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16.私の、私達の未来は
しおりを挟む「さっきはやばかった」
お風呂もろくに入らず。いや、お湯で流すくらいはあったけど、やはり匂いとか気になるし。なのに。
「あの毎回無駄に放出されている色気、なんとかなんないかしら?」
じぃやさんがリードを連れて行き戻る気配もなさそうなので室内にあるお風呂を借りて幾分かスッキリした頭で考える。
「しっかし決めたのは良いけど、どうしようかな」
此方の世界で私が出来る事はなんだろう。事務って言っても専用ソフトを利用していたし。
……なんだ、結局私って男に釣られてホイホイの軽い奴って事じゃない。
「まぁ、いっか。駄目になったら帰れば」
「何が帰るって?」
視界が回る。
「戻って早々一人にさせたら余計な事を考えやがって」
「ちょっと近いわよ!」
ソファに座っていたのに、いまやリードに膝枕をされている!
「いつの間に入って来たの?」
ドアは私の視界にあったはず。いくら気配を消したとしても不可能だ。
「ああ、あそこだ。風呂使ってるみたいだから、隣で入ってきた」
隣って。
「あっ!あんな所にドアが」
顎でリードが示した先は、丁度本棚の影に扉があった。棚と同系色で気が付かなかった。というか隣がリードの部屋なら外からではなくても出入り可能って事よね。プライバシーもなにもなくない?
「ほら」
目の前に揺れているのは鍵?
「何それ?」
「見てわかるだろ。鍵だ」
のろのろと手を動かし掴んだそれは、サテンのリボンに通された小さな銀色の鍵。
「貴方の部屋と通じる扉の鍵?」
「ああ」
「でも、何で?ふがっ」
よっぽど不思議な顔をしていたのかリードは、私を見下ろし笑うと鼻をつまんできた。低いんだからやめてよ!
「なにすんのよ!」
思わず怒鳴れば、彼は真面目な顔で。
「ど、どうしたのよ。真剣な顔しちゃって」
なんか、変な空気じゃない。
「勝手に出入りされんのは落ち着かないだろ? だからナツに渡す。あ、俺の部屋にはいつでもどうぞ」
「行かないわよ!」
「つれないねぇ」
どうせ可愛くないわよ。
「なぁ」
「…なに」
リードは横を向いた私の髪を梳き始めたけど意外にも気持ちがよいのでほっといたら、その手が止まった。
「あんたが、ナツがこっちを選んだ結果、失う物が少なくないのは分かっている」
なんだよ。いきなり真面目な話をしないでよ。
「…そう。あ、先に言っておく。私、あと一回自分の世界に行き来すると力がほぼなくなる。清浄の力は多少残るだろうけど。だから役には立たないかも」
どうしても、そっけない態度や言い方になる。こういう性格がいけないって、頭では気づいているけど直せない。
「ナツに負担がないのなら、なんでもいい。もう充分だ」
思い切って伝えれば、簡単に流された。
「うわっ」
いきなり抱き起こされて、目眩がする。
「ちょっ、近いわよ!」
「ナツ、好きだ」
「つっ」
顔と顔の距離が数センチ。こんなシチュエーションってある?
「昔の俺は、力もない、根拠もないのにデイジーに助けると、大丈夫だと言った。だが、今は、違う」
大きな手のひらが私の両頬を包む。
「譲位はした。だが、この領地は国境に近く戦になれば重要な要になる」
戦争と聞いてもピンとこない。でも、不安や怖さは心に芽生える。
「砦にいる兵は鍛え、領地の環境も整えてきた」
不安と期待、ぐちゃぐちゃだ。
「民もナツも護る」
あまりの真剣な顔に、嬉しいはずなのに涙が目尻から零れた。
「これからの一生を俺にくれ」
「イヤ」
「なっ」
だって。
「一緒に生きていこうがいい。私も、ここで何の役に立てるのか分からないけど、努力したい」
片方だけじゃ意味ない気がする。
「……私も認めたくないけど、好きです。ってまっ!」
可愛げないけど、これが精一杯だと伝えれば再びソファに転がされた。
「ちょっ、まっ」
「なんでだよ」
キスの雨を降らされパニックだ。
「な、慣れてないから」
こんないい歳して若葉マークなんて恥ずかしい。だけど慣れすぎているリードには隠しきれない。ならば早めに行っておくべきだと勇気をだせば。
「ナツ、やっぱ可愛いな」
いつぞやかみたいに手の甲で頬を撫でられた。
すっごい艶ある笑顔で言われても!
「ふぐ」
唇を勢いよく塞がれ変な声が出る。抵抗してみたものの叶うはずがなく。どんどんスピードが増してきて、胸のボタンが外され始めた時。
「ぼっちゃまー!」
バーンと音がするほど扉が開かれじぃやさんが登場した。
「だから空気読めよ!」
リードの怒鳴り声とじぃやさんの説教、半分服を剥かれかけ丸くなる私というカオスは、執事のセバールさんの落とした雷によって収束した。
*~*~*
「そういえば金はどうしたんだ?」
大騒ぎから数日後、お庭の隅の一角で二人で休憩を兼ねてお茶をしていたらリードが呟いた。
ああ。そういえば、私、お金が大事って言ったわよね。
「こっちに行くって決めて、お金は価値がないからパーっと使おうと思ったの」
だけどさ。
「なんだ、時間なかったか?」
違うと首を振る。
「なかったの。ううん、少しは使ったわよ。ずっと行ってみたかった某ホテルの高級ランチや入るのに勇気がいるブランドのお店とか」
でもね。
「なんか虚しかったの」
案外、私のしたい事って少なくて。
なにより満たされなかった。
「ふーん。で?」
クッキーを一気に数枚摘み、そのまま口に放り込むこの一見ガサツな奴は、完璧なマナーも出来ると知っている。
「叔母と実家に。あとは寄付した」
あんなにコツコツ貯めたのにな。
「まぁ、また貯めればいっか」
まだ先は長い。貯金するのが好きなのは変わらないし。
「なら、領地内の管理半分やるか?まずは仕組みから覚えないとだが。働いた分だけ金は出す」
リードがさらりと提案してきたけど。
「いいの? かなり重要よね」
「一生を共にすると言ったろ。やる気があるなら教えてやる。そんで落ち着いたら少し遠出するか。新婚旅行とかいうやつだっけ?」
何故リードが新婚旅行なんて言葉を知っているのか?
「セバールから聞いた」
執事さんが? でも彼にそんな話は…。
「もしかしたら、侍女さんと話をしていた時かな」
前よりも屋敷内の人達と会話をするようになったし、関係も悪くないと思う。
「ウチの国はいい所が沢山ある。案内してやるよ」
ああ。
嬉しそうに笑う、この人が好き。
「うん。楽しみにしてる」
これからもずっと最後の瞬間迄、側にいさせてね。
「フランネル様がいらしてますよー!」
今日は、午後に重要な打ち合わせがある。
「さて、行きますか奥さん」
差し出された大きな手に自分の手を添えれば強く握られた。
「ええ、できるだけ有利にしたいわね」
「くっ、そうこなくっちゃあ」
「ちょ、昼間に濃いのはなし!」
深くキスをしようとしてくるリードとそれを防ぐ私の争いは、庭中に響き渡った。
✻✻✻END✻✻✻
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