【語るな会の記録】鎖女の話をするな

鳥谷綾斗(とやあやと)

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第2部/鎖女の話をした少女の話

先輩との幸せすぎるデート

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 ――夕方、駅前のファーストフード店。
 英美香は二人の友人と寄り道していた。


「莉々子のやつ、最っ悪!」

 注文したものを受け取って席に着いた瞬間、英美香がキレた。
 叩きつけられたテーブルがガタッと揺れる。

「急にうちらの柏木先輩に近づいて! あんな地味で、毎日つまんなさそうな顔して、そのくせ自分からは何もしようとしないやつがさー!」

 英美香が紙コップを握りつぶした。その拍子に中身のコーラがこぼれる。

「ああもうこぼれた! 莉々子め!」

 もはや八つ当たりに近い英美香を、友人の一人がいさめる。

「落ち着きなよ~。はい、ティッシュ」
「でもキレるの分かる~。莉々子、マジでチョーシ乗ってるしね」

 ポテトを食べながら別の友人が賛同した。

「しかも明日、一緒に映画と買い物に行くとか。ふざけんなってのー」
「そもそもなんで柏木先輩が莉々子なんかに!? キッカケは何なのよ!」

 依然お怒りモードの英美香に、友人が「あーそれね」と答える。

「どうやら『お化け』関連らしーよ」
「お化け?」


 鎖女


「……っていうのに、莉々子が狙われてるんだって。祐奈との会話でうっすら聞いた」
「立ち聞きじゃん。やば。っていうか何?」


 鎖女


「って……」
「さあ?」

 英美香はスマホを出して調べ始めた。
 少し時間はかかったが、該当する投稿をSNSで発見した。

「鎖女っていうのは――」

 英美香が説明するのを、友人たちは耳を傾けた。


 *



「莉々子ー! こっちこっち!」

 ラフなパンツスタイルの祐奈が、街中の映画館の入口前で手を振る。
 朝から快晴で、涼しい空気が気持ちいい。絶好のお出かけ日和だ。

「祐奈、お待たせ!」
「大丈夫だよ、上映時間まで余裕あるし。あれ、柏木先輩は?」

 祐奈が首を捻る。すると、「莉々子!」とあたしを呼ぶ声が飛んできた。

 返事して振り向くとそこには、バイクに跨った柏木先輩。
 Tシャツに薄手のジャケットを羽織って、クールだけど品のあるコーデ。
 ヘルメットからその尊顔を出すと、周囲の注目が一瞬で集まった。

「バイクを停めてくるから、俺が戻ってくるまで絶対に一人になるなよ。――すまないが、莉々子を頼む」

 そう言って先輩はあたしを祐奈に託す。
 祐奈はニヤニヤしながら「はあーい」と返事をした。
 バイクが走り出すと、あたしの二の腕をツンツンついてくる。

「おいおい何ですか今のは~。バイクで送ってもらって? 一人になるなって言われて? さらに友達に『よろしく頼む』って?」

 うわー祐奈、悪いカオ!

「彼氏では? まごうことなき彼ぴでは~~?」
「やーめーてーよぉ!」

 あたしは満面真っ赤で否定する。口では。

「先輩はあたしを守ってくれるだけだって!」
「はいはい、そういうことにしといたげる! ってか、今日のコーデ可愛いじゃん。いつもTシャツデニムなのに」

 祐奈はあたしの全身――オフショルのトップスにくすみピンクのスカートという甘めコーデを見て、褒めてくれた。

(クローゼットから全部出して、必死でコーデ組んだんだもんね)

 先輩はどんな感じの女の子が好きなんだろ、とか。
 考えるのすごく楽しかった。

「……誰かのことを想って服装を考えるのって、超楽しいんだね」

 祐奈が「よっ、恋する乙女!」と囃し立てた後、柏木先輩が走ってきた。

「待たせてすまない。……どうした、莉々子。頬が紅潮している」
「! な、なんでもないです!」

 あたしたちのやりとりに、祐奈はずっとニマニマしていた。


 何事もなく映画が終わった。
 外に出ると、ますます日差しが強くなっていた。


「映画最高だったー!」と祐奈が満面の笑みで伸びをする。

「若い刑事役の俳優さんが、わたしの推しなんですよー!」

 祐奈がパンフレットをぎゅっと抱きしめて言うと、柏木先輩が頷いた。

「脇役かと思いきや物語のキーパーソンだったし、いい味を出していたな」
「そーなんです! わたし、あの人の演技が大好きで、いつか共演できたらなぁって夢見てます!」

 臆面もなく夢を語る親友に、あたしは言った。

「昔からの夢だもんね。祐奈なら、いつか叶えられるよ!」


(これは、本心)

 少し前までキラキラする祐奈がまぶしくて、素直に応援できなかったけど
 今は心からそう思えちゃう。

 柏木先輩のおかげだ。
 心に余裕があるって最高だなぁ。


「それじゃ、わたしはここでお暇しまーす!」
「うん。午後から部活なんだよね」
「そうそう。なにやら顧問から重大発表があるらしいの。ではでは先輩、失礼します! ジュースとポップコーンごちそうさまでした!」

 ビシッと敬礼する祐奈。

「今日はありがとう。すまなかったな、邪魔して」
 祐奈はいえいえと言った後、あたしに耳打ちした。

「デート楽しんできてね。また報告よろしく!」
「!」

 あたしが何か言う前に、祐奈はスタコラサと去っていく。
 もう、からかっちゃって。……嬉しいけどっ。


「このあとは買い物だったか?」
「は、はい! あ、すぐに終わらせますんで!」
「ゆっくり見ればいい。せっかくの休日だし」

 先輩はあたしを優しい眼差しで見下ろした。

「ほら、どこの店に行きたいんだ?」
「……」


(先輩は、あたしをキュンさせる天才ですか?)

 無自覚な恋泥棒さんと、映画館近くのファッションビルに入る。
 あたしはずっと浮き足立っていた。それこそ羽が生えたみたいに。

 先輩にトップスの色を選んでもらったり。
 ペットカートに乗ったトイプードルを見かけて、可愛いって言い合ったり。
 フードコートでゴハンしたり。細マッチョでたくさん食べる先輩推せる!
 ショップ店員さんから「見て見て、すごいイケメン!」「隣の子、彼女かな? うらやましい~!」って言われたり、ほんとに幸せでたまらなかった。


 夏服とコスメと念願のルームウェアを買って、最後は本屋さん。
 ここで、勉強熱心な子だってアピールしちゃうもんね。

 ……なんて計画していたら、雑誌コーナーに思いがけない顔があった。


(ウソ! 英美香たち、なんでいるの!?)


 量産系ワンピに身を包んだ、英美香たちだった。
 向こうもあたしに気づいたらしく、瞬時に両目を吊り上げた。

 今日も今日とて視線で殺してきそうな……。
 ていうかなんでここにいるの。
 まさか尾行してきたとか? 怖い!


「莉々子?」

 冷や汗を流していると、柏木先輩が呼んだ。

「オススメの数学の参考書だが、あれがいいぞ。俺も使っているが分かりやすい」
「ありがとうございます。……よいしょっと」

 棚の一番上にある参考書を取ろうとしたけど、手が届かない。
 難儀していると、先輩が参考書を取ってくれた。

「ほら」と差し出されて、あたしは今日中にキュン死にしちゃうんじゃないかと怖くなった。

 ……ついでに背後の英美香たちがブチギレる気配も怖いけど。

 でも、先輩の優しさと幸せを全力で噛み締めた。
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