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13 知らない天井
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「やっぱり、そう思いますか?」
「酷な事を言うようだが、その男は御主を愛してなどいない。初心な御主を虐めてその反応を見て楽しんでいるだけだ」
「……」
「本当に愛しているならそんなすぐに身体の関係にはならずに、心が通うまでじっくり大切にしてくれるはず」
「でも! 無理強いして傷つけたくないと言って、途中でやめてくれたんです……」
それが愛されているからではないとわかっている。でも今ここですべてを認めたら本当に立ち直れなくなりそうで、少しでも結城が希望をくれそうな言葉を言ってくれるよう強がった。
「それなら尚更だ。男というのはそこまで興奮したら、好いてる相手との行為を途中で止めるなんてできないよ」
さらに胸がずきんと痛む。すべて結城の言う通りだから。
「今頃その男は、愛してもいないその大店のお嬢様もひいひい言わせてるところだろう。まあそんなに美人で身体もいいなら、本気にもなるかもしれないが」
蒼衣の目から涙がこぼれた。
もう駄目だ。完全に答えは出た。
愛してくれていない男に遊ばれただけなのに、本気になって好きになってしまった自分が馬鹿だった。自分も遊びだと割り切れるならいいけれど、そんなのは到底無理だ。だってもう、あの男の一挙手一投足、自分を見つめるあの視線、身体中に憶えさせられた夢のような快感。すべてがもう忘れられない。
「深く傷ついたね。でもそれが、恋ってやつの代償だ」
結城が蒼衣の頬に流れた涙を指で拭ったが、まだまだ涙が溢れて止まらない。
「哀しい時は泣けばいい。拙者がすべて忘れさせてやろう」
そう言うと結城はそれまでの穏和な表情を一変させて蒼衣を力強く睨むと、蒼衣の額を人差し指でトンと小突いた。
その瞬間、蒼衣の目の前は真っ暗になり、ゆるゆると椅子の背もたれに倒れ込んだ。
仄かな行灯の灯りの中。一番最初に見えたのは知らない天井だった。
目が覚めて布団の上で寝ていることに気付いた蒼衣が横を見ると、知らない裸の男が一緒に布団の中で寝ているではないか。
慌てて布団から這い出て着ているものを確認する。着物の衿と裾は少し乱れていたものの寝ていたら有り得る範囲の乱れだけで、帯も締めたままだ。
頭ががんがんして気持ちも悪い。どうしてこんなところにいるんだろう?
居酒屋で慣れない自棄酒をして酷く酔ってそれから……それから……そうだ、この人に会って一緒に飲んだんだった。ええっと名前はたしか、結城と言っていた。
蒼衣が起きた気配を感じ取ったのか、布団の中で寝ていた結城が目を覚まして起き上がり布団の上で胡坐をかいた。
「酔いは醒めたか?」
「あ、あの、すみません、ここは?」
「拙者の屋敷だ。家まで送ろうにも御主が寝てしまったから場所がわからない。放っておくわけにもいかないから一緒に連れてきた」
「ご親切にありがとうございます。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。居酒屋で一緒に飲んでたのは憶えてるんですが、途中からの記憶が全く無くて……」
「無理もない。話しているうちに泣いて酔い潰れてしまったんだよ」
「居酒屋の支払いは?」
「拙者が済ませた」
蒼衣は着物を整え正座して両手をつくと、畳につきそうなくらい深々と頭を下げた。
「このたびは、奉公人風情が帯刀を許されたお侍様に大変なご無礼を致しましたこと、心よりお詫び申し上げます」
沈黙が続いた。いつ斬られてもおかしくない。蒼衣が覚悟を決めた時だった。
「あはははは!」
結城の高笑いが沈黙を破った。
「そんなに畏まらなくても良い。拙者のことは飲み友達とでも思ってくれ」
「でも……」
「顔を上げよ」
蒼衣は顔を上げて結城を改めて見た。
褌一丁の浅黒い裸身は筋肉隆々として太くがっしりしていて、いかにも侍らしく男らしいのに首から匂袋を提げているなかなかの洒落者だ。
