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第三章「ペンは剱より強し」
第十四話「暗い森の中で」
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「美嶺ちゃん、戻ってこないね……。何かあったの?」
私とほたか先輩はテントの前に広げたシートの上に調理器具と材料を並べながら、あたりの森を眺め見る。
「……あぅぅ。なんといいますか……、説明しづらいというか……」
「そう……。もう夕ご飯を作らなくっちゃいけない時間なんだけど、どうしよっか」
ほたか先輩はすこし心配そうにしている。
私はというと、剱さんが残した言葉で頭がいっぱいだった。
『アタシが仲良くなりたいのは、伊吹さんじゃねえ! お前なんだよ!』
その言葉を思い出すと、心臓が早鐘を打つようにうるさく高鳴ってしまう。
「ましろさん、大丈夫?」
「あぅ?」
私の意識を現実に呼び戻してくれたのは千景さんだった。
私は千景さんが持っているお鍋をのぞき見る。
その中には水に浸されたお米が入っていた。
「だ、大丈夫です! ……あの、もしかして、お鍋でご飯を炊くんですか?」
「うん」
「そっか、キャンプでは炊飯器なんて使えないですもんね!」
これがいわゆる『飯盒炊爨』という奴なのだろう。
私が知っているのはアニメで見たことのある『飯盒』と呼ばれる楕円形の黒いお鍋だけど、千景さんが持っているのは円筒形の大きな銀色のお鍋だ。千景さんのお店でも見たことのある、いくつも重ねることのできるタイプのお鍋のようだ。
ほたか先輩は時計に視線を落とし、つぶやいた。
「み、美嶺ちゃんも、お腹が減れば帰ってくるよね? ……それまでに美味しいご飯を作ろっか!」
ほたか先輩はシチューの材料をザックから取り出していく。
鶏肉は傷んでしまわないように、事前にしっかりと火を通してある。
あとは野菜を切って煮込んでいくだけだ。
「これ、使って」
そう言って千景さんが取り出したのは、常温保存できる手のひら大の牛乳のパックだった。
部室にも持ってきていたので、千景さんのお気に入りかもしれない。
しかも牛乳パックは一本だけではない。ザックからは次から次へと……なんと十本も出てきた。
「これはシチュー用。これは食後用。……これはおかわり用と明日の分。もしよければ、みんなも」
「千景さん……。本当に牛乳が好きなんですね?」
「うん!」
千景さんは静かだけど、とてもうれしそうに微笑んだ。
ほたか先輩は小さなガスボンベの上に何かの器具をつなげている。
「それは何ですか?」
「これはねえ、シングルバーナーって言うの。こうやって金属の板の部分を広げて放射状に固定すると……ほら、ガスコンロになるんだよっ」
最初は小さく折りたたまれていた金属の器具が、あっという間に立派なコンロに早変わりした。
先輩はもう一つのコンロもセッティングすると、二台のコンロの周りを風よけの板で覆い、鍋を置く。
一つはシチュー用の鍋で、もう一つはお米の入った鍋だ。
ほたか先輩はとても真剣な表情で、お米の入ったお鍋のほうのコンロに火をつけた。
やっぱりお米を炊くためには火加減がとても大事なのだろう。
ほたか先輩のいつもは見られない鋭い視線は、なんだかカッコいい。
▽ ▽ ▽
「美嶺さん。……遅い」
千景さんは野菜を煮込む手を止めて、腕時計を見た。
確かに太陽は沈み、空は濃い藍色に染まっている。
山に慣れている剱さんのことだから危ない真似はしないと思うけど、さすがにご飯の準備が進んでいるのに戻らないのは不安になった。
大会を想定した合宿だから、大会の決まりごとに従ってスマホは誰も持ってきていない。
「あの……すみません。剱さんを探してきます……」
「う、うん。……そうだね、お姉さんたちはご飯で手が離せないから、お願いできるかな?」
私は心配そうなほたか先輩に頭を下げると、登山靴を履いて立ち上がった。
(あぅぅ……。ノートの事とか、あんなに顔真っ赤にしてたから怒ってたと思ってたのに……、実は仲良くしたいと思ってた? ……なのに逃げるなんて、恥ずかしがり屋さんなのかなっ?)
