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出会い

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 これは赤井空が中学一年生になって、三ヶ月が経った頃の話である。



 空は学校が嫌いだった。


 勉強が嫌いとか、友達がいないとか、そのような小さな理由では断じてない。


 空はイジメにあっていたのだ。


「赤井、ここから飛び降りてみろよ」

 ここは空の地元から少し離れた場所の、マンションのニ階。後ろには知らない人の家があるがそんな事は気にもせず、クラスメイトの男が低いトーンで言ってきた。

「む、無理だよ」

「は? いいから飛べよ」

 男は無理やり落とそうと、空の体を持ち上げる。周りにいたクラスメイト二名も、後に続いて空を持ち上げた。

 空は必死に抵抗したが、男三人の力に敵うはずもなく、あえなく落下した。

 幸い背中から落下することができたので、転がって受け身を取れた。しかし、それでも体身に激痛が走り、内臓は悲鳴を上げている。止まることのない嗚咽感と、いじめられているという悔しい気持ちが、地面でのたうち回る空を完全に支配していた。

 いじめているのはクラスメイトの不良三人組。この三人とは中学一年生になって初めて出会ったのだが、一ヶ月もしないうちにイジメのターゲットにされた。

 初めは授業中に物を投げられたり筆箱を隠されたりと、可愛いイジメだったのが徐々にエスカレートしていき、今では自転車で少し離れた場所まで呼び出されてマンションの二階から投げられるという、激烈なものになっている。

 痛みが引き、段々と意識が遠のく。

「おい、起きろよ」

「死んだんじゃねーの? 」

 三人が空を叩いて起こそうとする。するとそのうち、リーダーの一人が怒って空を持ち上げ、

「誰が寝て良いって言った!? あぁ!? 」

「ご、ごめんなさい」

 俺は、謝ることしかできなかった。


 このイジメがきっかけで、空の対人恐怖は蓄積されていくのだった。


 そんなある日。

 空の家の近くの公園で、いつもの三人に殴られていた。親や先生にはバレないように、顔には傷をつけないように体を中心に暴力を受ける。家族に心配をかけたくなかった空は、誰にも気づから無いように今まで過ごしてきたのだが、家が近いこともあってこの公園で殴られているのはまずい。そう考えた空は、周りをキョロキョロしながら、

