三月センチメンタル

七夕ねむり

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三月センチメンタル

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「冬が死にかけてるね」
 そう口にした私を見て彼は笑った。随分物騒な物言いをするんだねと。
「本当のことを言っただけなのに」
 カフェテーブルの足をこつんと蹴ってみる。舌に触れるぬるさを確かめるために、マグカップの持ち手を掴んだ。はちみつが瞬く間に溶けるようなホットミルクが恋しい。手袋を忘れて君に触れる言い訳が欲しい。透き通る夜空の星を隣でずっと眺めていたい。ただ、それだけなのに。
「君は馬鹿だなあ」
 呆れたように彼は私の手を握る。絡めた指先がちっとも冷たくないのが寂しい。
「春になったら夜桜を見に行こうか」
 満開には程遠い数本の桜をさ、二人でただ見るだけっていうのはどう? くすりと笑ってなんでもないように彼は私の右手にキスを落とす。それらがあまりにも当たり前に為されるので、私は数秒前までの思考をあっという間に放棄してしまいたくなる。
「……悪くないかも」
 その返事の意味を知っている彼はゆるりと目を細めて「僕の勝ちだね」と小さく笑った。いつから勝負になったのかと尋ねたかったが、一方でどうでもいいような気持ちになってマグカップの中身を飲み干す。
「大丈夫だよ」
 体内に染みついた柔い声が鼓膜を揺らす。彼のコーヒーカップを覗くと、とうに底が見えていた。どちらともなく重い腰を上げる。片手でトレーを持った彼はなんとも危なっかしい手つきで返却口を目指す。不便そうにするくせに離さない左手、変なところで不器用な背中を眺める。なんか、全然大丈夫かもしれない。
 大分弱くなってしまった寒さが私たちを包む。うっすらと差した光が眩しくて思わず眉を顰める。それを見た彼はまた笑って繋いだままの手をぎゅっと握った。私はそっと脳内の手帳を捲る。今朝のアナウンサーの声は思い出せないから、明日からはちゃんと聴くことにしよう。分厚いマフラーを解いて鞄にしまった。右手にこっそり力を込める。意地の悪い風が頬を撫でた。春一番は、まだ吹かない。
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