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11 嫉妬
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歌舞伎座がある江戸の町の大通り。
立ち並ぶ飲食店や土産物屋の見世の看板行灯に火が灯り、賑やかに人々が行き交っていく。
仕事を終えた蒼衣は百合江と共に歌舞伎座の前で、究竟がやって来るのを待っていた。
「いい? わかってるわね? お前は芝居が始まったら腹が痛いとか熱っぽいとか言って先に帰るんだよ」
「はい、わかってます。二人の邪魔はしませんから」
「あたしは今夜、絶対に究竟様と一夜を共にするんだから」
「あの時会ったあの一瞬で、そんなに好きになったんですね。でもそんなに急がなくても、百合江お嬢様の美しさを前にして逃げて行く男などいないのに」
「縁談が決まったの」
「縁談!?」
「江戸一の薬問屋の三男坊ですって。歳は二回りも上らしいわ」
「二回りも!? それじゃあ18歳の百合江お嬢様よりもだから、42歳じゃないですか!」
「それだけじゃないわ。噂では小太りで顔も不細工で、いつもにやついている下品な男なんですって。でもしょうがないじゃない、大金持ちなんだもの。お父様の言い付けには逆らえないわ」
百合江の父親が経営する小間物問屋・志摩屋も金持ちの部類ではあるが、いつ経営状態が悪化するかは誰にもわからない。
大店の娘、況してや一人娘なら尚更、より金持ちの男と結婚して店の後ろ盾を得ることは生まれながらの宿命だ。
「お前にはわからないわ、あたしの気持ちなんて」
いつもあんなに強気なのに肩を震わせて俯いた百合江が、なんだかとても不憫に思えた。
裕福な家に何不自由なく生まれ育ち、こんなに美しくもあるのに好きな人とも結婚できないなんて。そしてそれを甘んじて受け止めようとしている。
「だから、そんな会ったこともない汚い男と結婚して抱かれる前に、一度でいいから憧れるくらい綺麗な男の人と、はじめてはしておきたいの」
蒼衣は究竟との目眩く夜を思い出した。
あの蕩けるような甘いだけじゃない激しく熱い快感の嵐。きっと百合江にも忘れられない夜になるのは間違いないだろう。
まさか自分がすでにその悦びを先に知っているとは、口が裂けても言えないが。
「うまくいくわよね?」
「え? ええ、もちろん」
「お前も究竟様があたしを気に入ってくれるように、うまく持ち上げるんだよ」
「はい」
蒼衣は拾われた時から志摩屋の奉公人としてではあるが、2歳下の百合江のことは生まれた時から知ってるし、恋愛感情こそないもののわがままな大事な妹だと思っている。
だから百合江が願うことはすべて叶えてあげたいとも思うのだった。
「脱いじゃえばこっちのものなんだから。あたしはおっぱいも大きいし」
それは実際には見たことはないが、蒼衣も着物の上からでも気付いていた。事実、百合江の胸を想像したこともある。
しかし以前なら百合江からこんな言葉を聞いたらどぎまぎしただろうに今は、究竟も百合江の胸の膨らみを思う存分悦んで愛撫するだろうなんて考えていた。
なぜならこんな自分にでさえ、あんなに細やかで濃厚な愛撫ができるのだから。
そうこうしていると人混みの中、漆黒の長い髪を春の夜風になびかせて颯爽と究竟が現れた。
目を伏せて歩く白く美しい頬を月明かりが照らし、神々しくも見える。行き交う人々もそのあまりの美しさに振り返って目を輝かせるくらいだ。
「究竟様!」
先ほどまで蒼衣と話している時とは大違いで目をキラキラと輝かせた百合江は、究竟に駆け寄るとその腕に手を回し、蠱惑的に長身の究竟の顔を見上げた。
美しいだけじゃなくこんな魅力的な女の子にあんなふうにされたら、落ちない男はいないだろう。
なぜか蒼衣は少し胸が締め付けられて苦しくなったが、究竟や百合江に気付かれないよう、努めて平静を装って微笑んだ。
連れ立って歌舞伎座の中に入ると、百合江が用意してくれた一等席に究竟を中心にして三人で並んで座った。
稲荷寿司と海苔巻の助六弁当を食べながら百合江は楽しそうに究竟に話しかける。究竟も満更でもないのか楽しそうに笑ったり、流し目を送ったりしている。
次第に究竟の視線が百合江だけのものになるにつれ、百合江を応援するつもりだった蒼衣の心はざわつきはじめ、落ち着かなくなっていった。
それは明らかに嫉妬という感情だった。
今までどんなに辛いことを言われても、父親のように接してくれる旦那様を独り占めされても、百合江に嫉妬したことなどなかったのに。
今ははっきりと、究竟を奪われたくないと思っている。
そんな想像もしていなかった醜い自分の感情と、これ以上仲良くなっていく究竟たちを見るに耐えられなくなった蒼衣は、まだ芝居も始まる前で百合江の言う予定より随分と早いが先に帰ることにした。
わざとらしく咳を2、3回して二人の会話を中断させる。
「あの、すみません。ちょっと風邪引いたみたいで熱っぽいので、先に帰りますね」
立ち上がろうとした蒼衣の手を究竟が握った。
「大丈夫か?」
そう言ってぐっと蒼衣の頭を手で引き寄せると、蒼衣の額に自分の額を合わせて熱を計った。鼻も唇ももう少しでぶつかりそうになるくらい近い。
究竟の肩越しに見える百合江が唖然としている。
「だ、大丈夫です! それじゃあ」
