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第四章「陽を見あげる向日葵のように」
第三話「アルバイトをしませんか?」
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放課後が始まったけど、なんだか気分が重い。
部活が始まるというのに、体が机から動かなかった。
ぼんやりと廊下を見つめていると、扉の横からひょいっと金髪の女の子が顔を出し、私と視線が合う。
美嶺だ。
キャンプの日に打ち解けて以来、いつものように部活前に声をかけてくれるので、すれ違いにならないように私も自分の教室で待つようにしている。
「よお、ましろ。部活に行くぞ」
これも、いつもと同じ言葉だ。
ぶっきらぼうだけど、下の名前で呼んでくれることが嬉しくて、私はいつも彼女の言葉を待っていた。
でも、今日はいつものような元気が出てこない。
私は机に突っ伏してうめき声をあげた。
「あぅぅ……」
「おや、剱さん。ちょうどよかったのだよ。なんか、ましろが元気なくて……」
小桃ちゃんも私を心配して、部活の時間だというのに付き添ってくれている。
「……小桃……だっけ」
美嶺は小桃ちゃんと話すのが初めてらしく、少し戸惑った様子を見せた。
でも小桃ちゃんの自然体な雰囲気が伝わったのか、美嶺もすぐにいつもの口調で話し始める。
「……ましろがよく、あんたのことを話してるよ。いい友達だってな」
「剱さんのことも、ましろはよく話してるのだよ。登山部が楽しそうで、私も嬉しいよ!」
「へへ。……そっか。……ところでましろは、なんで落ち込んでるんだ?」
「それが、よくわかんないのだよ……。『モデルになるためには』とか『モブキャラはグッズ化してもらえない』とかブツブツ言ってるだけで……。心当たりはあるかい?」
「……いや、まったくないな」
美嶺も小桃ちゃんも首を振りあう。
当然だ。
……私がちゃんと言ってないのだから。
でも、正確に説明するなんて、できっこない。
『ほたか先輩のぬいぐるみが私をモデルに作られたものだと思って驚いたし、結構嬉しかったけど、実は勘違いだったらしい。……そもそも私自身が影の薄いモブキャラだから、グッズ化なんてしてもらえるわけがないし、落ち込んでる』……なんてこと、言えるわけがない。
私がグズグズしてると、美嶺が優しく肩を叩いてくれた。
「……とにかく行くぞ、ましろ」
「あぅぅ……」
美嶺の手にひかれ、私は歩き出す。
遠ざかる小桃ちゃんを見つめ、一つだけ気になっていたことを質問してみた。
「そういえば小桃ちゃん。家庭部のエースにオリジナルのぬいぐるみを作ってもらうなら、何日ぐらいかかるのかな? さすがに学校に行きながらで、たくさんのお仕事もしてる状態だと、一か月ぐらいはかかるよね?」
「ん? 何か依頼するのかい? 石鎚さんは仕事が早いから、イメージにブレがなければ頼んだ翌日にはできているのだよ」
「え……、翌日? そんなに早いの?」
それはさすがに予想外の速さだった。
たった一日か、それ以下でできるとなると、ほたか先輩が私をモデルにしたぬいぐるみを手にするのも、物理的に不可能ではなくなってくる。
でも、私のようなモブキャラが憧れの先輩に愛されてるなんて、そんなことあり得ない。
私はブンブンと頭を振った。
「おや、ましろの顔がなんか明るくなったねえ」
急に小桃ちゃんが言うので、私はきょとんとして止まってしまった。
「え……嘘」
「いや、むしろ赤くなってるな」
美嶺もそんなことを言って、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「あうぅっ! み、見ないでよぉ。部活行くんでしょ! はやく行こ!」
二人の言葉が本当なのかわからないけど、私は恥ずかしくなって走り出した。
▽ ▽ ▽
「そういえば、ましろ。ちょっと相談が……」
部室棟に行く途中で、美嶺が話しかけてきた。
気まずそうな顔をしているので、何か深刻な事なのかもしれない。
「どうしたの?」
