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第二章「陰になり日向になり」
第十三話「覆水盆に返らず。されど」
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部活が終わって下校の時間。
夕焼けで赤く染まった校門に、見知ったお団子頭の女の子がもたれかかっていた。
私のクラスメイトで中学時代からの親友、雲取小桃ちゃんだ。
小桃ちゃんは料理と手芸の部活……「家庭部」に入っている。
彼女の作るお菓子は本当に絶品なのだ。
そのお菓子を狙う友達の目は、バーゲンセールで獲物を勝ち取ろうとする主婦の目そのもの。絶品という言葉では表現が足りないかもしれない。
本人曰く、衣食住の「衣」と「食」を極めて天下を取るつもりらしい。
ここにいるということは、きっと私と同じぐらいの時間に部活が終わったのだろう。
「小桃ちゃんも今、帰り?」
私が聞くと、小桃ちゃんは歯を見せてニカッと笑う。。
「ましろを待ってたんだよ。……落ち込んでるのは、バレているのだよ?」
唐突に言われて、私は思わずドキッとした。
自分では「普通」を演じ切れている自信があったからだ。
「お、お……落ち込んでなんかないよ?」
「うそうそ。ましろは顔に出やすいからねぇ。……ところで、どうしたんだい?」
「あぅ……」
私はその問いに答えられず、言葉を濁す。
千景さんのことは絶対に……何があっても教えられない。
私が答えないので、小桃ちゃんは心配そうな顔で私を見つめてくる。
そんな風にして少し時間がたってしまったことに気が付き、私はハッとした。
校門なんかで長話をしてると、千景さんが帰れない。
千景さんは顔を見られたくないわけだから、いつまでも私がここにいると、昇降口から出れなくて困ってしまうだろう。
「ははぁ……。部活がらみなのだねぇ?」
「あぅ! なんでわかった? ……いや、ち、違う。違うんだよ!」
「ましろは本当に分かりやすいなあ。今の時間に昇降口を気にするなんて、部活がらみに決まってるのだよ」
推理力が鋭すぎる!
小桃ちゃんは探偵さんにでもなったほうがいいかもしれない。
「あぅぅ……。と、とにかく行こ! 一緒に帰ろ!」
私は小桃ちゃんの手を引っ張って駆け出した。
△ △ △
「理由は言えないことなのかい?」
遠ざかる校舎を見送りながら、小桃ちゃんは私を心配そうに見つめてくる。
理由はもちろん言えないけど、仮に言えたとしても、うまく説明できる自信がない。
先輩が私のせいでテントから出てこなくなっただなんて……。
「ふぅむ……」
私が口をつむり続けていると、小桃ちゃんは夕焼けの空を見上げてつぶやいた。
「……まあ、人の悩みっていうものは大抵、人間関係って相場は決まってるけど……。そこまで悩んでるってことは相当なのだねえ。『覆水盆に返らず』……ってところかな?」
小桃ちゃんがまた難しいことを言いだした。
妙に達観してるというか、小桃ちゃんは物事を冷静に分析して受け止めるところがある。
「その言葉って、水をこぼしたら元に戻らないって奴だっけ?」
「まあ、そうなのだけど……。水をこぼしたら元に戻らないぐらいに、決定的に溝が入ってしまった人間関係のことを言ってるのだよ」
「あぅ……。うう、うん。……そんな感じです」
なんか、思った以上に図星のような言葉だった。
すると、小桃ちゃんはなぜか笑顔で私を見つめる。
「でもまあ。こぼれたって、すくいなおせばいいと、私は思うのだよ」
小桃ちゃんがさらに、なぞなぞのようなことを言いだした。
「むぅ……。こぼした水がきれいに全部元通りになるなら、私だってそうしたいよぉ……。でも、完全にすくい取るのは難しいってことわざでしょ? だいたい、水は地面にしみこんで消えちゃったのかもしれないし……」
私がぶつぶつ言ってると、小桃ちゃんはスコップで地面を掘るような動作をし始める。
「地面ごとすくい取ればいいのだよ!」
言っていることは分かる。
つまり、理屈なんてどうでもいいから強引にやってしまえ、ということだ。
それって、なんていう力技?