蒼衣が裸身を見ているのに気付いたのか、結城が弁解するように言った。
「案ずるな。袴だと拙者も落ち着いて寝られぬから脱いだまでだ」
「あ、そういう意味では……」
内心ほっとしたのも束の間だった。
「それに」
結城がニヤリとする。
「布団に寝かしつけようとした拙者にしがみ付いて離れなかったのは、御主の方だぞ。致し方なく御主を抱いて寝てやったのだ」
恥ずかしさで耳まで赤くなる。自分はいつからそんな破廉恥になったのだろう。
「拙者にしがみ付きながら、戯言のように何度も『究竟』とかいう名を呼んでいた」
「あっ……」
折角忘れていたのに思い出してしまった。究竟という名前を聞くだけで胸が痛い。
「その究竟とやらが、御主を苦しめている想い人か?」
蒼衣はこくりとうなずいた。不思議だが結城にはなんでも話してしまう。
「拙者が忘れさせてやろうか?」
「え?」
布団の上で胡坐をかいていた結城はじりじりと蒼衣に近付くと徐に抱きしめた。
首から提げられた匂袋の香りで脳がとろけそうになる。ぼんやりとした意識のままでいるとだんだんと結城の厚い唇が迫ってきて蒼衣の唇に触れた。
唇を割って口内に侵入され舌を絡められた時、究竟のとは違う感触に我に返った蒼衣は結城の胸を押し返して唇を外した。
「あ、あの、もう帰ります」
「もう夜更けだぞ?」
「でも明日も仕事があるし」
「駕籠を呼ぼうか?」
「だ、大丈夫です。走って帰りますから。また改めて御礼に参りますので。それでは!」
お辞儀をして部屋を出ていく蒼衣の後ろ姿に結城は声を掛けた。
「また一緒に飲もうな」
結城の屋敷を出ると満月の光が煌々と寝静まった江戸の町を照らしていた。
またやらかしてしまった。知らない人と一緒に飲んで酔い潰れた挙句、口づけまでしてしまった。本当に自分は何をしているのだろう。
春の夜更けの冷たい空気に反省と後悔を繰り返して頭を冷やしながら、蒼衣は家路を急いだ。
「酷な事を言うようだが、その男は御主を愛してなどいない。初心な御主を虐めてその反応を見て楽しんでいるだけだ」
「……」
「本当に愛しているならそんなすぐに身体の関係にはならずに、心が通うまでじっくり大切にしてくれるはず」
「でも! 無理強いして傷つけたくないと言って、途中でやめてくれたんです……」
それが愛されているからではないとわかっている。でも今ここですべてを認めたら本当に立ち直れなくなりそうで、少しでも結城が希望をくれそうな言葉を言ってくれるよう強がった。
「それなら尚更だ。男というのはそこまで興奮したら、好いてる相手との行為を途中で止めるなんてできないよ」
さらに胸がずきんと痛む。すべて結城の言う通りだから。
「今頃その男は、愛してもいないその大店のお嬢様もひいひい言わせてるところだろう。まあそんなに美人で身体もいいなら、本気にもなるかもしれないが」
蒼衣の目から涙がこぼれた。
もう駄目だ。完全に答えは出た。
愛してくれていない男に遊ばれただけなのに、本気になって好きになってしまった自分が馬鹿だった。自分も遊びだと割り切れるならいいけれど、そんなのは到底無理だ。だってもう、あの男の一挙手一投足、自分を見つめるあの視線、身体中に憶えさせられた夢のような快感。すべてがもう忘れられない。
「深く傷ついたね。でもそれが、恋ってやつの代償だ」
結城が蒼衣の頬に流れた涙を指で拭ったが、まだまだ涙が溢れて止まらない。
「哀しい時は泣けばいい。拙者がすべて忘れさせてやろう」
そう言うと結城はそれまでの穏和な表情を一変させて蒼衣を力強く睨むと、蒼衣の額を人差し指でトンと小突いた。
その瞬間、蒼衣の目の前は真っ暗になり、ゆるゆると椅子の背もたれに倒れ込んだ。
仄かな行灯の灯りの中。一番最初に見えたのは知らない天井だった。
目が覚めて布団の上で寝ていることに気付いた蒼衣が横を見ると、知らない裸の男が一緒に布団の中で寝ているではないか。
慌てて布団から這い出て着ているものを確認する。着物の衿と裾は少し乱れていたものの寝ていたら有り得る範囲の乱れだけで、帯も締めたままだ。
頭ががんがんして気持ちも悪い。どうしてこんなところにいるんだろう?
