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竜騎帝国日本編 本編

一章 四百年後の日常

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 魔王が目を開ければそこには何時もの風景がある。金細工で装飾の施された壁、天井には、短めのきめ細やかな金髪を垂らしながら、白いドレス姿の華奢な体で必死の形相でしがみつく…美少女が…。
 
「はぁ…」
 
 セヴィスは溜め息を漏らしながら必死に思い出そうとする、寝る前の事。昨日の出来事。そもそも、ここはどこだろう…。セヴィスには全くもって思い出せない。低血圧気味なセヴィスには、朝は苦手だ。まぁ、それ以外にも魔族ともなれば全体的に朝は苦手な傾向がある。
 だから、セヴィスは考えるのを辞める事にする。今の怠い体では、到底考え事なんて出来ないし、ましてや眠たくてたまらないのだ。
 そして、セヴィスは目をそっと閉じ、おやすみと心の中でつぶやく。心踊る二度寝の始まりだ。
 
 しかし、そこで突然に上から声が降ってくる。それはまるでセヴィスの二度寝の邪魔をするかの様なタイミングだ。
 
 「おはようございます!」
 
 凛とした声であり、優しい声色であり、同時に悪意が感じられる。なんだか、聞き覚えのある声…シルティの声だ。シルティの声がだんだんと大きく聞こえてくる。どうやら、その声の主、シルティは近づいているのだろう…。
 
 「いッ!」
 
 セヴィスはどうなったのかわからなかった。気がつけば腹のあたりに酷い激痛が走っている。そして、セヴィスの意識は睡眠とは違うカタチでの眠りについたのだった。


 至る所に色々と装飾の施された広めの廊下をシルティは悠然と歩いていく。目指すは、来客用の寝室だ。
 ここは、天界領を治める者のみに住まうことを許された神城。今は、シルティの城だ。だから、シルティは迷わずに進んでいく。
 
 この城には、昨日から来客が来ていた。魔界領を治める魔王…、セヴィスだ。
 
 今日からここ、天界領で会談が始まる。今後の事で話さなければならないことが沢山あるからだ。
 そして、会談の開始予定時刻は午前九時。だと言うのに、もう既に時刻は、九時半を回っている始末。いくら、魔族で低血圧気味でもダメだと思う。
 
 故に、シルティはが起こしに行こうと思っていた。
と言っても、百%が善意なわけでは無いのが現実なのだが…。
 
 と、いつの間にか巨大な扉の前で廊下は終わっていた。
 この扉の向こうが来客用の寝室だ。
 
 シルティはその扉を少しずつ慎重に開けてから中へと入る。確かに起こしにきたのは事実だが、ただ起こすだけではつまらなく面白くない。
 だから、少し脅かしてやろうと思っていたのだ。
 
 シルティは中に入るなり思案を始めた。
 
 来客用の寝室とあるが、中はただただ広い部屋の中央に、黒髪の端整な顔立ちの少年が寝ている高級そうな寝台が一つあるだけだ。
 そのため、驚かすと言っても何をすればいいのかシルティは皆目見当もつかなかった。
 だが、それでもシルティの中ではいたずら心は膨らむ一方だ。なんだが、どでかい事をやってやろう。シルティはそう思っていたのだ。
 
 そう思うとより一層のやる気が溢れる気がした。シルティは、辺りを見渡しながら、何処にしようかと思案を続ける。
 そして、シルティはある一つの良いところを見つけた。


 少し重たい瞼を開き、眠気まなこで辺りを見渡すセヴィス。
 
 そこには、絢爛豪華に装飾された壁と魔族と思わしき赤髪の青年に説教を受けている美少女がいる。
 すると、そこで起きたセヴィスに気づいたのか、魔族の青年がセヴィスに向かい話しかける。
 
