ダンケシェン

たこ焼き太郎

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第二話 向いていない

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 行ってきますの挨拶もない。これが夫婦なのかと、思ってしまう。離婚は何度も考えた事もある。だが、情があってなかなか決断できないのだ。
 妻は俺がやりたい事をすべて否定する。だから、趣味も持てない。こんな人生、何が楽しいかと思ってしまう。毎日死にたいと考えている自分がいる。これから先、やりたい事を我慢しながら生きていくのかと思うと、何とも情けない人生だ。
 店に着くと着替えを済ませて、掃除をする。時間になったら店を開ける。毎日毎日同じ事の繰り返し。たまにお客さんから、お店の事を褒められることが唯一の救いだ。
「これ、3番さんに持って行って!」
今日は忙しい日だ。普段は比較的、落ち着いているが、忙しい日は仕事が遅いアルバイトに対して苛立ってしまう。
「3番ってどこですか?」
先程、教えたばかりだというのに何度も聞いてくる新人のアルバイトに頭を抱えてしまう。
「さっき、教えたよね?わからなかったら、この紙見てねって何回も確認したよね?」自分でも言い過ぎだなと思う程、当たりが強くなってしまう。俺は人に教えるのが苦手だ。苦手なくせに人に期待してしまう。だから、余計苛立ってしまう。こんな事もできないのか、と。自分が新人だった事を忘れてしまったのだ。
「佐藤さん、さっきの新人の子に言い過ぎですよ。あれじゃあかわいそう」頭が空っぽなやつに指摘され、さらに苛立った。
「いや、言い過ぎじゃないでしょ。普通だよ。」
「佐藤さんの言い方はキツく聞こえるんですよ」
「そんな事ない」
「そんなことありますよ」
「さっきから、お前何なんだよ、文句あるのかよ、お前、帰るか?」
こんな事の繰り返しだ。気に入らない人間はどんどん辞めさせてしまうのだ。
「俺は教える立場だから、多少厳しくなるよ。なぜなら、適当にやってほしくないから。お金を稼ぐのに甘えなんていらないんだよ。嫌なら辞めてもいいよ」
アルバイトは何も言えなくなる。でも、自分は間違っていないと思ってしまう。
飲食店はサービス業だ。来てくれるお客さんには感謝の気持ちを忘れてはいけない。そこには社員もアルバイトも関係ないと思う。お客さんが来るから働けている。だから、妥協はしたくないのだ。それを教育していくのが店長の仕事だと思う。お金を稼ぐというのは簡単な事ではない。このお店を踏み台にしていいから、それだけはわかってほしい。まぁ、それは経営者側の自己満になってしまうのだ。
 だが、それが本音なのだろうか。俺はコミュニケーションというのが苦手なのだ。特に新しく入ってくる人間に対してはどうやって接していいかわからない。今、何が流行ってて、何が好きなのか、聞いたところで興味がないのだ。人を知ろうとしない。というか、会話が面倒なのだ。一から関係を構築していく作業が憂鬱なのだ。アルバイト同士だったら、気が楽なんだが、店長という立場になってから、否が応でもコミュニケーションは必要になってくる。
 ただ、コミュニケーションというのは大事な事だ。信頼関係が生まれることによってお店に一体感が出る。お客さんはそおいう細かい部分を見ている。酒を飲みに来ているんじゃない。お客さんは従業員を見に来ているのだ。だから、常に見られている事を自覚しなくてはいけない。そんなことも忘れてしまった。
 自分は接客業に向いていない。人と接するのが面倒な性格なら尚更だ。自分でもわかる。めんどくさい性格をしている。
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