吸血鬼である先生が私の血を吸ってくれないので何とかして吸って貰いたい

秋海

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先生視点

06

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 ノラを噛んだ後キーランは荷物をまとめて引っ越しの準備を始めた。誰も近寄らない山奥に別邸を所有していたためそちらに移ろうと考えた。

 あそこなら吸血鬼も人間もいない。買い出しは面倒だがそれ以外は快適だろう。魔法でどうとでもなる。

 とにかくあのクソ野郎どもの顔を百年は見たくない。
 山には一歩たりとも足を踏み入れる事ができないようにしてやる。どうせ引きこもるなら最初からこうしてやればよかった。

 さっさと魔法で荷物整理を終えて荷物を転送させるとまだ目を覚まさないノラを抱える。
 

 あれからノラの体温が上がった。人間の平熱よりも明らかに高い。ノラの息も辛そうに上がっていた。

 キーランは誰かを吸血鬼にしたことなど無かったため詳しくは無かったが人間が吸血鬼になる際まるで身体が溶けていくような感覚を覚えるらしい。
 人間という皮の中で身体の細胞が溶けて一新されるのだ。それを成虫になる前の蛹だと例えた話を聞いたことだある。

 昨日の時点では寒がっていたというのに今では青白かった肌が全身日焼けしたかのように真っ赤になっていた。

 ノラの身体に気を使いながら別邸に転移して新しい部屋に連れていく。
 清掃魔法をかけてノラをベッドに寝かせると窓を開けて空気を入れ替えた。窓から庭を見下ろすと荒れ切った庭が見えた。やる事は多そうだ。


 よく考えてからラルフには別邸の場所を使い魔を経由して教え、ラルフだけは訪ねて来れる様にした。

 正直ラルフにも思うところは無いと言えば嘘になる。しかしそれは理不尽というものだろう。
 何よりキーランに落ち度が無かったわけじゃない。ラルフ一人を責められるわけがない。

 キーランは後悔していた。何故当てつけのようにノラの血を吸ってしまったんだか。疲労で本能を抑えられなかったなんて言い訳にもならない。

 ノラもノラだ。何故よりにもよってラルフとキーランという吸血鬼から好かれるのか。
 シュバルツ家など考えうる限りで最悪の家だ。
 キーラン自身もいい吸血鬼などではない。ノラを自分の傍に置くなんて保護者としてのキーランが馬鹿をいうなと叱責する。

 それならば家を捨てる選択をしたラルフの方がキーランよりも断然いいに決まっているのだ。
 約半年、一緒に暮らして相性もよかったのだろう。
 
 ラルフの記憶が戻ればすぐに飛んでくるだろう。もしかしたら明日かもしれないし百年後になるかもしれないがノラには時間がある。時間など今では些細な問題だ。

 キーランはノラが目覚めたらどう説明するか悩んだ。
 まずはラルフには捨てられていない事は言わなければいけないだろう。
 それからラルフが記憶を無くしたのも家族と仲違いしたのもノラのせいではない事も。
 二人の後ろ盾になって安心できる場所の提供もするからちゃんと幸せになりなさい、と説明してやらなければ。

 だというのに、



******



 ノラが記憶を失った。自身の記憶も、ラルフの記憶もアルバート家の記憶も、キーランの記憶も。


 吸血鬼化の副作用なのか、それとも魔法を途中で止めてしまった事による弊害だったのか。
 吸血鬼化によってノラを溶かしたのは身体だけでなく記憶もだったようだ。
 
 ラルフの魔法による記憶喪失と違ってこれはキーランでもどうしてやる事もできない。
 何も覚えていない事に酷く戸惑うノラに平静を保って対応する。

 記憶を失ったノラにどう説明してやればいいのか。混乱しているノラにどこまで話してやればいいのか。
 
 問診しているとどうも知識の方にも欠けが見られたがここで生活する分には困る事はなさそうだ。

 キーランの事を信用していいのか悩む目にノラを拾った時の事を思い出して懐かしく感じたが、ノラの記憶にはそれが残っていない事を確信して虚しくなった。 



  ******



 言葉を話す事はできたが筆記は忘れてしまったようだったので久方ぶりにノラが使っていた教本を持ち出した。
 しかし文字に関しては本当に空っぽになっている事を考えると簡単なものから始めた方がいいかもしれないと吟味していると例の吸血鬼差別お伽話がでてきた。
 内容は気に入らないが王子の容姿がラルフと重なっているしノラのお気に入りの本だ。
 何か思い出すこともあるかもしれないと真っ先にノラに読み聞かせてやるが何も変わった様子がない事に表に出さないようにしながら落胆する。

 どこまでも役に立たない本だ。
 読み聞かせをしてキーランは前以上にこのお伽話が嫌いになってしまった。
 王子はラルフと似た容姿でノラは記憶を失った人間ならお姫様。ならば自分はこのお伽話に出てくる悪い吸血鬼か。

 ノラの悪影響にならないように今度こそ捨ててしまおうかと考えたがノラがさっそくその本から文字の練習を始めてしまったため後回しにした。

 後日何故かその本を気に入ったのかノラが大事そうに抱えていたのを見てすぐに捨てればよかったとキーランはまた後悔した。



 ******



 以外な事にいつもの日常はすぐに戻ってきた。
 信用を得るまで時間がかかりぎこちない関係がしばらく続く事もキーランは覚悟していた。
 しかしノラの中に僅かに残った記憶が影響したのかノラはすぐにキーランへの警戒を解き、記憶が無くなる前と変わらない関係に戻っていた。

 一か月も経てばノラも屋敷の中を歩き回り少し身体を動かしたほうがいいだろうと以前と同じように植物の世話を任せた。


 この穏やかな日々が帰ってくるなんて思いもしなかったが後何年ほど続けられるのか。
 ラルフはまず間違いなく記憶を取り戻すだろう。

 それはいつになるのか。できる事ならノラよりも先に思い出して欲しいとキーランは思って最初は私物や昔話を聞かせて記憶を思い出させようとしていたが止めた。
 二人とも記憶を取り戻せばキーランを置いて今度こそ二人仲良くお伽話のように幸せに暮らすのだろう。
 それでいい。だから早く二人とも私の中で燻っている独占欲のような何かが身の内から出てきてしまう前に、醜い吸血鬼が少女を自分一人のものにしてしまう前に、早く思い出して幸せにおなり。




******




 ノラが記憶を無くしてから十年、いつも通りのルーティーンを熟すノラはその事実に気が付いていない。否、それに気が付かないようにした。

 キーランの見込みは外れた。ラルフならもっと早くに記憶を取り戻してノラを向かいに来ると思っていたのだが三年経ったあたりで嫌な予感がして保険としてノラに認識を疎外する魔法をかけておいた。
 軽い魔法だ。ノラは何年経ったかを気にする事をしなくなっただけ。

 今気にしているのは以前と同じ、働ける歳なのにキーランに養ってもらっている事だろう。仕事は与えているがそれでも不安なようだ。
 何年か前に元気だからと外の世界に関心を向けたが未だノラの身体は中途半端だ。人間でも吸血鬼でもない。
 あくまで人間のように老いまでの時間が長くなっただけでまだまだ人間よりの存在だ。

 ノラの状態に気づける者なんてどれほどいるかわからないが、今の人間に対して不安定になっている外の世界にノラを出すわけにもいかず適度に話を適度に話を逸らしているがノラはどう考えているのか。
 今は大人しくしているが軟禁されていると危機感は持てているのだろうか。



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