それが通用するなら、こんなにも困らないのに……。
小桃ちゃんの力技理論に食い下がるように、私は言い返す。
「あぅ……。それだと土が混ざっちゃうし、とても元通りとは言えないよ?」
「土が増えた分だけ、愛情も山もりなのだよ!」
「あぅぅ。むちゃくちゃだよぉ……。だいたいそんな力技、普通はできないからみんな困ってるんだよ!」
「ましろならできるよ!」
そして小桃ちゃんの手のひらが私の両手を包み込む。
小桃ちゃんの手は太陽の光のように温かく、じんわりと熱を伝えてくれる。
「ましろは頭に血が上るとすごい行動力でとんでもないことをしちゃうけど、そのパワー自体は胸を張っていいすごさがあるのだよ」
「な、なな……何を言うの、小桃ちゃん。だいたい、今回のことも、その行動力でとんでもない失敗をしちゃったのが原因なのに!」
「もっと向こうへ! ましろがそんなに悩んでるってことは、その相手の人を大切に思う気持ちがあるのだろ? 小細工なんて、しなくていいのだよ。思いのたけを全部伝えて、戻ってきて欲しいと言えばいい!」
そして小桃ちゃんは自分の胸を拳でドンと叩く。
「ましろのとんでもないところを知っていて、それでも友達してる人がここにいるのだよ! だから頑張れ、ましろ!」
なんか、鼻の奥がむずむずしてきて、目が熱くなってきた。
「あうぅ。……なんてこと言うの、小桃ちゃん。私を焚きつけちゃって……。それでもっと逃げられちゃったらどうするの……」
「大丈夫! ましろが好きになった人なら、絶対にましろのことをわかってくれる! ましろの目は確かだって、私は知ってるのだよ!」
「ううぅああぁ……。小桃ちゃん、私を泣かせてどうするんだよぉ……」
小桃ちゃんの熱い言葉に、なんだか感激して涙が止まらなくなってしまった。
ここが道端だってわかってるのに、心がグッと来すぎて、我慢できなくなってしまってる。
そんな私を、小桃ちゃんは力いっぱい抱きしめてくれた。
△ △ △
私の気持ちが少し落ち着いて、太陽が西の建物の向こうに消えかけている頃、小桃ちゃんは小さな紙袋を手渡してくれた。
紙袋は茶色い無地のもので、特にどこかのお店の袋というわけではないようだ。
中にはお弁当箱ぐらいの大きさの箱が入っていて、包装紙で包まれている。包装紙の上には可愛い桃の絵のシールが貼られていた。
「あぅぅ。……これは何?」
「私の特製のお菓子! チョコとバナナのマーブルチーズケーキだよ。チョコやバナナ、カッテージチーズに含まれてるアミノ酸のひとつ『トリプトファン』は『セロトニン』を作り出す効果があるのだよ」
小桃ちゃんがなんか難しいことを言っている。
「トリ……トプ? セロ……リ?」
「セロトニンはストレス解消に効果がある……まあ、簡単に言うと『幸せホルモン』のことなのだよ」
「小桃ちゃんって、お料理で化学の実験してるの?」
「化学だけじゃなくて、心もこもってるのだよ。つまり、元気を出してっていうこと!」
小桃ちゃんは歯を見せながらニカッと笑った。
私は紙袋を広げて、桃印のお菓子の箱を見つめる。
よく見れば、この桃印は色鉛筆で描かれた手作りのシールだ。これを見るだけで、以前から準備してくれていたことがわかるようだ。
(私が元気なかったせいで、気を使わせちゃったな……)
申し訳ない気持ちと私を想ってくれたやさしさに、またしても胸がいっぱいになってきた。
私が涙ぐんでしまうので、小桃ちゃんは元気づけようとしてくれてるのか、「もー、ましろ!」と言いながら背中をバンバン叩く。
「……ありがとう。小桃ちゃんの手作りだもん。元気になるに決まってるよ!」
もう、私に悩む理由はなくなっていた。
ビルの向こうに沈んでいく太陽は、きっと小桃ちゃんだ。
私が気付いてないときにもずっと照らしてくれていた。
そして夜になる間際までも、私を元気づけて照らしてくれる。
その元気をもらって頑張ろう。
そして明日の朝に昇ってきた太陽に、絶対にいい報告をするんだ。
私は太陽の光を全身に浴びながら走った。
いざ、伊吹アウトドアスポーツへ!
