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番外/歩く危険物
しおりを挟む第二性持ちというのはきっと周りが思う以上に大変なのだろう。
だが、それに巻き込まれる周りも大概大変である。
「ラゼルゥ…、好き」
この子は学院二回生のヴァレリア君。
彼はこの学院、というか、貴族社会の中でも有名な少年だ。
希少種オメガ。それだけで特別目立つ存在というのに、その彼の振る舞いは常軌を逸していた。
彼の美貌に目を向ける人間は数多ほど存在したが、その大半は彼がこの学院へ入学して半月もしないうちに、興味を無くす、または明らかに避けて通るようになった。
可憐にして尊大。
彼の権高で苛烈な性格は外見を裏切って、見事な程自らの危険を遠ざけていた。一部の学院生達と常に何かと揉め、そして揉めた相手はすべからく被害を被っている。関われば間違いなく危害が及ぶ少年だと大多数から嫌厭されているのだ。
その噂の彼は朝一番に昨日と続け様、一方的に熱を上げている人物に同じように横抱きにされてこの救護室へと運ばれてきた。昨日と違うのは意識があるところ。だが、理性を保っているとはいえない顔付き。
「降ろすぞ」
その人物、こちらも彼と同じ二回生のベルン君。アルファらしい完成した身体付きで、軽々とヴァレリア君を抱えている。クラスは違えど入学前からの親しい知り合いで、何かと話題の絶えない二人。教諭陣の間でもこの二人の情報は共有されている。
この救護室へ飛び込むなり状況を口早に説明し、奥にあるベッドへ彼を寝かせにかかる。
「嫌! もっと抱っこしてて!」
首根っこにしがみつき駄々をこねるヴァレリア君。
「トワ…」
困ったように途方に暮れた声のベルン君。君の力なら簡単に引き剥がせるだろうに何を手間取っている。けど顔を見て納得。いつもの冷静沈着な彼と違って、緊張を孕んだ面持ち。切羽詰まってると言った方が適切か。
「ん、ラゼルの匂い気持ちいい」
「こら、トワ! やめっ」
首筋にかぷり。ヴァレリア君はベルン君の首に子猫のようにじゃれつき甘噛みして得意げに笑っている。
「えへへ。これでラゼルは俺のもの」
ご満悦の様子だ。
「この…っ」
ベルン君はすぐさま逆襲に出た。ご機嫌なヴァレリア君の両手を掴みベッドに貼り付けてその上に乗り上げる。
ちょっと、なに挑発してるの、ヴァレリア君。君、今、すごく危険な事したんだよ? 発情中にアルファにあんな真似なんて、美味しく食べてくださいって言ってるものだからね?
「あ、あん! あっ、あっ、ラゼルっ! そこっ、駄目ぇ…っ!」
ほら、言わんこっちゃない。
「はい、そこまで! ベルン君、君が先にこれ飲んで」
ヴァレリア君のクラバットを抜き取り、はだけた胸元に顔を寄せて鎖骨に吸い付くベルン君の襟首を掴み上げて問答無用で口に丸薬を三錠放り込む。
「!」
口に含んだ瞬間、ベルン君は片手を口に当てて固まった。顔は一気に青ざめて冷や汗を流し出した。
そりゃそうだろう。緊急抑制剤、という名のこの世の苦味エグ味辛味が集約された効き目抜群の気付け剤だ。フェロモンに冒された脳味噌を一瞬でクリアにしてくれる優れもの。各学年、少ないとは言えオメガ性の子は毎年何人かは入学してくるからその子達のために常備されている。それを探すのに手間取って、ヴァレリア君にあられもない声を出させてしまった罪滅ぼしで、本来なら彼の体格なら二錠で良いところを三錠使ってやった。彼はアルファだからこれくらい耐えられる。
「はい、飲んだね? じゃあ後のことは僕に任せて君は隣の控え室。落ち着いたら教室に戻る様に」
「………」
控え室へのドアを指し示すと、ベルン君は大人しくフラフラとした足取りでそこへ向かいだした。いつもの凛とした彼からは想像できない覚束なさ。緊急抑制剤は一瞬で熱を奪い去るけど、反動もキツいからすぐには立ち直れないだろう。私はアルファじゃ無いからオメガのフェロモンにやられる事は無いけど同じ男だし、辛いのは想像できる。
「や! ラゼルっもっと触ってよぅ…!」
こらこら、涙声でそんな甘えた声出しちゃダメでしょ。せっかく薬が効いてきて正気を取り戻した彼が後ろ髪引かれちゃうから。
「君もちゃんと飲んでね。ちょっと苦いけどすぐに効くから頑張って」
「……!」
追い縋ろうとするヴァレリア君の口に二錠放り込む。発情起こしてるオメガにはこれが必要量。
適量といっても、口の中は想像を絶する惨事になってるんだろうな。ヴァレリア君はすぐにベッドに沈没した。
あーあ、こんなに制服乱されて。よく見たら、胸元だけじゃなくシャツの裾はズボンから引き出され腹チラ状態だし、そのズボンのベルトの留め具は外されかかっている。抑制剤を見つけるのがもう少し遅かったら大変な事になっていたかも。これからは薬品棚の整理はきちんとしておこう。
この子達みたいな失敗は立場上よく目にするから、慣れてしまって私自身はなんていうことは無いけど、当人達は正気に戻った時気まずいだろうなぁ。
仕方なしに下の方の乱れは整えてあげた。ベルトの留め具を元のように留めて証拠隠滅。
教諭としては生徒の心のケアも仕事だ。出来るだけ傷の少ないように偽装してあげなくては。
基本、オメガの子って男女関係無く姿形が見目麗しい。そんな彼らのしどけない姿を見せられればアルファでなくともおかしな気分になってしまう。
やっぱり目の毒なんだよな。
私の恋愛対象は女性だから男性相手に間違いは起こさないけど、オメガっていうのは危なっかしくて怖い。今回はベルン君がすぐに対処して大事には至らなかったようだけど、そばに信頼できる相手がいない時に万一発情を起こしてしまったらどうなるだろう。たまたま居合わせた周りにどんな影響があるか。当人もだけど、巻き込まれた方も気の毒としか言いようが無いんだよねぇ。こればかりは巡り合わせだから誰が悪いって事は無いけど、オメガは歩く危険物であるとはよく言ったものだった。
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