バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第三章「ペンは剱より強し」

第九話「美嶺のヒミツ」

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 シャワーから出た私は足に絆創膏ばんそうこうを貼り、剱さんが用意してくれた服に着替えた。
 剱さんの服は、当然と言うか、自分の体よりも大きくてダボダボだ。
 長袖のパーカーと短パンを借りたけど、パーカーの長さなんて短パンが隠れてしまうぐらいだったので、裸にパーカーだけしか着ていないように錯覚してしまうほどだった。

「悪いな。無難な服はそのぐらいしかなくてな」
「え……。そんなに他のは変なデザインなの?」
「さ、さあな」

 剱さんは歯切れ悪く答えた後、マグカップを私の目の前に置いてくれた。
 湯気が立ち上るカップからは、ココアの甘くていい香りがしてくる。

「母さんが帰ってくるまであと二、三〇分ぐらい時間があるし。……まあ、飲めよ」
「……ありがとう」

 お礼を言った後、カップに口をつける。
 暖かいココアが胸の中を降りていく感触があり、心までもポカポカしてくるようだ。
 しかし、剱さんはなかなか自分のコップに口をつけようとしない。

「ん? 剱さんは飲まないの?」
「……実は、猫舌なんだ。もう少しこのままで……」
「そうなんだ……」

 意外と剱さんも可愛いところがあるんだなって思ったけど、思った通りのことを言っていいのか悩んでしまった。
 剱さんとはくだけた話ができるほど友達っていうわけでもないし、「可愛い」なんて言ったら怒ってしまうかもしれない。
 そんなことを考えているうちに二人とも沈黙してしまっており、なんだか気まずい空気が流れ始めているのを私は感じた。
 剱さんを見ると、なんだか深刻そうな顔をしている。

 二人きりで、テーブルをはさんで座っているこの状況。
 そして、この重苦しい空気……。
 同じような場面が以前にもあった。
 千景さんのお店のカフェで妄想ノートについて話したときと似た空気が漂っているのだ。

 もしかして、剱さんはあの日の続きを始める気なのかもしれない。
 私が緊張で身構えていると、剱さんは口を開いた。

「……空木うつぎは大会に出るの、イヤか?」
「えっ……?」

 妄想ノートの話題ではなかったので、私は一気に拍子抜けしてしまった。
 剱さんが何を聞きたがっているのか分からず、様子をうかがう。

「今日の部活のとき、梓川あずさがわさんと話してただろ? ……空木は競争が嫌いだっていう話をさ。……そんなに嫌いなんだったら、今度の大会にも出ないのかなって思ってさ」
「で……出るよ。ほたか先輩は大会に出てくれるだけで十分だって言ってくれたし、山登りの大会って、割と初心者が多そうで、競争も激しくなさそうだし……」
「ゆるい空気感が居心地がいいっていうわけか?」

 その言葉にハッとしてしまった。
 そう言えば剱さんは強さにこだわっている節がある。
 勝つ気がないようなことを言ってしまったので、逆鱗げきりんに触れてしまったかもしれない。
 怒るんじゃないかと思い、私はいっそう身構えた。

 しかし、剱さんは気が抜けたような表情で遠くを見つめたままだ。

「ま、いいんじゃないか?」

 そう言って、剱さんは怒るどころか、意外にも受け流してくれた。

「うちの学校は部活必須だけど、アタシだって、元々は部活なんかに入る気はなかったからな」
「……そう言えば、剱さんも私と同じで、最後まで部活を決めなかったんだっけ。私と違って体力あるし、運動部に入れば活躍するのは間違いなしなのに」
「なんか、仲間とか絆とかってヤツが面倒くさいんだよな。……部活ってなんか、そういうのを第一にする空気があるだろ? だから、どこにも入る気なんてなかったんだ」
「へえ……」