居酒屋で慣れない自棄酒をして酷く酔ってそれから……それから……そうだ、この人に会って一緒に飲んだんだった。ええっと名前はたしか、結城と言っていた。
蒼衣が起きた気配を感じ取ったのか、布団の中で寝ていた結城が目を覚まして起き上がり布団の上で胡坐をかいた。
「酔いは醒めたか?」
「あ、あの、すみません、ここは?」
「拙者の屋敷だ。家まで送ろうにも御主が寝てしまったから場所がわからない。放っておくわけにもいかないから一緒に連れてきた」
「ご親切にありがとうございます。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。居酒屋で一緒に飲んでたのは憶えてるんですが、途中からの記憶が全く無くて……」
「無理もない。話しているうちに泣いて酔い潰れてしまったんだよ」
「居酒屋の支払いは?」
「拙者が済ませた」
蒼衣は着物を整え正座して両手をつくと、畳につきそうなくらい深々と頭を下げた。
「このたびは、奉公人風情が帯刀を許されたお侍様に大変なご無礼を致しましたこと、心よりお詫び申し上げます」
沈黙が続いた。いつ斬られてもおかしくない。蒼衣が覚悟を決めた時だった。
「あはははは!」
結城の高笑いが沈黙を破った。
「そんなに畏まらなくても良い。拙者のことは飲み友達とでも思ってくれ」
「でも……」
「顔を上げよ」
蒼衣は顔を上げて結城を改めて見た。
褌一丁の浅黒い裸身は筋肉隆々として太くがっしりしていて、いかにも侍らしく男らしいのに首から匂袋を提げているなかなかの洒落者だ。
蒼衣が裸身を見ているのに気付いたのか、結城が弁解するように言った。
「案ずるな。袴だと拙者も落ち着いて寝られぬから脱いだまでだ」
「あ、そういう意味では……」
内心ほっとしたのも束の間だった。
「それに」
結城がニヤリとする。
「布団に寝かしつけようとした拙者にしがみ付いて離れなかったのは、御主の方だぞ。致し方なく御主を抱いて寝てやったのだ」
恥ずかしさで耳まで赤くなる。自分はいつからそんな破廉恥になったのだろう。
「拙者にしがみ付きながら、戯言のように何度も『究竟』とかいう名を呼んでいた」
「あっ……」
折角忘れていたのに思い出してしまった。究竟という名前を聞くだけで胸が痛い。
「その究竟とやらが、御主を苦しめている想い人か?」
蒼衣はこくりとうなずいた。不思議だが結城にはなんでも話してしまう。
「拙者が忘れさせてやろうか?」
「え?」
布団の上で胡坐をかいていた結城はじりじりと蒼衣に近付くと徐に抱きしめた。
首から提げられた匂袋の香りで脳がとろけそうになる。ぼんやりとした意識のままでいるとだんだんと結城の厚い唇が迫ってきて蒼衣の唇に触れた。
唇を割って口内に侵入され舌を絡められた時、究竟のとは違う感触に我に返った蒼衣は結城の胸を押し返して唇を外した。
「あ、あの、もう帰ります」
「もう夜更けだぞ?」
「でも明日も仕事があるし」
「駕籠を呼ぼうか?」
「だ、大丈夫です。走って帰りますから。また改めて御礼に参りますので。それでは!」
お辞儀をして部屋を出ていく蒼衣の後ろ姿に結城は声を掛けた。
「また一緒に飲もうな」
結城の屋敷を出ると満月の光が煌々と寝静まった江戸の町を照らしていた。
またやらかしてしまった。知らない人と一緒に飲んで酔い潰れた挙句、口づけまでしてしまった。本当に自分は何をしているのだろう。
春の夜更けの冷たい空気に反省と後悔を繰り返して頭を冷やしながら、蒼衣は家路を急いだ。
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