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01.身代わり公爵令嬢(後編)
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「っ……ステラ?」
セリーヌの視線の先にいたのは、柔らかな笑みを浮かべて第二皇子と談笑している女性だった。その女性に、かつて姉のように慕っていた少女の面影を見てしまったのだ。
だがそれは、もちろん彼女の知る少女ではなく——噂に名高い第一皇女、ラリサ・ロズベルグであった。
甘く輝くハニーブロンドの髪に、空のように澄んだ青い瞳を持つラリサは、宗教画から出てきた天使と言われても信じてしまうほど清らかで、一目で心が奪われてしまうほど美しかった。
よく見れば、ブラウンヘアーのステラとは見間違えようがないほど外見は似ていないが、それでも、ラリサがまとう優しい空気感がステラと重なり、セリーヌはラリサから目が離せなくなってしまった。
「おい、お前まさか第二皇子じゃなくて、大公を狙ってるんじゃないだろうな」
「……お兄様」
突然横から聞こえてきた、クロエの兄であるレオン・フォークナーの声に、セリーヌは思わず眉を寄せる。
レオンは神経質さが顔に出ている父親とは違い、ご令嬢に人気のあるタレ目がちの甘い顔立ちをしている。しかし、心根が腐っているところはやはり父親そっくりで、セリーヌは常日頃から、この男は隙あらば嫌味を言わないと死んでしまう病気にかかっているのかもしれないと疑っている。
「大公って?」
「皇女様の隣にいる黒髪の男だよ」
レオンの言葉にセリーヌが視線をラリサの隣にずらすと、そこには黒髪の美丈夫が立っていた。
鋭く整った顔立ちに、冷たい光を宿した赤い瞳。まるで、戦場を渡り歩いた刃そのもののような印象の男だ。
そういえば、若くして大公となったロラン・グランチェスターという男が、剣の腕も去ることながら、近隣諸国の情報や大陸の歴史を網羅する、稀代の戦略家として名高いという話をチラリと聞いたことがある。
だが、それ以上に有名なのは——
「でも残念だったな。ロラン・グランチェスターは女嫌いで有名なんだ。唯一の例外は恋人の皇女様だけ。お前なんか相手にされるわけがないだろう?」
レオンがせせら笑うのを無視し、セリーヌは再びラリサに視線を戻した。
(あんなに気難しそうな人にまで好かれるなんて、やっぱり皇女様はステラみたい。第二皇子じゃなくて、皇女様とお近づきになれたらいいのに……)
そんな淡い憧れはのちに、皮肉にも最悪の形で結びつくことになる。
「はぁ……疲れた」
国中の憧れのカップルを引き裂いてしまい、針のむしろのような結婚を終え、セリーヌは夫婦の寝室に置かれた大きなベッドに身を投げ出した。
それは大公家の名に恥じぬ見事な作りで、疲れたセリーヌの体を優しく受け止めてくれる。
「でも、やっとあの家から抜け出せた……!」
だらしなく手足を広げ、大きく深呼吸をして、自由を噛み締める。
名ばかりとはいえ大公夫人となった今、この大公家で彼女を虐げる者はいない。
生まれて初めて安心してベッドに横になれる幸せで、セリーヌの胸はいっぱいだった。
「いよいよ初夜か……まあ、皇女様以外の女が嫌いな大公が来るわけないけど」
セリーヌが2人分のスペースを占領してまどろみ始めると、廊下から神経質そうな足音が聞こえてきた。
(ああ……この人、イラついてるなぁ。まるで、孤児院の院長や公爵みたいな足音だ)
自分にはもう関係ないけど——ほとんど夢の世界へと旅立ちながら、そう考えていたまさにその瞬間。セリーヌがいる寝室のドアが勢いよく開いた。
「ロ、ロラン様!?」
驚きで飛び起きたセリーヌが慌ててドアの方を見ると、そこにはロラン・グランチェスターの姿があった。
相変わらず乱れ一つない、完璧に整った装い。
寝室という私的な場所には不釣り合いなほど、その立ち姿は厳格な空気をまとっている。
自分を見下ろす、彫刻のように整った、あまりにも冷徹な美貌。
大公としての厳格さと、高貴な血筋ゆえの傲岸さを煮つめたようなその佇まいは、ただそこに立っているだけでセリーヌを威圧した。
初夜にはあまりに不釣り合いなロランの隙のなさに、ネグリジェ姿のセリーヌは慌ててシーツを掴み、だらしなく横たわっていたことで露わになっていた肌を隠す。
しかしロランは、そんなセリーヌの様子など気にも止めていないようで、無表情のまま一枚の羊皮紙を差し出した。
「てっきり今夜はお越しにならないかと……」
「この書類にサインをもらったらすぐに戻る」
「書類?」
婚姻に関する書類なら、すべて教会に提出済みのはずだ。セリーヌの手続きは、決して公爵家に不利益がないようにと、目を血走らせたトムがおこなっていたから不備はないはずだ。