 そう言えば、四月の初めの頃に剱さんを見かけた時、いつも一人でいた気がする。
 しかし、そうだとすると今の状況に矛盾が生じてしまう。

「……あぅ? じゃあ、どうして登山部に入ったの? テントで一緒に過ごすんだよ?」
「む……」

 剱さんは眉間にしわを寄せた。
 これはどうやら、剱さんにとって都合の悪い質問だったらしい。
 私は剱さんの部活中の姿を思い出し、ピンときた。

「あ、そうか。千景さんがお目当てだったわけだ!」
「はぁ? なんでそうなるんだよ」
「だって。今日なんて、やたらと千景さんと一緒にいたでしょ? ……好きになっちゃったの?」
「お前なぁ……!」

 剱さんはすごんでくるけど、頬がなんか赤い。
 図星なんだなと思うと、剱さんがとても可愛く思えてきた。
 クマ打倒のために拳を鍛えていようとも、千景さんの愛らしさには敵わなかったわけだ。

「ふーんだ。剱さんがどうであろうと、私と千景さんはもう仲良しなんだもん。邪魔はダメなんだよ~」

 そんな風にけん制してみたら、剱さんはすごい形相で指の関節をボキボキと鳴らし始めた。

「う、つ、ぎ……っ!」
「あぅぅ。こ、怖くないぞぉ~」

 私も迎え撃ってやろうと、拳を高く振り上げた。



 その時、玄関の鍵が開く音がした。
 私たちは向かい合ったまま、視線を玄関のほうに向ける。
 すると、「ただいまぁ~」と穏やかな口調の女性が現れた。
 剱さんのお母さんに違いない。
 髪の毛は黒いけど、顔立ちは剱さんとよく似ている。身長は剱さんのほうが高いので、きっと剱さんの高身長はお父さん譲りなんだろう。

「こんばんわぁ。美嶺が友達を連れてぅなんて珍しいねぇ」
「別に、友達じゃねえよ。……ただの部活の仲間だ」
「は、初めまして。……空木ましろと言います」
「あら、かわいいねぇ~。うちの美嶺をよろしく頼むわぁ。……そしたら、ご両親も心配しとぅとおもおけん、さっそく車でおくうわねぇ」

 私と同年代ぐらいの若者は出雲の方言が消えつつあるけど、親の世代はまだまだ言葉になまりが混じっている。
 剱さんのお母さんは出雲弁混じりの言葉でそう言うと、柔らかく笑った。


 さすがに剱さんのお母さんの前で喧嘩するわけにはいかない。
 お風呂を使わせてもらったお礼を言い、自分の家の住所もお伝えすると、私はそそくさと帰り支度を始めた。
 荷物を詰めようとスクールバッグを開けた時、バッグの中にタオルで包まれた何かが入っているのに気が付く。

「そういえば、千景さんからプリンを預かってたんだった。……ねぇねぇ、剱さん。……せっかくだから剱さんとお母さんで食べて」

 そう言いながらタオルを外すと、中のプリンはシェイクされてグズグズに崩れていた。

「あぅぅ……、ごめん。私が走ったり落ちたりしたせいだ。こんなんじゃ、お母さんにお渡しできない……」
「気にすんなよ。美味さは変わらねぇって」

 剱さんはひょいとプリンの瓶をつかむと、付属のスプーンを使ってプリンを口に運ぶ。
 その瞬間、剱さんの眉間のしわがほぐれ、表情は見る見るうちにとろけてしまった。

「はぁ……うめぇ……。空木も食べてみろよ……。うちの母さんは食べたことあるし、気にしなくていいよ……」
「そ、そんなに美味しいんだ……」

 剱さんの表情を見ているだけなのに、唾液があふれてきてしまう。

「ま、まあ……、崩れた状態のはお渡しできないし……。わ、私が食べるよ」
「食え食え~」
「……あ、でもその前に荷物をまとめてからにするね。そのプリン、食べるとリラックスしすぎちゃうみたいだし。食べる前に帰り支度はしておかないと」

 ソファーの上で溶けたように寝そべっている剱さんを横目に、私は脱いだ制服を畳んでいく。
 すると、制服の下に着ていたキャミソールとブラウスがないことに気が付いた。

(あれ? どこにやっちゃったかな……?)

