捕まり癒やされし異世界

蝋梅

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29.ライアンの夜


「悪寒がした」
「薬を」
「いらん。これには心当たりがある」

 夜会から一夜明けての深夜、グランとヴィセルが話をしている同日、執務室で上着を脱ぎながら苦笑とみえる笑みを浮かべている者がいた。

「かなり馬を急がせたんだが。先に来ていたとはな」
「鳥を飛ばす間もなく。申し訳ございません」
「いや、あいつを抑えるのはどちらにしろ無謀な行為だ。森の結界は正直助かった。明日にでも確認しに行こう」 
「それなんですが…」

 俺の補佐を勤めて確か三年は経過している男は普段このような歯切れの悪い言い方はしない。服を着替え書斎の机の更に書類が増えているそれをざっと見ながら問う。

「まだ何かあるのか? ああ、あれか? 屋敷と村に強固な結界が張られていた。それとわからないようにな」

 疲れた様子の有能な補佐はぶるりと震わせた。

「それだけではございません」

 俺は、村だけでなくトワイラルとの国境また砦にまで此所よりも比ではないくらいの物を、攻撃魔法まで入れたらしい。そんな大量に魔力を消耗しながら奴は、転移で来て転移で帰ったと。

 いくら魔力保持量が桁違いだとはいえ、何をやっているんだ?

頭痛がした。

「国境には、新しい物を作り組んだ為、破る者がいたら手合わせ願いたいから変化があれば直ぐ行くから知らせて下さいと仰っておりました」
「…それも明日見に行く。悪いが茶を頼んでよいか? 違う疲れを感じる」

 メイドは既に休んでいる時間だ。それにこの補佐の淹れる茶はうまい。

「すぐご用意致します」

 少し書類を片付けようと椅子を引けば、まだ動かない補佐がいた。

「あとはなんだ?」
「これを」

 磨かれた長方形のトレーの上には、白い封筒が一通。表に宛名はない。手に取り裏返せば見覚えがありすぎる花と剣の印。いや、封筒はこの机の上にすぐ書けるようにと置いてある物だ。

「追加で酒も少しでいいから頼む」

 普段酒に関しては何か一言必ず言われるのだが、今回補佐は珍しく返事だけを返してきた。補佐が部屋から去った後、ナイフで封を切れば青い石が1つ転がり落ちた。

 一枚の紙に走り書きされた文字には、意外にも結界の説明が丁寧に記されていた。同封されていた石で操作も可能とも。そんなやり方は聞いたことがない。

『フレアの花を婚約者と見に行くのでちょっかいは出さないで下さいね』

 最後に一際強い筆圧で書かれいる文をみて思わず口角が上がった。

 あの融通のきかない魔術師をあっさりと落とした娘を思い出す。

 キャルに頼まれ仕方なくメイヤーから出てきた俺は、あの汚れた城で全く闇に染まることなく生き生きとしている様子に驚いた。俺はあそこではああは生きていけない。

「不思議な娘だ」

 気が強いかと思えば夜会へ足を踏み入れた瞬間、酷く怯えていた。踊りは気に入ったのかその強張りもすぐに解けた。大きく回してやると楽しそうに笑い、片方に垂らされた黒髪は広く開いた剥き出しの白く細い背に広がり扇情的だ。かといえば目元に口づけただけで、体を震わせ本気で怒る。

 もし、もし俺が最初に彼女と出会っていたら。

「…いや愚問だ」

 彼女は、あの国を簡単に滅ぼせる力のある弟のようなグランを、ただ生きているだけの無気力な奴の拠り所になってくれた。

「ヴィセル殿下が気に入っている娘でその婚約者は桁違いの魔力保持者で王家の血が流れるグラン。ついでにこの俺は、異世界人の姫に手を出しかねない様子の辺境伯か?」

 あの夜会は、他国の重役も多く参加していた。かなりの牽制にはなっただろう。

「どうせ婚約者殿が心配でこんな大胆なものを張ったのだろうが、俺としては、民を守れる率があがったのだからよしとするか。なんだ、消すなら記してくれればよいものを」

 突如手にしていた手紙が端から燃えていく。近場にあった石の皿に置けば残ったのは黒い粉のみ。

「なにはともあれ、めでたいな」

 砦の部下、領土の民、国の安定が一番だが、弟のようなグランも同様に大切な仲間だ。

「ん? 婚約の祝いを送らねばならないのか」

 武術や領土を治める能力は高いのだが、女性が喜ぶ品に関してはすこぶる評判の悪いライアンは、唸った。

「失礼致します」

 ノックの後に台を押してきた補佐に聞いてみた。

「そういえば最近、補佐は伴侶を得たな。女性が喜ぶ品を教えてくれ」

 彼はとても熱心に教えてくれた。いやに透ける寝衣や大胆なドレスが人気な店などを。

──コイツは、俺がグランに灰にされるのを望んでいるのか? 

信頼している部下に初めて不信感を抱いたライアンだった。




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