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結末
しおりを挟む変化はすぐに現れた。皇族たちは、昼過ぎには宮殿に戻され、執務室にて懊悩する宗厳の姿を認めた。それから彼は、げっそりした顔つきでみなを一瞥した。
「天狼殿下、あなたの狙いは、見事に当たりましたな」
どういうことか、それを聴く間もなく、彼はぼそぼそと呟いた。
「あの手紙をすべての家臣に告げたところ、どよめきが起こり、そのあとで、すぐに、笑いが起きました。あの天狼殿下が玉座を諦めるはずはない、と。これは貴様のクーデターであろう、と、あなたという人を知り尽くしている家臣どもは一笑に付しました」
それに、と宗厳は弱弱しく続けた。
「大欧帝国からも協力は得られなかった。それどころか、皇子を無事に皇位に返さねば、経済的にも立ち行かなくする、と」
それは一種の脅迫であった。さすがあの大帝国の貴人、こたびのたくらみを、すぐに見抜いたらしい。
「また、隣国の鬼倭国王からも、今朝方出兵したとの話が出ました。今までは、あなたたちがいたからこそ、微妙な均衡を保っていたのに、それがなくなっては、争わぬ理由が、ない、と……」
おそらく、鬼倭国の件は、果林公主が働きかけたのだ、と龍王は思った。あのおばは非常に深いパイプを持っている。だが、疑問が残る。なぜ、果林公主は、こうまで天狼が帝位を諦めないと、察していたのか。さして仲がよさそうにも見えなかったものを。
「山も、騒いで天候不順になり、民草も偽の王にすり替える気ゆえ、神々や仙人たちが怒っているのだと、口ぐちに……。わしはわしは、どうしたら、いいのだ……」
もはや動転している宗厳が、天狼の袖を掴み、はらはらと落涙した。
「なあ、わしはどうしたらいい!! どうしたら生きながらえられる!!」
それを天狼は片手ではらいのけ、床にこづいてまろばせ、冷たく言い放った。
「仮にも皇族を殺そうとしたのだ。車裂きよりは、剣を喉に突き通す方が楽だと思うぞ」
まったく彼を助ける気のない天狼の台詞に、宗厳は泣きじゃくって死ぬ虫のように蹲った。
家臣たちによって、縄をとかれていく天狼たち。と、薄い目隠しの向こうに、果林公主の姿が見えた。
(これで、碧玉も凛鳴もみな、助かる)
龍王がふっと息をもらしたとき、その意識は徐々に薄れていった。彼の口元には白い布がまかれ、その暗鬱な臭いに、意識が失われていった。最後にその瞳に映るは、天狼に腕を回し、妖しく微笑む叔母の姿だった。
◆第五章
地下牢を伝う雨音が、静かにこぼれ、一滴一滴、血とまじりあって、床にとろけていく。
「う、ぐ……」
両手足を腐りによって縛られ、壁に大の字に固定された龍王の血が、顔を伝い唇を潤し、足元を濡らす。
「まだ、まだお諦めになりませんの」
不審そうな声を出して、一昼夜にわたる拷問に耐えしのぶ甥を見舞ったのは、伯母である果林公主、であった。果林は緋色の衣装を纏い、うろんげに、うなだれる甥の血の行く先を見つめている。
「いい加減におし遊ばせ。ただ一言、帝位を求めず、そして妻のことも、家臣のことも、すべて諦めて、僧籍におはいり遊ばせ」
「お断り、ですね」
苦しい息のした、龍王が言の葉を紡いだ。それから。
「なぜ?」
と問うた。なぜ、いつから。自分の伯母は天狼の下僕となりさがっていたのか。と、言いたかったのである。
「ふふ、それはね」
あの苛烈な果林公主には珍しく、乙女のように微笑んだ。それからつかつかと龍王に近づき、その顎を強くとって耳元で叫ぶ。
「あの憎い女の子であるお前が、心底疎ましかったからよ!」
それから、果林公主は雨伝う地下牢にて、話し始めた。憎い女と、ともにあった日々のことを。
