江戸の奉公人ですが美しい神仙の封印を解いたら運命の人でした

闇雲シャルロッテ

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14 好きなのに……

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 満月の月影が作り出す自分の影を追いかけながら、蒼衣は無我夢中で家まで走って行った。
 家の前に着くと当然、家の中は暗いままだった。
 琥太郎はあの腕を組んで歩いていた若い女の家に泊まると言っていたし、究竟も今頃百合江と一緒に……。
 暗い部屋の戸を開けて中に入ると、暗闇の中で小さな赤い光が蛍のように付いたり消えたりしている。
 それは畳の上で片肘かたひじを突いて寝そべったまま、煙管きせる煙草たばこっている究竟だった。

「遅かったな。風邪かぜを引いて熱っぽいんじゃなかったのか?」

 窓の障子しょうじ越しの満月の光に照らされた究竟は、蒼衣の方を全く見ないまま煙草盆たばこぼんを引き寄せると煙管の灰を捨てた。

「お酒飲んだら治るかなって思って、居酒屋で飲んできたんです」
「誰と?」
「独りで」
「ふーん」
「究竟様こそ、こんな暗闇で何してるんです? 今、あかり付けますね」

 土間どま草履ぞうりを脱いで畳に上がり丸行灯まるあんどんに火を入れようとした蒼衣の手首を、究竟が掴んだ。

「嘘をつくな。お前の身体に知らない香の香りがみ付いているぞ。誰に抱かれた? 女か? いや、この香りは男か?」

 蒼衣はつかまれた手首を振り払った。

「究竟様には関係ないです」
「何?」
「究竟様こそ、百合江お嬢様とはどうだったんですか?」
「どういう意味だ?」
「とぼけないでください。百合江お嬢様に迫られたでしょ? それともその前に究竟様から? 百合江お嬢様はおっぱいが大きいから、男なら抱かずにいられるわけがないですもんね」
「やはりそういうことか。百合江に何を頼まれた?」
「別に何も」

 顔を背けた蒼衣のあごを究竟の細く長い指がつかんで、無理やり究竟の顔の真正面へと引き戻した。月明かりでも真剣な瞳で見つめられているのがわかった。

「男だな。どこまで許した? 口づけか? 愛撫あいぶか? それとも全部か?」
「究竟様が答えるなら答えます」
「百合江とはなんでもない」
「嘘」
「どうして信じようとしない?」
「だって……だって! 究竟様は僕の精が欲しいだけなんでしょ? 僕の精を呑んで神通力を取り戻したいだけなんでしょ!?」
「……琥太郎か」
「いいですよ、そんなに欲しいなら、イカせてくれればいくらでもあげますよ!」
「……」
「……利用するならすればいいです」
「違う。利用なんてしていない」
「何が違うの? 違うなら、好きな相手なら、最後まで抱いてくれるはずでしょ?」
「お前、おかしいぞ。酔っているとしても、らしくなさすぎる。誰に何を吹き込まれたんだ?」
「……僕のこと、少しでも好きでいてくれるなら、僕は我慢できるから、最後まで抱いてよ」

 蒼衣はすがるように究竟を見つめたが、究竟の硬い表情は変わらなかった。

「駄目だ、できない」
「! お願いしても駄目なんて……そんなに僕のことが嫌いなら……もういい!」

 走り去ろうとした蒼衣を究竟は抱き止めた。しかしその着物の胸元からははっきりと、百合江がいつもつけている香の香りがした。

「ほらやっぱり百合江様の香り! 究竟様の嘘つき!」

 蒼衣が振り払っても究竟はまた蒼衣の手首を掴んで、真っ直ぐに見つめた。感情がたかぶってしまっている蒼衣の目から涙が溢れている。

「ここはお前の家だ。お前が出ていく必要はない。俺が出ていく」

 掴んでいた蒼衣の手首を放し、煙管をくわえると究竟は振り返りもせずに部屋から出て行った。
 暗い部屋に閉められた戸の音が響く。
 最後に手首を掴まれた時、口づけして抱きしめてくれるのではないかとまだりずに淡い期待をしてしまった。しかし彼は迷うことなく出て行った。
 どこまで僕は馬鹿でひとがりなんだろう……。
 蒼衣は畳にして大声で泣いた。
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