 「大丈夫か、セヴィス。ほれ、貴様はセヴィスに謝れ」
 
 魔族の青年に促され、「ごめんなさい」と潔く謝辞を述べる美少女。
  そんな美少女にセヴィスは、寝台から体を起こしながら、

 「おはようシルティ」と、声を掛ける。
 「おはようの時刻ではないんだけどね、セヴィス」
 
 シルティは苦笑を浮かべながら、現在の時刻を教える。すると、セヴィスの顔を驚愕と言わんばかりの形相となる。
 
 「もうそんな時刻なのか!なんでオルビス教えてくれなかったんだよ…?」
 
 セヴィスはジト目を向けながら、魔族の青年…オルビス・グラドスに問う。
 
 「いや、申し訳ねぇ。俺もさっきまで寝てたんだよ」
 
 オルビスは、申し訳なさそうな顔をするが、口調からではあまり真意は問えない。
 
 「お前本当に反省してるのか?」
 「今まで寝てたセヴィスに言われたかねぇーよ。おあいこだろ?」
 「そう言われると否定できないな。はぁー…これだったらお前じゃなく、ルーシェを護衛に連れてくるべきだったよ…僕の人選ミスかな…」
 
 セヴィスはやれやれとした口調で話す。どうやら、グラドスを連れてきたの失敗だったのかも知れない。
 
 「辞めてくれ、冗談じゃない。お留守番じゃぁ、翼の生えた美女と遊べないだろ」
 
 今回のオルビスの口調からは、熱意を感じられる。…どうやらオルビスを護衛に連れてきたの間違えなようだ。
 セヴィスは溜め息を吐きながら、シルティに向き直す。
 
「ごめんシルティ。確か今日は会議なんだよね。会議はどうなったの?」
 
 セヴィスはシルティに会議の事を問う。
 今日は大事な会議の日だ。これからの事を話し合う緊急性の高い会議。
 そのために、開催地である天界領にも泊まったのだ。

 だと言うのに、セヴィスは会議の開催時刻をゆうに過ぎるほどの大寝坊をしてしまった。ちなみに、オルビスもだ。
 魔族と神族の会議に、魔族の代表者がこれでは面目が立たない。
 セヴィスは本当に申し訳なく思っているのだ。
 
 そんなセヴィスの心情を悟ったのか、優しい声色でシルティは答える。
 
 「大丈夫ですよセヴィス。こう言ってしまのはどうかと思いますが、魔族である貴方方が遅れる事など百も承知です。そもそも、今まで行ってきた会議で、セヴィスが時間通りに来ることなんて無かったでしょう?」
 「あ、うん…。バッサリとくるね…」
 
 口調では、諭すように優しい声色なんだが…こうもバサリと言われて、少し凹むセヴィス。だが、正直言えば心の中では感謝するしかなかった。
 そうして何時も思うのだ。こいうやり取りって、合計何回だろ?と。
 
 だがもう起きたんだ。これ以上遅れてはならない。セヴィスは気持ちを切り替えて、会議の話をする。
 
 「会議はいつ開けそうかな?」
 
 そう聞かれて、少し考えるシルティ。彼ら寝坊魔族一行が正装に着替える時間も考慮しなければならないのだ。
 
 「そうですね…。午前十一時ではどうでしょう?今は十時過ぎなので、準備も間に合うでしょう?私たちはもう既に準備を終えてますので、貴方方次第です。」
 「うぅぅ…すまない。今すぐ準備をして十一時に出来るようにしよう。ごめんよシルティ、参加者全員に伝えといて欲しいんだ」
「大丈夫ですよ」
 
 シルティはそう返事をすると、部屋から出て行く。それを見送りながら、セヴィス達は準備に取り掛かった。


 セヴィスとオルビスは今、黒を基調とした正装を纏い、天界領の中央に位置する神城にて魔族の代表者として会議に参加していた。
 
 議題は「人族の戦争の過激化に関しての対策」
 
 人族は今、人界領の覇権を握るために、各地で争いを起こしている状態なのだ。
 そして、その戦火が此方側に飛んでくるのを魔族と神族共々恐れていた。
 
 「では、今後の対策について考えましょう」
 
 シルティの言葉により、本格的に会議が行われる。
 参加しているのは、魔族代表のセヴィス、七魔将の一人オルビス。
 神族代表のシルティ、七天将の一人レイファルだ。
 人族からは中立側の諸国の代表者六名だ。
 
