捕まり癒やされし異世界

蝋梅

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25.今夜は帰宅叶わず


「眠れなかった」

 寝不足のせいか今日はとても怠いし、気持ちも悪い。眩しく感じる光を腕で遮断した。

「えっと今日は、午前中は録音して確認とグッズの打ち合わせ。午後は訓練場に見学に行って夜に映像流す」

 怠い体に渇をいれ着替えの準備をしながら決めておいたスケジュールを確認する。

「本当にある」

 服を選ぼうと何気なく手を出したら目についた。今までなかった小指にある小さなシールのような緑の花。婚約の印と言われたそれを無意識になぞっていたようだ。昨夜の会話も思い出した。

『じょ、条件付きでお願いします』
『了承できるとお答えできないかもしれませんが』
『婚約は解消可能なように。また婚約期間は一年ではなく最低三年に。三つ目の最後、その命かけた術とやらを今すぐ解除して下さい!』

 曲げない折れないと無言で睨みあうことどれくらいか。優しい彼は、条件をのんでくれた。

『暫く動けないので。ご褒美下さい』

 そう不機嫌そうに彼は言うと私の体は反転させられグラン君の足の間に座らされ後ろから抱きつかれ、私のお腹の前で手を組んだ。恥ずかしいからやめてと後ろに顔をむければ、目を閉じ疲れきった様子で。

 心配になり声をかければ魔力の使い過ぎだから休めば平気だと言われて。そこで急に目を開けた彼は。

『此所家の別荘なので、何処でも使えますよ。なんなら先程の寝室一緒に使用し』
『この状態維持でお願いします!』

 必死の慌てる私を見て小さく笑われたのまで思い出した。

「年下のくせになんか余裕なのが腹立つ。あーあ。やっぱり一度今夜にでも帰ろう」

 ノックの音がして返事をすれば、ジュリアさんだった。

「失礼致します。おはようございます。ミライ様お顔の色がわるいのですが、大丈夫ですか?」
「おはようございます。うーん。寝不足だからかな」

 この部屋に戻ったのは夜中だし、寝てないので顔色が悪いのかな。鏡みてないからわならないや。

「大丈夫ですよ! それよりお手伝いお願いします!」

今日帰ろう。

 逃げるんじゃなくて一度気持ちの整理がしたい。




*~*~*



「ご馳走さまでした。そして残してしまってごめんなさい!」
「大丈夫ですか? あまり召し上がられてないようですが」
「はい。お腹一杯で。それに午前中はスムーズに終わり後は見学だけなので、そんな心配な顔しなくても元気ですよ」

 納得がいかないジュリアさんにへらりと笑ってみせた。今日は、大事な会議があるらしくグラン君とはまだ会ってない。ここで体調が悪いと知られたら、また心配されあの低い声で絶対に怒られる。

 あの低い声は艶ボイスとは違い寒気がくるのだ。首を勢いよく振りあの声を忘れる。

「よし、行きますか」

あと帰宅まで少し。




*~*~*



「剣を上段、あっわからないか。おおっ合ってます!」

 説明足らずの私にも騎士さん達は優しくそして希望通りに動いてくれた。

 なんか寝不足だけのせいじゃないのかな。楽しいのに、朝から治らない吐き気が強くなってきていた。日向で立ちっぱなしだからかな?

「ミライ様?」
「あっ、すみません。次は剣の向きを」

 お腹や腰も重たいというか痛くなってきて。この時になってやっと気がついた。

あれだ。

 月一回の苦行の日。友達は可愛く「お月さまの日」と言っていたが、そんな素敵なものではない。人によって痛みなんてない羨ましい方々もいるが、私は残念なくらいに酷い。

「あと、この短い方も長さを」

 いつもなら早めに痛み止を飲む。じゃないと痛みが強くて辛いのだ。最初にこっちに来た時ラケットやバッグも持ってきていた。あの中に1回分くらいあったかな?

「顔色が悪い。具合が悪いのですか?」

 対応してくれている副団長さんの気遣う声。痛みを原因を自覚したせいか痛みが増していき冷や汗が出てくる。

ああ、迷惑をかけたくない。

「病気じゃないので! ただちょっと」
「ミライ様?!」

 自分の体が傾いてるし声が遠くなったなと思ったのが最後だった。

 目を覚ましたのは、借りている、もう馴染んでしまっているベッドの上だった。寝たお陰で少し鈍くなったお腹の痛み。回りには幸い誰もいなかったので、お腹をさすりながらクローゼットに入っているバッグから諸々の予備をとりだし、薬を飲んでトイレに直行した。

「とりあえず服は汚してないし予備がある。でもこれから酷くなるとあの真っ白シーツだとなぁ」

でも薬が効くまでじっとしたい。

「この体勢いいかも」

 木の足の可愛い長椅子の座る部分に手を置き頭をのせ学生の頃の居眠りの状態に。お尻は、マットを万が一汚したくないから引っ張ってどかして。お腹を体を丸めると痛みが紛らわされるのかとにかく楽で、ちょっとだけと目を瞑った。

