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第六話 【わたしのすきなわたし/後編】 小牛田美月 著
しおりを挟む藤沢はすぐにセナくんを呼んできてくれた。
「それじゃあ今日は小牛田にセナのお守り任せるから」
だって、変なの。
藤沢は本当にセナくんを置いて先に帰ってしまった。毎日一緒だもんね、そりゃあ他の付き合いもあるよね。
藤沢はそんなに目立つキャラじゃないけどいい奴なんだ。わたしは前から知ってるけど、最近セナくんと仲がいいせいでみんなにもそれがバレた。ちょっと残念。
セナくんは嬉しそうにわたしの机の前にいすを引き寄せてきて座った。
「こごたさんだよね、よろしくね。僕小牛田って名字の人に初めて会った」
無邪気にいわれてこっちもつい本音が出た。
「あ~……名字、嫌いなんだよねなんか…」
「なんで?牛だから?」
「…そう、牛だから」
「じゃあ美月さんて呼ぶね」
「うん、あんがと」
「何か書いてみたいんだって?」
セナくんの目は期待できらきらしている。でも何かっていわれてもまだ何を書きたいかもそもそも書けるのかすらも全然わからない。
そう言ったらがっかりしちゃうかな。
「書きたい、けど、作文とか苦手だし、あーし本とか全然読まねーから…」
「美月さんの作文読んだよ、書き方ちゃんとできてた」
作文…読んだ…?
「…あ、あんがと」
普通なら作文読んだとか言われたらもっとゲッてなるけど、セナくんだとまあ仕方ないかって気持ちになる。前年度の文集教室の後ろに置いてあるし。文字があったらそりゃあ読むよね、セナくんだもんね。
セナくんの言ってる書き方は、行の替え方とか文字を下げることとか句読点とかそういう決まりのことらしい。
漢字を間違えたり言葉を間違って覚えてたり、そういうのは誰でもあるからそんなに気にしなくていいとも言ってた。
後からいくらでも直せて、そのせいで話の流れが変わったりはしないからって。
セナくんの話を聞くとそれは確かに簡単そうに思えた。不思議だ。
でもそもそも何を書けばいいかが全然浮かんでこない。当たり前だ、読んだことがないんだ。そもそもなんて書き出せばいいんだろう。教科書に載ってる話っていつも途中ばっかり。
そんなことをだらだらと喋るのをセナくんはじっと聞いてくれた。すごいな、こんなくだらない話真剣に聞いてくれるんだ。ずっと相づちを打って話を聞いてくれてたセナくんが口を開いた。
「会話するみたいに書けばいいよ」
へ?そんなんでいいの?
「美月さんの喋り方僕は好きじゃないけど」
セナくんはにこにこ笑顔でキツいことを言う。
でもそれがかえって「Theセナくん」ってかんじだ。
「そーゆーキャラでそーゆー口調だからいいってこと?」
「そういうこと」
わたしはセナくんに促されるまま机に向き合って今話してることをノートに書き出した。全然かけるじゃん。別に面白くはないけど。それでもこうしてセナくんに教えてもらったこと、自分で気付けたことの記録にもなるし。
セナくんもわたしの邪魔をしないように一緒に何かを書いてる。黒板にみんなで落書きするみたいにノートのあちこちに短い文をたくさん書いて丸をつけたりバツで消したりしている。
わたしのはじめての執筆活動(というかその準備運動?)「会話をそのまま書く」は順調に進んでいる。順調に進んでるしすらすら書けること自体はすごく楽しい。
なのにわたしはだんだんイライラしてきた。疲れたわけじゃないのに書くスピードがだんだん遅くなる。
シャーペンの芯がボキッと折れた。
「わたしも……」
セナくんの手が止まった。わたしは顔を伏せたままセナくんのシャーペンの先を見ていた。
「わたしもわたしの話し方きらい…」
びっくりした。
思いもよらなかった言葉があふれて止まらなかった。
「少しも好きじゃなかった…なんで、なんでだろう、なんでこんなわたしになっちゃったんだろう…」
わたしの支離滅裂な泣き言を今度もセナくんは落ち着いて聞いてくれた。泣き言どころかわたしは本当に泣きじゃくっていて、普通周りを気にしたり泣きやませようとするだろうに、そういうことを一切しなかった。
しないでくれた。
ひとしきり泣いたわたしが落ち着くのを待ってセナくんは言った。
「話し方を変えるのは簡単だよ。文章書くよりずっと簡単」
「そうかなぁ、変だと思われないかな」
「そうだね、大体の人は離れていくかも」
うえっ…、
「無理じゃん…」
「それで別の人が美月さんのところにくるよ」
「今君の周りにいる人が君の言葉を作っているかも。君は優しいから合わせてしまうかも」
セナくんにありがとうを言って学校を出た。外はすっかり日が暮れて薄暗くなっていた。
書けたら絶対見せるねって約束した。書けないときも見せていいかって聞いたら、喜んで!って言ってくれた。喜んで、って英語の訳くらいでしか聞かないけどいい言葉だなって思った。
(わたしは本当はどんな風に話したいんだろう)
喋り方を変えるのはまだ無理。
部屋の真ん中においた小さなちゃぶ台に手帳を広げて女の子の絵を描いた。そのよこに大きく吹き出しをつける。
ここに「会話」を書けばいい。わたしに話しかけてる言葉。わたしが好きだなって思う話し方と内容の。
『大丈夫だよ』
今ここでわたしの執筆活動が始まったんだ。
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