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第二章「陰になり日向になり」
第十八話「ヒカリ届かぬカゲの世界」
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小桃ちゃんのケーキによって元気を取り戻した千景《ちかげ》さんは、再び銀髪のかつらをつけてしまった。
冷静になれたことで、棚の奥で絡まっていた毛先を外すことができたのだという。
「お見苦しいところを見せてしまったのです。忘れてもらえると嬉しいのです」
銀髪の「ヒカリさん」に変身した千景さんは、にっこりと笑った。
学校での千景さんを知っている私としては、ヒカリさんを見ていると複雑な気持ちになってしまう。
鬱モードの千景さんは確かに見ていられなかったけど、それでも心の中に閉じ込めていた本音を知れて、実は少し嬉しかった。
だけど、ヒカリさんは「見苦しいから忘れて」と言って、自分の弱さに蓋をしている。
自分の正体がバレると恥ずかしい……そんなリスクを背負ってまでもヒカリさんを演じて、本来の自分を隠そうとしているのだ。
千景さんの心の壁の分厚さを前にして、私はくじけそうになっていた。
(小桃ちゃん……応援してくれたのに、ごめん。やっぱり、無理かもしれない……)
お菓子が入っていた紙袋の中で、桃印のシールが寂しそうに私を見ている気がする。
その時、包装紙の内側にピンク色の丸い紙が入っていることに気が付いた。
取り出すと、それは桃の形をしたメッセージカードだった。
小桃ちゃんの字で「自分に自信を持つのだよ!」と短く書かれている。
(自信を持つ……)
それは、中学校の頃から小桃ちゃんによく言われていた言葉だった。
私はオタク趣味を恥ずかしいと思っていたことがある。
オタク趣味自体は今に至るまでずっと同じなのだけど、中学時代はそのことを隠していた。
オタク趣味とは正反対っぽい「普通の人たち」と友達になるために、「普通の人のふり」をしていたのだ。
表面上はオタク趣味全般を否定しながら、家では隠れるようにどんどんとディープな世界にハマっていく。そんな生活を続けていると、自分が恥ずかしい人間に思えてきて、どんどん卑屈になっていった。
でも、小桃ちゃんは私の趣味を知ったうえで言ってくれた。
『恥ずかしいことなんて、絶対にない。ましろに強い思い入れがある時点で、それはとても価値があるのだよ。だから、自分に自信を持つのだよ!』
……そう言われた時、なんか救われた気持ちになった。
だって、小桃ちゃんは私自身を全面的に肯定してくれたってことだから……。
そのことを思い出したとき、ハッとした。
(……もしかして、千景さんも?)
ほたか先輩は教えてくれた。
『自分自身とのギャップが大きくて恥ずかしいって、千景ちゃんは言ってたの』
あの時は、「知り合いにバレるのが恥ずかしい」からなのだと思い込んでいた。
でも、違うかもしれない。
知り合いバレが恥ずかしいのは当然だけど、それ以上に、それこそ致命的に「自分自身を恥ずかしい人間だと思っている」からなのかもしれない。
千景さんがもし本来の自分を否定したうえで「ヒカリさん」という仮面をかぶっているのなら、中学時代の私のようにおかしくなってしまう。
私は確信に近い予感を胸に、千景さんに歩み寄った。
「ヒカリさん。……いや、千景さん」
「どうしたのですか? ……怖い顔をして」
そんなに怖い顔に見えるのだろうか。
でも、怖いと思われてもかまわない。
そんなことよりも、千景さんを放っておいてはいけない予感が胸に渦巻いている。
「そのウィッグ……。着けるの、やめませんか?」
ヒカリさんは驚いたように目を見開いたかと思うと、かつらを手で押さえて後ずさった。
「ダ……ダメなのです!」
「少なくとも今、ここには千景さんと私しかいません。もうバレる心配なんて必要ないので、ヒカリさんのふりをする必要はありませんよ」
「千景のままでは何もできないのです! 倉庫から出れない状況なのに、不安で震えるばかり。……あんな奴、ヒカリの『影』でしかないのです!」
影……。
その言葉を聞いて愕然としてしまった。
明らかに「影」を、「ヒカリ」より悪いニュアンスで言っている。
そもそも店員さんモードの時の名前を「ヒカリ」と名付ける時点で、確かに違和感があった。
千景さんは自分が嫌いなのだ。
……私の悪い予感は、完全に確信に変わってしまった。
「千景さんもヒカリさんも、どっちも同じ千景さんです。ヒカリさんにできることは、千景さんにもできますよ」
私が抑えた口調で伝えると、千景さんは言葉全てを否定するようにブンブンと首を振った。
「できなかったのです! 学校でも頑張って試しましたが、できなかったのです。……ほたかにもいっぱい迷惑をかけたのです」
この言葉を聞いて、ようやくヒカリさんが言っていた事が理解できた。
『いつも使えるわけではない力』
……それはヒカリさんを演じた時に発揮される「完璧な店員さんモード」のことなのだろう。
ほたか先輩は言っていた。
「必死に頑張った結果、別人みたいに変身できるようになった」のだと。
きっとこのお店が千景さんにとって特別大切な場所だから、その場所を守るために、お店という場所限定で変身できるようになったに違いない。
だから、学校だけではなく、お店の外では変身できないのだ。
(千景さんは苦しんでる。私は千景さんを助けたい。だったら、必死に考えるんだ!)
こんな時、小桃ちゃんは……私の一番の親友は、何をしてくれるんだろう。
小桃ちゃんのことを考えた時、私を包み込んでくれた太陽のような温かさを思い出した。
(そうだった。全部、小桃ちゃんが教えてくれてたんだ!)