セリーヌは疑問に思いつつも書類を受けとると、ロランの口から想定外の言葉が飛び出した。
「貴女とは離婚する」
セリーヌの視線の先にいたのは、柔らかな笑みを浮かべて第二皇子と談笑している女性だった。その女性に、かつて姉のように慕っていた少女の面影を見てしまったのだ。
だがそれは、もちろん彼女の知る少女ではなく——噂に名高い第一皇女、ラリサ・ロズベルグであった。
甘く輝くハニーブロンドの髪に、空のように澄んだ青い瞳を持つラリサは、宗教画から出てきた天使と言われても信じてしまうほど清らかで、一目で心が奪われてしまうほど美しかった。
よく見れば、ブラウンヘアーのステラとは見間違えようがないほど外見は似ていないが、それでも、ラリサがまとう優しい空気感がステラと重なり、セリーヌはラリサから目が離せなくなってしまった。
「おい、お前まさか第二皇子じゃなくて、大公を狙ってるんじゃないだろうな」
「……お兄様」
突然横から聞こえてきた、クロエの兄であるレオン・フォークナーの声に、セリーヌは思わず眉を寄せる。
レオンは神経質さが顔に出ている父親とは違い、ご令嬢に人気のあるタレ目がちの甘い顔立ちをしている。しかし、心根が腐っているところはやはり父親そっくりで、セリーヌは常日頃から、この男は隙あらば嫌味を言わないと死んでしまう病気にかかっているのかもしれないと疑っている。
「大公って?」
「皇女様の隣にいる黒髪の男だよ」
レオンの言葉にセリーヌが視線をラリサの隣にずらすと、そこには黒髪の美丈夫が立っていた。
鋭く整った顔立ちに、冷たい光を宿した赤い瞳。まるで、戦場を渡り歩いた刃そのもののような印象の男だ。
そういえば、若くして大公となったロラン・グランチェスターという男が、剣の腕も去ることながら、近隣諸国の情報や大陸の歴史を網羅する、稀代の戦略家として名高いという話をチラリと聞いたことがある。
だが、それ以上に有名なのは——
「でも残念だったな。ロラン・グランチェスターは女嫌いで有名なんだ。唯一の例外は恋人の皇女様だけ。お前なんか相手にされるわけがないだろう?」
レオンがせせら笑うのを無視し、セリーヌは再びラリサに視線を戻した。
(あんなに気難しそうな人にまで好かれるなんて、やっぱり皇女様はステラみたい。第二皇子じゃなくて、皇女様とお近づきになれたらいいのに……)
そんな淡い憧れはのちに、皮肉にも最悪の形で結びつくことになる。
「はぁ……疲れた」
国中の憧れのカップルを引き裂いてしまい、針のむしろのような結婚を終え、セリーヌは夫婦の寝室に置かれた大きなベッドに身を投げ出した。
それは大公家の名に恥じぬ見事な作りで、疲れたセリーヌの体を優しく受け止めてくれる。
「でも、やっとあの家から抜け出せた……!」
だらしなく手足を広げ、大きく深呼吸をして、自由を噛み締める。
名ばかりとはいえ大公夫人となった今、この大公家で彼女を虐げる者はいない。
生まれて初めて安心してベッドに横になれる幸せで、セリーヌの胸はいっぱいだった。
「いよいよ初夜か……まあ、皇女様以外の女が嫌いな大公が来るわけないけど」
セリーヌが2人分のスペースを占領してまどろみ始めると、廊下から神経質そうな足音が聞こえてきた。
(ああ……この人、イラついてるなぁ。まるで、孤児院の院長や公爵みたいな足音だ)
自分にはもう関係ないけど——ほとんど夢の世界へと旅立ちながら、そう考えていたまさにその瞬間。セリーヌがいる寝室のドアが勢いよく開いた。
「ロ、ロラン様!?」
驚きで飛び起きたセリーヌが慌ててドアの方を見ると、そこにはロラン・グランチェスターの姿があった。
相変わらず乱れ一つない、完璧に整った装い。
寝室という私的な場所には不釣り合いなほど、その立ち姿は厳格な空気をまとっている。
自分を見下ろす、彫刻のように整った、あまりにも冷徹な美貌。
大公としての厳格さと、高貴な血筋ゆえの傲岸さを煮つめたようなその佇まいは、ただそこに立っているだけでセリーヌを威圧した。
初夜にはあまりに不釣り合いなロランの隙のなさに、ネグリジェ姿のセリーヌは慌ててシーツを掴み、だらしなく横たわっていたことで露わになっていた肌を隠す。
しかしロランは、そんなセリーヌの様子など気にも止めていないようで、無表情のまま一枚の羊皮紙を差し出した。
「てっきり今夜はお越しにならないかと……」
「この書類にサインをもらったらすぐに戻る」
「書類?」
婚姻に関する書類なら、すべて教会に提出済みのはずだ。セリーヌの手続きは、決して公爵家に不利益がないようにと、目を血走らせたトムがおこなっていたから不備はないはずだ。
セリーヌは疑問に思いつつも書類を受けとると、ロランの口から想定外の言葉が飛び出した。
「貴女とは離婚する」
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