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第四章「陽を見あげる向日葵のように」
第十四話「向日葵の意味」
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今日から一泊のテント合宿。
しかも学校の校庭にテントを張ることになってしまった。
急に決めた合宿だから、夕ご飯のオカズと朝ご飯はあまちゃん先生が作ってくれるらしい。
私たちはテントを張る練習と美味しいご飯を炊くことだけが目的なので、意外と気分は気楽なものだった。
むしろ、またみんなと一緒にお泊りできると思うと、ワクワクが止まらなかった。
「しつれいしま~す!」
元気に部室の扉を開ける。
しかし、中にはほたか先輩ひとりしかいなかった。
先輩は窓辺に座って外を眺めている。
「あれ? まだほたか先輩だけなんですね」
呼びかけると、ほたか先輩は振り向いて微笑んだ。
「うん。千景ちゃんはクラスの用事があるから、少し遅れるんだって~」
「そうですか~。美嶺も課題の提出があるから先に行ってくれって言ってました」
私はスクールバッグをロッカーにしまうと、トレーニングのために体操服に着替え始める。
なんとなく部室の中を眺めながら着替えていると、ほたか先輩の様子が気になった。
すでに体操服に着替え終わっている先輩は、さっきからじぃっと窓の外を見つめている。
「ほたか先輩、何を見てるんですか?」
「あ……うん。ヒマワリを植えたんだけどね、まだ芽が出ないなって……」
「植えたのって、確か一週間以上前でしたよね?」
「うん……。もう十日目になるから、芽が出てもいい頃なんだけど……」
私も気になったので、窓から下を覗いてみた。
登山部の部室は一階にあるので、窓の下はコンクリートの地面だ。
その壁際に四つの黄色い植木鉢が並んでいた。
湿った土が入っているが、確かに緑色の葉っぱも芽もなにもない。
「あれ、植木鉢はここに置いてても平気なんでしょうか?」
部室棟は校庭よりも高い場所にあるので、窓のすぐ外は三メートルほどの崖になっている。
フェンスがあるわけでもないので、何かの拍子に植木鉢が落下しても不思議じゃない。
「う~ん。お姉さんは大丈夫だと思うんだけどな……。崖があるって言っても、一メートル以上は奥行きもあるし、さすがに落ちないと思うよ。部室近くで陽当たりのいい場所って、ここぐらいしかないし……」
「まあ、すぐ下は植木ですし、人が立ち入ることもないと思うので危険はないと思いますけど……」
その時、ほたか先輩がなにかを思い出したように、急に私のほうを振り返った。
「そういえば! ましろちゃんって陽彩先輩の幼馴染だったんだってね。先輩はすごく物知りだったから、ましろちゃんも色々教わってたの?」
「あぅ~。そうですね。まあ、いろいろと……」
さすがに『オタクの師匠』と紹介するのは避けようとして、濁してしまった。
むしろ私にとっては、あのオタクのお姉さんが学校では『憧れのお姉さまキャラ』だったということのほうが気になってしまう。
いったい誰が憧れていたんだろう。
「そういえば陽彩さんって、そんなに学校で人気だったんでしょうか? ……私にとっては『隣に住んでる面白いお姉さん』だったので」
すると、ほたか先輩が自分を指さしながら「はいは~い」と手を挙げた。
「お姉さんがファンだったの~。いつも明るくて元気で、優しくて。体力もものすごくあって、お姉さんがバテちゃったときは荷物を持ってくれたんだ。頼もしかったな……」
陽彩さんを語る時のほたか先輩は、うっとりと宙を見つめている。
なるほど。
陽彩さんを『憧れのお姉さま』呼ばわりしていたのは目の前の先輩のようだった。
それにしても、陽彩さんについての説明を聞いていると、今のほたか先輩のことを言っているようにも聞こえてくる。
「……っていうか、ほたか先輩ってバテることがあるんですか?」
「お姉さんをなんだと思ってるの~? 一年生の頃は体力もなくて、全然ダメだったんだよ~。そのせいでみんなにいっぱい迷惑をかけちゃったから、頑張って体を鍛えてるの!」
その話は意外だった。
先輩は山が好きだから、昔から体を鍛えて登っているものだと思っていたからだ。
