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先生視点
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しおりを挟む人間と吸血鬼。古くから関係が良好になる事はなく戦争を繰り返している。それはどちらの陣営にも過激派がいるからなのか、何も考えずに行動する馬鹿がどちらにもいるからなのか。
二十年前にできていた火種はキーランが思っていた以上に早く着火されて炎上してしまったようだ。
──連盟から、人間と吸血鬼の戦争の招集命令が来た。
十年前にキーランがあらゆるコネを使って収めたというのにたった十年とは。
百年以上は争いも無かったしその間に互いに溜まったものがあったのかもしれないとはいえあまりにも早すぎるしキーランは戦争に行く気など、ノラを置いて長く家を空ける気など毛頭ない。
などと悩み考えていた所にまさか置き忘れていた薬を届けに来たノラが別の爆弾を持ってくるなどとは思わなかった。
妙な質問をしてくるなとは思いはしたのだが……
「……それなら、先生は私の血は吸わないんですか?」
この娘は一体何を言っているのか。やはりあのクソお伽話は捨てるべきだった。悪影響どころの話じゃない。ノラは吸血鬼に血を与える行動の意味を全く理解していない。
吸血鬼なら吸血鬼に気軽に血を与える事はしない。血液は情報の塊だ。その人の体調や魔力の含量、どんな性質の魔法を得意とするのかなどとにかく血液には情報が多く含まれているのだ。
昔はともかく昨今のプライバシーを考えれば恋人にすらあげる事をためらう吸血鬼すら増えているほどに。
そもそも吸血そのものが命に係わる事だ。キーランほど優秀な魔法使いならすぐに傷を塞ぐことなど容易だが他の一般吸血鬼がそうかと言われれば違う。
それでもそれを許すという事は“あなたに全てを捧げてもいい”と言っているようなものでありとても古い吸血鬼に対する求愛だ。
それを延々と教えて叱ろうかとも思ったがどうにもノラは不安定に見えた。最近は眠れない事も多い。
記憶を失ってもノラは自尊心が低かった。眠れないのは精神によくないと思い魔法で強制的に眠らせることもあったが……。
やはり全て忘れられているわけではないのだろう。結果的にノラは二度も捨てられた。キーランに捨てられたくないという思いが先行してしまったが故に出てしまったのだろう。
言いなだめたものの不満そうにしているノラの丸い頭を撫でながらいい子にというと完全に納得したわけでは無いだろうが一旦は落ち着いたようだった。
そういう事は特別な人としなさい。先生は大丈夫だから。
******
穏やかな日々は唐突に崩れる。山の中に誰かが入ってきた気配を感じた。強い力の魔法使いなら結界を破壊して入ってくる事は可能だろうが静かに侵入してきた様子にキーランはとうとう来たかと飲んでいた紅茶をサイドテーブルに置いて玄関へ向かった。
今の時間ならノラが玄関で植物の世話をしているだろう。今頃感動の再会で抱擁でもかわしているかもしれない事を思いつくとなんだか腹が立ったので静かに玄関に立って驚かせてやろうとわざわざ転移魔法を使って音を立てないように玄関に立った。
しかしその場で見た光景は私の予想とは違うものだった。
感動の再会どころかラルフは一瞬固まった後ノラを睨みつけて何故人間がここにいるのかと問いただしノラは後ろからでは表情が伺えなかったが明らかに混乱している。
どこか既視感のある光景をそのまま見守っているとラルフが一切驚きもせずにキーランに問いを投げて詰め寄ってくる様子に可愛げも配慮もないなと思いながら確信する。
まったく思い出してない。
十年前は少なくともノラの前で人間との関係を詰め寄ったりしなかっただろうに……シュバルツ家の人間差別の教育はよくできているなと感心した。
一応自分は恩師のはずだが挨拶よりもでてくる言葉がそれとは本当に素晴らしい教育をしてくれたものだ。
「コレが先生が連盟からの招集に応じない理由ですか?」などとノラの前で言ってしまえばせっかく隠しているのにノラが察してしまう。
ただでさえ不安定な時期に何も思い出していないくせに余計な事してくれたものだ。
「……ペットのようなものです」
心にもない事を。
以前のようにそう返してやればラルフは以前と同じ反応を返したので軽く笑って屋敷の中に入るように即した。
ノラに会いにきたわけではないというのなら話の内容は想像がついていた。
案の定。ラルフはキーランが無視していた戦争の招集の話を持ってきた。
消息を絶ち唯一できる連絡も無視していたがラルフがキーランの居場所を知っていたため送り出してきたのだろう。
ノラを一人残すのは嫌でしょうがなかったが記憶の無いラルフがノラを見つけてしまった以上連盟に報告されて面倒な事になるのは確実だろう。
ならばここで承諾する代わりにノラの事を黙ってもらうのが一番丸いと考えて話し合いを進める。
すぐに承諾した事に怪訝そうにラルフはこちらを見つめてきたがそのまま概要の説明に移りスムーズに話合いは終わった。
「先生が僕に居場所を教えてくださっていたのは僥倖でした先生が姿を消したことに皆戸惑っていたのですよ」
「そうでしたか、私はこんな話し合いをするために場所を教えたわけではなかったんですがねえ」
「……唐突に家に来て帰っていった日といい先生は相変わらずよくわからない方ですね」
厭味ったらしく当てつけのように言ったが教師時代に生徒たちをからかって遊んでいたことが祟ったのかラルフは気にした様子もなく言い返して立ち上がった。
「ところでラルフ君この家にきてから何か変わった事などありますか?」
「変わった事……?」
その様子に今日は何も思い出すことはないなと思い玄関まで見送るために立ち上がる。
「いいえ、何も無いのなら大丈夫ですよ」
ニコリとキーランが笑うと含みのある言い方が気に障ったのかラルフは不快という顔を各紙もっせずにそのまま部屋から出た。
******
その後もノラとラルフでひと悶着あったが二人とも思い出す気配は一切ない。
キーランは二人が出会えばすぐにノラも記憶を取り戻すなどと考えていたが随分とメルヘンな思考になっていたかもしれないと気が付いた。
あのお伽話に脳でもやられたか。もう呪物だろう、やはり燃やすべきか。
もしも、二人とも記憶を取り戻せなかったらどうなるのだろうか。考えた事はないと言えば嘘になる。
実際はラルフは間違いなく記憶を取り戻す。戻せなかったらキーランはラルフに失望する。その程度の男ではないはずだ。
しかしノラは?彼女の記憶が戻らなければ、戻らなかったとてノラがもう一度ラルフに恋をしなければ、当然ラルフにノラ渡すことなどできるはずもない。
記憶を失う前はノラの一目惚れだったはずだが今回は一目惚れしなかったのだろうか、以前と明らかに違う態度がひっかかる。
気になる事といえばもう一つラルフと出会った事でノラの吸血鬼化に変化が起きたのだろうか。
身体はもう吸血鬼化に対応できるがラルフが記憶が戻らないことを思うとどう対応すればいいのか。
連盟もなんてタイミングで、よりにもよってラルフを寄越すんだか、これからの事を考えると頭も痛くなったが戦争の事と、家を空けても何も起きないように誰も入ってこれないように対策を重ねなくては。
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