悪役令嬢は銃を握って生きていく

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「ミス・コチニール。君自身の、そして君の実家の行った数々の悪事は既に周知のものだ」

 巨大なシャンデリアが照らすコレまた巨大な学生食堂に金髪イケメンの声が響き渡る。
 普段であれば並べられた机には豪華絢爛な食事が並び、学徒の少年少女たちは談笑をするハズの場所。
 しかし、そこに楽しいお喋りの雰囲気は無く。
 食堂を埋め尽くす程に集まった生徒全員から俺に向かって敵意と侮蔑の視線、そして罵倒が投げられていた。
 食堂に作られた教職員用の壇上には数人の男女が並び、俺はそれを下から見上げる。
 縄で拘束され地べたに這いつくばる少女とそれを見下す王子。絵画になりそうだなんて考えすら浮かぶ。

「仮にも一国の王子が、浮気した挙句に婚約相手を簀巻きにするなんて。貴方には恥というものが無いのかしら?」

「極悪非道の悪党に言われる筋合いはないね」

 腐れ金髪に少しでも言い返してやろうかと言ってみたが、やはりまったく相手にもされない。
 せっかくの13歳の誕生日に俺の前にあるのはキャンドル煌めくバースデーケーキなんかじゃなく、命のロウソクを灯した処刑台だ。
 割と自慢の貝紫色の長髪は大捕物でホコリにまみれ、チャームポイントの所謂『アホ毛』と右目を覆う前髪が汗で張り付いてうっとおしい。

「明日の昼には君の家は完全に権威を失い、君自身も平民にも劣る醜く薄汚い犯罪者へと成り下がる。私は、父と我が王家の名を持って、君を断罪しよう。君も貴族の端くれなら、貴族であるうちに王族によって裁かれる事を喜ぶべきではないか?」

 壇上のイケメンクソ野郎はさも当然の如く宣言する。
 壇上に並ぶコレまた美男美女の金魚のフン共も絶対零度の視線を投げつけてくる。

 代々続く公爵の家に生まれ、先々代当主は救国の英雄、稀代の天才と謳われた。
 しかし、時が経つにつれ公爵家の威光は弱まり、公爵の地位を狙う輩は後を絶たない。
 父は保守的で、現状を維持する事に心血を注いでいたが、名君でも凡愚でもない普通の人間だった。
 ゆえに今、他貴族の策略にまんまとハマり、一家諸共天国への片道切符を手にするハメになった。

「さぁ、コチニール公爵家パーピュア・フォン・コチニール。何か言い残す事はないのかな?」

 あの腐れ王子はここで泣きすがる俺の姿でも見たいのだろう。
 公爵家のご令嬢なんてのに生まれ変わってはや13年。今まで行ってきた令嬢ロールなんてものも抜け落ちて、俺自身の言葉が口から飛び出した。

「生憎と祈る神なんてのは持ち合わせちゃ居ねぇが…」

 今まで『今日はお稽古がございますの』だの『貴族に向かって言葉使いがお下品ではなくて?』なんて努めてお上品な言葉を使っていた人物から吐かれたセリフに全員が息を呑む。

「願わくば、顔面偏差値極振りの種馬クソ野郎のケツに火がついて、アポロよろしく月面までぶっ飛びますように。あとは、股間のポークビッツをもいで、その臭ぇ口に突っ込みゃ文句なしだ」

 どうやら言葉の力ってのは凄かったらしい。
 蝶よ花よと育てられたご令嬢方はあまりのショックに失神続出、ご子息達の顔は赤くなったり青くなったり信号機も真っ青な有様だ。
 今世紀一番のマヌケ顔を晒してる腐れ金髪は言葉の意味を理解するまでたっぷりと時間をかけ。

「……こ、殺せぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 あらん限りの声を張り上げ、そう叫んでいた。
 周囲の学生達からはここが異世界だと思い出させる様に火の玉や氷の礫、魔法の攻撃が嵐のように降り注ぐ。

「さぁて、パーティーはこっからだ」

 俺はニヤリと口を歪めた。




※※※※※※




「……ぉきろ! 起きろ!」

「んぁ?」

 俺は猛烈な倦怠感と共に身体を起こす。
 視界に飛び込んで来たのは小汚い壁と、薄汚れたバーカウンター、飲みかけのグラス。
 そして、猛烈に機嫌の悪そうな店主の顔だった。
 あご髭を蓄えた筋肉たっぷりのおっさんの顔には無数の傷跡と共に青筋と眉間には深い皺が浮かんでいる。
 嫌な夢を見てた様だが、目の前の現実も相当嫌なもんだ。