 「対策と言われてもなぁ…今まで通り中立派で通すしかないんじゃないか?」
 
 そう言ったのはオルビスだ。
 確かにその通りなのだが…セヴィスは人族の生みの親として、何とも言えない感情を持っていた。
  
 そんなセヴィスを代弁するかのように、シルティが言う。
 
 「それも大事でしょうが、今は人族の争いによる被害は、当事者だけではなく無関係の者まで被害にあう始末です。」
 
「当たり前です。こんなものは先の見えない戦いです。多くの犠牲が出ますよ。それに、人界領の統治なんて無理な話です。人界領は、他の二領と違い大陸と言うよりも、数個の大陸の集合体“大陸群”なのですから。」
 
 シルティの言葉に同調するように言ったのは、中立国の代表一名だ。
 
 確かにセヴィスもその通りだと思う。

 人界領は、いくつもの大陸が集まってできた第三の大陸だ。未だにその内の一つの大陸も統治されていないのだから、尚更人界領そのものの統治など不可能と言えた。
 
 「ならば、争いを辞めて和解させるしか無いだろうな」
 
 その発言はレイファルだ。レイファル・フリード…七天将の正装である白銀の鎧を身に付けた四対翼の白髪の青年。
 
 レイファルの言ったことも一理あるのは確かだ。争いを辞めるには和解が重要だ。
 でも、今の状況から鑑みては不可能としか言わざるおえない。単に人族と言ってしまえば聞こえは良いが、同じ人族でも"種"が違うのだから。
 
 「このまんまじゃ拉致があかねぇ。どうすんだセヴィス」
 
 ここで、オルビスがセヴィスに意見を求める。
 
 「僕は…、中立の立場を貫く姿勢は変えたく無い。だからって、関係の無い人達が争いに巻き込まれるのも良くない…。やっぱり、やれる事はやりたいと思う」
 
 これが今のセヴィスの意見だ。でも、具体的にどうするかが未だに決まらない。
 
 「具体的には…そうだな…。一度、人界領へ言ってみないか?現地へ赴いてから、やれる事を探すのもアリじゃないかな?」
 
 だから、これが今のセヴィスのいっぱいいっぱいだ。
 それに、シルティは同意してくれる。
 
 「そうですね。それもいいかも知れません。では、早速ですけど、行く場所を決めましょうか」
 「そうだな~、視察するんならやっぱ、争いを起こしてる国じゃないか?」
 
 オルビスがまず、視察する国を絞ろうとする。こいう時には、頼りになる男だ。
 
 「今、人界領で起きている大きな争いは三つです。その中でも此方から近いのは、竜人種の国でしょう」
 
 そう答えたのは先ほどとは違う中立国の人族の人。
 竜人種の国、名は確か…竜騎帝国日本。ユースアシャ大陸の東に位置する島国だ。
 
 「日本か…確かに良いかも知れないな。聞くところによると、五年前から小国ながらも諸国に争いを仕掛けているとか。しかも、近いのも良い点だな。どうだ魔王よ、悪くはないだろ?」
 
 レイファルの問いにセヴィスは頷く。確かに悪くないと思う。これ程までに視察に合う国は他を探しても見当たらないとすら思うほどにだ。
 
 「では、早速だけど日本に当然僕は行かせてもらうよ」
 「おいおいマジかよ…。セヴィスが居なかったら、魔界領どうすんだよ?」
 
 そう言ったオルビスの問いはごもっともだとセヴィスも思う。
 だけど、視察に行くか行かないかは人族の生みの親として言うなれば、行かなければならない事だと思うのだ。だから、セヴィスは譲れなかった。
 
