離した手の温もり

橘 凛子

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始動

ep.25

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「ん?
どうした?」
『…なんでもない』

私の視線に気づいた彗くんがこちらに気づいて首を傾げた。

不思議そうに私を見ている。

この家庭に接する度、いかに自分の家族がおかしいか理解してしまう。

こんなに和やかなあったかい家庭。

子供の頃はそれを夢見てた。

けど歳を重ねる度、知識を得て私は察する。

原田家にとって私の優先順位があまりにも低すぎた。

あの人達は自分のキャリアが一番大事なのだ。

これが一宮家と原田家の大きな違い。

「美愛ちゃん、紅茶でいい?」
『あ、はい。
ありがとうございます』
「ご飯出来るまでゆっくりしてて」

絢子さんは私がコーヒーが苦手なのを知っている。

どちらかと言うと紅茶派だ。

全く飲めないわけではない。

眠気覚ましや頭をシャキッとさせるために仕事の時はよく飲む。

ただあの苦味がどうも苦手だ。

「母さん、俺コーヒー」
「自分で淹れなさい。
貴方はお客さんじゃないんだから」
「はいはい」

彗くんは肩をすくめて絢子さんのいるキッチンに足を向かわせる。

篤さんと私の二人だけになってしまった。

寡黙な人であまりお話をしたことがない。

少し気まずい雰囲気が一瞬、流れた。

「美愛ちゃん、仕事はどうかな?
順調?」
『あ…はい。
本社勤務になりました』
「ほぉ…
凄いじゃないか」

気を遣ってくれたのだろうか。

篤さんは話題を振ってくれた。

『運が良かっただけです』
「運も実力のうちじゃないかな」
『そうでしょうか…』
「自信ないかい?」
『そういうわけではないですけど…』

なぜか人生相談のような会話になってしまった。

もし如月さんが太田店の応援に来てくれなかったら、私はまだ県外で店長業務をやっていたことだろう。

今ここに居なかったかもしれない。

「父さん。
なに、美愛に説教してんの」
「いや説教なんかは…人生相談をだな…」

彗くんがキッチンから戻ってきた。

手にはマグカップが二つ、握られている。

一つは私の紅茶だろう。

彼は何も言わずにそれを私に手渡してくれた。

ピンク色の可愛らしいマグカップから湯気が上がっている。

「ごめんなさいね、美愛ちゃん。この人口下手で。
心配してたのよ、ずっと。連絡なかったから」
『え…』
「帰ってくる度、父さん美愛のこと聞いてきたよね。
しつこいくらいに」
「………」

篤さんは照れ臭いのだろうか。

咳払いをしながらそっぽを向いてコーヒーを口にしている。

耳が赤くなっているようにも見えた。

知らなかった。

そんなに心配されているとは。

『あの…
すみません、ご心配おかけして…』
「すまないね。
こんなおじさんに心配されても迷惑だろう?」
『そんなこと…!』

絢子さんと篤さんだけには連絡をするべきだったかもしれない。

血の繋がりなど一切ないただの近所の子にどうしてこんなにも、気にかけてくれるんだろう。

不思議だ。

成人してない子供ならまだわかる。

だが、私はもうアラサー手前のいい大人だ。

心配されなくても一人で生きていける。
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