「ああ。実はバイトを探してるんだけど、いいところを知らないかって思ってさ。……実は、自転車を勝手に売ったこと、親にバレちゃったんだよ……」
その言葉を聞いて、思い出した。
美嶺が裏山を通って通学している理由は、自転車を売ってしまったからだった。
お金に困っているのかと思ったけど、あまり深く聞いてはいけない気がしたので、ずっと聞きそびれていた。
でも、今の話を聞いてしまうと、売った理由を尋ねないのも不自然に思えてしまう。
私は恐る恐る理由を聞いた。
「……そもそも、なんで売っちゃったの?」
「……実は春休みに、親に黙って『終カル』のイベントのために東京に行ってたんだよ。そのための旅費が足りなくて、仕方ないから手放したんだ」
「ええ~っ? やっぱりあのTシャツ、東京で? しかも親に黙って?」
「うわわ……。声がでけぇ!」
美嶺は驚いた表情で、とっさに私の口を手で押さえた。
私は美嶺に抱き着かれながら、彼女の家の脱衣所で見つけた超激レアTシャツの事を思い出す。
あれは東京のイベント会場で告知なしに配られたサプライズ品だったので、入手するには現地に行っていたか、高額なオークションで落札する以外に手段はなかったはず。
まさかとは思っていたが、美嶺は本当に単身で東京に行くほどの熱烈なファンであるらしい。
「……外泊したことは問題なかったの?」
私は周囲に注意を払いながら、小声で話す。
「山にこもるって言ったら、喜んで送り出してくれた」
「そ……それでオッケーになる家も、なんか凄いね……」
「でも、さすがに自転車がずっとないから、バレた。……通学はちゃんとした道を歩けだって。うちの親って、物事の区別が妙に厳しいんだよな……」
美嶺は深くため息をついた。
「……えっと。新しい自転車は買ってもらえないの?」
「親にはかなり呆れられちゃっててさ……。新しい自転車のためにお金を渡しても、どうせ趣味に使うんでしょって言われてさ。……まあ、その通りなんだけど」
「その通りなんだ……」
どうやら、美嶺は筋金入りの散財家らしい。
生活に必要な物を売ってまで趣味にお金をつぎ込んでしまえるなんて、私以上に気合が入っている。
「でも、さすがに裏山を使えないとなると、自転車は必要なんだよ……」
「だからバイトなんだ!」
「そう! ……でも、ほら。アタシって人と壁を作ってきたせいで、いまさらバイトするのもハードルが高くって……。ましろなら、どこか知らないかなと思ってさ……」
「う~ん……。力になりたいのはもちろんだけど、私もバイトみたいな思い切った行動は苦手だしなぁ……」
「そっか……」
その時、目の前にほたか先輩の姿が見えた。
部室の入り口で植木鉢をいじっている。
美嶺と話ながら歩いているうちに、いつの間にか部室までたどり着いていたようだ。
ほたか先輩は植木鉢に水をあげているので、昨日聞いた通り、ヒマワリを植えたのだろう。
そのほたか先輩の姿を見た時、私はふと、昨日の会話を思い出した。
先輩はぬいぐるみを作ってもらうために、アルバイトをしていたと言っていた。
「そうだ。千景さんに相談するのって、どうかな? カフェのアルバイトとか……」
「え……。いや、うぅむ。あのお店は好きだけど、アタシにとっては制服がちょっと可愛すぎるな……。それに、素人が手伝っても邪魔なだけだろ」
そう言って、美嶺は考え込んでしまった。
▽ ▽ ▽
「え……。山百合でバイトっすか?」
「やっぱり、ダメ?」
部室に入ると、唐突に千景さんに相談され、私と美嶺はビックリしていた。
千景さんの話によると、明後日の土曜日の人手がまったく足りない事になってしまったらしい。
千景さんのご両親が営む登山道具のお店『伊吹アウトドアスポーツ』の中には山ご飯やスイーツが楽しめる『カフェ山百合』が併設されている。
先日までのゴールデンウィークフェアは大変な好評を得て、お店は大賑わいだったそうだ。
フェア期間中なのに特別メニューの提供が間に合わなくなったことから、お客さんからは期間延長のリクエストが多数寄せられたらしい。
そのため、明日からの土日は臨時フェアを開催する予定だったらしいのだが……。
「シフトに入ってくれるはずの三人が……一人は人間ドッグの予約だと忘れてて、休み。一人は入院してたご家族の、退院日。もう一人はアイドルの追っかけで、……知らないうちに、すでに東京へ……」