 「そこは、オルビスに頼むよ。やっぱり、政には七魔将の中でもオルビスが一番なんだ。だから、僕が視察に行っている間はオルビスに頼みたい。護衛はルーシェにお願いするよ。人界領に詳しいしさ。」
 「あいつか…。まぁ、確かに適任かもな。何たって、国費使って人界領に観光しに行くくらいだからな。案内役には適任だ」
 「えぇぇ!そうなの?本当なの!?」 
 
 セヴィスはあまりの驚きで間抜けな声を出してしまった。いったい何時国費を旅行代に使ったのだろうか?明細書では、いつも不審な点は見当たらないのだ。それが本当なのだとしたら…セヴィスはこれ以上何も考えない事にしようと思った。
 
 「まぁ、俺の妹だからな」
 「褒めてないんだけだな…。後で問い詰めてみようかな…」
 
 セヴィスはガックリとうなだれ、肩を落をおとした。
 
 「では、魔族側の参加者はそれで決まりですか?」
 「うん、そうだよ。あくまで視察だから、大人数で動くわけには行かないかなと思ってね」
 
 シルティにそう答えるセヴィス。するとシルティは、何を思ったのかレイファルに華麗なウィンクを決める。すると、なぜかレイファルは顔を赤くし…。
 
 「でしたら、神族側としては、私とレイファルが向かいましょう。合計四人ならば、邪魔にもならないかと思うのです」
 
 シルティは自らそう提案した。しかしながら、セヴィスにとってはシルティが居ない間の天界領の事も気になるために、今の時点では何とも言えない…。それを察したのか、シルティは続ける。
 
 「大丈夫ですよ。私が居ない間の天界領の事は、クルスに任せますので」
 
 シルティの言うクルスとは、七天将の一人クルス・ワール。
 
 セヴィス達魔族とシルティ達神族は、正直言えば仲が良いのだ。そのため、セヴィスも他の七天将達とも良く会っていたりする。だからこそ、クルスの実力も知っている。ここで、シルティを否定しては、クルスを否定する事になってしまうのだろう。
 
 「クルスに任せるのなら、安心できるよ。お互いの統治者が不在になるわけだけど、オルビスとクルスに任せるのなら、僕たちはいらないかな?」
 「バーカ。てめぇが魔族の王なんだろが。言っちゃ悪いが、俺同様に他の七魔将も王の器じゃねぇーよ。」

  苦笑しながらそう言ったセヴィスにオルビスはおどけて答える。 これだけ見れば、良い君主と従者なのだが…。
 
 オルビスが最後にしれっと付け足す様に言う。
 
 「第一、俺が王としての責務に追われてたら女と遊べねぇーだろ?だから、王なんて嫌だね。」
 「それがお前の本心だったのか…。少し王を僕の代わりにやってみない?何だか僕も遊びたくなっちゃったよ」
 「そ、それは勘弁だぜ…ははは」
 
 少し真面目な顔で言ったセヴィスに危機を感じたのかオルビスは後ずさる。 
 今後からは遊べなくなると思ったのだろうか、その笑みは完全な空笑だ
 
 「冗談に決まってるよ。今の僕は割と好きなんだよね、魔王が。だから、譲れないな」
 
 セヴィスが冗談で言っていると知り、勤めて平然とするオルビス。

 「全く、セヴィスの冗談は笑えねぇーっつの。それに、議題から脱線しちまったな。まぁてか、もう終わりみたいなもんか。どーせ、密入なんだろ?」
 
 そんなオルビスの問いに答えたのはシルティだ。
 
 「そうですよね、国の状況を知るために行くのです。国賓として行くことになれば、自由に見る事は出来なくなりますから。」
 「ま、当たり前か。んじゃぁ、もう会議も終わりだよな」
 「そうですね。決行日はお互いの準備が出来次第という事でいいですか?セヴィス」
「うん。もちろんだよ。では、早速魔界領に戻って準備に取り掛かってくる。」
 