私は剱さんの行動に翻弄されていた数日のことを思うと、悶々としてくる。
これは彼女を見つけ出して、今までの行動を問いたださないと気が済まない!
アスレチックや展望台など、テントの近くを一通り巡ってみたけど彼女は見つからなかったので、もしかすると森の中に隠れているかもしれない。
私は思い切って森の中に足を踏み入れ、力強く笛を吹いた。
学校の裏山での経験があるので、念のために握りしめていた笛だ。
これをピーピー吹き鳴らせば、さすがの剱さんも私に気が付くと思った。
「剱さ~ん、ご飯だから出てくるんだよ~! お願いだから出てきて~」
▽ ▽ ▽
「ひぎゃあああぁぁぁぁあぁ……!」
ヘヘヘ、ヘビがいた!
私ってヘビに呪われてる?
あれは森の中を五分ほど歩いてた時のことだ。
後ろでパキッて音がしたので剱さんかなって振り返ったら……。
地面からまっすぐにヘビが立ち上がって、こっちをにらんでいた。
もう、その姿を見た瞬間に頭が真っ白になって……気が付くと全速力で走っていた。
「でっ、でっ、出てきて剱さん! たたた、助けてぇっ!」
真っ暗な森の中、自分がどこを走ってるのかも分からない。
月が照らす淡い光を頼りに、必死に走る。
……剱さんの、あの頼もしい背中を求めて。
すると、ふいに足元の感触が消えた。
……斜面だ。
走る勢いのまま、滑ってしまう。
(ま、また落ちるの……?)
その時、私の手が何者かにつかまれた。
「行くな!」
頭上から響く女性の声。
見上げると、森の真上に月明かり。そして、月に照らされる剱さんの姿があった。
彼女は私の手をつかみ、必死に引っ張り上げようとしてくれている。
「わ、私……、重いよ?」
すると、剱さんの鍛え上げられた拳は燃え上がるように熱く、そして強く握りしめられた。
「お前の命、オレにも背負わせろよ……」
それはマンガ『終カル』に出てきたケイジの名台詞……!
剱さんは月光を背負いながら、力強く微笑む。
私の胸が、とくんと高鳴った。
私とほたか先輩はテントの前に広げたシートの上に調理器具と材料を並べながら、あたりの森を眺め見る。
「……あぅぅ。なんといいますか……、説明しづらいというか……」
「そう……。もう夕ご飯を作らなくっちゃいけない時間なんだけど、どうしよっか」
ほたか先輩はすこし心配そうにしている。
私はというと、剱さんが残した言葉で頭がいっぱいだった。
『アタシが仲良くなりたいのは、伊吹さんじゃねえ! お前なんだよ!』
その言葉を思い出すと、心臓が早鐘を打つようにうるさく高鳴ってしまう。
「ましろさん、大丈夫?」
「あぅ?」
私の意識を現実に呼び戻してくれたのは千景さんだった。
私は千景さんが持っているお鍋をのぞき見る。
その中には水に浸されたお米が入っていた。
「だ、大丈夫です! ……あの、もしかして、お鍋でご飯を炊くんですか?」
「うん」
「そっか、キャンプでは炊飯器なんて使えないですもんね!」
これがいわゆる『飯盒炊爨』という奴なのだろう。
私が知っているのはアニメで見たことのある『飯盒』と呼ばれる楕円形の黒いお鍋だけど、千景さんが持っているのは円筒形の大きな銀色のお鍋だ。千景さんのお店でも見たことのある、いくつも重ねることのできるタイプのお鍋のようだ。
ほたか先輩は時計に視線を落とし、つぶやいた。
「み、美嶺ちゃんも、お腹が減れば帰ってくるよね? ……それまでに美味しいご飯を作ろっか!」
ほたか先輩はシチューの材料をザックから取り出していく。
鶏肉は傷んでしまわないように、事前にしっかりと火を通してある。
あとは野菜を切って煮込んでいくだけだ。
「これ、使って」
そう言って千景さんが取り出したのは、常温保存できる手のひら大の牛乳のパックだった。
部室にも持ってきていたので、千景さんのお気に入りかもしれない。
しかも牛乳パックは一本だけではない。ザックからは次から次へと……なんと十本も出てきた。