「あなたの妻には、いつか話したわ……わたくしの妹、春姫は、飛びぬけて美しく、あでやかで慈愛深かった。ただ、何もかもも恵まれすぎて、何をしても許されると、そう信じていた。それゆえに、私より夫を奪ったときも、一言だったわ。「ごめんねお姉さま、だけど私も、あの御方を好きになってしまったの」! あんなに愛していた夫を奪われ、その挙句、「ねえお姉さま、お姉様にだけ言うわ。私、陛下のお子を産むことになったんです」ですって! 馬鹿すぎて笑いも出なかったわよ! どうして、どうして私には子が出来ないのか。あの娘のように愛されないのか。わからず、わからず、何日も吐いたわ。そして思い至ったの。こんなに恥辱を受けたのだもの。濯ぐ機会があってもいい、と」
「では、あなたが……」
「あの女がお前を産んだ後、わたくしは白蓮のもとへ行ったわ。そして、薬を分けてもらったの。あの女がのたうって血反吐を吐いて、ひどく苦しんで醜く死ぬ薬。わたくしはそれを、あの娘の茶器に混ぜようとして……そして」
そこで言葉が止まったのを機に、天狼が地下牢に入ってきた。
「ああ、あなた……」
龍王の目の前で、激しく接吻しては微笑む二人。
果林を抱き留め、地下牢の出口へと見送ると、踵を返し、天狼がくく、と笑んだ。
「言っておくが、先に抱けといってきたのはこの女の方だ。そしてお前が皇太子候補になるのを知り、裏から協力する、と言ったのも、あの女だ」
「……」
「恐ろしい女だよ。可愛い甥も、愛しい妹も、女の嫉妬悋気ゆえに、いつまでも恨み忘れず殺してしまうというんだから。この俺を愛したふりをして、利用してな」
「……碧玉と、凛鳴は……俺の、家臣たちは」
とぎれとぎれに訊くと、天狼がははと声をたてた。
「まだ無事だよ、まだ。だがお前がこのまま、廃太子になることに同意しなければ、それがいつまでかは保障できん。さあ、拷問されるのも飽きてきたろう。そろそろ、諦めときではないのか」
「……いやだ」
「それは、なにゆえ」
龍王は顔をもたげ、天狼へと目線を鋭くしてみせた。
「俺を信ずるもの、俺が信ずるものがまだ、あるからだ。だから、俺は皇帝になる。その決意は変わらん」
「へえ、立派なもんだ」
それから天狼は衛兵を呼び、さらに厳しい拷問を加えるように言いつけた。
◆
その頃、碧玉は城の幽來の部屋に、凛鳴と共に軟禁されていた。歓談する幽来と白幻のもとに、ドアを開いて天狼が現れた。後ろからは紅茶の給仕を連れて。
「天狼お兄様! あの男はまだ認めませんの?」
甘い声で幽來が尋ねると、天狼は飽き飽きした調子でそうだ、と頷いた。
「馬鹿な男だね、龍王って。僕、殺してあげよっか。前もやったもん。邪魔だった家臣を、毒薬で苦しませて、さ」
この発言に、碧玉びくりと反応した。邪魔だった、家臣? まさか、父を殺したのは、この白幻?
「いや、まだいけないわ。もっともっと、苦しませてやらなくは。そして絶望を、思い知らせてやらなくては」
先ほどから考え込んでいた果林が、思わず口をはさんだ。
「私からあの人を奪ったあの女の子供。せっかく皇太子争いに参じさせ、今まで苦しませたのだから、最期は天狼殿下へ抗ったかどで、私がそそのかしたあの馬鹿軍部の首謀者と、ともに首を刎ねてやらなくては」
碧玉はぞくりとし肌粟立つのを感じた。この女人は、恨みはその嗣子にいたるまで晴らさねばならぬ女人なのだ。だから宗厳をも利用して、自分のことも、いやすべてを利用して、龍王を苦しめようとしている。
どうしたら、どうしたらいいのかしら。
「姫様。大丈夫です。きっと、龍王殿下は無事に戻られます」
「! そうね、凛鳴、ありがとう」
謝する碧玉へ、背後に縛られた凛鳴が静かに頷く。
「ぐっぐえええ」
その時、であった。歓談していたはずのうちの四人から、血反吐はく声が聞こえた。
「ぐっうぐうう」
苦しげに朱の床にのたうつのは、第三皇太子、白幻であった。白幻は、喉をかきむしって暴れている。いくら父を殺されたとて、見殺しは出来ぬと碧玉が立ち上がると。
「いや、何もしなくていい。あと二分で死ぬから」
と、天狼が愉快そうに笑った。どういう、ことだ?