 そう言い終えるやいなや、席を立ち、会議室を出て行くセヴィスとオルビス。
 これが人族の争いを止めるための第一歩だ。


 時は経ち数日後
 
 ゆらゆら揺られなが船上にてシルティ達は海を眺めていた。灼熱の太陽に照らさた海はダイヤモンドの様にキラキラ反射している。シルティ達だって暑いのだが、この絶景を見るためなら我慢だってできるものだ。
 
 「ぉぉぉぉえぇぇぇぇ!?」
 
 そんなダイヤモンドの様な蒼海に、ある意味キラキラの吐瀉物が吐き出されるのを見ながら、シルティは何だが悲しい気持ちになった。
 
 「大丈夫ですか?レイファル」
 
 シルティは横隣にいる、天使…レイファルに向かって言った。別にシルティ達はこの大海原を見に来た分けではないのだ。言うなれば、船酔いをしたレイファルの看病だ。
 
 「だ、大丈夫です…。シルティさまぁ…。ルーシェさんに見られてないのなら、大丈夫です…!」
 
 レイファルはげっそりとした顔をしながら、シルティに向かって親指を立てた。全然大丈夫には見えないシルティだった。
 
 今のシルティ達は、フードの付いたマントを纏い旅人風情の姿をしていた。もちろんフードは被っている。天使であるレイファルは、翼すらもしまって隠しているくらいだ。
 これは、変装のためだ。この船の先客は天使や魔族が大半を占めていたが、日本への視察は正規ではない為、日本内でもここでも変装が必要なのだ。
 
 「そ、そんな事よりも…。本当にルーシェさんには見られてないですよね…?」
 
 レイファルはシルティのを挟んで同じ様に海を眺めていたセヴィスに向かって問う。セヴィスももまた同様に旅人風情の格好だ。
 
 「大丈夫だよ。ルーシェは部屋で寝てるからね。恋をすると言うのも大変なんだね」
 
 セヴィスは苦笑しながらレイファルにそう言った。シルティからして見ても恋をすると言うのは大変なことだと思う。そもそも、魔族と神族には恋愛感情というものは滅多に見られない。そのため、今のレイファルを見ると"恋をする"と言うことは何だが面倒くさそうに見えるのだ。

  「大変なんですよ。でも、気がつけば恋に落ちて……?ぉぉぉぉえぇぇぇぇ!」
 
 恋について話そうとしていたレイファルの口からは、気がつけば吐瀉物が落ちていく…。
 
 「だ、大丈夫ですか!?レイファル。もぅ、無理はしないで下さい。辛いのでしたら、水平線を眺めていて下さい!」
 
 シルティは本気で心配している為、少し何時もの口調がキツくなってしまう。それを叱られていると勘違いしたのか、レイファルは肩を落とすしかなかった。
 
 「でもまぁ、シルティの言うことは正しいよ。シルティは心配してるんだよ?安静にして、早治く治すことが大切なんだから」
 
 そこへ、すかさずフォローに入るセヴィス。シルティはそんなセヴィスに心の中で感謝しながら、レイファルの背中をさすってあげる。
 
 この船は天界領と人界領を結ぶ高速連絡船だ。そして、この船が一番最初に着く国が日本なのだ。そのため、日本には八時間で着くはずだ。シルティ達がこの船に乗ってからすでに七時間を超えている。もう少し耐えれば、レイファルも楽になるだろう。
 