そう言って、千景さんは可哀想になるほどに途方に暮れていた。
「シフトに入ってるのに、すでに東京に行っちゃってる人の行動力がすごいですね……」
私は言いながら、美嶺を振り返る。
美嶺は親に黙って東京に行った自分のことを思い出しているのだろう。
私から目をそらして、口笛を吹いていた。
「えっと……つまり、三人いればいいんすね?」
「うん。ほたかは手伝ってくれるから、……できればましろさんと、美嶺さんにもお願いできればと。……ボクの秘密を知ってるのも、皆さんしか……いなくて」
「そ……、そういう事情なら仕方ないっすね。アタシに制服が似合うか分かんないすけど、大丈夫っす」
「私も喜んでお手伝いします!」
そう言って、私は千景さんの手を握りしめるのだった。
「千景ちゃん、今のお話は本当……?」
突然、暗い声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、ほたか先輩が部室の外から不安そうな顔でのぞき込んでいる。
「お姉さんは、てっきりベテランの店員さんが付いていてくれるから安心と思ってたのに……」
「あぅ。……ほたか先輩、きっと大丈夫ですよ! 私、足を引っ張らないように頑張ります!」
「違うの……。一番足を引っ張りそうなのはお姉さんなの。きっと、オロオロしてるだけで動けないと思う。……百合香さんのご迷惑はかけたくないな。でも、お手伝いしますって伝えちゃったし……」
そう言うほたか先輩のオロオロしている様は、簡単に想像できた。
キャンプの準備でそうだったように、とっさに動くことが苦手なのかもしれない。
でも、バイトが明日に迫っている状況で断るのも難しそうだった。
「た、大変なことは半分こですよ、ほたか先輩! 一緒に背負えばなんとかなりますって!」
私は自分がどんなフォローができるのかも分からないまま、無責任とは思いつつ、ほたか先輩を元気づけた。
すると、本当にその言葉が届いたのか、ほたか先輩の顔がぱっと明るくなる。
「そ、そうだねっ! みんな一緒なら、お姉さんにもできるよねっ!」
その笑顔を見ることができて、私も嬉しくなるのだった。
部活が始まるというのに、体が机から動かなかった。
ぼんやりと廊下を見つめていると、扉の横からひょいっと金髪の女の子が顔を出し、私と視線が合う。
美嶺だ。
キャンプの日に打ち解けて以来、いつものように部活前に声をかけてくれるので、すれ違いにならないように私も自分の教室で待つようにしている。
「よお、ましろ。部活に行くぞ」
これも、いつもと同じ言葉だ。
ぶっきらぼうだけど、下の名前で呼んでくれることが嬉しくて、私はいつも彼女の言葉を待っていた。
でも、今日はいつものような元気が出てこない。
私は机に突っ伏してうめき声をあげた。
「あぅぅ……」
「おや、剱さん。ちょうどよかったのだよ。なんか、ましろが元気なくて……」
小桃ちゃんも私を心配して、部活の時間だというのに付き添ってくれている。
「……小桃……だっけ」
美嶺は小桃ちゃんと話すのが初めてらしく、少し戸惑った様子を見せた。
でも小桃ちゃんの自然体な雰囲気が伝わったのか、美嶺もすぐにいつもの口調で話し始める。
「……ましろがよく、あんたのことを話してるよ。いい友達だってな」
「剱さんのことも、ましろはよく話してるのだよ。登山部が楽しそうで、私も嬉しいよ!」
「へへ。……そっか。……ところでましろは、なんで落ち込んでるんだ?」
「それが、よくわかんないのだよ……。『モデルになるためには』とか『モブキャラはグッズ化してもらえない』とかブツブツ言ってるだけで……。心当たりはあるかい?」
「……いや、まったくないな」
美嶺も小桃ちゃんも首を振りあう。
当然だ。
……私がちゃんと言ってないのだから。
でも、正確に説明するなんて、できっこない。
『ほたか先輩のぬいぐるみが私をモデルに作られたものだと思って驚いたし、結構嬉しかったけど、実は勘違いだったらしい。……そもそも私自身が影の薄いモブキャラだから、グッズ化なんてしてもらえるわけがないし、落ち込んでる』……なんてこと、言えるわけがない。
