《mix:you》

LYSA

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はじまり 駿と玲央

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「……えっと。君も、誰?」

 明らかに失礼な返事だが、そもそも向こうの態度が失礼なのだから、致し方ない。
 玲央は苦笑いしながら尋ね返した。
 だが、男が名乗る様子はない。切れ長の三白眼はかなり目つきが悪く、ルーズな着こなしも相まってどこかの不良に見える。男女問わず柄の悪そうな外見を見慣れている玲央だが、彼はそれでもどこか近寄りがたかった。
 ハリネズミみたいになって、外界を拒否しているのかもしれない。玲央はなぜかそう思った。
 彼は黙って玲央を見ている。気だるげな外見とはまったく違う、ぎらぎらとした熱さをまとった眼光が、玲央を射抜く。
 なぜか、怖いとは思わなかった。
 スマホから流れる伴奏と波の音、ときおり車道を走る車の音が、二人の間にある音だった。
 玲央ははっとした。思わずあっ、と叫んでいた。男が目を見開く。

「ん、んだよ、やんのか」

「その、音と……君の歌!」

 見た目と態度の印象が悪すぎて、どうしてビーチまで来たのかを忘れていた。
 スマホから流れる伴奏は、弦をかき鳴らす指とピックに熱情を迸らせていた。そうだ、この音に魂をつかまれたのだ。玲央の頬が知らず知らずのうちにゆるむ。

「いい音楽だね。俺、好きだよ」

 玲央は、ひと呼吸だけ間を置いた。

「――混ざってるから」

 つい、そんな言葉を続けてしまう。こんな感覚的なものを理解してくれるのは、親友の尚弥だけなのに。
 案の定、目の前の彼は驚いたように目を見開いている。目つきが悪いくせに、かわいいな、と玲央は思った。

「でも、あんまり整ってないね。とりあえず出してるだけって感じ。もっと手を入れれば絶対よくなると思う」

 玲央は、なんの迷いもなくそう言った。この男を近寄りがたいと思った自分の気持ちは、どこかに飛んでいた。
 玲央はふだん、学校や家庭で自分を出していない。周囲とうまくやるために、彼らの理想の"優等生"を演じているだけにすぎない。音楽に浸るための隠れ蓑としてだ。
 その反動なのか、音楽に関することにはあまり物怖じしない。この音は、絶対によくなる。その確信にも似た思いを、彼に伝えたかった。
 玲央の予想とちがい、彼は怒ったり、気分を害したりしなかった。
 かなり凶悪な目つきには戻ったが、反面、自信がなさそうにつぶやいた。

「なあ、おまえにもあんのか」

「何が?」

 玲央は問い返す。だが、何を聞かれているのか、うっすらとわかる気がした。

「なんか、胸の奥というか、腹ん中にあんだよ。どうしようもなくて……歌いてぇって、気持ちが……音が」

 彼の言うことは支離滅裂で、幼児がしゃべるように途切れ途切れだった。
 けれど玲央は笑わなかったし、眉をひそめもしなかった。ただ、うなずいただけだ。

「……あるよ」

 スマホから流れていた伴奏が、まるで映画の演出のように止まった。ざあ、と波が引く。

「俺はただ、音楽が好きなんだ。君は?」

「……オレは」

 彼は一瞬だけ口ごもったが、すぐに答えた。迷いのない口調で。

「……好きだ。音楽がないと、生きていけない」

 玲央はその言葉を聞いて、にっこりと笑った。彼の気持ちに対する意見などなかった。あの音を聞けば、それが本当かどうかはわかる。
 引いた波が打ち寄せた。
 そのとき、タイミングを見計らったように玲央のスマホが鳴った。遅刻しないように設定していたアラームだ。

「あ! やば、バイト行かなきゃ! ごめん急に声かけて! じゃあね!」

 玲央は彼に背を向けた。走り出そうとした瞬間、急に手首を掴まれた。がくん、と体が引き戻される。思いのほか強い力に、玲央は顔をしかめた。

「いっ……痛っ!」

 振り返った先にいた彼の顔は、さっきまでとはまるで違っていた。
 肩は落ち、唇はかすかに震えている。さっきまで目の奥に宿っていた鋭い光は、もう見当たらなかった。
 一瞬だけ、目が合う。けれど、すぐに逸らされた。まるで、「置いていかないで」と言いたい子どものような――そんな表情。
 玲央は少しだけ胸が締めつけられた。何も言わないけれど、伝わってくる。
 声をかければ、今にも泣き出しそうな気がした。
 例えるならば、親と離れ離れになった迷子のよう、だった。
 玲央は世間の高校生よりも優しい気質をしていたので、その哀れを誘う表情を、放っておくことがどうしてもできなかった。
 きっと、何か嫌なことでもあったのだろう。それか彼も、自分と同じような、虚しかったり、悲しかったりという感情をずっと持っているのかもしれない。
 おあつらえ向きのように、音楽とはそういった感情を昇華できるものだった。

「えっと。……俺のバイト先、来る? ライブハウスなんだけど」

 彼はしゅんとしたまま黙っている。本当に、今にも大声で泣き出しそうな幼児みたいだ。
 玲央はなぜか慌ててしまい、あわあわと呼びかける。

「オーナーに事情話せば、たぶん大丈夫だと思う。いや、ちゃんとしたライブハウスだよ! あ、あの、その、未成年には絶対ソフドリだし――」

「行く」

 短い返答のあとに、さっと手が離された。しゅんとした表情は、さっきの凶悪顔に戻っていた。
 泣いたカラスがもう笑った、という慣用句があるけれど、そのままだな、と玲央は密かに思った。言うと怒りそうなので言わなかったが、きっと賢明な判断だっただろう。

「じゃ、すぐそこだから」

 さすがに手を繋ぐわけはなかったが、玲央が先導すると、彼は黙ってついてきた。それに玲央はほっとする。
 わかるのだ。人間には、一人ではどうしても耐えられないときというものがある。その孤独感が、少しでも薄れればいいと――玲央は初対面のはずの男に、そう思った。
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