「ここは酒場だ。寝てぇんなら、とっとと帰れパープルヘッド」

「んだよ、ファン。店があんまりにも静かだからよ。眠くもならぁな」

「テメェのせいで通夜みてぇになっちまったんだろうが。誰が片付けると思ってやがんだ?」

「俺じゃねぇ事は確かだな」

 俺は肩越しに後ろを覗いてそう答える。
 そこにはナイフにソード、数々の凶器を抱えたチンピラが十数人、眉間に風穴を空けて血の海に沈んでいた。

「ふざけんなテメェ。他の客もみーんな逃げちまいやがった。それも金を払わずにだ、誰がヤツらの酒代払うんだ?」

「勘弁してくれ。それとも俺の首でも取るか?」

「まだ死にたかないね」

「そりゃ、賢明な判断だな。ま、そいつらの首に賞金でも掛かってりゃくれてやるよ」

「けっ! テメェが来ると店が荒れて仕方ねぇ。殺すなとは言わねぇが、今度からは店の外でやってくれ」

 ブツブツと文句を垂れる店主だが、死んでいるヤツらのうちナイフが突き刺さってるヤツは店主が殺った。全部俺のせいにされても困る。

 それに、賞金首なら言わずもがな。例え賞金稼ぎでもそこそこ出来る奴なら敵対した組織から賞金を掛けられている事も珍しくは無い。ファンにとってもいい小遣い稼ぎだろう。
 今回のヤツらは期待薄だが。

 俺は足をブラブラと揺らしながらグラスに残った酒を一気に煽る。

「仕方ねぇ、今日は帰るわ」

「おう、二度と来んな」

「んだよ、ツンデレ親父め」

「つん? なんか知らねぇがバカにしてんだろ!」

「褒め言葉だよ、褒め言葉」

「嘘つけ! ……気ぃつけて帰れ糞ガキ」

「もうとっくに成人してるよ、精神疲労と栄養失調で背が伸びねぇし老けねぇんだよ。ったく、そーゆーとこがツンデレだっての」

 そういってカウンター席から飛び降り、愛用のロングコートを羽織って出口へと歩き出した。
 いくら酒場だって言っても、もう少し椅子の高さぐらい何とかしてもらいたいもんだ。乗り降りが大変で仕方ねぇ。

 入口に差し掛かった辺りでファンから声がかかる。

「そうだ、パーピュア。明日の遺物市、使えそうなもんがありゃあ買ってきてくれ。テメェの目利きは確かだからよ」

「はいよ、ならもうちょっといい酒仕入れといてくれ」

「どうせラムしか飲まねぇだろうが」

 呆れ声を出すファンに背中越しにヒラヒラと手を振りながら店を出た。
 街灯なんて無い、月明かりだけが頼りの夜道を歩く。

 ここはイルドラ帝国トルーチュ。
 帝国南部に位置し、そこそこの規模の港町。
 西の険しい山脈を越えればドルベ王国が、東の深い森を抜ければポート・インペリアル、その先にはリベルテ共和国が、南に海を渡ればクメルジャ王国が、各国との絶妙な距離と大小様々な島の浮かぶカリナゴ海に面し水に恵まれた街だ。

 しかし、帝国が心血を注いで開発した大型港湾都市『ポート・インペリアル』が開港して十数年、かつての活気は消えずとも街に溢れたのはカタギの商人ではなく海賊、悪漢、犯罪組織とここはクソ野郎の掃き溜めに成り果てた。

 さらに最悪な事に街の東西南北をリベルテ、ドルベ、クメルジャ、イルドラ、各国の犯罪組織が縄張りとして睨み合いを続けている。

 路地一本裏に回れば腐臭とともに死体が転がっている街で俺、かつての公爵令嬢はたくましく生きていた。

 断罪の場から逃げ果せた俺は帝国行きの船に潜り込んでこの街に流れ着いた。
 実家がどうなったかは分からねぇが簡単に想像出来る、しかも逃げるついでに腐れ王子の金玉を蹴り潰し、あごを砕いてやったせいで俺自身にも懸賞金が付いちまってもう立派な賞金首だ。
 おかげでこの街以外じゃ朝から晩まで、なんなら寝る間も惜しんで衛兵やら賞金稼ぎ、冒険者からその辺のババァにまで追っかけられる始末。
 この肥溜めみたいな街が一番落ち着くなんて異常事態になってる。

