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10. 呪●の友チョコ

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「ミユリ! 今年も作ってきたよ、友チョコー!」

 放課後、ひとけのない学校の廊下を歩いていたら、リンが後ろから抱きついてきた。
 今日はバレンタイン。毎年この日は、リンが手作りの友チョコを振る舞ってくれる。小学校から中学二年の今まで欠かさず。

(今年は無いかもって思ってた……けど)
 あるんだ、と少し意外に思った。

「早く早く、ナオとオトミも教室に集合してるから!」
 リンが私の腕をつかみ、引っ張る。弾けるような笑顔だったけど、その頰には大きな絆創膏があった。


 夕日差し込む教室には、親友のナオとオトミしかいなかった。
「おまたせ! ミユリ連れてきたよ。待っててね、すぐ用意するから!」
 上機嫌でリンは鞄を開く。ひとつの机を囲むように並べた四脚の椅子。ナオとオトミは向かい合って座っている。

「リン、すごいテンション高くない?」
「いろいろあったのに元気だよねー……」
 若干ヒき気味のナオとオトミ。
「何言ってんの。元気なら何よりじゃん」
 私はフォローした。
 リンが元気だったら、私は嬉しい。

「はーい、今年の友チョコはこれでーす!」

 私たちの前に、リンがレースペーパーを敷いた紙皿を置く。

「わあ、可愛い!」
「フランスのカップケーキみたい! 映えそう~♡」

 途端にナオとオトミの表情が華やぐ。
 ココア生地の土台に、ピンクのクリームを塗ってフリーズドライのいちごチップや飴細工のお花、アラザンで飾りつけした小さめのカップチョコケーキだ。売り物みたいにキレイ。

「すごい。リン、元からお菓子作るのうまいけど、こんな上達してたの?」
「えへへ。練習したんだ」
 ーー「家で」とリンが続けたので、私は驚いた。

 リンの家は、こないだ燃えた。
 火災被害の規模がどれくらいか知らないけど、キッチンは使えるのか。ちょっと安心した。

「食べて食べて♡」
 私の真向かいの席に座り、笑顔でフォークを渡してくるリン。ナオがさっそく口に運ぶ。オトミは散々写真を撮ったあとで。
 遅れて食べ始めた私は、ひとくちで舌鼓を打った。
「おいしい……!」
「でしょ? がんばったもーん」
 ニコニコとリンは私たちを見守る。それが本当に嬉しそうで、私も思わず笑顔を返す。
 リンが元気でよかった。

 最近のリンは、本当に『いろいろ』あった。

 家が火事になっただけじゃない。
 先週、上級生の女子グループに呼び出されて、殴られた。その上級生の彼氏にリンが近づいたって因縁をつけられて。ひどい話だ。
 その前は、学校近くの百円ショップで、誰かに万引きの罪を着せられた。自分じゃないとリンは訴えたけど店員は聞き入れず、警察沙汰にまでなった。ひどい話だ。

 なのにリンは、こんなに明るく振る舞って、友チョコを用意してくれた。

 すごいな、と私は素直に思う。

「おいしかったー!」
 チョコケーキをぺろりと平らげ、私たちは口々にお礼を言う。

「リンってほんとにすごいよねぇ。オールマイティ系女子! 可愛いし、料理うまいし、男子にモテるのも当然って感じ!」
 ナオが指折り数えて、リンの長所を挙げた。

「おまけに頭もいいし、スポーツも得意だし。ピアノだってイラストだってうまいもんねー」
 オトミが頬杖をついて、リンを褒めたたえる。

「家もお金持ちのお嬢様だし、なのに気さくで、ほんと完璧。少女漫画のヒロインみたいだよね」
 私も乗っかって、リンへの羨望を素直に口にする。

 リンは笑顔でそれを聞いて、そして、


「で、あんたたちは、私のそういうところが嫌いだったの?」


 表情は変えないまま、尖った氷みたいな声で私たちに言った。

 ピシッ、と、場の雰囲気がひび割れたような気がした。

 ニコニコしながらリンは続ける。

「ナオ、あんたよね? 私があの先輩の彼氏に色目使ってるって大ウソ吹き込んだの。私が先輩たちにボコられて、顔を怪我して嬉しかった?」

 ナオが目を見開く。

「万引き仕組んだのはあんたでしょ、オトミ。警察に補導されたから、ピアノのコンクールに出場できなくなったわけだけど、ざまぁって満足してる?」

 オトミが息を飲む。

「ーーミユリ」
 血の気が引くナオとオトミと同じように、ううん、それより激しく身体を震わせる私に、リンはいっそう晴れやかに笑ってみせた。

「あんたがいちばんエグいわ。普通、友達の家に火ぃつける? 放火する?
 あのね、母屋は無事だったの。でもね、おばあちゃんのいる離れは半焼して、おばあちゃんね……意識が戻らなくなっちゃったの。たぶん死ぬまでこのままだって、お医者さんが言ってた」

 一切まばたきせず、リンは言う。

「防犯カメラにミユリらしき人が映ってたよ。でもね、決定的瞬間は映ってないし、映像も粗いから証拠にならないって。警察の人に言われちゃった」

 助かったね。ーーリンが私に囁いた。

 そんなひどいことになってたなんて、知らなかった。
 あの時の私は、お母さんとお小遣いのことでケンカして、ちょっとだけ、本当にちょっとだけムシャクシャしてた。
 たまたまリンの家の前を通って、たまたま道端に落ちてたライターでポケットティッシュに火をつけて、リンの家に投げ入れただけ。
 もちろん、放火のつもりなんて無かった。だってそうでしょ、友達の家なのに。
 すぐにハッとなって逃げた。リンの家がどうなったかは、怖くて知ろうともしなかった。

 だから今日、元気なリンの姿を見れて嬉しかった。私の『イタズラ』は大したことなかったんだって知れてーー……

「あんたたちのせいで、散々よ。だから私、このチョコケーキを作ったの」
「⁉︎」
 ガタッ。全員、後ろに身体を引いて、椅子がガタついた。
 いま食べたチョコケーキ……まさか!

「安心して。毒なんか入れてない。そんなの手に入れられないし」
 にぃっと口元を三日月の形に釣り上げて、
「おまじないをかけただけよ」
 リンはそう言った。

「おまじない……?」
「ま、まさか、呪い……殺す……とか?」
 自然と胃の中のものがせり上がってくる。口の中が苦い。

 ーーくすっ、とリンの笑い声。

「なんで私があんたたちみたいなゴミを呪い殺さなきゃなんないのよ。私がかけたのはね、『呪返のろいがえし』よ」

 目を細めて、リンは私たちを順繰りに見回した。

「のろい……がえし……?」
「そう。呪いを返すの」
「私たち、別に……呪ってなんて……」
「あんたたちは私の不幸を願って、そうなるように実行に移した。それは『呪い』なのよ。藁人形なんて打たなくても、呪いは成立するの。
 あのチョコケーキを食べた人間で、私をいちばん強く呪ったやつが死ぬ。体内からナニカが突き破って、まっかな内臓を撒き散らしてね。そんなおまじない」

 瞼の隙間から見えるリンの瞳は、
 まっくろだった。

「ねえ、誰が死ぬと思う? ナオ? オトミ? それともミユリ?
 誰がいちばん、私を呪ってるのかなぁ?」

 あはは、あはっ、あははは……

 絆創膏を貼った頰を引き攣らせて、リンが声を上げて笑い出した。
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