魔法が使えない出来損ないの私は、野蛮な辺境伯に嫁がされましたが、今日も溺愛……されてます?!

小野紅白

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1.別れ

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 旅立ちの日は突然決まった。

 ある日、滅多に呼ばれないお父様の執務室に連れて行かれると、開口一番にこう言われた。

「お前の婚約が決まった。魔法の一つも使えぬ穀潰しのお前がやっと家の為に働けるのだ。喜べ」

「……はい」

 震える手を握りしめて何とか声を絞り出す。

「相手はレオンハルト・ヴァルグレン辺境伯。野蛮な辺境の剣使い……。フンッ。お似合いだな」

 お父様はやっと私を見て言った。

「まぁ、見た目だけは良いから何かに使えるかと置いておいたが。まさか辺境伯から声がかかるとは。世の中何があるかわからんものだ」

 笑いながら告げられる言葉に思わず目線を伏せてしまう。

「出発は二週間後。婚約は成立したのだから向こうへ行って結婚の日を待て。体裁にかかわるからドレス位は贈ってやろう。ただし。……帰ってくる場所は無いと思え」

 その言葉を最後に執務室を追い出され、トボトボと自室へ戻る。

 レオンハルト・ヴァルグレン辺境伯。
 ほとんど家から出ない私でも知っている有名人。
 曰く、魔獣を素手で捩じ切った。
 曰く、魔法を使えない腹いせに術者を切り殺した。
 曰く、王都で貴族を殴り殺した。

 ……怖い。

 ぞくりと背筋が冷える。

 思わず自分を抱きしめるように肩を抱いたその時、小さな声がした。

「姉さん、姉さん」

 はっと辺りを見ると弟のラウルが手招きをしている。
 弟はこの家で唯一私に優しい。でもどうして呼んでいるのかしら。

「どうしたの?」

「いいから、来て」

 ラウルは辺りを見て誰もいないのを確認してから、私を扉の中に引き入れる。

「どうしたの?急に」

「姉さん、辺境に行くって本当?」

「どうしてそれを?」

「やっぱり……!どうして姉さんが……」

「ラウル、だけど仕方ないわ。決まったことよ」

「どうして姉さんはそんなに受け入れられるんだよ。あの辺境伯だよ?姉さんの心臓を食べてしまうかもしれないよ?」

「まさか。……そりゃ、少しは怖いけれど……でも同じ人間よ?お話すれば分かり合えるかもしれないわ」

「嘘だ。だって姉さん、震えてるじゃないか……」

 気付かぬうちに震えていた肩に、そっと手を置いて私の顔を覗き込む。私と唯一の共通点の、母親譲りのアメジストの瞳が瞬く。

「昨日、お父様から聞いたんだ。姉さんが、あの恐ろしい野蛮人のところへ行くって」

 唇を噛み締めながら、悔しそうに話すラウル。

「止められないのは分かってる。……でも、絶対に助けに行くから。それまで、待ってて」

 思わず鼻の奥が熱くなる。
 ラウルが差し出してくれたハンカチで、私はそっと目頭を押さえた。
 するとラウルがおもむろに机へ向かい、引き出しから何かを取り出した。

 彼が取り出したのは、赤い石のついたペンダント。

「姉さん、これを」

「これは?」

「俺が作った。魔石のペンダント。致死の攻撃を受けたときに三十秒だけ身体の周りに結界を作ってくれる。その間に俺が助けに行く」

 私の弟は天才だ。
 百年に一度の寵児などと呼ばれる空間魔法の使い手、ラウレディオ・イヴェリオス。それが彼だ。

「この中には一定速度以上の物理攻撃や一定量以上の魔力が高まったときに障壁を産む術式が組まれている。障壁に何もなければすぐに解除されるけど、衝撃が加えられた時はそのまま三十秒障壁が展開されっぱなしになるんだ。それだけあれば、俺が転移で姉さんを助けに行ける」

 そう。彼は転移魔法が使える。それだけでなく、この国の貴族では珍しく剣の鍛錬も欠かしておらず、まさしく努力する天才なのだ。

「ラウル、でもこんな綺麗な魔石……ううん。受け取れないわ。こんな高価な物私には勿体無い」

「ダメだよ姉さん。必ず肌身離さず持っていて。きっと辺境伯だけでなくて、使用人もそこに住んでいる民も、皆野蛮人だよ。野蛮人に殺されるかもしれないんだよ?」

「ラウル……」

「いい?この家を出たらすぐに付けるんだよ。今付けて誰かに見つかったら取り上げられるかもしれないからね。わかった?」

「……ええ。わかったわ。ありがとう……」

 ラウルからネックレスを受け取り、服の中に隠す。

「見つからないうちに部屋に戻るわ」

 そう言ってラウルの部屋を出ようとする。

「姉さん待って」

 ラウルが私を引き留めて強く抱きしめる。
 ……この子は、いつの間にこんなに逞しくなったのだろう。身長も、すっかり追い越されてしまった。

 私からも抱きしめ返して、ラウルの背中をポンポンと叩いてこっそり部屋に戻る。

 何も解決はしていないけど、心は少し、軽くなった。

 部屋に戻ってラウルがくれたネックレスを隠していると、コンコンと控えめなノックの音がした。

「……どうぞ」

「失礼いたしますわお義姉様」

 ピンク色の髪を縦に巻き、とても可愛らしい雰囲気の、いかにもお嬢様という女の子が入ってきた。

「お義姉様?ヴァルグレン辺境伯に嫁がれるって本当ですの?」

「……えぇ」

「まあ!お母様が言ってらしたのは本当でしたのね。ヴァルグレン辺境伯って……あの野蛮人って呼ばれてる方ですわよね?魔法の使えない……。あら?でも、それでしたらお義姉様、とってもお似合いではございませんこと?……お互いに魔法が使えませんから、産まれてくる赤ちゃんも魔法は使えないのでしょうか……?ま、でも問題はございませんわね。野蛮人さんがたくさん住んでいる土地ですもの。きっと目立ちませんわ」

 彼女はリリシアーナ。義理の妹である。
 私とラウルの母は私たちが幼いときに病気で亡くなり、その後再婚した相手との子供で両親から非常に可愛がられている。
 最近魔力計測で天才的な数値を叩き出したとかで、ラウルとリリシアーナは『神の寵愛を受けた兄妹』などと呼ばれてもてはやされているらしい。
 ……ラウルはわかるけど彼女はわからないわ……。

「どうされましたの?話す言葉を忘れてしまわれたのかしら?でもまぁ、お義姉様は見た目だけはよろしいですからね。やっとお家の役に立てるのですから、喜ばれないといけませんわ」

「えぇ……」

 リリシアーナは私の顔をじっと見つめて言う。

「お義姉様って本当にお喋りしていても楽しくありませんわ。これでは野蛮人さんに嫌われてしまいますわよ?せいぜいお家に送り返されたりされないようにして下さいまし?」

 彼女はそう言うとくるりと踵を返して部屋を出ていった。

 身体に溜まった空気を全て出すかのようなため息をついて部屋を見渡す。
 机とベッドと小さなクローゼットだけの部屋。
 やっとここから出られるんだわ……。
 未来は暗いけど、それだけは感謝しないといけないのかもしれない。
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