ふいに浮遊感で目を開けたら。

「こんな所で寝ないで」

 怒ったような困ったようなグラン君の顔のアップに遭遇した。抱き抱えられベッドに向かっていると気づいた私は、ソファーのほうに戻してとお願いした。

「あの、寝てるよりさっきの体勢が楽だから。だから下ろして。シーツとか汚し…」 

あっ、何を口走った!
恥ずかしい。

「ではこうしましょう。冷やすのはよくないですから」

ソファーに戻ってくれたのはいい。
ただ。

「何でこの状態?」

グラン君はソファーに座り片足を自分の膝あたりに乗せその上に私を設置した。ようは彼の中で横抱きされおさまっている。ご丁寧に薄いブランケットまでお腹辺りにかけてくれた。

「これなら暖かいし。それに」

変な所で話を切られると気になる。

「労りつつ側にいられるから」

 続きを促す為に視線を上げていたのが悪かった。ニッコリ笑顔を見てしまった。

はい、スマイル頂きましたー。

「失礼致します」

 ジュリアさんがお茶を用意してくれた。ハーブの良い香りがする。というか恥ずかしい!この体勢でお礼を言うのか! 解放される気配がないので諦めた。ジュリアさん。私の顔が赤いのは気づいてますから!

「ありがとうございます」
「熱いのでお気を付け下さい」

 ジュリアさんは、穏やかな笑顔を崩さず、少し離れて待機をしてくれた。来客が部屋に来た時のあまり変わらない光景だったのに。

「少し二人に」

 珍しくグラン君がジュリアさんに言った。あれ? ジュリアさんは微笑んでいるけれど返事をしない。

「ジュリア」

 咎めるような口調で名前を呼ぶグラン君にジュリアさんは。

「二回は目をつぶりましたが、未婚の男女を二人きりにできません。また不敬は承知で申し上げますが、ミライ様をグラン様に託すとお酒を飲ませたり、泣かせたりさせますので安心できかねます」

な、なんか見えない火花が飛んでいる?

ジュリアさんの笑みとグラン君の少しひきつった顔。だけどグラン君はすぐに立ち直り冷える低温ボイスを発した。

「ミライは婚約者で二人きりでも問題ない。頼みではなくこれは命令だ」

 いつも丁寧な言葉なのに、とたんに上に立つ人になる。たった一言で。やっぱり、この人と私は、生きる場所が違うのかな。

「私わたくしの仕える主はこの部屋の主人ミライ様でございます」

ひー!
負けてないよジュリアさん!
というか、本格的に不味い予感。

「えっと、ジュリアさん! 今日は何処も移動しないし、無理しないから! ピンチになったらジュリアさんを必ず呼ぶから!」

『本当でしょうか?』
『はい! 誓います!』

 視線で会話する私とジュリアさんは、グラン君よりよほど絆が深くなっている気がする。

 ジュリアさんは、肩の力を抜くと今度は優しいいつもの微笑みを浮かべてくれて、きれいなお辞儀をして去っていった。

ふー。

なんで私が焦るのか。やめていただきたい。

「まさかこれ程とはな。侍女達や護衛にどれほど好かれているのか恐ろしいですね。ミライは」
「それ、前も言ってましたね。多分私が頼りなく見えるのかも」

 あっ、また笑ってる。しかも、しょうがないなという笑いだ。

「そんな軽いものではないですよ。ミライのいる場所は上下関係が緩いと聞いてますが、此方は違う。先程のジュリアは切られてもおかしくない行為をした」
「え?」

あれくらいで?

「人の目がなかったので罰は与えませんが。貴方も嫌がるだろうし。分かりますか? それだけ貴方の事を大事だと思っているんですよ」

 私の頭を宥めるように大丈夫と言い撫でた。

「規律は大事な事です。一人に甘くすれば、同じ立場の者が見てどう思うか。ジュリアは有能な侍女で立場をわきまえてます。ただ主を貴方を傷つけるなと忠告をしたかったのでしょう」

そうなんだ。そんな危ないマネしなくていいのに。

私は、そんな出来た人間じゃない。

「グランさん?」

 お腹に大きな手があてられたのに気がつき、びっくりした。

「あまり一気に力を流すとミライに負荷がかかるので。完全にはできませんが明日迄は痛みを感じないように力を流していきますね。吐き気も緩和されると思います」

おおっ。
素敵です!

 感謝の言葉をのべようとすれば彼の言葉には続きがあった。

「ただし、お酒は飲めません。その為今日帰るのは諦めて、少しの間、話をしましょうか」

なんでもお見通しなのかな。




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