夕焼けで赤く染まった校門に、見知ったお団子頭の女の子がもたれかかっていた。
私のクラスメイトで中学時代からの親友、雲取小桃ちゃんだ。
小桃ちゃんは料理と手芸の部活……「家庭部」に入っている。
彼女の作るお菓子は本当に絶品なのだ。
そのお菓子を狙う友達の目は、バーゲンセールで獲物を勝ち取ろうとする主婦の目そのもの。絶品という言葉では表現が足りないかもしれない。
本人曰く、衣食住の「衣」と「食」を極めて天下を取るつもりらしい。
ここにいるということは、きっと私と同じぐらいの時間に部活が終わったのだろう。
「小桃ちゃんも今、帰り?」
私が聞くと、小桃ちゃんは歯を見せてニカッと笑う。。
「ましろを待ってたんだよ。……落ち込んでるのは、バレているのだよ?」
唐突に言われて、私は思わずドキッとした。
自分では「普通」を演じ切れている自信があったからだ。
「お、お……落ち込んでなんかないよ?」
「うそうそ。ましろは顔に出やすいからねぇ。……ところで、どうしたんだい?」
「あぅ……」
私はその問いに答えられず、言葉を濁す。
千景さんのことは絶対に……何があっても教えられない。
私が答えないので、小桃ちゃんは心配そうな顔で私を見つめてくる。
そんな風にして少し時間がたってしまったことに気が付き、私はハッとした。
校門なんかで長話をしてると、千景さんが帰れない。
千景さんは顔を見られたくないわけだから、いつまでも私がここにいると、昇降口から出れなくて困ってしまうだろう。
「ははぁ……。部活がらみなのだねぇ?」
「あぅ! なんでわかった? ……いや、ち、違う。違うんだよ!」
「ましろは本当に分かりやすいなあ。今の時間に昇降口を気にするなんて、部活がらみに決まってるのだよ」
推理力が鋭すぎる!
小桃ちゃんは探偵さんにでもなったほうがいいかもしれない。
「あぅぅ……。と、とにかく行こ! 一緒に帰ろ!」
私は小桃ちゃんの手を引っ張って駆け出した。
△ △ △
「理由は言えないことなのかい?」
遠ざかる校舎を見送りながら、小桃ちゃんは私を心配そうに見つめてくる。
理由はもちろん言えないけど、仮に言えたとしても、うまく説明できる自信がない。
先輩が私のせいでテントから出てこなくなっただなんて……。
「ふぅむ……」
私が口をつむり続けていると、小桃ちゃんは夕焼けの空を見上げてつぶやいた。
「……まあ、人の悩みっていうものは大抵、人間関係って相場は決まってるけど……。そこまで悩んでるってことは相当なのだねえ。『覆水盆に返らず』……ってところかな?」
小桃ちゃんがまた難しいことを言いだした。
妙に達観してるというか、小桃ちゃんは物事を冷静に分析して受け止めるところがある。
「その言葉って、水をこぼしたら元に戻らないって奴だっけ?」
「まあ、そうなのだけど……。水をこぼしたら元に戻らないぐらいに、決定的に溝が入ってしまった人間関係のことを言ってるのだよ」
「あぅ……。うう、うん。……そんな感じです」
なんか、思った以上に図星のような言葉だった。
すると、小桃ちゃんはなぜか笑顔で私を見つめる。
「でもまあ。こぼれたって、すくいなおせばいいと、私は思うのだよ」
小桃ちゃんがさらに、なぞなぞのようなことを言いだした。
「むぅ……。こぼした水がきれいに全部元通りになるなら、私だってそうしたいよぉ……。でも、完全にすくい取るのは難しいってことわざでしょ? だいたい、水は地面にしみこんで消えちゃったのかもしれないし……」
私がぶつぶつ言ってると、小桃ちゃんはスコップで地面を掘るような動作をし始める。
「地面ごとすくい取ればいいのだよ!」
言っていることは分かる。
つまり、理屈なんてどうでもいいから強引にやってしまえ、ということだ。
それって、なんていう力技?
