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第三章「ペンは剱より強し」
第十話「いざ、キャンプ場へ!」
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今日は四月三十日の土曜日。
つまり、キャンプ合宿だ!
空は晴れ渡ってどこまでも青く、日差しも暖かく降り注いでいる。
私たちはあまちゃん先生の車に乗せられて、キャンプ場に向かって移動しているところだった。
キャンプの準備はあまちゃん先生の助けもあって、無事に終わったようだ。
私もほたか先輩と電話で献立の打ち合わせをし、食材の準備にも抜かりはない。
「これから行くキャンプ場はね、大会を想定して、なるべくシンプルな場所を選んだの。シャワーはないから、我慢してねっ」
助手席に座るほたか先輩は私たちを振り返って説明してくれる。
すると、剱さんは低くくぐもった声で答えた。
「……全然、問題ないっす。親に連れてかれる山は、いつも風呂無しだったんで」
「み、美嶺ちゃん……。なんか、怒ってる? お姉さんがまずいことしちゃった?」
「怒ってないっすよ。元々こういう感じです」
ほたか先輩には、本当に申し訳なかった。
剱さんがこんなに不機嫌なのは、たぶん私が彼女のキャラクターTシャツを見てしまったせいだ。
剱さんは自分がオタクであることを隠そうとしているようなので、私に知られたことで周囲にもばれてしまうんじゃないかと不安なのかもしれない。
その不安のせいで、元々不愛想な表情が一層怖くなっているのだろう。
剱さんはというと、車の後部座席のど真ん中に陣取って、腕組みをして座っている。
剱さんを挟んで左右に分かれている私と千景さんは、体の大きな剱さんに圧迫されて、ちょっと苦しかった。
「や、やっぱり美嶺ちゃんが助手席のほうがよかったかな?」
「ボクは平気。……小さいので」
「私はくるしいですぅ~」
「あはは……。帰りは美嶺ちゃんが前に座ってねっ」
ほたか先輩は苦笑いを浮かべてそう言った。
確か、最初に千景さんが乗り込んだ後、その隣の席を奪うような勢いで剱さんが乗り込んだような気がした。
私も千景さんの隣に座りたかったので、悔しかったからよく覚えている。
私が車に乗り込む直前に「例の件はバラすなよ」と剱さんが言ってきたので、身震いして動けない隙を突かれたのも痛かった。
今は全員が部活のユニフォームを着ているので、さすがに剱さんもキャラTシャツを着ているわけではなさそうだ。
このユニフォームは半袖とキュロットスカートのような短パンの下に黒いアンダーウェアを重ねたもので、左胸には『八重垣』のゼッケンが縫い付けられている。
短パンはいろいろな色があったので、それぞれが好きな色を選ぶことにした。
ほたか先輩は「ヒマワリみたいだから」という理由で黄色を選んだ。
太陽みたいにポカポカしている先輩にピッタリの色だと思う。
千景さんは「ましろさんが……黒も好きだって、言ってくれたから」と言い、なるべく黒に近い紫を選んでくれた。
その言葉を思い出すだけで、悶絶しそうなぐらいにうれしくなってしまう。
私は当然、推しキャラのテーマカラーである赤。
そして剱さんは青を選んでいた。
スマホのポーチもホイッスルも、スマホケースも全部が青系だから、青を選ぶのは当然予想できた。
青を選んだ理由だって知っている。
剱さんの推しキャラのテーマカラーが青だからだ。
剱さんは間違いなく、私と同じ『終カル』のファンだ。それも、かなり熱狂的な。
そして、頑なに自分がオタクであることを隠そうとしている。先輩たちがいる場所でその話題を出そうものなら、クマ殺しの鉄拳が飛んできてもおかしくはない。
私は、剱さんとどんな関係になりたいのだろう?
剱さんとオタクトークで盛り上がりたいか?
もちろんイエスだ!
この田舎町で濃い話ができる相手は貴重すぎる。せっかく見つけた存在を、簡単に手放すのは惜しすぎる。
しかし、明らかに心の壁を作られてしまっている。
剱さんは私の秘蔵の妄想ノートの中身を見ているので、私が重度の『終カル好きの腐女子』であることは当然知っており、そのうえで怒っている。
おそらく、剱さんの推しキャラに対して無礼な扱いをしたか、解釈が違っていたかだ。
ではどうすればいいのだろう?