「これはシチュー用。これは食後用。……これはおかわり用と明日の分。もしよければ、みんなも」
「千景さん……。本当に牛乳が好きなんですね?」
「うん!」
千景さんは静かだけど、とてもうれしそうに微笑んだ。
ほたか先輩は小さなガスボンベの上に何かの器具をつなげている。
「それは何ですか?」
「これはねえ、シングルバーナーって言うの。こうやって金属の板の部分を広げて放射状に固定すると……ほら、ガスコンロになるんだよっ」
最初は小さく折りたたまれていた金属の器具が、あっという間に立派なコンロに早変わりした。
先輩はもう一つのコンロもセッティングすると、二台のコンロの周りを風よけの板で覆い、鍋を置く。
一つはシチュー用の鍋で、もう一つはお米の入った鍋だ。
ほたか先輩はとても真剣な表情で、お米の入ったお鍋のほうのコンロに火をつけた。
やっぱりお米を炊くためには火加減がとても大事なのだろう。
ほたか先輩のいつもは見られない鋭い視線は、なんだかカッコいい。
▽ ▽ ▽
「美嶺さん。……遅い」
千景さんは野菜を煮込む手を止めて、腕時計を見た。
確かに太陽は沈み、空は濃い藍色に染まっている。
山に慣れている剱さんのことだから危ない真似はしないと思うけど、さすがにご飯の準備が進んでいるのに戻らないのは不安になった。
大会を想定した合宿だから、大会の決まりごとに従ってスマホは誰も持ってきていない。
「あの……すみません。剱さんを探してきます……」
「う、うん。……そうだね、お姉さんたちはご飯で手が離せないから、お願いできるかな?」
私は心配そうなほたか先輩に頭を下げると、登山靴を履いて立ち上がった。
(あぅぅ……。ノートの事とか、あんなに顔真っ赤にしてたから怒ってたと思ってたのに……、実は仲良くしたいと思ってた? ……なのに逃げるなんて、恥ずかしがり屋さんなのかなっ?)
私は剱さんの行動に翻弄されていた数日のことを思うと、悶々としてくる。
これは彼女を見つけ出して、今までの行動を問いたださないと気が済まない!
アスレチックや展望台など、テントの近くを一通り巡ってみたけど彼女は見つからなかったので、もしかすると森の中に隠れているかもしれない。
私は思い切って森の中に足を踏み入れ、力強く笛を吹いた。
学校の裏山での経験があるので、念のために握りしめていた笛だ。
これをピーピー吹き鳴らせば、さすがの剱さんも私に気が付くと思った。
「剱さ~ん、ご飯だから出てくるんだよ~! お願いだから出てきて~」
▽ ▽ ▽
「ひぎゃあああぁぁぁぁあぁ……!」
ヘヘヘ、ヘビがいた!
私ってヘビに呪われてる?
あれは森の中を五分ほど歩いてた時のことだ。
後ろでパキッて音がしたので剱さんかなって振り返ったら……。
地面からまっすぐにヘビが立ち上がって、こっちをにらんでいた。
もう、その姿を見た瞬間に頭が真っ白になって……気が付くと全速力で走っていた。
「でっ、でっ、出てきて剱さん! たたた、助けてぇっ!」
真っ暗な森の中、自分がどこを走ってるのかも分からない。
月が照らす淡い光を頼りに、必死に走る。
……剱さんの、あの頼もしい背中を求めて。
すると、ふいに足元の感触が消えた。
……斜面だ。
走る勢いのまま、滑ってしまう。
(ま、また落ちるの……?)
その時、私の手が何者かにつかまれた。
「行くな!」
頭上から響く女性の声。
見上げると、森の真上に月明かり。そして、月に照らされる剱さんの姿があった。
彼女は私の手をつかみ、必死に引っ張り上げようとしてくれている。
「わ、私……、重いよ?」
すると、剱さんの鍛え上げられた拳は燃え上がるように熱く、そして強く握りしめられた。
「お前の命、オレにも背負わせろよ……」
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私の胸が、とくんと高鳴った。
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