分かった。

「しかも今回の作戦を実行したのは貴様の母親だ。さすがというべきか千祟真広の手際は大したものだよ。誇るといいぞ、千祟秋穂」

 千祟秋穂・・・彼女は千秋の妹である。真広と共に過激派へと渡り以降の消息は不明とされていたが、こうしてレジーナによる軟禁状態にあり外出もほとんどしていない。そして傀儡吸血姫用の魔具を制作するという作業に追われているのだ。

「お母様に会わせてください!もう何年も・・・」

「いずれな。共存派を掃討したら会わせてやろう。それまでは貴様に自由はない」

「何故です!? 私はただお母様と一緒に居たかっただけなのに・・・!」

「貴様には吸血姫質になってもらうと言っただろう。母親にはもっと動いてもらわねばならんのだ」

 実際の理由は違う。真広はレジーナ製の首輪で催眠をかけられているが、秋穂が余計なことをして首輪を解除する可能性を排除したかったのだ。しかも秋穂は過激派に賛同しているわけではなく、ただ母親に付いて行きたかっただけで下手に反抗されても困る。なので真広から引き剥がし別の労働をさせていた。

「貴様の愚かな姉も葬ってもらわねばならないしな」

「お姉様を・・・!」

「小根山の廃旅館・・・そこで決着をつける。すでに下準備は整っているからな。後は貴様が魔具を用意すれば作戦開始だ」

「そんな・・・あそこは家族の思い出の場所です! そこでお母様とお姉様を殺し合わせるなんて!」

「おあつらえ向きではないか。それにな、この期に及んで善良な心があるフリはやめろ。どんな理由であれ、我々に協力した時点で貴様も同罪なのだ。もう後戻りはできんぞ」

 レジーナは吐き捨て部屋を出ていった。
 残された秋穂は俯き、自らの愚かさと要領の悪さをただ呪うしかできなかった。

  -続く-
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