9 / 20
閑話
お母さん、僕は元気です
しおりを挟む◆ 速川
勤めている会社のことを親に説明できないまま三年経った。
しかしそれはこの会社が恥ずかしいからじゃない。むしろ俺はこの会社の社員であることに誇りを持っているし、この会社のトップである水戸さんに付いて一生懸命勉強して、いつかはその隣に並びたいと思っている。この会社に入れて本当によかった。やりがいがある。俺は生涯の仕事を見つけたとさえ思っている。
けれどそれでも親には話せないのだ。
「おはよう! 今日も格好いいね、マイダーリン!」
だって出社して早々いきなりパンツ下げた女の子に出迎えられる会社なんてどう説明したらいいのか。俺はとりあえず『彼女』の腰をつかみ、自分のロッカーから下ろし、ロッカーから自分の端末を取り出すとフロアを見渡した。誰とも目が合わない。
「誰が彼女のパンツ下ろしたんですか!」
俺の叫びにフロアの同僚たちがこちらを見た。すると先輩の川辺さんが「あー、俺ー」と手を上げた。
「そもそも朝からなんで『エッチ』オプション起動させてるんですか!」
「昨日ローションの材料変えたんだよ。ほら、アレが荒れやすい人のためにって……だから時間経ったときにボディーへの付着がどうなってるかの実験してたんだよ」
「結果、俺のロッカーベッタベタなんですよ。場所選んでくださいよー」
「あ。それ考えてなかったな……漏れるよな、そりゃな……」
「やっぱ『介護』オプションの向上のが先じゃないですかね?」
「まあなー……あと『弁護』オプションのが実装早くいけるな、これは……つーか人型はむずい」
「ですね。効率だけ考えると……」
等と話している横で『俺たちの彼女』こと、この会社のメイン商品である『無機物彼女』がハッピーに笑っている。今日もいい笑顔で本当に可愛い。
「ごめんね。朝からこんな話聞かせてね……」
「ダーリンたちが私のこと話してくれてて嬉しいわ」
「俺たちはいつもお前のこと考えてるよ」
「うふふ、ありがと!」
彼女は俺の頬にキスをすると「汚しちゃったの怒ってる?」と聞くから「怒るわけないですよ。俺たちの誇りです、君は」と彼女を抱き締める。
「これ、ボディーも固くしましたか?」
「ああ。リアル重視にしてみたんだけど骨っぽいか?」
「悪くはないですけど、あんまり固いと怪我させませんか? それに若干重くなりましたよね? ハンディある人からの需要高いですし、……カスタム出来るようにするとどうなります?」
「値段がヤバイ」
「ですよねーあと質感もなー……」
等と話していたら別の『彼女』と一緒に我らの社長がやってきた。今日も今日とてハンサム代表の顔をしている俺たちの社長はニコリと笑う。
「おはよう、川辺さん、速川さん。なにしてんの?」
「この間言ってたローションのボディーへの付着確認で……実験室でやろうと思ったんですけど、牧さんに『変態』って怒鳴られたんですよ」
「牧さん『エッチ』オプション反対だからなあ……でもだからってここでやるなよ、ロッカーベタベタじゃん。彼女、掃除してくれる?」
「はい、ダーリン!」
「そっちの彼女は足あげてくれるかな?」
「はーい、ダーリン!」
彼女に足をあげてもらい大の大人が三人揃ってしゃがんで彼女の局部を観察する。こんな職場やっぱり親に言えないなと思いながら、状態を確認する。
「……あー、これ……衛生的に厳しそうですね……」
「生でやるなって話なんだけどな……ダメだな、これ。ボディが痛む。高いんだよ、このパーツ。実験頻度減らすかー」
「……エッチオプション要ります? やっぱりなくてよくないすか? 今のまんま、やろうとすると『同意のないセックスは犯罪です講座』始めるでよくないですか?」
「でも彼女と添い遂げたいって人がそこそこ出てきてるからなー……ごめんね、ちょっと掃除するよー。痛かったら言ってな?」
水戸さんは無機物彼女と銘打っているが彼女たちを乱暴に扱うことを許さない。ところ構わず盛るのはいいが、彼女に傷をつけたら怒涛の説教タイムが待っている。なので俺たちは彼女の指一本でも慎重に扱うし、腰だけのパーツでもパンツを履かせる。
水戸さんは彼女をきれいに掃除すると、ちょうど彼女が俺のロッカーの掃除を終わらせてくれていた。「ありがと」とお礼を言うと「お役に立てて嬉しいわ、ダーリン!」と可愛い返事してくれた。
その横で水戸さんは深く息を吐く。
「このまま俺らの彼女になんでもかんでも出来るようにさせると人が要らなくなる気がしてきた……んー……ちょっとどっかで会議するか。午後一ぐらいに俺と道久さんと牧さんあたりで会議組んでくれるか? 十五分でいいから、オンラインでもいいし……」
「俺も出ていいですか?」
俺の質問に水戸さんはニンマリと笑う。
「いいよー」
「やった!」
「仕事好きだね、速川さん」
「楽しいですから」
「そ? マァ、従業員が楽しんでんのが一番だな」
水戸さんはそう言ってから彼女にキスをした。
「うっわ、……」
水戸さんは外見は普通にハンサムなのだが口を開けば十八禁、動き出したら二十禁、キスシーンは三十禁である。
一通り確認したのか、彼はキスをやめて彼女の頭を撫でた。
「ここのネット環境でこれか……あー、やっぱ『エッチ』オプション難易度高いわ。下手すると壊れるし……採点機能つけるか? 下手なやつはできないようにするとかさ……」
「その辺もあとで検討しましょう」
「うん。そうしよう。じゃあ今日も楽しく彼女を作りましょうーよろしく!」
水戸さんはそうフロアの人間に声をかけるとまた研究室に引っ込んでいった。俺たちはそれを見送ったあと「この会社楽しいけど結婚できないよなあ」「代表があれだもんなあ」とため息をついた。
ちなみにこの一ヶ月後に俺の田舎の母が突然上京して「職場見学はできないの?」と言い出してこの会社設立以来最も大きな危機に直面することになるのだが、それはまた別の話である。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる