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25 あぶく立つ血の池
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そして旅立ってから10日目の日付が変わるぎりぎり、午前零時前。究竟と琥太郎は屋敷に到着した。屋敷の中は灯りがついているのに静まり返っている。
「蒼衣!」
おかしい。究竟が名を呼んでも出迎えもなければ返事もない。
ふと琥太郎が、玄関の土間の上に落ちている白い紙人形を見つけた。紙人形の心臓部分は剣で貫かれたような痕がある。
「究竟様! きっと蒼衣様は間宮が寄こした式神に襲われたニャ!」
「しまった! 遅かった!」
「でも式神は、心臓を刺されて始末されてるニャ」
「まさか。蒼衣にそんなことができるとは思えん。どこだ蒼衣!」
究竟たちは血相を変えて複数の部屋の中を探し回った。そして一番奥の座敷の中の盛大な御馳走の傍で、失神して倒れている百合江を見つけた。
「百合江ちゃん!」
琥太郎が百合江を抱き起こすと百合江はうっすらと目を開いた。
「ん……ここはどこ?」
「究竟様の屋敷ニャ。一体何があったニャ?」
「ええっと、たしか……不細工な婚約者と実際に会ってみたらやっぱり好きでもない人と結婚するのが嫌で、神社の裏で独りで泣いていたら結城とかいう侍が話しかけてきて……」
「何!? 結城だと!?」
「話しているうちにいきなり額を指でこつんと突かれて。何だか知らないけれど自分の意思とは無関係にここに来て……蒼衣に究竟様の神通力とか死んでしまうとかわけの分からない話をして……出ていく蒼衣を見送った……」
「蒼衣はどこへ行ったんだ?」
「わからない。ちょっと出かけてくるって。すぐに戻るからって」
「さては結城の屋敷に行ったな。俺の神通力を取り戻すため、間宮に結界を解くように頼みに行ったんだ」
「あたし、どうしちゃったの?」
「百合江ちゃんは結城という男に催眠術をかけられていたニャ」
「催眠術?」
「親に決められた男との結婚が嫌で泣いている百合江の心の隙間に付け入ったのだ。しかしもうその術は解けているから安心しろ。琥太郎、家まで送ってやれ」
「究竟様、まさか独りで間宮の屋敷に!?」
「お前が一緒に行っても結果は同じだ。それならここで、最後の別れをしよう」
「イヤにゃ! 最後まで一緒に闘うって約束したニャ! 究竟様が死ぬなら琥太郎も一緒に死ぬニャ!」
琥太郎は究竟の足にしがみついて泣いた。究竟は琥太郎の頭を何も言わず撫でてやった。
「究竟様、あたしには何が起こっているのかよくわからないけれど、琥太郎様を一緒に連れていってあげて。あたしは一人で大丈夫だから」
「百合江ちゃん!」
「そして、蒼衣を助けてあげて」
気丈に振舞う百合江の頬に、究竟は軽く口づけた。
「恩に着る。琥太郎、行くぞ!」
颯爽と究竟が部屋から出ていく。琥太郎は百合江を見つめて抱き寄せて熱い口づけをすると、究竟の後を追って出て行った。
「結城」の表札が掲げられた屋敷の門の前で蒼衣は決意していた。
もう何があっても怯まない。たとえ自分が死ぬことになるとしても。自分に張られた結界を破り、究竟を死なせないために神通力を取り戻すことができるなら。
門を開けようとすると勝手に扉が開いた。間宮は蒼衣が来たことを知っているのだろう。屋敷の中に入り、覚えのあるあの忌まわしい部屋へと向かい襖を開けた。
しかしそこは結城の屋敷の座敷部屋であるはずなのに、襖を開けた向こうは別世界だった。
果てが見えない暗闇の中でいくつもの松明に火が灯されていて、その中心にあぶく立つ真っ赤な血の池がある。
その中には木材で作られた十字の磔台が建っていた。磔台には鉄製の拘束具が取り付けられている。
その血の池に浮いている木舟の上に間宮は立っていた。
「言っただろ? 蒼衣。お前は必ずお前の方からわしに抱かれに来ると」
「ここはどこ? 前に来た時は普通の畳の部屋だったのに」
「これはわしの精神世界だ。お前はもう逃げられん」
後ろを振り返ると襖がなくなっていて、元の世界への出入り口はなくなっていた。この間宮の精神世界を蒼衣は大嫌いだと思った。
「逃げはしません。だから、僕に張った結界を解除してください」
「さあ、どうしようかな」
「僕が死んだら、破れますか?」
血の池の岸辺に立っていた蒼衣は、着物の袂から流離の道具売りの翁から貰った鉄剣を取り出して自分の頸動脈に突き立てた。鉄剣は鈍色のままだ。
「お前が死んでも破れないどころか、究竟の神通力も消滅するぞ。さあ、どうする? 無駄だとわかっていてもわしに抱かれて請うか?」
蒼衣は手に持っていた鉄剣をそのまま岸辺に落とし、自ら血の池の中に入って間宮がいる木舟へと向かうことにした。
なぜならきっと、自分に張られた結界を解除する方法は、間宮と交わることだから。
本当はそれを究竟も知っているのだろう。知っているからこそ神通力を取り戻そうとしなかったし、蒼衣にも言わなかった。知ったら蒼衣が間宮に抱かれに行くとわかっていたから。