「この男には、敵に散々薬を盛らせた。生きていていつか秘密を暴かれては、困るんだよ」
くす、当たり前よ。自分の父が殺されていて、そんなこともわからないの? と幽来が美しく嘲る。
「な、ぜ、兄上……僕は、ただ、兄上たちを、高みに……」
血の涙をこぼし、毒毒しい血反吐をはいて彼は今生を終えようとしている。
「さて、碧玉よ。お前の父を屠ったものも殺してやったし、いい加減に俺のものになるよな」
天狼がおぞましい目つきで碧玉を見やる。碧玉は彼を睨みつけ、叫ぶ。
「あんたたちはおかしいわ! 自分を散々支えてくれた弟をこのように殺して……あんたらなんかにこの国は渡さない! 龍王こそが皇帝にふさわしいわ!」
「生意気な女だ。嫌いじゃない」
「きゃあ」
碧玉が天狼に床へ打倒された。
「さて、幽来、それにそこの下女も出ていってもらおうか」
「いやあ、お兄様ったら。そんな女と?」
「姫様っ」
悲痛な叫びを絞り出す凛鳴。幽來がその頬をぶった。
「いい加減静かになさいなさいな。さあ、いくわよ」
そう言ってずるずると、幽來が凛鳴を別室に連れていかんとする。
碧玉は絶対絶命であった。
(龍王、助けて、龍王……)
その様を、果林は痛ましい表情で眺めていた。彼女の脳裏にあの記憶がよみがえる。かつて亡き愛しい妹と、後宮の腰かけで話していた折、
偶然そこに皇帝が通りかかった。皇帝はにっこりしながら、平伏する自分と妹を見比べ、妹へ自分の褥にはべるように、と言った。なぜだろう、今の天狼のふるまいが、そのおぞましい記憶を思い出させた。
(ああ、憎らしい、憎らしい!!)
愛しい人は、自分より美しい若い、最愛のおのが妹を褥に呼んだ。一度ならず、たびたび。それはすさまじい心痛を果林に与えた。そう思いながら、ひとりで月光さしこむ腰かけで茫然としていた。今頃二人は褥で愛を誓って、互いのつやとした肌の具合を確かめ合っているのだろう。自分は、その様を永遠にずっと、想像し身もだえし苦しまねばならぬのか――。
そう思っていた果林は、ぽと、と一粒、涙をこぼした。それは月光に白い儚い光をともした。その彼女の力ない手を、誰かが掴んだ。
「おばさま、おばさま」
果林が顔をあげた。そこにいたのは、龍王だった。龍王はおのれのもみじみたいに小さな手を、果林の手に重ね、
「大丈夫?」
と訊いた。
「なにか、おばさま、つらいことでもあったの」
「いいえ、ないわよ」
力なく首を振る果林へ、愛らしい子は微笑む。
「おばさま、ぼくが出来ることなら、なんでも言ってよね。約束だよ」
「変な子ね。どうして、そんなことを言うの」
龍王が満面の笑みを浮かべた。
「だってぼく、おばさまが好きなんだもん」
これに、果林が一瞬あっけにとられた。
「どうして……だって、お前のお母さんの方がキレイだし、優しいし、身分もあるのよ?」
これに龍王がちょっと面はゆそうに告げる。
「確かに、おばさまのことを悪く言う人もたまにいるけど、ぼく、おばさまが本当は優しいってこと、知ってるよ。僕が風邪ひいた時、ずっと寝ないで看病して、そばにいてくれたのは、おばさまだけだもん」
だから、今度はぼくがおばさまを守る番なの。
「龍王……」
その時以来だろうか、果林の瞳から滴が次々零れ落ちた。
「龍王……龍王」
彼女はふらふらしながらいずこへか歩き出した。
そのころ、龍王の姿は依然地下牢にあった。凄惨な拷問を受けていながら、思うのは、家臣のこと、凛鳴のこと、そして誰より、碧玉のこと、だった。
(ああ、俺は誰をも守れず、死んでいく、のか……)
カタン、と音が鳴った。衛兵たちがこうべを垂れ一人、また一人と去っていく。龍王の眼の前に現れたのは。
「あなたは……」
その、朱の衣装をまとった女人は、おもむろに鍵を外し、彼に剣を与えた。
「伯母上、なぜ……」
「わたくしの記憶の中にいるお前が、そうさせたのです」
果林は悩み、もだえるような口ぶりで、語った。
「わたくしは、お前を苦しむようにすべてをはからってきた。だけれど、あの男が残忍なふるまいを見せるほど、されるほど、思ったのです。ああ、やはりあの男は、うわべだけしか先帝に似ていない……そう考える自分が、浅ましくて、耐えられなくて……」
肩をふるわせ歔欷する叔母の背を、少しさすったのち、龍王は、
「感謝します。伯母上」
と告げて、地下牢を走り出た。
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