……分からない。
私の手札は知られているのに、相手の情報が断片的過ぎてどうしようもない。
私は剱さんのことが気になって、視線を悟られないように気を付けながら彼女のほうを見る。
話せば解決するのだろうが、今は先生や先輩のいる車の中なので、沈黙するしかない。
だから、わずかでもヒントを求めて彼女を観察した。
剱さんは制服も着崩しているので、ユニフォームも当然のように着崩している。
首まわりのファスナーは胸元まで下ろしているし、上着のすそも短パンの中に入れずにいる。
その着崩し方にキャラ愛の片りんが隠されているのではないかと思ったわけだ。
その時、私は気が付いた。
腰のあたりの隙間から色とりどりの布が少しはみ出している。
(つ、剱さん! こんな時までキャラTシャツを着てるの?)
線と塗りの感じから察するに、イラストが描かれたTシャツだ。
はみ出ていることを剱さんは気が付いていない。
(隠したいなら、ちゃんと隠そうよっ……)
剱さんのドジっぷりに目が当てられなくなって、私は剱さんの腕を突っつく。
「うっ……! な、なんだよ?」
私は誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「……はみ出てるよ」
「え、嘘!」
剱さんはそう言って、なぜか鼻の下を触り始めた。
「違う! 鼻毛じゃない!」
「なんだよ。じゃあ何が……?」
「下! 下を見て!」
「したぁ?」
すると、突然、剱さんのTシャツの裾が引っ張られた。
驚いて視線を送ると、助手席から振り返っているほたか先輩が剱さんのはみ出たTシャツのすそをつまんでいる。
「ほ、ほほ、ほたか先輩?」
「な、なにするんすか?」
ほたか先輩はとても深刻そうな表情で剱さんを見つめている。
「美嶺ちゃん、綿のTシャツを着てきちゃったの?」
「め、綿のTシャツだと、ダメなんすか?」
剱さんは慌てて服のすそをズボンにしまいながら聞き返す。
すると、千景さんが剱さんを見あげて言った。
「やめたほうが……いい。汗を吸い取って、体が冷える」
「そうそう、千景ちゃんの言う通りだよ。山登りの時はね、なるべく乾きやすい化学繊維のTシャツのほうがいいの」
それは私も初耳だった。
「女の子は体を冷やしちゃダメ」ってお母さんから言われているので、途端に心配になる。
私は自分のアンダーウェアをめくりあげ、中に着ている綿のTシャツを先輩に見せた。
「あぅぅ……。私も綿のTシャツです……」
「準備の日に慌てすぎて、言い忘れてたんだね……。お姉さんがポンコツでごめんね……」
ほたか先輩はしょんぼりしてしまう。
すると、運転中のあまちゃん先生が言った。
「しょうがないわねぇ。先生が予備の服を何着も持ってるから、大丈夫よぉ」
「あぅ……。先生、ありがと~」
ほたか先輩がTシャツを引っ張ったので驚いたけど、なんとか剱さんの秘密はバレずにすんだ。
剱さんはホッとしている感じがするし、私も胸をなでおろす。
▽ ▽ ▽
しばらくした頃、ほたか先輩が不安そうな声を上げた。
「あのぅ、天城先生……。目的地はもう過ぎたかなって思うんですが……? ……市営のキャンプ場の入り口はもう後ろのほうに……」
「間違ってないわよぉ~。北山の向こうにいいところがあるのよぉ。先生に予約を任せてくれたので、変えちゃいましたっ」
北山というと、出雲平野の北に連なる標高五〇〇メートル前後の山々の総称だ。
それぞれの山頂には個別の名前がついているけど、街のどこからでも見えるので、出雲に住む人たちは山々全体を『北山』と呼んで親しんでいる。
「北山の向こう……。もしかして、鵜鷺の?」
なにか心当たりがあるように千景さんがつぶやく。
「うさぎ……ですか?」
「伊吹さんはご存じみたいだけど、日本海に面した地域の名前よぉ。そこにとてもいいキャンプ場があって、予約したのです~。だって先生、コテージに泊まりたいんだも~ん」
そう言って、先生は無邪気に笑っていた。
▽ ▽ ▽
出雲大社の脇を通り抜けて、車は山道に入っていく。
くねくねした細い道を抜けると、唐突に青い景色が目の前に広がった。
「海だぁ!」
山の事しか考えていなかったので、海が見える景色は感動的だった。
海が見えるだけでワクワクするのはなぜだろう。
青い水平線はどこまでも広く、私たちを出迎えてくれているようだった。
「キャンプ場からも海が見えるわよぉ」
「あまちゃん先生、来たことがあるの?」
「うふふ。登山部の顧問になった時からアウトドアにハマっちゃったのよぉ~。これから行く場所も何度も言ったことがあるの。管理人さんも良い人だし、きれいで素敵なところよ~」
あまちゃん先生がそう言うなら、本当に素敵なところかもしれない。
私は期待に胸を膨らましながら、流れる景色を見つめ続けた。
つまり、キャンプ合宿だ!