でももう自分はどうなってもよかった。間宮の言いなりになって心も身体も失おうとも、今の自分にできることはこれしかない。
「蒼衣!」
おかしい。究竟が名を呼んでも出迎えもなければ返事もない。
ふと琥太郎が、玄関の土間の上に落ちている白い紙人形を見つけた。紙人形の心臓部分は剣で貫かれたような痕がある。
「究竟様! きっと蒼衣様は間宮が寄こした式神に襲われたニャ!」
「しまった! 遅かった!」
「でも式神は、心臓を刺されて始末されてるニャ」
「まさか。蒼衣にそんなことができるとは思えん。どこだ蒼衣!」
究竟たちは血相を変えて複数の部屋の中を探し回った。そして一番奥の座敷の中の盛大な御馳走の傍で、失神して倒れている百合江を見つけた。
「百合江ちゃん!」
琥太郎が百合江を抱き起こすと百合江はうっすらと目を開いた。
「ん……ここはどこ?」
「究竟様の屋敷ニャ。一体何があったニャ?」
「ええっと、たしか……不細工な婚約者と実際に会ってみたらやっぱり好きでもない人と結婚するのが嫌で、神社の裏で独りで泣いていたら結城とかいう侍が話しかけてきて……」
「何!? 結城だと!?」
「話しているうちにいきなり額を指でこつんと突かれて。何だか知らないけれど自分の意思とは無関係にここに来て……蒼衣に究竟様の神通力とか死んでしまうとかわけの分からない話をして……出ていく蒼衣を見送った……」
「蒼衣はどこへ行ったんだ?」
「わからない。ちょっと出かけてくるって。すぐに戻るからって」
「さては結城の屋敷に行ったな。俺の神通力を取り戻すため、間宮に結界を解くように頼みに行ったんだ」
「あたし、どうしちゃったの?」
「百合江ちゃんは結城という男に催眠術をかけられていたニャ」
「催眠術?」
「親に決められた男との結婚が嫌で泣いている百合江の心の隙間に付け入ったのだ。しかしもうその術は解けているから安心しろ。琥太郎、家まで送ってやれ」
「究竟様、まさか独りで間宮の屋敷に!?」
「お前が一緒に行っても結果は同じだ。それならここで、最後の別れをしよう」
「イヤにゃ! 最後まで一緒に闘うって約束したニャ! 究竟様が死ぬなら琥太郎も一緒に死ぬニャ!」
琥太郎は究竟の足にしがみついて泣いた。究竟は琥太郎の頭を何も言わず撫でてやった。
「究竟様、あたしには何が起こっているのかよくわからないけれど、琥太郎様を一緒に連れていってあげて。あたしは一人で大丈夫だから」
「百合江ちゃん!」
「そして、蒼衣を助けてあげて」
気丈に振舞う百合江の頬に、究竟は軽く口づけた。
「恩に着る。琥太郎、行くぞ!」
颯爽と究竟が部屋から出ていく。琥太郎は百合江を見つめて抱き寄せて熱い口づけをすると、究竟の後を追って出て行った。
「結城」の表札が掲げられた屋敷の門の前で蒼衣は決意していた。
もう何があっても怯まない。たとえ自分が死ぬことになるとしても。自分に張られた結界を破り、究竟を死なせないために神通力を取り戻すことができるなら。
門を開けようとすると勝手に扉が開いた。間宮は蒼衣が来たことを知っているのだろう。屋敷の中に入り、覚えのあるあの忌まわしい部屋へと向かい襖を開けた。
しかしそこは結城の屋敷の座敷部屋であるはずなのに、襖を開けた向こうは別世界だった。
果てが見えない暗闇の中でいくつもの松明に火が灯されていて、その中心にあぶく立つ真っ赤な血の池がある。
その中には木材で作られた十字の磔台が建っていた。磔台には鉄製の拘束具が取り付けられている。
その血の池に浮いている木舟の上に間宮は立っていた。
「言っただろ? 蒼衣。お前は必ずお前の方からわしに抱かれに来ると」
「ここはどこ? 前に来た時は普通の畳の部屋だったのに」
「これはわしの精神世界だ。お前はもう逃げられん」
後ろを振り返ると襖がなくなっていて、元の世界への出入り口はなくなっていた。この間宮の精神世界を蒼衣は大嫌いだと思った。
「逃げはしません。だから、僕に張った結界を解除してください」
「さあ、どうしようかな」
「僕が死んだら、破れますか?」
血の池の岸辺に立っていた蒼衣は、着物の袂から流離の道具売りの翁から貰った鉄剣を取り出して自分の頸動脈に突き立てた。鉄剣は鈍色のままだ。
「お前が死んでも破れないどころか、究竟の神通力も消滅するぞ。さあ、どうする? 無駄だとわかっていてもわしに抱かれて請うか?」
蒼衣は手に持っていた鉄剣をそのまま岸辺に落とし、自ら血の池の中に入って間宮がいる木舟へと向かうことにした。
なぜならきっと、自分に張られた結界を解除する方法は、間宮と交わることだから。
本当はそれを究竟も知っているのだろう。知っているからこそ神通力を取り戻そうとしなかったし、蒼衣にも言わなかった。知ったら蒼衣が間宮に抱かれに行くとわかっていたから。
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