 「レイファル、お水でも飲みますか?」
 
 セヴィスがレイファルにと、持ってきてくれた水をシルティは渡そうとするが、レイファルに丁重に断られてしまった。

  「いえ、結構です…。元はと言えば、私が悪いのですよ…。ルーシェさんのトランプの誘いに断り切れなかった…、自業自得です…。これ以上、迷惑をかけるわけには…」

  要するに、片想いの相手にトランプをさそわれて、酔ってしまったと言う事だ。シルティは、少し前の事を思い出しながら思わず笑ってしまう。それは、トランプに誘われた時のレイファルだ。レイファルより幾分か背の低いレイファルの想い人…ルーシェにまるで小動物のように上目遣いをされながら、トランプに誘われる姿だ。その時のレイファルは、顔を少し朱に染め心ここに在らずと言った感じだった。

  シルティはそれを見ながら、恋は面倒くさそうだと感じたのも覚えている。それは、今のレイファルの姿を見ても言えることだと思う。
 
 「そうだ…セヴィスさん。この前の会議での、国費話ですが…。ルーシェさんを怒らないであげて下さい…」
 
 ふとレイファルは思い出したかのように、セヴィスに言った。
 
 「あぁ、そう言えばそんな事があったね。僕は正直な話、てっきり忘れてたよ。でも、珍しいねレイファルがそんな事を言うなんてさ。七天将の中でも、一番そう言ったことに誠実なのはレイファルなのに」
 
 レイファルはルーシェがまだ怒られてない事を知り、少しげっそりとした顔に英気を漲らせる。
 
 「いえ、なんと言えばいいのやら…。私は、ルーシェさんが悲しむ姿を、あまり見たくないのです。だからでしょうか?」
 
 レイファルはそう言いながら、手で口を押さえる。
 
 「もぅ、吐きそうなのでしたら、喋らないで下さい」
 
 シルティにそう言われ背中をさすられる姿は全く締まらないものだ。
 
 「まぁまぁ、二人共。ほら、あれ見てみて。もう直ぐで日本に着くみたいだよ」
 
 今は翼も無く旅人風なんだが、げっそりとした顔の実は天使に背中をさする実は女神と言う構図に思わず微笑んでいたセヴィスは、前方の進路先に大地を見つけた。
 
 水平線をの向こうから、だんだんと大地が浮かび上がっていく。そして、その大地の中でもひときわ目立つのが、大きな山だ。未だに全貌が明らかになっておらず、船が進むごとにその影は大きくなっていく。
 
 「セヴィス様はあれを知らないんですか?」
 
 突然にセヴィスに向かって声がして、驚いたセヴィスは声が発せられた場所へと目を向ける。
 
 そこには、マントを纏った桃色のセミロングで旅人風情の小柄な美少女がいる。七魔将の一人でオルビスの妹の、ルーシェ・グラドスだ。
 
 「る、ルーシェさんっ!?」
 
 そして、その人物の存在にいち早く気づいたレイファルは、驚きのあまり声が裏返ってしまっていた。
 
 「うん、そーだよ~。てか、レイファルさん大丈夫ですかっ!?」
 
 ルーシェは元気よくレイファルに返事をするが、そのレイファルの顔色の悪さに驚きながらも心配をする。

  「だ、大丈夫だよ…。うん、大丈夫です。それよりも、ルーシェさんはあの山をご存知なんですか?」

  レイファルの"大丈夫"という言葉に、シルティは、"大丈夫"には見えなかった。恐らくこれに関しては、セヴィスもルーシェも同様だろう。
 
 「それはもちろん。あれは、日本で最も高い山で有名ですから。」
 
 ルーシェは顔に少しの不安を覗かれなが、勤めて平然に知っている情報を皆に話した。
 
 そこで、丁度話が終わったところで船内にアナウンスが流れ始めた。これは、日本にもう直ぐに着くと言う報らせのものだ。
 それを聞いた者たちは、皆船を降りる仕度を始める。もちろん皆んなが皆んな日本で降りる分けではないのだが、割と日本で降りる者は大勢いる様だ。  
 
 「さて、もう直ぐに目的地に着きますね。私たちも支度を済ませちゃいましょう」
 
 そう言ったシルティに促される様にして、三人はレイファルに気を配りながらも四人とも船を出る仕度を始めたのだった。

 
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