空は晴れ渡ってどこまでも青く、日差しも暖かく降り注いでいる。
私たちはあまちゃん先生の車に乗せられて、キャンプ場に向かって移動しているところだった。
キャンプの準備はあまちゃん先生の助けもあって、無事に終わったようだ。
私もほたか先輩と電話で献立の打ち合わせをし、食材の準備にも抜かりはない。
「これから行くキャンプ場はね、大会を想定して、なるべくシンプルな場所を選んだの。シャワーはないから、我慢してねっ」
助手席に座るほたか先輩は私たちを振り返って説明してくれる。
すると、剱さんは低くくぐもった声で答えた。
「……全然、問題ないっす。親に連れてかれる山は、いつも風呂無しだったんで」
「み、美嶺ちゃん……。なんか、怒ってる? お姉さんがまずいことしちゃった?」
「怒ってないっすよ。元々こういう感じです」
ほたか先輩には、本当に申し訳なかった。
剱さんがこんなに不機嫌なのは、たぶん私が彼女のキャラクターTシャツを見てしまったせいだ。
剱さんは自分がオタクであることを隠そうとしているようなので、私に知られたことで周囲にもばれてしまうんじゃないかと不安なのかもしれない。
その不安のせいで、元々不愛想な表情が一層怖くなっているのだろう。
剱さんはというと、車の後部座席のど真ん中に陣取って、腕組みをして座っている。
剱さんを挟んで左右に分かれている私と千景さんは、体の大きな剱さんに圧迫されて、ちょっと苦しかった。
「や、やっぱり美嶺ちゃんが助手席のほうがよかったかな?」
「ボクは平気。……小さいので」
「私はくるしいですぅ~」
「あはは……。帰りは美嶺ちゃんが前に座ってねっ」
ほたか先輩は苦笑いを浮かべてそう言った。
確か、最初に千景さんが乗り込んだ後、その隣の席を奪うような勢いで剱さんが乗り込んだような気がした。
私も千景さんの隣に座りたかったので、悔しかったからよく覚えている。
私が車に乗り込む直前に「例の件はバラすなよ」と剱さんが言ってきたので、身震いして動けない隙を突かれたのも痛かった。
今は全員が部活のユニフォームを着ているので、さすがに剱さんもキャラTシャツを着ているわけではなさそうだ。
このユニフォームは半袖とキュロットスカートのような短パンの下に黒いアンダーウェアを重ねたもので、左胸には『八重垣』のゼッケンが縫い付けられている。
短パンはいろいろな色があったので、それぞれが好きな色を選ぶことにした。
ほたか先輩は「ヒマワリみたいだから」という理由で黄色を選んだ。
太陽みたいにポカポカしている先輩にピッタリの色だと思う。
千景さんは「ましろさんが……黒も好きだって、言ってくれたから」と言い、なるべく黒に近い紫を選んでくれた。
その言葉を思い出すだけで、悶絶しそうなぐらいにうれしくなってしまう。
私は当然、推しキャラのテーマカラーである赤。
そして剱さんは青を選んでいた。
スマホのポーチもホイッスルも、スマホケースも全部が青系だから、青を選ぶのは当然予想できた。
青を選んだ理由だって知っている。
剱さんの推しキャラのテーマカラーが青だからだ。
剱さんは間違いなく、私と同じ『終カル』のファンだ。それも、かなり熱狂的な。
そして、頑なに自分がオタクであることを隠そうとしている。先輩たちがいる場所でその話題を出そうものなら、クマ殺しの鉄拳が飛んできてもおかしくはない。
私は、剱さんとどんな関係になりたいのだろう?
剱さんとオタクトークで盛り上がりたいか?
もちろんイエスだ!
この田舎町で濃い話ができる相手は貴重すぎる。せっかく見つけた存在を、簡単に手放すのは惜しすぎる。
しかし、明らかに心の壁を作られてしまっている。
剱さんは私の秘蔵の妄想ノートの中身を見ているので、私が重度の『終カル好きの腐女子』であることは当然知っており、そのうえで怒っている。
おそらく、剱さんの推しキャラに対して無礼な扱いをしたか、解釈が違っていたかだ。
ではどうすればいいのだろう?