 まぁ、どこに居ても命狙って来る馬鹿はいるんだが。

「おっと!」

 物陰から飛び出した長剣の一撃を飛び退いてかわす。

「今度はなんだ? 大陸冒険者組合か?」

「雌ガキ一人の首に生死を問わず、楽な仕事だ」

「なんだ、ただのよそ者か」

 コートをはためかせ、腰に挿さった獲物を抜き放つ。
 
 特徴的なマガジンハウジング、月光を受けて妖しく輝く銃身、赤い『9』の文字が刻印された『箒の柄(ブルームハンドル)』。
 子供の小さな手でも比較的扱えるグリップを握り、M1916を馬鹿に向ける。

 よそ者なら死んだとしても自己責任だ。

「BANG!」
 


※※※※※※



「ふぁ~、クソねみぃ」

 翌日、寝不足で不機嫌に市場を歩く俺。
 結局、あの後数人の賞金稼ぎに狙われてドンパチする羽目になった。寝床を知られるのも面白くなく、追っ手を巻くのに町中駆け回ったせいで立派に寝不足だ。
 ここのとこ、賞金稼ぎが多すぎる。

 いつもの様に髪色に合わせた深紫色のスリーピーススーツに紅い紐タイ、同色のロングコート姿で街を歩く。
 寒いわけじゃねぇが、いろいろと便利な恰好なんで気に入ってる服装だ。ドレスなんて金輪際ゴメンだね。

 そして目当ての店の前で立ち止まる。
 店と言っても地面に布を敷いただけの物売りだが。

「よぉ、じいさん。調子はどうよ?」

「やっぱり来たか」

 地面に座るシワだらけでヒゲモジャの爺さんに声を掛けて、並べられた商品を物色する。

 薬草の束、欠けた食器、民芸品的な置物。
 そんなわかりやすい物の他にちょっと色の違う物が混じる。
 空き缶や空き瓶、ペットボトル、小さな歯車、小汚いラジオ、包丁、そして銃火器。
 言わずもがな、コレは地球の物たちだ。
 一般的に『遺物』と呼ばれている。

 この世界では時々こういう物が見つかる。
 ダンジョンの中や遺跡の中、果てには草むらやら道端なんかにも突然現れる事がある。
 小さなものから大きなものまで、いきなりそこに出現する。
 俺の愛銃であるモーゼルも故郷から逃げる時にたまたま見つけた物だ。
 銃自体の状態はすごく良かったが、装填された9×19mmパラベラム弾は残り二発。銃が見つかっても弾まで見つかるとは限らない。
 ゆえにこの世界では弾の補充が極めて難しく、銃火器は最後の切り札として携行されるか見向きもされないかだ。
 剣士や格闘家、魔法使いなんかの世界だ。必ず銃火器が強いとも限らない、補給出来ないなら尚更に。

 そして、その補給困難な弾薬をバカスカ撃ちまくる俺には少し特殊な力がある訳だが。

 俺は乱雑に並べられた物の中からひとつを手に取る。
 トンプソンM1921。
 トミーガンと呼ばれる軽機関銃(サブマシンガン)で使用する弾薬は.45ACP弾、銃の状態も悪くなく、装備されているのは30発用箱マガジンだ。
 しかし、銃火器がこんな露店で売られているのにも理由はある。

「じいさん、弾は?」

「ほれ、これだけだ」

「んだよ、一発か」

 じいさんが投げて寄こした弾を受け取る。
 こういう事も良くあることだ、マシンガンの弾が一発だけ、コレでは機関銃の意味が無い。
 苦労して街中、国中から弾薬をマガジン一本分かき集めたって使い切るのが一瞬じゃ割に合わないワケだ。

「仕方ねぇ、そこの包丁とセットで買うからさ。いくらかまけといてくれ」

「ほざけ、まけて欲しいなら他にもなんか買って行きやがれ、これも買うなら割り引いてやってもいいぞ?」

 そう言ってじいさんが指さしたのはトーラスM513だ。
 銃身長は3インチのステンレスモデル、装弾数6発の回転式拳銃(リボルバー)、使用弾薬は散弾実包の.410ゲージ弾の2.75インチまたは3インチのショットシェル、.454カスール弾。
 銃の具合も良さそうだ。

 ただ、問題は。

「トーラス・ジャッジか。じいさん、こいつの弾は?」

「無ぇ。名前も初めて聞いたよ。相変わらず『ジュウ』の事になると物知りな娘だ」

「入ってなかったか?」

「あぁ。ジュウの扱い方を知ってるヤツすら少ねぇのに、どのタマが使えるかなんて分かるやつ居ねぇよ」

「なら、持ってる弾を見させてくれ」

 そう言うとじいさんは麻袋の中から弾薬を取り出した。
 種類こそ幾つかあるが、じいさんの持ってる弾薬だけでドンパチやるのは無理がある、だからこんな所で露店やってる訳だが。

