バックパックガールズ ~孤独なオタク少女は学園一の美少女たちの心を癒し、登山部で甘々な百合ハーレムの姫となる~

宮城こはく

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第五章「百合の花を胸に秘め」

第七話「千景さん、危機一髪!」

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 千景さんの秘密を守るため、とっさに逃げ込んだ特別教室。
 これで安心だと思っていたのに、誰かが同じ教室に入ってきた。
 私たちはとっさに机の下に身を隠し、息をひそめ続ける。

 ここは何の教室なんだろう。
 机は複数人で使うためなのだろうか、やたらと大きい。
 私たちは机の下のわずかなくぼみに身を隠し、あたりを見回した。
 壁際にはパイプの丸椅子が積まれており、棚の上にはミシンが何台も置いてある。
 ここはどうやら家庭科室のようだった。

 教室に入ってきた誰かは照明を点けたあと、じっと動かない。
 私たちを探している様子もないので、元々この教室に用があったのかもしれない。
 いつまでも動いてくれないので、私たちも逃げることが出来なかった。

 するとその時、熱い吐息が私の頬に触れた。
 周囲を見回していた視線をとっさに近くに戻す。
 その時見えたのは、千景さんの豊かな胸のふくらみだった。
 無意識のうちに、千景さんを押し倒す格好で机の下に潜り込んでいたようだ。
 千景さんは私の顔が胸の近くにあり続けたせいで、恥ずかしさと緊張に襲われているようだ。
 私は私で、この状況に気が付いた途端に興奮しはじめてしまった。

(……ま、また、千景さんと密着?)

 ここまでの密着は、千景さんのお店の倉庫で押し倒したとき以来だろうか。
 似たような状況と言えば、ロッカーに二人で隠れたことも思い出す。
 千景さんからは柔らかないい匂いがただよい、ついつい胸に飛び込みたくなってしまう。
 その本能に必死にあらがい、私は自分の姿勢を保ち続けた。

 今の姿勢は腕立て伏せに近い。
 机の天板があるせいで腕を伸ばすことができないし、千景さんにのしかかるわけにもいかないので体を下ろせない。

(あぅぅ……。そこにいる誰かさん! 早くどっかに行ってぇぇ!)

 絶妙に辛い姿勢を保持しつつ頑張る。
 しかし筋力の弱い私に無理な姿勢が維持できるはずがない。
 腕がプルプルと振るえはじめ、あっけなく力尽きてしまった。
 とたんに顔面が千景さんのおっぱいの谷間にダイブする。
 体操服の布越しでも分かる柔らかさに、私は昇天しかけてしまった。

 しかし、私の触れ方がまずかったせいか、千景さんは「あん……」と声を上げてしまった。
 しかもウィッグが大きくズレて、千景さんの顔にかかってしまっている。

「誰だ?」

 聞き覚えのない女子の声だった。
 教室の中にいた誰かは私たちの存在に気付いたようで、足音が近づいてくる。
 これ以上はもう、どうしようもない。
 せめて私一人が隠れていたように見せかけようと、私はとっさに立ち上がった。

「す、すみません! えっと、なんでここにいたかって言うと……」

 隠れていたのは明らかに不審なので、適当な理由でごまかそうと思った。
 しかし、目の前の女子は私を知っているのか、あまり驚いてないように見える。

「あれ。君は確か、ぬいぐるみのモデルの……」
「あなたは……家庭部の先輩?」

 なんと、そこにいたのは手芸部門のエース・石鎚いしづちさんだった。
 ほたか先輩と握手していたので、私も顔を覚えている。
 ベリーショートの髪で、少年っぽい顔立ちの二年生だ。
 ほたか先輩の依頼でぬいぐるみを作ってくれた家庭部の職人でもある。

「そうか、梓川あずさがわは君も呼んでたんだね」

 そう言って、なぜだか勝手に納得している。
 よくわからないけど、この場をなんとかやり過ごすことが出来そうで、私は安堵した。


 ……安堵したのもつかの間。
 次の瞬間に机の下から「へくちんっ」という声が聞こえた。
 千景さんの、やけに可愛いクシャミだった。
 ウィッグが顔にかかっていたので、むずかゆくなってクシャミが出てしまったのかもしれない。

「ん? さっきの声は誰です? 君じゃなかったと思うけど……」
「え……えっと……」

 必死に言い訳を考えようとしたけど、とっさには何も思いつかない。
 これ以上はどうしようもない、絶体絶命のピンチだ。
 そのとき、ほたか先輩が勢いよく家庭科室に飛び込んできた。

「ごめんね! おっきなくしゃみが出ちゃった!」
「ほたか先輩!」

 私があっけに取られて驚いていると、石鎚さんは待ちくたびれたようにほたか先輩に視線を送り、歩み寄っていった。

「……待ってたよ。追加のぬいぐるみの依頼……でしたよね」
「う……うん、そうなのっ! 石鎚さん、引き受けてくれてありがとう!」
「……ああ、そっか。今回も彼女がモデルなんですね?」
「そうそう! ……えっと、本人に会ったほうが参考になるかなって思って、連れてきたの!」