……分からない。
私の手札は知られているのに、相手の情報が断片的過ぎてどうしようもない。
私は剱さんのことが気になって、視線を悟られないように気を付けながら彼女のほうを見る。
話せば解決するのだろうが、今は先生や先輩のいる車の中なので、沈黙するしかない。
だから、わずかでもヒントを求めて彼女を観察した。
剱さんは制服も着崩しているので、ユニフォームも当然のように着崩している。
首まわりのファスナーは胸元まで下ろしているし、上着のすそも短パンの中に入れずにいる。
その着崩し方にキャラ愛の片りんが隠されているのではないかと思ったわけだ。
その時、私は気が付いた。
腰のあたりの隙間から色とりどりの布が少しはみ出している。
(つ、剱さん! こんな時までキャラTシャツを着てるの?)
線と塗りの感じから察するに、イラストが描かれたTシャツだ。
はみ出ていることを剱さんは気が付いていない。
(隠したいなら、ちゃんと隠そうよっ……)
剱さんのドジっぷりに目が当てられなくなって、私は剱さんの腕を突っつく。
「うっ……! な、なんだよ?」
私は誰にも聞こえないように耳元で囁く。
「……はみ出てるよ」
「え、嘘!」
剱さんはそう言って、なぜか鼻の下を触り始めた。
「違う! 鼻毛じゃない!」
「なんだよ。じゃあ何が……?」
「下! 下を見て!」
「したぁ?」
すると、突然、剱さんのTシャツの裾が引っ張られた。
驚いて視線を送ると、助手席から振り返っているほたか先輩が剱さんのはみ出たTシャツのすそをつまんでいる。
「ほ、ほほ、ほたか先輩?」
「な、なにするんすか?」
ほたか先輩はとても深刻そうな表情で剱さんを見つめている。
「美嶺ちゃん、綿のTシャツを着てきちゃったの?」
「め、綿のTシャツだと、ダメなんすか?」
剱さんは慌てて服のすそをズボンにしまいながら聞き返す。
すると、千景さんが剱さんを見あげて言った。
「やめたほうが……いい。汗を吸い取って、体が冷える」
「そうそう、千景ちゃんの言う通りだよ。山登りの時はね、なるべく乾きやすい化学繊維のTシャツのほうがいいの」
それは私も初耳だった。
「女の子は体を冷やしちゃダメ」ってお母さんから言われているので、途端に心配になる。
私は自分のアンダーウェアをめくりあげ、中に着ている綿のTシャツを先輩に見せた。
「あぅぅ……。私も綿のTシャツです……」
「準備の日に慌てすぎて、言い忘れてたんだね……。お姉さんがポンコツでごめんね……」
ほたか先輩はしょんぼりしてしまう。
すると、運転中のあまちゃん先生が言った。
「しょうがないわねぇ。先生が予備の服を何着も持ってるから、大丈夫よぉ」
「あぅ……。先生、ありがと~」
ほたか先輩がTシャツを引っ張ったので驚いたけど、なんとか剱さんの秘密はバレずにすんだ。
剱さんはホッとしている感じがするし、私も胸をなでおろす。
▽ ▽ ▽
しばらくした頃、ほたか先輩が不安そうな声を上げた。
「あのぅ、天城先生……。目的地はもう過ぎたかなって思うんですが……? ……市営のキャンプ場の入り口はもう後ろのほうに……」
「間違ってないわよぉ~。北山の向こうにいいところがあるのよぉ。先生に予約を任せてくれたので、変えちゃいましたっ」
北山というと、出雲平野の北に連なる標高五〇〇メートル前後の山々の総称だ。
それぞれの山頂には個別の名前がついているけど、街のどこからでも見えるので、出雲に住む人たちは山々全体を『北山』と呼んで親しんでいる。
「北山の向こう……。もしかして、鵜鷺の?」
なにか心当たりがあるように千景さんがつぶやく。
「うさぎ……ですか?」
「伊吹さんはご存じみたいだけど、日本海に面した地域の名前よぉ。そこにとてもいいキャンプ場があって、予約したのです~。だって先生、コテージに泊まりたいんだも~ん」
そう言って、先生は無邪気に笑っていた。
▽ ▽ ▽
出雲大社の脇を通り抜けて、車は山道に入っていく。
くねくねした細い道を抜けると、唐突に青い景色が目の前に広がった。
「海だぁ!」
山の事しか考えていなかったので、海が見える景色は感動的だった。
海が見えるだけでワクワクするのはなぜだろう。
青い水平線はどこまでも広く、私たちを出迎えてくれているようだった。
「キャンプ場からも海が見えるわよぉ」
「あまちゃん先生、来たことがあるの?」
「うふふ。登山部の顧問になった時からアウトドアにハマっちゃったのよぉ~。これから行く場所も何度も言ったことがあるの。管理人さんも良い人だし、きれいで素敵なところよ~」
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