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大団円
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「碧玉っ碧玉っ」
そう急いて叫んで幽來の部屋に飛び込んでいった龍王。彼は既に剣を抜き、碧玉に襲い掛かる天狼へと刃を向けていた。天狼、おもむろに立ち上がって、
「あの女も、恨みより甥への愛情が勝ったか。つまらん女だ」
と吐き捨て、剣を抜いた。
そうして始まる二人の剣劇。だが勝敗は最初から明らかだった。龍王の体はずたぼろにされていて、歩くのさえ困難を伴う。その彼を、あやすように剣先で斬っていくのは天狼には楽しいようだった。
「ほらほらどうしたあ!? もう終わりかよ」
「まだまだ、これからだ」
龍王は荒い息のしたで答える。ここで負けたら、すべてを失う。大事な家族も、家臣も、そして守るべき、共にあっていく民草も――。
「俺は負けぬっ」
しかし、鋭い音たてて龍王の剣が天狼により叩き折られた。
「終わりだな」
「ぐっ」
龍王の首めがけて、天狼が刀をおろそうとする。
そこで、部屋のうちに幽來が入ってきた。彼はそして、さすがお兄様と、感嘆しつつもいまだ戦闘中の天狼を抱きとめた。右手の小刀を、深くその背に突き刺して。
「なっ幽來、貴様っ」
「敵、とったり」
すぐに幽來を正面から袈裟懸けに斬って、追い払ったが、天狼は出血の多さにふらついた。
「幽來、っ貴様、なぜ……」
うふ、と虫の息ながら幽來が笑う。
「だって、わたしずっとお兄様が大好きで愛しくて、そして憎んでいたんですもの」
そう言い残し、幽來はこと切れた。
と、そこで、きな臭い匂いと共に、龍王につく家臣団が、次々に部屋の押しいってきた。
「大変です、この城に火がつけられて、あちこち炎上しています!!」
「龍王殿下、早くお逃げ下さい」
「あ、ああ」
天狼側の家臣が一人も来ていないので、彼の傷ついた長躯は、そのまま捨て置かれた。
「くく、いいなあ龍王。お前には命を惜しまずついてくれる家臣がいるんだな」
俺の家臣は、火事が怖くて逃げてしまった……。そう囁く天狼のそばに、果林公主がゆったりとした足取りで現れた。その手には油の入った瓶が。
「かり、ん」
「叔母上、様っ」
龍王が悲痛な叫びをあげる。火をけたのは、彼女だったのか。あたりは黒煙が立ち上り、もはや一刻の猶予もならぬ事態である。
「伯母上、一緒に逃げましょう」
果林がくす、と微笑を浮かべる。
「無理よ。わたくし、だって、あの子を殺しちゃったんだもの。あんな薬草で、顔を紫に膨らませて、醜く、おぞましく……」
あの子、とは、最愛にしてもっとも憎んだ妹、春姫の、ことか。龍王は焦る気持ちもありながら、やはり、最愛の叔母がもとを離れがたかった。幼い時から、自分の面倒を見てくれた叔母。そこに愛は、本当になかったのだろうか。すべて、復讐のためだったのだろうか。
「しかし、叔母上っ」
「それは違います、公主様っ」
かつがれる龍王の背後から、凛鳴が叫んだ。
「ふつう、草葉の毒で紫に浮腫が浮かんで死ぬことはありません! 春姫様は、病死だった。あなたは最愛の妹を、殺せなかった……殺せないままに、いかせてしまった」
これを聞き、龍王が驚き、哀しみの瞳で叔母を見つめる。
「叔母、上……あなたは……」
「ふふ、そうねえ」
火につつまれる部屋で、悠然としながら、果林は答えた。
「どんなに憎くても、愛しいはらからで、お前はその子供。やはり、愛しくてかなわないわねえ」
そう言って、彼女は天狼のそばに坐した。
「かり、ん」
「あなたもわたくしも、罪を背負いすぎました。ご一緒に、逝きましょうね」
果林はこの上なく美しい笑みを湛えている。
「叔母上、叔母上……」
「早くお逃げなさいっ」
果林の絶叫とともに、部屋の中は灯りが点じられたように赤くなった。油によって火の勢いはまし、家臣たちによって龍王たちの身は部屋の外に出された。
◆
城の中は黒煙けぶり、一歩先も見えぬ状況であった。
「くそ、ここで、死ぬのか……」
もはや死を覚悟した龍王が、妻に向き直る。
「碧玉、今まで、すまなかった。怖い思いばかり、させたな」
「いいえ、いいえ!」
碧玉は、煙にむせながら、涙まじりに答えた。
「あなた様と共にあれて、私は幸せにございました……!」
煙に失神し、倒れ伏すみなのことを火がからめ捕ろうとする。その折、龍王はこんな声を聴いた気がした。
【龍王、まだ、死んではいけないよ……君は生きて、この国を、守るんだ】
白い、まばゆい光が自分たちを包んだ。次に眼がさめた時は、城より西にくだった原っぱに、みなの体はあった。
◆
龍王はいまだ夢を見ていた。幼い日の夢である。亡き大帝と山へ鹿狩りをした折、美しい、純白の毛をした鹿が優雅に川向こうを歩いていった。思わず射殺そうとする父帝。しかし、それをとめたのは、龍王であった。そこで、その鹿と父は同じことを言ったのだ。
【お前は優しいね、龍王】
父はそう言ってを頭を撫でてくれた。淡い、優しい、思い出だった。それから、龍王は第二十五代皇帝陛下に即位した。妻は碧玉皇后。二人とも慈愛深く、国政もよく見て、外交もつつがなくこなした。今までの戦争によって奪った領地を解放し、あらたに国交を結び、輸出輸入を国益とした。龍王は忙しい身ながら、妻と過ごす時間を何よりも楽しみとしていた。そんなある日のこと、である。
春霞香る朝――、龍王が原っぱですや惰眠をむさぼっていると、隣に誰かが座った気がした。あえて瞳を向けず、微笑む。
「なんだ、我が妻よ」
妻、碧玉が柔らかく笑む。
「ねえ、皇帝陛下」
「龍王でいい」
「ねえ、龍王」
「わたしね、ほかにいい人が出来ちゃった」
思わずまなこをひらき、起きあがる龍王。
「そいつは、どんな?」
碧玉が嬉しそうにはにかむ。
「それはそれは可愛い人よ。愛らしくて、きっとあなたも大好きになるわ」
「俺からお前を奪う者なのに?」
「ええ、そして私からもあなたを」
「くっ」
声高く笑い、二人は固く抱擁しあい、涙しあった。
香羅国はこの後も繁栄をつづけ、二百年後にほろんだのちも、この皇帝夫妻の仲のよさは永く伝わったという。
了
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