「コレだな。銃代はタダってんなら買ってもいい」

 そう言って.454カスール弾を掴む。

「使えるタマを教えて貰ったんだ、仕方ねぇ。ホントに恐ろしい娘だ。他にも教えて貰えるんならそっちの長いのもナシでいいぞ? 弾代は貰うがな」

 じいさんはそう言ってトミーガンを指差す。

「最初っからそのつもりだろうに。んー、ならこれだな」

 俺はひとつの銃を手に取った。

「ライヒスリボルバーM/79だ。使える弾は10.6×25mmR、コレだ。サービスで弾込めしといてやるよ」

 かなり古臭い銃で傷みもそれなりのもんだが、使えない事も無いだろう。俺はコレを使うなんざゴメンだが。

 俺は広げられた弾薬の中から10.6mm弾を『4つ』手に取り回転弾倉へ『6つ』装填した。
 ロッドがねぇから空薬莢を取り出すのがめんどくせぇが、じいさんとは長い付き合いだし、ガマンした。

「ワシの護身用にでもするか」

「やめといた方が良いぜ。使い方の分からねぇもんに命預けるのはよ」

「違いない」

 じいさんに金を払って店を後にする。
 払った金額は一晩の酒代より安いぐらいだ、銃なんてのが大した額にならねぇんで仕方ない事だ。
 その代わり貴重な弾薬はとんでもねぇ金額になるが。

「あら、パープルヘッド。珍しい所で会うわね」

 露店から少し行った所で声を掛けられ足を止める。
 周りの住人のざわめきと緊張感から声の主はわかり切っていた。

「……銀狐」

 振り返るとそこには灰色の髪をした狐の獣人が立っていた。
 なおこの世界の獣人は人間に耳と尻尾の生えたタイプと二足歩行する獣タイプの二種類が混在している。銀狐と呼ばれた女は前者だ。

 リベルテ共和国の大商会『マーモット商会』、そのイルドラ帝国支部トルーチュ支店長が彼女の肩書きだ、表向きは。
 実際はマーモット商会自体が後暗い組織であり、密輸密売、儲け話なら何でもやる完全な犯罪組織である。
 各支店の序列も表向き帝都支店がトップだが、実情は裏の仕事を主に請け負うトルーチュ支店長が事実上の支部長になる。

 十人中十人が振り返る程の美女だが、その本性を知っている住人達は遠巻きに眺めている。
 何人かの護衛を連れたその女は微笑を浮かべてこちらを見ていた。

「珍しいのはそっちじゃないか? ミス・銀狐」

「あら、ミスなんて。お互いに熱い夜を過ごした中じゃない? 貴女ならウチにはいつでも歓迎してあげるわよ? Yesの返事が遅いから何かの弾みで殺しちゃいそうだけど」

「ラブコールはお断りしてるハズだぜ、7年前からな。あの夜の続きをするには、ちょっと身重になったんじゃないか?」

「それもそうね、私も立場がある身ですもの。それに鉛の礫をご馳走されるのは懲り懲りですわ」

「言ってくれりゃあ、いつでも鉛玉を食わしてやるさ」

 俺の言葉に護衛達は武器に手を掛ける。
 異世界らしく刃物を持ったヤツが大半だが、一部ショットガンをさげているヤツもいた。
 銀狐は護衛達を手で制し、会話を続ける。

「タマ食いジュウなんて買ってたから声を掛けただけよ。あと、ついでに連絡もね」

「ついでの方がメインだろうに」

「今夜定時から『金獅子亭』で連絡会よ。今度はすっぽかさないで欲しいわね」

「めんどくせぇ」

「あら、貴女にも関係のある話よ? よそ者の賞金稼ぎに絡まれる事、多いんじゃなくて?」

「……」

 確かにここ最近は昨日みたいに賞金稼ぎや新顔のチンピラが多く街に入って来てる。
 周りが騒がしくて仕方ないのは事実だ。

「伝えたわよ。それと、そんなタマ食いジュウじゃなくて私たちみたいにハジケジュウを使った方がいいんじゃない? まぁ、『魔弾』には問題無いんでしょうけど?」

 護衛のショットガンを一瞥してから銀狐は野次馬達が開けた道を去って行った。
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