私がグズグズしてると、美嶺が優しく肩を叩いてくれた。
「……とにかく行くぞ、ましろ」
「あぅぅ……」
美嶺の手にひかれ、私は歩き出す。
遠ざかる小桃ちゃんを見つめ、一つだけ気になっていたことを質問してみた。
「そういえば小桃ちゃん。家庭部のエースにオリジナルのぬいぐるみを作ってもらうなら、何日ぐらいかかるのかな? さすがに学校に行きながらで、たくさんのお仕事もしてる状態だと、一か月ぐらいはかかるよね?」
「ん? 何か依頼するのかい? 石鎚さんは仕事が早いから、イメージにブレがなければ頼んだ翌日にはできているのだよ」
「え……、翌日? そんなに早いの?」
それはさすがに予想外の速さだった。
たった一日か、それ以下でできるとなると、ほたか先輩が私をモデルにしたぬいぐるみを手にするのも、物理的に不可能ではなくなってくる。
でも、私のようなモブキャラが憧れの先輩に愛されてるなんて、そんなことあり得ない。
私はブンブンと頭を振った。
「おや、ましろの顔がなんか明るくなったねえ」
急に小桃ちゃんが言うので、私はきょとんとして止まってしまった。
「え……嘘」
「いや、むしろ赤くなってるな」
美嶺もそんなことを言って、私の顔をまじまじと見つめてくる。
「あうぅっ! み、見ないでよぉ。部活行くんでしょ! はやく行こ!」
二人の言葉が本当なのかわからないけど、私は恥ずかしくなって走り出した。
▽ ▽ ▽
「そういえば、ましろ。ちょっと相談が……」
部室棟に行く途中で、美嶺が話しかけてきた。
気まずそうな顔をしているので、何か深刻な事なのかもしれない。
「どうしたの?」
「ああ。実はバイトを探してるんだけど、いいところを知らないかって思ってさ。……実は、自転車を勝手に売ったこと、親にバレちゃったんだよ……」
その言葉を聞いて、思い出した。
美嶺が裏山を通って通学している理由は、自転車を売ってしまったからだった。
お金に困っているのかと思ったけど、あまり深く聞いてはいけない気がしたので、ずっと聞きそびれていた。
でも、今の話を聞いてしまうと、売った理由を尋ねないのも不自然に思えてしまう。
私は恐る恐る理由を聞いた。
「……そもそも、なんで売っちゃったの?」
「……実は春休みに、親に黙って『終カル』のイベントのために東京に行ってたんだよ。そのための旅費が足りなくて、仕方ないから手放したんだ」
「ええ~っ? やっぱりあのTシャツ、東京で? しかも親に黙って?」
「うわわ……。声がでけぇ!」
美嶺は驚いた表情で、とっさに私の口を手で押さえた。
私は美嶺に抱き着かれながら、彼女の家の脱衣所で見つけた超激レアTシャツの事を思い出す。
あれは東京のイベント会場で告知なしに配られたサプライズ品だったので、入手するには現地に行っていたか、高額なオークションで落札する以外に手段はなかったはず。
まさかとは思っていたが、美嶺は本当に単身で東京に行くほどの熱烈なファンであるらしい。
「……外泊したことは問題なかったの?」
私は周囲に注意を払いながら、小声で話す。
「山にこもるって言ったら、喜んで送り出してくれた」
「そ……それでオッケーになる家も、なんか凄いね……」
「でも、さすがに自転車がずっとないから、バレた。……通学はちゃんとした道を歩けだって。うちの親って、物事の区別が妙に厳しいんだよな……」
美嶺は深くため息をついた。
「……えっと。新しい自転車は買ってもらえないの?」
「親にはかなり呆れられちゃっててさ……。新しい自転車のためにお金を渡しても、どうせ趣味に使うんでしょって言われてさ。……まあ、その通りなんだけど」
「その通りなんだ……」
どうやら、美嶺は筋金入りの散財家らしい。
生活に必要な物を売ってまで趣味にお金をつぎ込んでしまえるなんて、私以上に気合が入っている。
「でも、さすがに裏山を使えないとなると、自転車は必要なんだよ……」
「だからバイトなんだ!」
「そう! ……でも、ほら。アタシって人と壁を作ってきたせいで、いまさらバイトするのもハードルが高くって……。ましろなら、どこか知らないかなと思ってさ……」