究竟の顔が近すぎて顔を赤くした蒼衣は、逃げるように歌舞伎座から出て行った。
立ち並ぶ飲食店や土産物屋の見世の看板行灯に火が灯り、賑やかに人々が行き交っていく。
仕事を終えた蒼衣は百合江と共に歌舞伎座の前で、究竟がやって来るのを待っていた。
「いい? わかってるわね? お前は芝居が始まったら腹が痛いとか熱っぽいとか言って先に帰るんだよ」
「はい、わかってます。二人の邪魔はしませんから」
「あたしは今夜、絶対に究竟様と一夜を共にするんだから」
「あの時会ったあの一瞬で、そんなに好きになったんですね。でもそんなに急がなくても、百合江お嬢様の美しさを前にして逃げて行く男などいないのに」
「縁談が決まったの」
「縁談!?」
「江戸一の薬問屋の三男坊ですって。歳は二回りも上らしいわ」
「二回りも!? それじゃあ18歳の百合江お嬢様よりもだから、42歳じゃないですか!」
「それだけじゃないわ。噂では小太りで顔も不細工で、いつもにやついている下品な男なんですって。でもしょうがないじゃない、大金持ちなんだもの。お父様の言い付けには逆らえないわ」
百合江の父親が経営する小間物問屋・志摩屋も金持ちの部類ではあるが、いつ経営状態が悪化するかは誰にもわからない。
大店の娘、況してや一人娘なら尚更、より金持ちの男と結婚して店の後ろ盾を得ることは生まれながらの宿命だ。
「お前にはわからないわ、あたしの気持ちなんて」
いつもあんなに強気なのに肩を震わせて俯いた百合江が、なんだかとても不憫に思えた。
裕福な家に何不自由なく生まれ育ち、こんなに美しくもあるのに好きな人とも結婚できないなんて。そしてそれを甘んじて受け止めようとしている。
「だから、そんな会ったこともない汚い男と結婚して抱かれる前に、一度でいいから憧れるくらい綺麗な男の人と、はじめてはしておきたいの」
蒼衣は究竟との目眩く夜を思い出した。
あの蕩けるような甘いだけじゃない激しく熱い快感の嵐。きっと百合江にも忘れられない夜になるのは間違いないだろう。
まさか自分がすでにその悦びを先に知っているとは、口が裂けても言えないが。
「うまくいくわよね?」
「え? ええ、もちろん」
「お前も究竟様があたしを気に入ってくれるように、うまく持ち上げるんだよ」
「はい」
蒼衣は拾われた時から志摩屋の奉公人としてではあるが、2歳下の百合江のことは生まれた時から知ってるし、恋愛感情こそないもののわがままな大事な妹だと思っている。
だから百合江が願うことはすべて叶えてあげたいとも思うのだった。
「脱いじゃえばこっちのものなんだから。あたしはおっぱいも大きいし」
それは実際には見たことはないが、蒼衣も着物の上からでも気付いていた。事実、百合江の胸を想像したこともある。
しかし以前なら百合江からこんな言葉を聞いたらどぎまぎしただろうに今は、究竟も百合江の胸の膨らみを思う存分悦んで愛撫するだろうなんて考えていた。
なぜならこんな自分にでさえ、あんなに細やかで濃厚な愛撫ができるのだから。
そうこうしていると人混みの中、漆黒の長い髪を春の夜風になびかせて颯爽と究竟が現れた。
目を伏せて歩く白く美しい頬を月明かりが照らし、神々しくも見える。行き交う人々もそのあまりの美しさに振り返って目を輝かせるくらいだ。
「究竟様!」
先ほどまで蒼衣と話している時とは大違いで目をキラキラと輝かせた百合江は、究竟に駆け寄るとその腕に手を回し、蠱惑的に長身の究竟の顔を見上げた。
美しいだけじゃなくこんな魅力的な女の子にあんなふうにされたら、落ちない男はいないだろう。
なぜか蒼衣は少し胸が締め付けられて苦しくなったが、究竟や百合江に気付かれないよう、努めて平静を装って微笑んだ。
連れ立って歌舞伎座の中に入ると、百合江が用意してくれた一等席に究竟を中心にして三人で並んで座った。
稲荷寿司と海苔巻の助六弁当を食べながら百合江は楽しそうに究竟に話しかける。究竟も満更でもないのか楽しそうに笑ったり、流し目を送ったりしている。
次第に究竟の視線が百合江だけのものになるにつれ、百合江を応援するつもりだった蒼衣の心はざわつきはじめ、落ち着かなくなっていった。
それは明らかに嫉妬という感情だった。
今までどんなに辛いことを言われても、父親のように接してくれる旦那様を独り占めされても、百合江に嫉妬したことなどなかったのに。
今ははっきりと、究竟を奪われたくないと思っている。
そんな想像もしていなかった醜い自分の感情と、これ以上仲良くなっていく究竟たちを見るに耐えられなくなった蒼衣は、まだ芝居も始まる前で百合江の言う予定より随分と早いが先に帰ることにした。
わざとらしく咳を2、3回して二人の会話を中断させる。
「あの、すみません。ちょっと風邪引いたみたいで熱っぽいので、先に帰りますね」
立ち上がろうとした蒼衣の手を究竟が握った。
「大丈夫か?」
そう言ってぐっと蒼衣の頭を手で引き寄せると、蒼衣の額に自分の額を合わせて熱を計った。鼻も唇ももう少しでぶつかりそうになるくらい近い。
究竟の肩越しに見える百合江が唖然としている。
「だ、大丈夫です! それじゃあ」
究竟の顔が近すぎて顔を赤くした蒼衣は、逃げるように歌舞伎座から出て行った。
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