麻雀食堂−mahjong cafeteria−

彼方

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サイドストーリー1

美咲の小説① 冷やしかき揚げそば

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19.




サイドストーリー1




美咲の小説①







 乾美咲いぬいみさきは小説が書きたかった。でも、難しい。いつもなんとなく面白くない気がして書いては消して書いては消してしてしまう。

(お兄ちゃんの言ってたこと実行してみようかな。日記を脚色してみろ、だっけ……。面白いかもしれない)







 そう思うと一気にイメージがわいてきた。そう、これは先日の『きらく庵いろり』に入った時のこと。それを元に妄想を膨らませて――










◆◇◆◇




◎冷やしかき揚げそば




 今日、私は工場へバイトに行ってたのだが、本当によく働いた。ろくにご飯を食べる時間もなかった。社員ならまだしも短期アルバイトにこんな仕打ちをするなんてどうかしてる。

 こんな疲れた日は帰りの電車の乗り換え駅で立ち食いそばに入るのがバイトするようになった最近の私のお決まりだ。私はいつもここで冷たいかき揚げそばを注文する。

 立ち食いそば屋には様々な人が来る。おじさんが多いかもしれないが私みたいな若い女だっていたりする。




(あっ、椅子あいてる)




 ラッキーだ。立ち食い覚悟で立ち寄ったが椅子の席があいてた。私は水を取ってきてその席で番号を呼ばれるのを待つ。




ゴクッ




(美味しい。キンキンに冷えてる)




 季節は初夏だったが気温的には今日は真夏だ。キンキンに冷えた水が本当に美味しい。




『ピンポーン! 112番のお客様出来上がりました。カウンターへどうぞ。ピンポーン! 113番のお客様出来上がりましたカウンターへどうぞ』




 私は113番だ。2人一気に呼ばれた。カウンターへ行ってみると冷やしかき揚げそばがふたつある。ふたつある、が




「あっ」




(かき揚げの大きさが違う……)




 112番の人はスーツ姿の若い男性だった。ほんの少し気まずそうな空気が流れる。この不平等感はまずいだろ。と。







 どちらが何番とかは書いてない。おそらく同じ注文なのだろう。忙しい時間帯だ、かき揚げの大きさが雑になるのも仕方ない。しかし、いまここで同じ注文をした人と鉢合わせてるのはよくない。




 すると男性は




「どうぞ。おれ、カタチいいほうが好きだし」




『どうぞ』という部分に含まれた言葉は『アナタは大きい方をどうぞ』だ。112番の彼の方が先に注文していたのに。




「あっ、……ありがとうございます」




 カタチいいほうが好き? んなわけない。今から食うのにカタチもなにもない。確かにひとつはまんまるである。小さいが。




 まんまるだからなんだと言うのか。




(あ、撮影してSNSに上げるタイプの人なのかな)




 狭い店内なので私の位置からは彼の席が丸見えだった。私は少し彼を観察する。




「いただきます」




ズルッ、ズルズルズーーーー




(いや、撮影しないんかーーい!)




 普通に食べ始めた。もう、ただのいい人じゃん。しかも「いただきます」もちゃんと言うし。




キュン




 あれ、嘘でしょ。私、大きいかき揚げ譲られてトキメいちゃってるんだけど。我ながらあまりにもチョロい。







 彼が「ごちそうさまでした」を言うまで見届けて、私もおいしくそばをいただいた。

 




────







 それ以来、私の立ち食いそば利用率は格段に上がっていた。駅中のそば屋での偶然の遭遇なんて奇跡の可能性だ。また会えるわけなんてないのに。だいたい会っても仕方ないでしょ。いったい何がしたいのか……とは思うのだけど。




 でも、あと一度。ほんのひと目。ひと目でいいから、また彼を見たい。会いたい。そんな想いから仕事なのにお気に入りの服を着て行き、そば屋に入る前に必ず化粧直しをしている。




「これが、一目惚れかぁ……ふふ」




 こんな期間が短期アルバイトを辞めるまでの3カ月間続いたが、もちろんあの人には会えないままだ。










 私の一目惚れはロマンチックさの欠片もなく。むしろなんだかちょっとこっけいで、格好がつかなくて、またそんなところが私にぴったりだとも思って ……少し面白かった。










 ときめく心をありがとう。名前も知らない、かき揚げのあなた。










おわり




◆◇◆◇







(……いいんじゃない? 少し短いけど、素人としては上出来よね? かき揚げそば2つ出てきた事実からここまで妄想できたらたいしたもんでしょう)




 そうなのだ、これは実際はかき揚げそばが2つカウンターにあった。それだけが事実であり、あとは全て美咲の妄想なのである。




「あー、恋したい。……お兄ちゃんが歳離れたイケメンだと良くないわ~。同級生とか相手だとみーんな(お兄ちゃんよりは格好良くないし、ガキだな)って思っちゃう。くっそー、お兄ちゃんめ!」










 恋を知らぬ美咲の美しい花が咲くのはまだまだ先になりそうだ。

 それよりも先に小説家として開花する可能性のある美咲だった。





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