悪役令嬢は銃を握って生きていく

いろは

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 夢だ。
 今、俺は夢を見ている。

 なぜなら当時10歳だった自分と祖父を上から見下ろしているからだ。
 祖父の屋敷で会話した時の記憶。
 祖父の寝室で、起きる事もままならない祖父とベッドの横に立つ少女との会話。

「パーピュア、お前はよく出来た子だ。我が家と言う家系の結晶と言ってもいいほどに。お前がワシの息子だったらと思わない時はない程だ。ワシの息子、お前の父ではダメだ。ヤツは気が小さ過ぎる。当主の椅子にはお前が座るのだ。必ず、一刻も早く」

 俺が祖父の言葉を聞いたのはコレが最後だった。
 数日もしない内に、祖父の寝場所は寝室のベッドから墓地の墓石の下に変わった。


 すると世界は霧に隠れて、別の場面に変わる。

 父の書斎の前だ。
 扉の向こうからは父の焦った声が聞こえる。

「ミスタ・ルチアーノ。貴方達が何をやろうと、我が派閥、いや我が家の利益になるなら何も言わない。他の何をやろうとだ。しかし、ヤクはダメだ。それに手を出してしまえば派閥での求心力は失われてしまう。答えはNOだ」

 父の言葉と共にまた場面が切り替わる。

 今度は書斎の扉は少し開いていた。
 中には憔悴した父と書類の散乱した机、相談役の男が立っている。

「閣下。弟君はとても……残念に思います。まさか、待ち伏せとは」

「あぁ、ヤツらがこんな強行手段に打って出るとは」

「……閣下。さらに悪い知らせが。派閥に属す中核の貴族の方が数多く、『事故』や『不幸』で命を落とされております。それに中央の捜査の手もあまりにも遅い。これはどう考えても」

「あぁ、分かっている。だが、戦争は。戦争はイカン。これ以上血を流すのは……ダメだ。議会を、セッティングしてくれ。話し合いの場を」

「かしこまりました」


 またしても場面が変わる。
 今度は屋敷の中庭だ。
 父と相談役が木陰のベンチで話をしている。

「閣下。本当によろしいのですか? お嬢様と王子の婚約など」

「仕方ない、仕方ないんだ。王族派とルチアーノ・ファミリーは手を取りつつある。いかなる手を使ってでも国王陛下とサルヴァトーレ・ルチアーノの距離を縮める訳にはいかん。我が家と王家では格式的には問題無かろう、何とかこれを機に現状を打開せねば」

「だからと言ってお嬢様を王子と婚約させ、更にはべニート・ファミリーと連絡を取るなど」

「王国内にはマフィア組織は数多く存在する、ルチアーノに対抗するにはべニート以外無い」


 そこでまた場面が切り替わる。

 これは学園での入学式か。
 
「やぁ、婚約者くん。ご機嫌いかがかな?」

「これは殿下。ご機嫌麗しゅう」

「ははっ、婚約者同士じゃないか。クライドと呼んでも構わないよ?」

「お戯れを」

 俺に話しかけて来た金髪イケメンは。
 ああ、そうだ、クライド王子だ。
 この時はまだ、王族としては型破りで少々軟派なタダのダメ男だったか。
 俺もこの時は令嬢らしくと言葉には気を使っていたな。


 そして、次の場面に切り替わる。

 これは放課後か?

「殿下、本日の学園議会へは出席をお願いしたく」

「あぁ、君か。私は忙しくてね。今日はボニーと予定がある。議会へは君だけで出るといい」

「『今日は』ですか。先日もそう仰られたと記憶しておりますが? 少々、入れ込み過ぎかと」

「はぁー。確かに君は公爵家令嬢だ。しかし、顔を合わせるなり、この僕にあれこれ意見するのは、率直に言って……度が過ぎる。違うかい?」

「……仰る通りで王子プリンス。ご無礼を」

「構わない。では失礼するよ」

 そう言って王子は去ってゆく。
 今思えば、ここで王子に食ってかからなかった自分を盛大に褒めてやりたい。
 幸運だったのはこの時はまだ銃火器を持っていなかった事と実家の存在がブレーキになっていた事だ。


 今度に現れた場面は廊下だった。

「あら、ミス・パーカー。こんな所で何をされてるのかしら?」

「あ、パーピュアさん。パーカーなんて、皆と同じでボニーと呼んで頂ければいいのに」

「質問に答えて欲しいものね。それにあなたと名前で呼び合うほど親密になった覚えも無い」

「じゃあ、コレから仲良くなれば良いじゃないですか」

「……少し、ほんの少しだけキツい言い方かも知れないけれど。長生きしたいのであればもう少し周りを見て、自分の立場をわきまえる事ね。学友のよしみで忠告だけはしておくわ」

