水族館

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始まりのウイルス

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硝子の箱庭。
私がその言葉を耳にしたのは閉館ギリギリの水族館のある水槽の前だった。
以前、大きな水槽で買われていたその魚はいまや隅っこに追いやられ、
あのときの威厳を忘れたのか亡くしたのか小さな水槽を気にもせず
泳いでいた。彼もまた被害を受けたものなのだろう。
あぁ、あの時が懐かしく感じるよ。
水槽の中で暇そうに泳いでいる君なら私の昔話を静かに聞いてくれそうだ。
約20年前、この世界は大きく変わった。その時代、世界有数の経済大国
の一つが世界中にウイルスをばらまくというテロを起こした。
かなりの規模のテロだった為、世界人口の約2/3が消滅した。
彼らが撒いたウイルスは特効薬がなくそれは20年経った今でも開発できていない。若い頃の私はウイルスの薬を作るのが夢だった。
完成させればヒーローになれると思っていた。
確かに私は夢を叶えられた。様々なウイルスの薬を作った。偉大な者に与えられる、名誉な賞ももらった。でも、満たされなかった。あのウイルスの薬を作りたい、と心が強く欲していた。だけどその夢は叶えられないものだった。
あのテロの時にばら撒かれたウイルスは人を溶かしてしまうという特性を持っていた。いくらウイルス対策本部を立ち上げウイルスについて研究してももう助けられるものはいなかった。全員もう用無しなのだ。
私には頭の回転が早い学者も計算しかできない能無しの数学者も要らなかった。この世界にはウイルス達とわたし。それだけで充分だ。

でもあることに気づいた。いらないなら、必要がないなら消せばいい。
あのウイルスをもう一度生み出し彼らを消滅させればいい。
またあのウイルスがこの世界に蔓延すればきっと薬が必要になるだろう。
邪魔な奴らがいなくなった最高の世界で私は自分が人生をかけて作りたかった薬を作ることができる。それから私は薬を生み出す事よりもウイルスを作ることに没頭した。世間は私の事を天才から落ちた奴と呼び学者たちは気味が悪そうに遠巻きに私の方を見ながら陰口を叩く。
でもどうせこのウイルスが完成したら消えてしまうんだ。
今ぐらい、好きな噂をさせてあげよう
その時はずっとそう思っていたよ。
勿論、彼らには死んでもらうつもりだった。
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