『絶対に後ろを振り向いてはいけない』というルールの村に迷い込んだが、背中にへばりついた何かが、ずっと母の声で囁き続けている。

無響室の告白

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第1話 囁きの隧道

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トンネルの入り口は、巨大な獣の口のようにぽっかりと開いていた。

南啓人は、湿った空気が纏わりつくその暗闇へ、重い足取りで踏み出した。

一年前に亡くした母の葬儀から、啓人の心は乾いた砂漠のようだった。

反抗ばかりして、結局一度も素直な感謝の言葉を伝えられないまま別れてしまった後悔が、喉の奥に常に刺さっている。

(こんな山奥まで、何しに来たんだ、僕は……。)

自嘲にも似た思いが胸を締め付ける。

トンネルの中は、外の光を完全に遮断し、わずかな足音が反響しては、まるで背後から別の誰かが追いついてくるような錯覚を覚えさせた。

そのたびに、啓人はびくりと肩を震わせる。

耳障りな自身の靴音に混じって、ごくかすかな、しかしはっきりと認識できる『何か』が背中にへばりついているのを感じた。

薄気味悪い重さだ。

その瞬間、背中から、はっきりと母の声が聞こえた。

「ねえ啓人、背中に虫がついているわよ。大きな百足……首筋を這っているわ。危ないから、ちょっと見て取ってちょうだい? お母さん、手が届かなくて……」

啓人は息をのんだ。

幻聴だ、そう自分に言い聞かせようとする。

だが、その声は啓人の記憶にある母そのものだった。

あの、少し甘ったるく、それでいて有無を言わせない口調。

(嘘だ……! 母さんは、僕がこの手で骨を拾ったんだ。ここにいるはずがない……!)

心の動揺が、背中の重さを一層増すように感じられた。

重い。

まるで、小さな子供をおぶっているかのようなずしりとした感触。

「啓人、大丈夫? 顔色が悪いのよ。早くあっちのおばあさんに声をかけなさい。きっと助けてくれるわ」

母の声が、さらに囁きかける。

トンネルを抜けると、あたり一面が濃い霧に包まれた異様な集落が広がっていた。

家々はすべて街道に背を向けるように建てられ、住民たちは皆、奇妙な前傾姿勢で歩いている。

互いの背後を、決して見ようとしないかのようだ。

道の真ん中に立つ老人がいた。

盲目の忌野ゲンだ。

啓人はふらつく足で老人へと近づいた。

老人は啓人の気配を感じ取ったかのように、何も見えないはずの目を啓人のいる方へと向けた。

「おい若造、耳を塞げ。奴は心臓の音を聞いて嘘を吐く。振り向けば、その瞬間に顔を喰われて終わりだ。……母に会いたければ、前だけを見て歩け」

忌野ゲンは、啓人の背中を一度も見ることもなく、冷徹な声で告げた。

その言葉に、啓人は背中をへばりつく『ナニカ』の重みが、さらに一段と増したのを感じた。

(母さん、お願いだ……頼むから、黙ってくれ……!)

------------------------------
【登場人物】

  - 南 啓人: 主人公

  - 背中の『ナニカ』: 怪異、啓人の母の声を持つ存在

  - 忌野 ゲン: 不帰村の盲目の老人

【場所】

  - 不帰村: 常に霧が立ち込める山奥の集落。住民は全員、奇妙な前傾姿勢で歩き、決して互いの背後を見ようとしない。家々の玄関はすべて街道に背を向けるように建てられている。

  - 嘆きの隧道: 不帰村へ続く唯一の道であり、最初の試練の場所。トンネル内は反響音が異常に大きく、自分の足音が背後から迫ってくる他人の足音のように聞こえる錯覚を起こす。

【アイテム・用語】

  - 『おんぶ』の呪い: 村の領域に入った者の背中に憑りつく現象。最初は赤子程度の重さだが、囁き声に返事をしたり、感情を動かされたりするたびに質量が増し、最終的には背骨をへし折るほどの重石となる。
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