仮面を脱いだら会いましょう

みや いちう

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たたかい

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そして、闘いの日はやってきた。倉庫の中には、メシリアスとヒロ、そして有栖が立ち会っている。二人は音もなく近寄り、互いに拳をかかげた。メシリアスが殴った先のコンクリートが、ガラスの割れるように鮮やかに飛び散った。一撃でもくらえば即死だろう。ヒロはうまくかわしているが、やはり腕の折られたものもきいて、劣勢である。
しかし、ヒロとて負けていない。ヒロはメシリアスの拳をかわし、右頬に拳を打ち付ける。
 そこで、有栖は背後からの気配に気が付いた。振り向く。
 有栖の肌が粟立つ。そこには、決して忘れえぬ男が立っていた。そのいびつな笑みも、悪魔じみた黒づくめの格好も、眼もとの傷も、いつか見たことがある。あれは、
私の父と母を殺した男だ!
 では、ではその後ろにいるのは? 私と同じ制服を纏っているあの子は......。
「ま、き?」
 有栖は絶句した。もう何も考えられない。頭がおかしくなりそうだった。
まきはつまらなそうにこちらを見ている。それからさも繕ったような笑みを向けた。
「はあい、有栖」
有栖が茫然としているうちに、また、ヒロの薬が切れそうになっていた。
しかし、薬を飲ませてもらえる時間などない。
ヒロはまた、おかしくなったように奇声を上げ、騒ぎたった。メシリアスがそうこなくっちゃ、とほくそ笑み、また死闘が繰り返される。メシリアスの頬に口角が刻まれる。油断が生じた。そこをついて、ヒロの拳が頭に刺さり、彼の脳を揺らした。
 一方の有栖はまだ、あまりのことに言葉を練れないでいる。
「どうして、まき......まさかあなた」
「やあ、久しぶりだね」
 男は、あの父と母を奪った男は、にやついたままこちらから眼を離そうとしない。
「いやーあの時は本当困ったよ。顔も見られて生き残られちゃうとねえ。暇つぶしに人んち入りこんで、殺してやっただけなのにね。でも、俺、おやじがマフィアとつながりのある政治家やっててねえ、ぜーんぶ、もみ消されちゃった」
 男が楽しそうに歌うように告げる。有栖は背中に氷を載せられていく気がした。
「でもその楽しい殺人タイムも、そこのZiマンのせいで妨害されっぱなしでしょ? だから俺、はらいせにいろいろやったよ。同じくZiマンを疎んでいる奴らと結託して、君をさらったり、火器を強くしたり、スパイを潜り込ませたりね」
有栖が絶句したのち、ようやっと吐き出す。
「スパイ......それが、まきなの?」
「ええ、そうよ」
 まきが髪をかきあげて、爽やかに笑う。
「あなたが警察に行かないように、私はずっと見張っていたってわけ」
「じゃあ、私たちは」
 有栖の震える膝を見て、まきが高らかに言い捨てる。
「友達なんかじゃないわ。あんたとなんか」
 やがて、錯乱したヒロが、もがれた足を引きずって、死闘を演じ床になだれたメシリアスの首に手をかけた。
その時、だった。
 乾いた銃声が響いた。思わず、有栖がそちらを見やる。そこには腹部を撃ち抜かれた、ヒロとメシリアスの姿があった。硝煙は男の手元からたなびいている。
「な......なぜ。俺たちは結託、していた、はずなのに」
 メシリアスが、苦し気に問うた。男がそれを嘲る。
「メシリアス、君は所詮、Ziマンを限界まで追い込むだけの役なんだ。役を演じたら、すみやかに帰ってくれよなあ。地獄に、さあ」
 そうして再び、男が二人にピストルを向ける。
それへ、ヒロがとびかかって、もみあいになった。銃声が響く。男は足を踏み抜かれ、腹部に打撃を加えられ、息も絶えだえに横たわった。
「ヒロっ」
 腹部と胸部を何発も撃たれたヒロも、有栖の腕の中に落ちていった。
「ちいっよくもっ」
 まきが有栖へとピストルを向ける。それへ先ほどの死闘で剥がれた破片を、メシリアスが放り投げてピストルをはじいた。
 まきの右手は飛び散って、手首から血塗られていた。やがて彼女は撒いておいた石油にライターを投げつけた。倉庫は見る間に、円状に燃えだした。
 炎が上がる。物が焼ける匂いが、どんどん鼻に迫ってくる。敵もこと切れた。まきも痛みにうずくまっている。有栖が一歩、一歩とまきに近づく。そして激痛に喘ぎ、あおむけに転がったまきの身体にのしかかり、その細い首に手をかける。
「私を、あなたは裏切ったのね。唯一の友だと、思っていたのに」
「......そうよ」
 痛みをこらえながら、まきが絶叫する。
「殺しなさいよ! あんたとなんか会わなきゃよかったわっ早く、殺しなさいっ」
あんたもそれで、私と同じよ。
まきが少し、歪んだ唇で笑みを浮かべた。有栖の手に力がこもる。けれど、なぜか涙が溢れて止まらない。さまざまな思い出がよみがえったのだ。家族をなくし、自分の世界に閉じこもっていた自分に、声をかけてくれたのは、この女だった。それが狙いだとも分かっていた。だけれど。
「殺せない......」
一緒に食べたアイスクリームの味がよみがえる。
「殺せないよ......」
「......馬鹿ね、あんた」
 まきは苦笑して、眼をふせた。まもなく、失血で彼女も死ぬだろう。

 残るのは、瀕死のヒロと、有栖だけになった。
 煙のなか、もだえながら、有栖はヒロを抱きしめ、しゃがみ込んだ。
「あ、有栖......」
 弱弱しい口の動きで、ヒロが有栖を探す。もはや出血がひどく、目も見えていないのだろう。必死に有栖へと手を伸ばす。
「有栖、ああ、有栖......」
「ヒロっヒロっ」
 有栖が涙を振りこぼしながら、何度もその名を呼ぶ。
「有栖、お願いが、あるんだ」
「なに? 一緒にいるわ。絶対離れない」
「俺は、君には、幸福になって欲しいんだ。生きて、いつしか家庭を持って、そして、いつまでも、幸せに......」
 そう言って、ヒロの瞼が閉じていく。ヒロの身体を有栖がひしと抱きしめる。
「今までありが、とう......」
 そうして、ヒロはこと切れて、動かなくなった。今までの思い出が走馬灯のようによみがえり、安らかな死に顔に、有栖は慟哭する。燃え盛る倉庫街のなか、有栖はいつまでもヒロを抱きしめていた。

それから六年後。
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