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15 操
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慣れない酒を飲んだ二日酔いと一晩中泣いたこととで、蒼衣は瞼を腫らしたまま仕事をしていた。
思い出すのは究竟と喧嘩したことばかりだ。喧嘩というより一方的に泣き喚いていただけと言う方が正しいが。それにしてもなぜあんな子供みたいに食って掛かってしまったのだろう。酒のせいなのか、百合江への嫉妬のせいなのか、それとも結城と口づけして混乱していたからなのか。自分でもどうかしていたと思う。
いや単純に、究竟に失恋した事実が辛くて悲しくて寂しかっただけな気もする。それを駄駄っ児みたいに認めることができなかった。少し冷静になってみると、昨日の夜のことはすべて自分が悪いとはっきりとわかって、さらに蒼衣は自己嫌悪に陥った。
蔵で後悔ばかりしながら店の品物の整理をしていると、珍しく笑顔を見せながら百合江がやってきた。その笑顔を見てすぐに、やはり昨夜は究竟に抱かれて夢のような快楽の一夜を過ごしたのだなと思った。今日も百合江からは究竟の着物の胸元に残っていたものと同じ香の香りがする。あの広い胸に抱かれたのだと、わかっていてもまた嫉妬してしまう。
「ご機嫌ですね」
「わかるかい? ああ、昨夜は本当に夢のような目眩くひと時だった。お前にも感謝してるよ、ありがとう」
「それなら、よかったです」
また心にもないことを言ってしまう。本当は百合江が羨ましくて仕方ないのに。
「あらお前、なんだか瞼を腫らしてないかい?」
「そ、そんなことないですよ」
百合江に顔を覗かれて慌てて目をこすった。
「聞いておくれよ、昨日の話。芝居を見たあとね、究竟様を出会茶屋に誘って一緒に行ったんだ」
究竟はやはり嘘つきだ。百合江とは何でもないと言いながら出会茶屋に行っている。
「そこで二人きりで部屋に入って、究竟様に抱きついて口づけして、そのあと胸をはだけたら愛撫してくれて……」
ああ、もう聞きたくない。嫉妬している対象本人から究竟に抱かれる話など。
「あんなに気持ちがいいものとは思わなかった。身体中熱くなってじんじん疼いて喘ぎ声が止まらなくて……一頻り愛撫してくれたあと、究竟様はあたしのはだけていた着物の……」
今まで百合江の使用人として一度も逆らったことはなかったが、もう話を聞くのは限界だった。このまま何も言わず立ち去ってしまおうと、横を向いた時だった。
「はだけていた衿元を合わせて、着物を着せたんだ」
「え?」
「それで終わり。究竟様はあたしを抱いてくれなかった」
「そんな! どうして?」
「好きな人がいるんだってさ」
「好きな人!?」
「ああ。その人に操を立てたいから抱けないって。百合江はとても魅力的だけどごめんねって、謝ってくれた」
究竟が百合江を抱かなかったこと、さらに究竟に好きな人がいることを知って、また違う感情が蒼衣を襲った。
百合江よりもっと強敵が現れたのだ。その強敵に自分が勝てることはない。
それでも究竟が誰を好きなのか知る怖さより知りたい欲の方が勝った蒼衣は、できるだけ平静を装いつつも勇気を出して百合江に聞いてみた。
「究竟様の好きな人って、誰ですか?」
答えを待つ時間が長く感じる。
「そんなの自分で本人に聞きなよ」
「ですよね。あはは……」
勇気を出して聞いたのに空振りしてしまい残念な気持ちを隠す蒼衣に構わず、百合江は話し続ける。
「でもね、そのあと、自分は抱けないから代わりにって、究竟様がとっても男前でかわいくて床上手な人を呼んでくれたんだ。語尾に猫言葉をつけて話す♡」
「もしかして、琥太郎さん!?」
「そうさ。琥太郎様が何度もあたしを天国へ連れて行ってくれた。今夜も茶屋で逢引きするんだ。またあの夢のような世界に行けるなんて、楽しみで仕方ない。お前は精精仕事頑張るんだよ、じゃあね」
よほど満たされたのだろう、百合江は振袖の袂を振りながら機嫌よく去って行った。
まさか究竟ではなく琥太郎に抱かれていたとは思いも寄らなかった。百合江が満足しているならそれで良いが。
しかし、究竟が百合江を抱いていないことを知って嫉妬心から逃れたのも束の間、新たな問題が発生してしまった。究竟が好きな人とはいったい誰なのだろう。あんなに美しい男に愛されるのだからきっと、百合江以上にもっとこの世の者とは思えないほどの美人なのだろう。事実、究竟もこの世の者ではないのだから、その美人もそうかもしれない。
それに引き換え自分は……。
究竟と出会ってからどんどん自分を見失っていく。愛欲塗れの人間、それだけは違いないだろうが。蒼衣は大きくため息をついた。
そんな気持ちを抱えたまま夜になり、仕事を終えて店の外に出ると驚いた。結城が蒼衣を待っていたのだ。
「結城様! どうしてここへ!?」
「昨日、日本橋の志摩屋で働いてるって言っていただろ? ちゃんと無事に帰れたか心配で様子を見に来たんだ」
「そんな心配までしてくれて……こちらが御礼に行くべきなのに。本当にありがとうございます」
「仕事は終わったのか?」
「はい」
「じゃあ、何か腹ごしらえしよう」
「でも……」
「言ったろ? 拙者たちは飲み友達だと。さあ、行こう」