「ここ、僕の家と近くて、だから」

「はぁ? 知らねぇよそんなこと」

「プロレスしてるって言えば、大丈夫だろ」

 三人は馬鹿みたいに笑いながら、空を囲んでいた。そしてまた、軽いノリで肩を殴られる。

 その時だった。

 空の前に、ヒーローが現れたのは。


「おい、お前ら何してんだ? 」

「あぁ? 」

 白色に染めた髪に、細身で高い身長。歳は同じくらいだろうか。イケメンというよりかは男前な顔だが、表情が無愛想な為とても怖い印象を受ける。

「誰だお前? こいつの知り合い? 」

「いや、違うが。」

「今プロレスごっこやってるんだよ。何だったらお前も混ぜてやろうか? 」

「プロレスごっこ、には見えなかったな。というか殴ってたし。まぁいいや、じゃあ混ぜてくれよ」

「いいぜ」

 不良は不敵な笑みを浮かべた後、三人係でヒーローに突っ込む。

 だがこのヒーローは、尋常じゃないほど強かった。

 あっという間に傷だらけになった不良達は、土下座で彼に謝った。

「すみませんでした! 完全に舐めてました! プロレスごっこはもうやめます! 失礼しました! 」

 そう言い残して、三人は走って公園から去って行った。空はただ、目の前に現れたヒーローを見つめていた。

 彼は怖い顔をしたままだったが、親しみやすいような優しい口調で

「大丈夫か? 」

「はい。大丈夫です 」

「そうか。お前、名前は? 」

「赤井空です」

「そうか。じゃあな、空」

 そう言って公園から立ち去ろうとする彼を、咄嗟に呼び止める空。

「あの! 名前教えてもらっても良いですか? 」

「名乗るほどのものでもねぇよ」

「名前、教えて欲しいです! 」

「しつこいな。……俺は、天条白(あまじょうはく)だ。」

 格好良く帰ろうとした白は、照れながら名前を教えてくれた。空は、白の顔を真剣な眼差しで見つめ

「俺は、どうやったら貴方のように強くなれますか? 」

「どうやったら、か」

 白はしばらく考えた後、答えを見つけ出した。

「お前、どこ中学? 」

「港中学です! 」

「何年? 」

「一年です! 」

「俺の一年後輩か。じゃあ明日の放課後、校門で待ってろ。お前を強くしてやるよ」

「わかりました! よろしくお願いします! 」

 そして翌日。

不良達は完全に白に怯えている様子で、学校で空に危害を加えることはなくなっていた。

 空が校門で十分ほど待っていると、白がやってきた。

「よし、いくか」

「どこ行くんですか? 」

「空手の道場」

 そう言って、空は道場に連れて行かれた。

 それから白が高校生になるまでの間、空と白は同じ道場で共に過ごした。

 お陰様で、確かに空の体は強くなった。だが、それから三年経った今でも、空の対人恐怖は無くならないのであった。


✩.*˚


 美琴が、美羽の胸で泣いていた頃。

 俺は部活終わりに白先輩と下校中「公園で少し話さないか? 」という白先輩からの提案に乗り、公園のベンチで座っていた。

 六月中旬の、生暖かい風が吹く。辺りは暗くなり始めているが、まだ完全に真っ暗というわけではない。公園の時計を確認すると、六時半であることがわかった。

 白先輩は公園に着くなり自販機に向かい、缶コーヒーを持ってベンチに現れる。

「ん。これでいいか? 」

「ありがとうございます。ってこれ、ブラックじゃないですか! 」

「ブラックコーヒーは、心を強くしてくれるらしいぞ」

「嘘をつかないでください! 」

 いつも通り、冗談混じりの会話をする俺達。だが、白先輩が冗談混じりに何かを伝えて来ている事がわかる。

 白先輩の、白色に染めた髪が風で揺れている。昔、「何で白に染めたんですか? 」と聞いたら「白(はく)って名前に相応しいから」と言われた事がある。高校選びの際も、なるべく家から近い場所というだけでなく、髪型を自由に変えられるという事も考慮に入れて考えていたらしい。

 少し間が空いて、白先輩が遠い目をしながら俺に向かって

「お前は、強くなれたのか? 」

「……全然ですね」

「ははっ、ダメじゃん」

 乾いた笑いと共に、悲しそうな顔をする白先輩。

「別に今すぐ強くなれとは言わない。体は鍛えれても、心を鍛えるのは難しいからな。でも」

 白先輩が目線だけ俺の方を向く。目つきの悪い白先輩に睨まれたような気分になり、妙な緊張感が漂う。

「美琴や美羽を助けるんだろ。強くなってくれないと、困るからな」

「はい。すみません」

 人に対する恐怖心をなくす事。その事がどれくらい難しいのかなんて、きっと白先輩には理解できないだろう。怒りを向けられた時に俺がどれだけ怖い思いをしているのかなんて、きっと白先輩には伝わらないのだろう。

 だって、白先輩は強者だから。弱者の俺の気持ちなんて、わからない。分かろうとしてくれているのは伝わるが、理解するには心が強すぎる。

 だから俺は下唇を噛み、謝る事しか出来なかった。

 やけになって、ブラックコーヒーを一気飲みした。あまりの苦さに、頭が痛くなる。最悪の気分だ。そんな俺を白先輩は半目になって捉え、

「お前は馬鹿なのか」

「俺は馬鹿ですよ? 」

「ちょっとは反抗してこいよ」

 白先輩が微苦笑を浮かべ、俺の肩を軽く押してくる。それから真剣な表情に切り替わり、

「さて、これからの話をしようか」

「美琴の事ですか? 」

「当たり前だ。美琴があのヤンキーに呼び出される日までに、取れる行動は取っておきたい」

「というと? 」

「明日部活のみんなに、俺達が未来から来た事を話そうと思う」

「えぇ!? 」

 思わず声を上げて驚いてしまう俺。

「このタイミングで、ですか? 」

「このタイミングで、だ。そして美琴に、ヤンキーから呼び出しがあった時はすぐに俺たちに連絡し、部室に来てもらうように言うんだ」

「それだと過去と何も変わらないのでは? 」

 過去では呼び出しに応じなかった美琴が部室に来て、そのことに腹を立てた京也が部室に乗り込むと言う流れだったはず。

「いや、変わらなくて良いんだ。むしろそっちの方が読みやすいだろ? 」

「部室に来られても良いと? 」

「そうだ。前は部室の鍵を閉めてなかったから、ああいう事になったんだよ。今回はきちんと鍵を閉めて、さらに俺が部室の前で待ち伏せしておく。そしてあいつらをボコる。どうだ? 完璧だろ? 」

「いや、どこがですか! 過去とほとんど何も変わってないじゃないですか! 」

 すると白先輩は、悪戯好きの少年のような笑みを浮かべた後、

「冗談だ。もちろん、部室に先生を招き入れておいて、後は先生にどうにかしてもらうって作戦だよ」

「おぉ」

 白先輩にしては聡明な作戦に、思わず感動してしまった。これなら何とかなりそうだという希望で、胸がいっぱいになる。

「じゃあ明日、話してみましょうか」

「あぁ」

 こうして今後の作戦を立てた俺達は、数分間他愛のない話をした後、家に帰った。

 家に帰って妹に、「遅い! お腹減った! お兄ちゃんが帰るの遅いからお腹減った! 」と、なんの役かわからない芝居で怒りをぶつけられた。

 なんで妹ってこんなにわがままなんだろう。

 せめて妹の前だけでも強気になろうと「たまには自分で作りなさい! 」 と叱ってみたが、「いいから、早よ飯出せよ」 と素に戻った妹を見て、強者までの道の長さを悟るのであった。

 因みに、コーヒーのせいで夜はあまり寝れなかった。
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