それが通用するなら、こんなにも困らないのに……。
小桃ちゃんの力技理論に食い下がるように、私は言い返す。
「あぅ……。それだと土が混ざっちゃうし、とても元通りとは言えないよ?」
「土が増えた分だけ、愛情も山もりなのだよ!」
「あぅぅ。むちゃくちゃだよぉ……。だいたいそんな力技、普通はできないからみんな困ってるんだよ!」
「ましろならできるよ!」
そして小桃ちゃんの手のひらが私の両手を包み込む。
小桃ちゃんの手は太陽の光のように温かく、じんわりと熱を伝えてくれる。
「ましろは頭に血が上るとすごい行動力でとんでもないことをしちゃうけど、そのパワー自体は胸を張っていいすごさがあるのだよ」
「な、なな……何を言うの、小桃ちゃん。だいたい、今回のことも、その行動力でとんでもない失敗をしちゃったのが原因なのに!」
「もっと向こうへ! ましろがそんなに悩んでるってことは、その相手の人を大切に思う気持ちがあるのだろ? 小細工なんて、しなくていいのだよ。思いのたけを全部伝えて、戻ってきて欲しいと言えばいい!」
そして小桃ちゃんは自分の胸を拳でドンと叩く。
「ましろのとんでもないところを知っていて、それでも友達してる人がここにいるのだよ! だから頑張れ、ましろ!」
なんか、鼻の奥がむずむずしてきて、目が熱くなってきた。
「あうぅ。……なんてこと言うの、小桃ちゃん。私を焚きつけちゃって……。それでもっと逃げられちゃったらどうするの……」
「大丈夫! ましろが好きになった人なら、絶対にましろのことをわかってくれる! ましろの目は確かだって、私は知ってるのだよ!」
「ううぅああぁ……。小桃ちゃん、私を泣かせてどうするんだよぉ……」
小桃ちゃんの熱い言葉に、なんだか感激して涙が止まらなくなってしまった。
ここが道端だってわかってるのに、心がグッと来すぎて、我慢できなくなってしまってる。
そんな私を、小桃ちゃんは力いっぱい抱きしめてくれた。
△ △ △
私の気持ちが少し落ち着いて、太陽が西の建物の向こうに消えかけている頃、小桃ちゃんは小さな紙袋を手渡してくれた。
紙袋は茶色い無地のもので、特にどこかのお店の袋というわけではないようだ。
中にはお弁当箱ぐらいの大きさの箱が入っていて、包装紙で包まれている。包装紙の上には可愛い桃の絵のシールが貼られていた。
「あぅぅ。……これは何?」
「私の特製のお菓子! チョコとバナナのマーブルチーズケーキだよ。チョコやバナナ、カッテージチーズに含まれてるアミノ酸のひとつ『トリプトファン』は『セロトニン』を作り出す効果があるのだよ」
小桃ちゃんがなんか難しいことを言っている。
「トリ……トプ? セロ……リ?」
「セロトニンはストレス解消に効果がある……まあ、簡単に言うと『幸せホルモン』のことなのだよ」
「小桃ちゃんって、お料理で化学の実験してるの?」
「化学だけじゃなくて、心もこもってるのだよ。つまり、元気を出してっていうこと!」
小桃ちゃんは歯を見せながらニカッと笑った。
私は紙袋を広げて、桃印のお菓子の箱を見つめる。
よく見れば、この桃印は色鉛筆で描かれた手作りのシールだ。これを見るだけで、以前から準備してくれていたことがわかるようだ。
(私が元気なかったせいで、気を使わせちゃったな……)
申し訳ない気持ちと私を想ってくれたやさしさに、またしても胸がいっぱいになってきた。
私が涙ぐんでしまうので、小桃ちゃんは元気づけようとしてくれてるのか、「もー、ましろ!」と言いながら背中をバンバン叩く。
「……ありがとう。小桃ちゃんの手作りだもん。元気になるに決まってるよ!」
もう、私に悩む理由はなくなっていた。
ビルの向こうに沈んでいく太陽は、きっと小桃ちゃんだ。
私が気付いてないときにもずっと照らしてくれていた。
そして夜になる間際までも、私を元気づけて照らしてくれる。
その元気をもらって頑張ろう。
そして明日の朝に昇ってきた太陽に、絶対にいい報告をするんだ。
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