バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第五章「百合の花を胸に秘め」

第八話「計画書は大事です!」

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 放課後の部活の時間にも関わらず、今日はなぜか自宅の私の部屋に全員が集まっている。
 ほたか先輩は私のベッドの上に座ってモジモジしているし、美嶺みれいは本棚のラインナップを感心しているように見回している。
 そして千景さんは、私のすぐ横で正座をして、じっと私を見あげていた。
 机に向かってパソコンを操作しているのに、これではまったく集中できない。

(なんで、こんなことになったんだっけ……?)

 私は困惑しながら、今日一日を振り返ることにした。


 △ ▲ △ ▲ △


 部活が始まったときは、いつも通りに部室に全員が集まっていた。
 その時のほたか先輩はテーブルにたくさんの本や紙を広げ、図のようなものを描いていた。

「ほたか先輩、それは何ですか? ……山の……断面?」

 図には山の形と頂上の名前と標高が書いてあり、左右の端には『スタート』と『ゴール』の文字が書かれていた。

「これは『断面図』って言って、県大会で登るお山のスタート地点からゴール地点までの傾斜や距離を図にしたものなの」
「へぇ。これも大会に使うんすか?」
「大会で提出する『計画書』に載せるんだけど……。計画書を見せたほうが早いかも。この冊子を見てみてっ」

 ほたか先輩はテーブルの上に置いてあった冊子を手に取った。
 手のひらぐらいの大きさの手作りの冊子で、ページはホチキスでとじてある。
 それぞれの表紙には『夏山合宿 in 南アルプス』や『秋・大山だいせん合宿』などと書かれていた。

「日程表や持ち物が書いてあって、なんか修学旅行のしおりみたいですね。……あ、ほたか先輩が描いてるような図も載ってます」
「うん。それだけじゃなくて、救急法や気象関連の情報が書いてあるのも特徴的なんだよ~。登山合宿に必要な情報を一冊にまとめるの! この計画書も大会の審査の一部だから、もう大会が始まってるとも言えるんだよ~」
「大会はもう、始まってる……かぁ」

 大会が来週に迫ってきて、いよいよ緊張感が高まってきた。
 テーブルの上には計画書をコピーした紙も置いてあり、いくつかのマス目が修正液で消してある。きっと過去の計画書を再利用しようとしているのだろう。
 私が興味津々しんしんに計画書を見ていると、千景さんが歩み寄ってきた。

「大会に必要なだけじゃ、ない。……警察にも、届け出る」
「け……警察に?」
「これを提出しておけば……遭難しても、助けてくれる」
「あぅぅ……遭難しちゃうんですか?」
「万が一の準備は、大事。……ましろさん……嵐の日も、落ちかけたって」

 千景さんは抗議するように小さな口をとがらせている。
 私がまた何かしてしまうんじゃないかと、心配してるのかもしれない。

「大丈夫だよ~っ。落ちそうになっても、お姉さんが助けるから!」
「ましろはよく落ちるし、ちゃんと提出しないとな!」
「あぅぅ……。ほたか先輩と美嶺まで……。イジらないでくださいよぉ~」
「登山は安全が一番大事だからねっ。登山大会も『安全登山』を学ぶためのものだし、計画書が大事なことには変わりないんだよ~」

 登山大会は安全登山を学ぶためのもの……。
 登山部には普通の運動部と違う雰囲気を感じていたけど、その理由はここにあるかもしれない。


 私は気持ちを新たにして、テーブルに開かれている計画書をみた。
 年度ごとにいろいろな書式があって、すべてが手書きの年もあるし、可愛いイラストだらけの年もある。卒業していった先輩たちの個性が垣間見れるようで、なかなか楽しい。
 その中で、本物の印刷物のようにきれいに印字された計画書が目に付いた。
 興味が出て、手に取ってみる。
 表紙には『第64回全国高等学校登山大会 恐羅漢山おそらかんざん』と書かれ、昨年度の日付が書かれていた。そしてスキーをする雪だるまと山のイラストが載っている。

「去年の計画書……。もしかしてこれ、陽彩ひいろさんが作ったんですか?」
「ましろちゃん、よくわかったね! 陽彩さんはパソコンが得意だから、売り物の本みたいに作ってくれたの~」

 気が付いた理由は、なんのことはない。
 この表紙の絵は去年、陽彩さんに頼まれて私が描いたものだったからだ。
 中学生の私に絵を頼むのも珍しいと思ったけど、オタクグッズをくれたので、頑張って描いた記憶がある。

「なんで雪だるまの絵なんすかね? これって六月の合宿の計画書っすよね」
恐羅漢山おそらかんざんにはスキー場があるから、スキー場をテーマに知り合いに描いてもらったって、陽彩先輩が言ってたなあ」
「……っていうか、すっげぇ上手い絵……。しっかりキャラになってるし、かなり可愛い……。ましろのほうがもっと上手いけどな!」
「えへへ……。私が描いたんだ……。さすがに一年前よりも上手くなってるから、同じって言われなくてよかったよ……」