肩を抱かれて半ば強引に蒼衣は結城に連れられて歩きだした。
その二人の後ろ姿を、百合江と逢引きするため迎えに来た琥太郎が見ていた。
思い出すのは究竟と喧嘩したことばかりだ。喧嘩というより一方的に泣き喚いていただけと言う方が正しいが。それにしてもなぜあんな子供みたいに食って掛かってしまったのだろう。酒のせいなのか、百合江への嫉妬のせいなのか、それとも結城と口づけして混乱していたからなのか。自分でもどうかしていたと思う。
いや単純に、究竟に失恋した事実が辛くて悲しくて寂しかっただけな気もする。それを駄駄っ児みたいに認めることができなかった。少し冷静になってみると、昨日の夜のことはすべて自分が悪いとはっきりとわかって、さらに蒼衣は自己嫌悪に陥った。
蔵で後悔ばかりしながら店の品物の整理をしていると、珍しく笑顔を見せながら百合江がやってきた。その笑顔を見てすぐに、やはり昨夜は究竟に抱かれて夢のような快楽の一夜を過ごしたのだなと思った。今日も百合江からは究竟の着物の胸元に残っていたものと同じ香の香りがする。あの広い胸に抱かれたのだと、わかっていてもまた嫉妬してしまう。
「ご機嫌ですね」
「わかるかい? ああ、昨夜は本当に夢のような目眩くひと時だった。お前にも感謝してるよ、ありがとう」
「それなら、よかったです」
また心にもないことを言ってしまう。本当は百合江が羨ましくて仕方ないのに。
「あらお前、なんだか瞼を腫らしてないかい?」
「そ、そんなことないですよ」
百合江に顔を覗かれて慌てて目をこすった。
「聞いておくれよ、昨日の話。芝居を見たあとね、究竟様を出会茶屋に誘って一緒に行ったんだ」
究竟はやはり嘘つきだ。百合江とは何でもないと言いながら出会茶屋に行っている。
「そこで二人きりで部屋に入って、究竟様に抱きついて口づけして、そのあと胸をはだけたら愛撫してくれて……」
ああ、もう聞きたくない。嫉妬している対象本人から究竟に抱かれる話など。
「あんなに気持ちがいいものとは思わなかった。身体中熱くなってじんじん疼いて喘ぎ声が止まらなくて……一頻り愛撫してくれたあと、究竟様はあたしのはだけていた着物の……」
今まで百合江の使用人として一度も逆らったことはなかったが、もう話を聞くのは限界だった。このまま何も言わず立ち去ってしまおうと、横を向いた時だった。
「はだけていた衿元を合わせて、着物を着せたんだ」
「え?」
「それで終わり。究竟様はあたしを抱いてくれなかった」
「そんな! どうして?」
「好きな人がいるんだってさ」
「好きな人!?」
「ああ。その人に操を立てたいから抱けないって。百合江はとても魅力的だけどごめんねって、謝ってくれた」
究竟が百合江を抱かなかったこと、さらに究竟に好きな人がいることを知って、また違う感情が蒼衣を襲った。
百合江よりもっと強敵が現れたのだ。その強敵に自分が勝てることはない。
それでも究竟が誰を好きなのか知る怖さより知りたい欲の方が勝った蒼衣は、できるだけ平静を装いつつも勇気を出して百合江に聞いてみた。
「究竟様の好きな人って、誰ですか?」
答えを待つ時間が長く感じる。
「そんなの自分で本人に聞きなよ」
「ですよね。あはは……」
勇気を出して聞いたのに空振りしてしまい残念な気持ちを隠す蒼衣に構わず、百合江は話し続ける。
「でもね、そのあと、自分は抱けないから代わりにって、究竟様がとっても男前でかわいくて床上手な人を呼んでくれたんだ。語尾に猫言葉をつけて話す♡」
「もしかして、琥太郎さん!?」
「そうさ。琥太郎様が何度もあたしを天国へ連れて行ってくれた。今夜も茶屋で逢引きするんだ。またあの夢のような世界に行けるなんて、楽しみで仕方ない。お前は精精仕事頑張るんだよ、じゃあね」
よほど満たされたのだろう、百合江は振袖の袂を振りながら機嫌よく去って行った。
まさか究竟ではなく琥太郎に抱かれていたとは思いも寄らなかった。百合江が満足しているならそれで良いが。
しかし、究竟が百合江を抱いていないことを知って嫉妬心から逃れたのも束の間、新たな問題が発生してしまった。究竟が好きな人とはいったい誰なのだろう。あんなに美しい男に愛されるのだからきっと、百合江以上にもっとこの世の者とは思えないほどの美人なのだろう。事実、究竟もこの世の者ではないのだから、その美人もそうかもしれない。
それに引き換え自分は……。
究竟と出会ってからどんどん自分を見失っていく。愛欲塗れの人間、それだけは違いないだろうが。蒼衣は大きくため息をついた。
そんな気持ちを抱えたまま夜になり、仕事を終えて店の外に出ると驚いた。結城が蒼衣を待っていたのだ。
「結城様! どうしてここへ!?」
「昨日、日本橋の志摩屋で働いてるって言っていただろ? ちゃんと無事に帰れたか心配で様子を見に来たんだ」
「そんな心配までしてくれて……こちらが御礼に行くべきなのに。本当にありがとうございます」
「仕事は終わったのか?」
「はい」
「じゃあ、何か腹ごしらえしよう」
「でも……」
「言ったろ? 拙者たちは飲み友達だと。さあ、行こう」
肩を抱かれて半ば強引に蒼衣は結城に連れられて歩きだした。
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