 何やら二人で話し込んでいる。
 話の端々を聞くに、どうやら私をモデルにしたぬいぐるみをもう一つ作る相談のようだった。
 石鎚さんは私がここにいる理由に納得してくれたようで、私に向けてスマホのカメラを向けた。

「モデルの資料があるのは助かります。何枚か写真を撮ってもいいですか?」
「わ、私ですか? いいですけど……」

 そして言われるままに写真を撮られる。
 さらにほたか先輩は、手に持っていた紙の束を石鎚さんに渡した。

「それでね、これがユニフォームの資料なの!」
「わかりました。明日には出来上がりますので、チェックしてください。気になるところがあればさらに直すので」
「石鎚さんの作品に直しは必要ないよっ! 前回も一発オッケーだったもん」
「期待に応えられるものにします」

 石鎚さんは職人肌の人なのか、余計な雑談が一切なかった。
 ほたか先輩が資料一式を渡すと、そのままさっさと出て行ってしまう。
 まるで嵐のようなひと時が過ぎ、家庭科室には静寂が戻ってきたのだった。


「千景ちゃん。もう大丈夫だよ!」

 ほたか先輩は教室の中を見渡しながら呼びかける。
 すると、ウィッグがずれたままの千景さんが立ち上がった。
 どうやら、まだアジャスターに前髪が引っかかっているようで、取り外せないようだ。
 私は慌てて駆け寄り、アジャスターから髪の毛を外す。
 千景さんの前髪は目元を隠す大事な物のはずなので、傷つけずにとることが出来て、本当によかった。

「……千景さんが隠れてるの、なんでわかったんですか?」
「千景ちゃんの特徴的なくしゃみが聞こえたから……かなっ。……隠れてるのも、千景ちゃんの事情があると思ったの」

 さっきの「へくちんっ」というクシャミは、どうやら千景さんの特徴だったようだ。
 ほたか先輩はさすが友達同士ということもあり、千景さんのことをよく分かっているようだ。


 千景さんはいつもの髪型に戻ると、ほたか先輩に向き直った。

「ほたか、ありがとう……」
「千景ちゃん……なんでウィッグをつけてたの?」
「それは……その。……自由にヒカリになる、練習」
「無理しなくてもいいんだよ?」

 ほたか先輩はとても心配そうに眉をひそめている。
 しかし、千景さんの目は真剣そのものだった。

「もっと……ほたかの役に、立ちたい!」

 強い口調で言い切る千景さんは珍しい。
 ほたか先輩もそれは分かっているようで、しばらく悩んだ様子を見せた後、納得したように微笑んでくれた。

「うん、わかった。……お姉さんも応援するねっ!」

 その言葉を受けた千景さんは、とても嬉しそうに微笑む。
 なんだかんだあったけど、千景さんの笑顔が見れたのが、今日の大きな収穫だ。
 これからもウィッグをかぶってのトレーニングは続くと思うけど、千景さんが望む限り、私も応援しようと心に決めた。


 △ ▲ △ ▲ △


「そろそろ始業時間だよ! 二人とも、急いで着替えなくちゃ!」

 ほたか先輩の言葉で気が付くと、朝礼まであと十五分になっていた。
 体操服のままは変なので、早く部室に戻って着替えなきゃいけない。
 私が慌てて家庭科室を出ようとした時、千景さんの声が響いた。

「ところでほたか、ぬいぐるみって……何?」
「ど、どうしたの?」

 ほたか先輩は聞き返すが、笑顔がぎこちなくなっている。
 このとき、ぬいぐるみのことは誰にも秘密という約束だったことを私は思い出した。
 手芸のエース・石鎚さんも、まさかここに千景さんがいるとは思わなかったから、ぬいぐるみの話をしたのかもしれない。
 千景さんが知ってしまうとどうなるのか予想もつかず、私は千景さんの顔色をうかがうのが怖くなった。

「あぅぅ……。ぬいぐるみは、や、八重校のマスコットですよね?」
「……ましろさんがモデルと、言ってた」
「えっと、えっと……それは……」

 ほたか先輩はしどろもどろになっていて、もはや動揺を隠せていないようだ。
 しかし予想外というか、千景さんは不機嫌そうな気配はなく、ただひたすらキョトンとしていた。

「後輩のぬいぐるみを作ってもらう、気持ち……よく分からない。ボクは仕事のことばかりに夢中で、ぬいぐるみは……一つも持ってないので……」

 そして、自分の左胸あたりを指で触れる。

「今のほたかとましろさんを見ていると、なぜだか……胸がムズムズする。これは……何?」
「千景ちゃん……、もしかして……?」
「……? なんのことか、分からない。……けど、分析が必要」

 千景さんは自分の感情を不思議がっているようで、ほたか先輩と私を見つめ続けていた。
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