 ボニー・パーカー。
 この少女の登場によって運命の歯車が音を立てて狂い出した。
 確か子爵家の令嬢だったはずだ。
 しかし、こちらは『公爵家』、先祖を辿れば王族にたどり着く家系だ。
 それがこうも気安く接しられていては外聞的にも問題が発生する。

 ボニーはこの時、まだ多少世間知らずなお嬢様というイメージだった。
 良くも悪くも分け隔てが無く、活発で気さくな少女だ。
 少々田舎っぽい感じではあるが、十分に美少女と呼ぶに足る容姿。
 学園の成績も良く、貧困民へのボランティアで感謝状を貰い、楽器の演奏会でも優秀な成績を残し賞状を貰うなど聖女を絵に書いたような人物だった。

 思えばこの時から、彼女の謎の求心力、ある種の他人の心に入り込む能力は発揮されていたように思う。

 ある時は騎士道に生き思い悩む辺境伯家の息子を励まし立ち直らせた、ある時は魔法一辺倒な堅物の心を開かせた、ある時は臆病な少年に勇気を与えた。
 差し伸べられた手は男子に限らず、心に傷を持つ少女達にも向けられ彼女たちの心にも活力を与えていた。
 
 彼ら彼女らがボニーを慕い、あるいは恋心を抱くのは十分理解できるし、至極当然の事に思う。
 そこに家の格、派閥争い、国内外の情勢が絡まなければ。
 さらには、我が婚約者殿が完全に彼女の虜になっていなければ。

 やがて、学園内で彼女を中心とした派閥とも呼べる程のものが出来上がっていた。
 そこには王族派も貴族派も無く、爵位の隔たりも無いように思えた。

 大問題だったのが、その派閥の中に本来王族派のトップでなければならない王子自身が含まれている事、貴族派の中核を担うべき者達が含まれている事。
 あろう事か王子が婚約を申し出て、彼女が受け入れてしまった事。
 そして、それでも彼女を慕い付き従う貴族派の者達がいた事だ。

 派閥的には中立、とは呼べないもののよく分からない立ち位置だったボニー派が色ボケ王子のプロポーズで王族派へと一変した。
 しかも、貴族派の大部分を抱え込み、王族派に取り込んだ状態でだ。
 これは学園内での派閥が一気に形勢逆転されただけでなく、父が進めている俺と王子の結婚による遅延工作の破綻をも意味していた。

 さらに、第三者からこの学園内派閥の構図を見れば。
 爵位に腰を掛け弾圧する保守的な貴族派と、ボニーを筆頭とした万人に手を差し伸べる慈愛に満ちた革新的な王族派の対立という格好になる。
 これにより学園内の者達はもとより、話を聞いた一般庶民の者からも王族派への支持が集まる事になった。

 もう、こうなっては後の祭りだった。
 貴族派のトップたるコチニール家令嬢が如何に王子を説得し、子爵令嬢を注意したとしても、彼らには貴族派からの圧力にしか見えなかった。
 如何に貴族派だった者達に訴え掛けても、彼女に心動かされた者達は聞く耳を持たない。

 まさに、それは崩れ行く貴族派の最後の悪あがきにしか見えなかっただろう。

 これを起点として我が家の衰退は加速した。

 離反した貴族派から漏れた情報により、我が家とマフィアの関係が発覚。
 公爵家の権威は地に落ち、支持率は暴落。
 ボニーを快く思っていなかった貴族令嬢達の悪質な行為の全ては俺、もしくは我が家の指示によるものとされた。

 こうしてコチニール家は御家断絶、俺自身も簀巻きの上私刑と相成った訳だ。

 後に調べた所、ボニーの実家はルチアーノ・ファミリーの傘下である事。我が家の持っていた領地、利権は王家とボニー派の主要メンバーの家に分譲された事が発覚した。

 ボニー本人の自覚がどうあれ、彼女はマフィアと王家に利用され、俺は奴らにハメられたと言う事実。

 もはや、家の事や家族の事などどうでもいいが、生き残った者として『落とし前』は付けなければ。

『ヤツらを一網打尽にするその時まで、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、どうか生き抜いて頂きたい』

 最後に我が家の従者の放った言葉と共に、俺は胸くそ悪い夢から目を覚ましたのだった。
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