帰省のたびに穂高岳の近くまで行っていたというが、ご家族にサポートしてもらってたのだろうか。
「……この一年で鍛えたおかげかな。最近は体が軽くって。体育でもよく動けるようになったんだ~」
「普通は一年でそこまでにならないと思うので、元々運動の才能があったんだと思います……。それとも自覚してなかっただけで、意外と体力があったとか」
「そんなことないよぉ~。いつもバテてたし、トレーニングはぜ~んぶ陽彩先輩に教えてもらったことをやってるだけだもん。陽彩先輩が凄いんだよ……」
そう言って、ほたか先輩は自信なさそうに笑った。
そしてヒマワリの種を植えた植木鉢に視線を落とし、寂しそうな顔をしている。
「う~ん。やっぱり芽が出ないのかな……。自分ひとりでやるのは失敗ばっかりだから、今度こそって思ってたんだけど……」
ほたか先輩の様子を見ていると、自分にひどく自信がないように思える。
陽彩さんの背中を追いかけて、必死に背伸びしているようだ。
ほたか先輩がヒマワリについて言っていた言葉を思い出す。
『いつも太陽をに向かって元気に花開いてるし、その姿を見てると、お姉さんも頑張ろうって思えるのっ』
『ヒマワリと太陽は全然別物だよ~。ヒマワリは自分で光らないも~ん』
もしかして……。
ひょっとしてだけど、ほたか先輩はヒマワリに自分を重ねているんじゃないだろうか。
ほたか先輩にとっての『太陽』は陽彩さんで、ほたか先輩は自分のことを『太陽を見あげているヒマワリ』だと思っているのかもしれない。
そう考えると、なんだか切なくなってしまった。
ほたか先輩は私にとっての太陽なのに、自分自身をここまで信じてないなんて、悲しすぎる。
「大丈夫ですよ! きっと種はじっくりと力をためてるところなんです。すぐに芽は出ますよ!」
「えへへ……。ましろちゃん、ありがとう」
「ひとまず今回の合宿を成功させましょう! テントを一〇分以内に張れたら、芽も出ますよ!」
その時、部室の扉が開いて千景さんと美嶺がやってきた。
「よく話が見えないんすけど、合宿、頑張りましょう」
「うん。一度やったことだから、一〇分以内は可能」
二人とも、大きくうなづいて笑ってくれる。
本当にタイミングがいい。
ほたか先輩と私は顔を見合わせて、笑いあった。
「そうだねっ! じゃ、がんばろっか!」
しかも学校の校庭にテントを張ることになってしまった。
急に決めた合宿だから、夕ご飯のオカズと朝ご飯はあまちゃん先生が作ってくれるらしい。
私たちはテントを張る練習と美味しいご飯を炊くことだけが目的なので、意外と気分は気楽なものだった。
むしろ、またみんなと一緒にお泊りできると思うと、ワクワクが止まらなかった。
「しつれいしま~す!」
元気に部室の扉を開ける。
しかし、中にはほたか先輩ひとりしかいなかった。
先輩は窓辺に座って外を眺めている。
「あれ? まだほたか先輩だけなんですね」
呼びかけると、ほたか先輩は振り向いて微笑んだ。
「うん。千景ちゃんはクラスの用事があるから、少し遅れるんだって~」
「そうですか~。美嶺も課題の提出があるから先に行ってくれって言ってました」
私はスクールバッグをロッカーにしまうと、トレーニングのために体操服に着替え始める。
なんとなく部室の中を眺めながら着替えていると、ほたか先輩の様子が気になった。
すでに体操服に着替え終わっている先輩は、さっきからじぃっと窓の外を見つめている。
「ほたか先輩、何を見てるんですか?」
「あ……うん。ヒマワリを植えたんだけどね、まだ芽が出ないなって……」
「植えたのって、確か一週間以上前でしたよね?」
「うん……。もう十日目になるから、芽が出てもいい頃なんだけど……」
私も気になったので、窓から下を覗いてみた。
登山部の部室は一階にあるので、窓の下はコンクリートの地面だ。
その壁際に四つの黄色い植木鉢が並んでいた。
湿った土が入っているが、確かに緑色の葉っぱも芽もなにもない。
「あれ、植木鉢はここに置いてても平気なんでしょうか?」
部室棟は校庭よりも高い場所にあるので、窓のすぐ外は三メートルほどの崖になっている。
フェンスがあるわけでもないので、何かの拍子に植木鉢が落下しても不思議じゃない。
「う~ん。お姉さんは大丈夫だと思うんだけどな……。崖があるって言っても、一メートル以上は奥行きもあるし、さすがに落ちないと思うよ。部室近くで陽当たりのいい場所って、ここぐらいしかないし……」