 そう言いながらも、面と向かって褒められてしまったので、なんか恥ずかしい。
 すると、千景さんが私の顔をのぞき込んできた。

「じゃあ……、今回も」
「そうだね、お姉さんも同じ気持ち……かな」
「今年の表紙、お願いしても……いい?」

 千景さんは申し訳なさそうに小さな声で言った。
 計画書は大会の審査員や警察に提出するものだから、無難なイラストで問題ないだろう。
 自分の趣味や性癖を出さなくていいなら、そこまでハードルは高くない。
 自分の絵の力がこんなところで役に立つなら嬉しいと思い、私はうなづいた。

「は……はい。……私の絵でよければ」

 すると、美嶺が急に騒ぎ始めた。

「うぉぉ……、最高だ! すげぇ、ましろの絵がもらえるのか……」
「た、大会で提出するし、あんまりオタクくさくしないよ~」

 今回ばかりは美嶺の喜ぶ絵は描けそうにない。
 すると、ほたか先輩と千景さんが頬を染め始めてしまった。

「オタクくさくって……、もしかしてましろちゃん……」
「男の人……同士の?」
「あれ、先輩たちも知ってるんすか?」

 そうだ、そうだった。
 お二人にも私の絵を見られていたのだ。
 ほたか先輩の時なんて、ライブドローイングで私の性癖をふんだんにお披露目したぐらいだ。

「なんというか……アクシデントで見せちゃっただけだよ!」
「ましろ……。あれだけオタバレに気を付けるって言ってたくせに……」
「あぅぅ……。本当に秘密にしたかったんだよぉ~」

 やばい。
 これ以上に追及されると、頭が真っ白になって自分の性癖の暴露大会が始まってしまいそうだ。
 話題を変えようと、慌ててテーブルに視線を落とす。
 すると、修正ペンで項目が消されている表が目に留まった。

「そういえば、ほたか先輩……。それって、印刷された計画書を修正してるんですか……?」
「あ……これ? 去年の計画書をコピーして、今年の情報に合わせて更新しようと思ってるの」
「手書きで……ですか? パソコンで作られた表みたいなので、元のデータを修正して印刷したほうが早いのでは……?」
「えっとね。陽彩さんが残してくれた計画書の元データがディスクに入ってるらしいんだけど、お姉さんも千景ちゃんもパソコンを持ってないから、見れないの……」

 パソコンがない、という事実に驚いてしまった。
 うちの家族はそれぞれが専用のパソコンを持っているので、それが普通だと思っていた。
 特に私は絵を描くのに性能の高いマシンが必要なので、結構パワフルなデスクトップパソコンを持っている。

「見れますよ。私のパソコンは絵を描くのに使ってるのでプリンタもスキャナもありますし、オフィス系のソフトもそろってます。よかったら、私がデータを修正しましょうか?」
「いいの?」
「もちろんですよ~」

 すると、ほたか先輩の顔が急に華やいだ。

「じゃあ、今からましろちゃんの家に行ってもいいかな? 大会まで時間がないから、早く作っておきたいの!」
「え……! 今から一緒にですか?」
「うんっ!」

 早く出発したいのか、いそいそとテーブルの上に広げた資料を片付け始めている。
 こういう時にヤキモチを焼きはじめるのは美嶺だ。
 ほたか先輩が私の家に来ると言い出すと、美嶺はワナワナと震え始めた。

梓川あずさがわさんが……ましろの……家に?」
「あ、そうだ。美嶺ちゃんは千景ちゃんと一緒にトレーニングをお願いできる? 計画書はお姉さんとましろちゃんでできるから……」

 ほたか先輩は半ば強引に話を進めようとしている。
 ひょっとして、私の家にくる大義名分を手に入れたので、二人きりの時間を過ごしたいということだろうか?
 すると、千景さんはいつの間にか、どこかへ電話をかけていた。

「あ、苺先輩。……はい。お店、お願い……できるでしょうか? ……大会が、近いので。はい、ありがとう……です」

 苺先輩という人が誰か分からないけど、察するところ、伊吹アウトドアスポーツの店員さんの名前かもしれない。

「どうしたんですか?」
「ボクも、ましろさんの家に……行く。副部長だから」

 千景さんの前髪の隙間からのぞく左目がきらりと光った気がする。

「お……お姉さん一人でもなんとかなるかなぁって……」
「副部長だから」

 千景さんは一歩も譲らない。

「わ、私はもちろん、千景さんも大歓迎ですよ!」

 このままだと衝突しそうなので、必死に仲裁しようとした。
 だが、なんと今度は美嶺がズイッと迫って私の手を握る。

「じゃあ、アタシも行く」

 問答無用でイエスと答えるしかない雰囲気。

 自分の性癖バレを避けるために話題をそらしたのに、まさかこんなことになってしまうとは……。
 ――こうして、私の家に行くことが決定してしまったのだった。
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