 シャワーを浴びたときの自分の行動を思い出してみる。
 そう言えば、なんとなくの癖で、近くにあった洗い物カゴに入れてしまった気がした。

「ちょっと忘れ物を探してくるね」
「ああ~、わかった~」

 剱さんに断りを入れると、彼女はふにゃふにゃに溶けた表情で笑っていた。


 ▽ ▽ ▽


 脱衣所に置いてあるカゴの中を見ると、やっぱりキャミソールとブラウスが入っていた。
 キャミソールは肌着としてブラウスの下に着ていたものだ。汗まみれの服を忘れて帰るのは恥ずかしかったので、すぐに見つかったことに安堵あんどして、カゴから引っ張り出す。
 すると、キャミソールの肩ひもに絡みついて、別の服が引っ張り出されてきた。

(ありゃりゃ。はずさなきゃ)

 そう思って服をつかんだ時、私の視線は服にプリントされた絵に釘付けとなってしまった。

(『終カル』のTシャツだ……! しかも『ケイジ』のキャラTと……超激レアTシャツまで!)

 それは、私が愛してやまないバトル漫画『終焉しゅうえんのカルマ』のライバルキャラ『ケイジ』のイラストが前面にデカデカとプリントされている、いわゆるキャラクターTシャツと呼ばれるものだった。
 『ケイジ』といえば、私がよく絵に描いているカップリングのキャラで、私の推しキャラ『堂島どうじまさん』の部下にあたる。

 さらに注目すべきは、もう一着の超激レアTシャツ!
 これはついこの間の春休みに東京であった、アニメのクローズドイベントで配られたものだ。
 原作マンガの先生がたわむれに作ったもので、告知も何もなかった完全なサプライズ品。
 私はSNSでフォローしているファンの方が投稿していた写真を見て知っているけど、一般販売の予定はないらしく、自分が東京に生まれなかったことをこれほど呪ったことはなかった。

 その幻のファンアイテムが、なぜか目の前にあるのだ。
 剱さんはわざわざ東京にまで行ったということなのだろうか?
 仮にオークションで入手したとしても、確かビックリするほどの高値がついてたはず。
 もしかするとご両親が作品のファンなのかもと疑ったが、剱さんは『月刊少年ジャック』を持っていたので、剱さんが『終カル』の熱烈なファンなのは確実だと思えた。
 こうなると、私の妄想ノートについて問いただしてきたことの意味合いがまるで違ってくる。
 てっきり、私のエロイラストをネタにして脅迫してくるのだと思い込んでいたけど、怒っている理由はもっと別のものかもしれない。
 たとえばキャラを勝手に汚すんじゃないって怒ったり、カップリングの解釈違いに怒ったりと、理由はいろいろ考えられる。


 その時、私は背後に威圧的なオーラを感じた。
 恐る恐る振り返ると、剱さんが顔を真っ赤にして立っている。

「剱さんって『終カル』……」

 私が言いかけた瞬間、剱さんは「眠れっ!」と叫びながら私の口に何かを突っ込んできた。
 目にも止まらない早業で、避けることはできなかった。

 同時に口の中に広がる甘さとまろやかな香り……。
 これは千景さんのお母さんお手製の魅惑の焼きプリンの香りだ。
 剱さんは私が振り向いた隙をついて、プリンの乗ったスプーンを口にツッコんできたのだ。

 それがわかった瞬間、私は自分の体がとろけるような気分になって、床に沈んでしまった。
 まるで百合の花畑に囲まれているような景色が見えて、幸せな気持ちに包まれる。

「母さん。空木を家まで届けてくれる?」

 薄れる意識の中で、剱さんの言葉の断片が聞こえた。


 ▽ ▽ ▽


 次に気が付いた時、私は自分の家のベッドの上にいた。
 プリンの効果なのか、心と体の疲労は消え去っており、お腹の底から元気がみなぎってくるのを感じる。
 魅惑のプリンの効果はすさまじい。
 これは、確かに休憩時間にしか許されない神の食物かもしれない。

 私は剱さんの家での記憶を思い出してみる。
 幻の『終カル』激レアTシャツの記憶は、鮮明に残っている。
 『終焉のカルマ』を愛する二次創作絵師として、同じファンの存在を無視することなんてできない。


 次に会った時には、絶対に問いただしてみせる。
 明後日のキャンプが待ち遠しくなった。
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