「まあ、すぐ下は植木ですし、人が立ち入ることもないと思うので危険はないと思いますけど……」
その時、ほたか先輩がなにかを思い出したように、急に私のほうを振り返った。
「そういえば! ましろちゃんって陽彩先輩の幼馴染だったんだってね。先輩はすごく物知りだったから、ましろちゃんも色々教わってたの?」
「あぅ~。そうですね。まあ、いろいろと……」
さすがに『オタクの師匠』と紹介するのは避けようとして、濁してしまった。
むしろ私にとっては、あのオタクのお姉さんが学校では『憧れのお姉さまキャラ』だったということのほうが気になってしまう。
いったい誰が憧れていたんだろう。
「そういえば陽彩さんって、そんなに学校で人気だったんでしょうか? ……私にとっては『隣に住んでる面白いお姉さん』だったので」
すると、ほたか先輩が自分を指さしながら「はいは~い」と手を挙げた。
「お姉さんがファンだったの~。いつも明るくて元気で、優しくて。体力もものすごくあって、お姉さんがバテちゃったときは荷物を持ってくれたんだ。頼もしかったな……」
陽彩さんを語る時のほたか先輩は、うっとりと宙を見つめている。
なるほど。
陽彩さんを『憧れのお姉さま』呼ばわりしていたのは目の前の先輩のようだった。
それにしても、陽彩さんについての説明を聞いていると、今のほたか先輩のことを言っているようにも聞こえてくる。
「……っていうか、ほたか先輩ってバテることがあるんですか?」
「お姉さんをなんだと思ってるの~? 一年生の頃は体力もなくて、全然ダメだったんだよ~。そのせいでみんなにいっぱい迷惑をかけちゃったから、頑張って体を鍛えてるの!」
その話は意外だった。
先輩は山が好きだから、昔から体を鍛えて登っているものだと思っていたからだ。
帰省のたびに穂高岳の近くまで行っていたというが、ご家族にサポートしてもらってたのだろうか。
「……この一年で鍛えたおかげかな。最近は体が軽くって。体育でもよく動けるようになったんだ~」
「普通は一年でそこまでにならないと思うので、元々運動の才能があったんだと思います……。それとも自覚してなかっただけで、意外と体力があったとか」
「そんなことないよぉ~。いつもバテてたし、トレーニングはぜ~んぶ陽彩先輩に教えてもらったことをやってるだけだもん。陽彩先輩が凄いんだよ……」
そう言って、ほたか先輩は自信なさそうに笑った。
そしてヒマワリの種を植えた植木鉢に視線を落とし、寂しそうな顔をしている。
「う~ん。やっぱり芽が出ないのかな……。自分ひとりでやるのは失敗ばっかりだから、今度こそって思ってたんだけど……」
ほたか先輩の様子を見ていると、自分にひどく自信がないように思える。
陽彩さんの背中を追いかけて、必死に背伸びしているようだ。
ほたか先輩がヒマワリについて言っていた言葉を思い出す。
『いつも太陽をに向かって元気に花開いてるし、その姿を見てると、お姉さんも頑張ろうって思えるのっ』
『ヒマワリと太陽は全然別物だよ~。ヒマワリは自分で光らないも~ん』
もしかして……。
ひょっとしてだけど、ほたか先輩はヒマワリに自分を重ねているんじゃないだろうか。
ほたか先輩にとっての『太陽』は陽彩さんで、ほたか先輩は自分のことを『太陽を見あげているヒマワリ』だと思っているのかもしれない。
そう考えると、なんだか切なくなってしまった。
ほたか先輩は私にとっての太陽なのに、自分自身をここまで信じてないなんて、悲しすぎる。
「大丈夫ですよ! きっと種はじっくりと力をためてるところなんです。すぐに芽は出ますよ!」
「えへへ……。ましろちゃん、ありがとう」
「ひとまず今回の合宿を成功させましょう! テントを一〇分以内に張れたら、芽も出ますよ!」
その時、部室の扉が開いて千景さんと美嶺がやってきた。
「よく話が見えないんすけど、合宿、頑張りましょう」
「うん。一度やったことだから、一〇分以内は可能」
二人とも、大きくうなづいて笑ってくれる。
本当にタイミングがいい。
ほたか先輩と私は顔を見合わせて、笑いあった。
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