抱きしめる。
そして、私の想いをまっすぐにぶつける。
……それだけだ。
私は思いを乗せて、一歩を踏み出した。
冷静になれたことで、棚の奥で絡まっていた毛先を外すことができたのだという。
「お見苦しいところを見せてしまったのです。忘れてもらえると嬉しいのです」
銀髪の「ヒカリさん」に変身した千景さんは、にっこりと笑った。
学校での千景さんを知っている私としては、ヒカリさんを見ていると複雑な気持ちになってしまう。
鬱モードの千景さんは確かに見ていられなかったけど、それでも心の中に閉じ込めていた本音を知れて、実は少し嬉しかった。
だけど、ヒカリさんは「見苦しいから忘れて」と言って、自分の弱さに蓋をしている。
自分の正体がバレると恥ずかしい……そんなリスクを背負ってまでもヒカリさんを演じて、本来の自分を隠そうとしているのだ。
千景さんの心の壁の分厚さを前にして、私はくじけそうになっていた。
(小桃ちゃん……応援してくれたのに、ごめん。やっぱり、無理かもしれない……)
お菓子が入っていた紙袋の中で、桃印のシールが寂しそうに私を見ている気がする。
その時、包装紙の内側にピンク色の丸い紙が入っていることに気が付いた。
取り出すと、それは桃の形をしたメッセージカードだった。
小桃ちゃんの字で「自分に自信を持つのだよ!」と短く書かれている。
(自信を持つ……)
それは、中学校の頃から小桃ちゃんによく言われていた言葉だった。
私はオタク趣味を恥ずかしいと思っていたことがある。
オタク趣味自体は今に至るまでずっと同じなのだけど、中学時代はそのことを隠していた。
オタク趣味とは正反対っぽい「普通の人たち」と友達になるために、「普通の人のふり」をしていたのだ。
表面上はオタク趣味全般を否定しながら、家では隠れるようにどんどんとディープな世界にハマっていく。そんな生活を続けていると、自分が恥ずかしい人間に思えてきて、どんどん卑屈になっていった。
でも、小桃ちゃんは私の趣味を知ったうえで言ってくれた。
『恥ずかしいことなんて、絶対にない。ましろに強い思い入れがある時点で、それはとても価値があるのだよ。だから、自分に自信を持つのだよ!』
……そう言われた時、なんか救われた気持ちになった。
だって、小桃ちゃんは私自身を全面的に肯定してくれたってことだから……。
そのことを思い出したとき、ハッとした。
(……もしかして、千景さんも?)
ほたか先輩は教えてくれた。
『自分自身とのギャップが大きくて恥ずかしいって、千景ちゃんは言ってたの』
あの時は、「知り合いにバレるのが恥ずかしい」からなのだと思い込んでいた。
でも、違うかもしれない。
知り合いバレが恥ずかしいのは当然だけど、それ以上に、それこそ致命的に「自分自身を恥ずかしい人間だと思っている」からなのかもしれない。
千景さんがもし本来の自分を否定したうえで「ヒカリさん」という仮面をかぶっているのなら、中学時代の私のようにおかしくなってしまう。
私は確信に近い予感を胸に、千景さんに歩み寄った。
「ヒカリさん。……いや、千景さん」
「どうしたのですか? ……怖い顔をして」
そんなに怖い顔に見えるのだろうか。
でも、怖いと思われてもかまわない。
そんなことよりも、千景さんを放っておいてはいけない予感が胸に渦巻いている。
「そのウィッグ……。着けるの、やめませんか?」
ヒカリさんは驚いたように目を見開いたかと思うと、かつらを手で押さえて後ずさった。
「ダ……ダメなのです!」
「少なくとも今、ここには千景さんと私しかいません。もうバレる心配なんて必要ないので、ヒカリさんのふりをする必要はありませんよ」
「千景のままでは何もできないのです! 倉庫から出れない状況なのに、不安で震えるばかり。……あんな奴、ヒカリの『影』でしかないのです!」
影……。
その言葉を聞いて愕然としてしまった。
明らかに「影」を、「ヒカリ」より悪いニュアンスで言っている。
そもそも店員さんモードの時の名前を「ヒカリ」と名付ける時点で、確かに違和感があった。
千景さんは自分が嫌いなのだ。
……私の悪い予感は、完全に確信に変わってしまった。
「千景さんもヒカリさんも、どっちも同じ千景さんです。ヒカリさんにできることは、千景さんにもできますよ」
私が抑えた口調で伝えると、千景さんは言葉全てを否定するようにブンブンと首を振った。
「できなかったのです! 学校でも頑張って試しましたが、できなかったのです。……ほたかにもいっぱい迷惑をかけたのです」
この言葉を聞いて、ようやくヒカリさんが言っていた事が理解できた。
『いつも使えるわけではない力』
……それはヒカリさんを演じた時に発揮される「完璧な店員さんモード」のことなのだろう。
ほたか先輩は言っていた。
「必死に頑張った結果、別人みたいに変身できるようになった」のだと。
きっとこのお店が千景さんにとって特別大切な場所だから、その場所を守るために、お店という場所限定で変身できるようになったに違いない。
だから、学校だけではなく、お店の外では変身できないのだ。
(千景さんは苦しんでる。私は千景さんを助けたい。だったら、必死に考えるんだ!)
こんな時、小桃ちゃんは……私の一番の親友は、何をしてくれるんだろう。
小桃ちゃんのことを考えた時、私を包み込んでくれた太陽のような温かさを思い出した。
(そうだった。全部、小桃ちゃんが教えてくれてたんだ!)
抱きしめる。
そして、私の想いをまっすぐにぶつける。
……それだけだ。
私は思いを乗せて、一歩を踏み出した。
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