「う~ん……。力になりたいのはもちろんだけど、私もバイトみたいな思い切った行動は苦手だしなぁ……」
「そっか……」
その時、目の前にほたか先輩の姿が見えた。
部室の入り口で植木鉢をいじっている。
美嶺と話ながら歩いているうちに、いつの間にか部室までたどり着いていたようだ。
ほたか先輩は植木鉢に水をあげているので、昨日聞いた通り、ヒマワリを植えたのだろう。
そのほたか先輩の姿を見た時、私はふと、昨日の会話を思い出した。
先輩はぬいぐるみを作ってもらうために、アルバイトをしていたと言っていた。
「そうだ。千景さんに相談するのって、どうかな? カフェのアルバイトとか……」
「え……。いや、うぅむ。あのお店は好きだけど、アタシにとっては制服がちょっと可愛すぎるな……。それに、素人が手伝っても邪魔なだけだろ」
そう言って、美嶺は考え込んでしまった。
▽ ▽ ▽
「え……。山百合でバイトっすか?」
「やっぱり、ダメ?」
部室に入ると、唐突に千景さんに相談され、私と美嶺はビックリしていた。
千景さんの話によると、明後日の土曜日の人手がまったく足りない事になってしまったらしい。
千景さんのご両親が営む登山道具のお店『伊吹アウトドアスポーツ』の中には山ご飯やスイーツが楽しめる『カフェ山百合』が併設されている。
先日までのゴールデンウィークフェアは大変な好評を得て、お店は大賑わいだったそうだ。
フェア期間中なのに特別メニューの提供が間に合わなくなったことから、お客さんからは期間延長のリクエストが多数寄せられたらしい。
そのため、明日からの土日は臨時フェアを開催する予定だったらしいのだが……。
「シフトに入ってくれるはずの三人が……一人は人間ドッグの予約だと忘れてて、休み。一人は入院してたご家族の、退院日。もう一人はアイドルの追っかけで、……知らないうちに、すでに東京へ……」
そう言って、千景さんは可哀想になるほどに途方に暮れていた。
「シフトに入ってるのに、すでに東京に行っちゃってる人の行動力がすごいですね……」
私は言いながら、美嶺を振り返る。
美嶺は親に黙って東京に行った自分のことを思い出しているのだろう。
私から目をそらして、口笛を吹いていた。
「えっと……つまり、三人いればいいんすね?」
「うん。ほたかは手伝ってくれるから、……できればましろさんと、美嶺さんにもお願いできればと。……ボクの秘密を知ってるのも、皆さんしか……いなくて」
「そ……、そういう事情なら仕方ないっすね。アタシに制服が似合うか分かんないすけど、大丈夫っす」
「私も喜んでお手伝いします!」
そう言って、私は千景さんの手を握りしめるのだった。
「千景ちゃん、今のお話は本当……?」
突然、暗い声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、ほたか先輩が部室の外から不安そうな顔でのぞき込んでいる。
「お姉さんは、てっきりベテランの店員さんが付いていてくれるから安心と思ってたのに……」
「あぅ。……ほたか先輩、きっと大丈夫ですよ! 私、足を引っ張らないように頑張ります!」
「違うの……。一番足を引っ張りそうなのはお姉さんなの。きっと、オロオロしてるだけで動けないと思う。……百合香さんのご迷惑はかけたくないな。でも、お手伝いしますって伝えちゃったし……」
そう言うほたか先輩のオロオロしている様は、簡単に想像できた。
キャンプの準備でそうだったように、とっさに動くことが苦手なのかもしれない。
でも、バイトが明日に迫っている状況で断るのも難しそうだった。
「た、大変なことは半分こですよ、ほたか先輩! 一緒に背負えばなんとかなりますって!」
私は自分がどんなフォローができるのかも分からないまま、無責任とは思いつつ、ほたか先輩を元気づけた。
すると、本当にその言葉が届いたのか、ほたか先輩の顔がぱっと明るくなる。
「そ、そうだねっ! みんな一緒なら、お姉さんにもできるよねっ!」
その笑顔を見ることができて、私も嬉しくなるのだった。
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