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第一章 暴走時代

第2話 海での釣果

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 何回かに一度は、海の上につながる時がある。

 大抵すぐにドアを開きなおすのだが。
 その日。俺は暇だった。

 リール付きの釣り竿に、重りだけを付け。落としてみた。

 この竿とリールを、最後に使った記憶は。
 父さんが、サバを釣りに使ったのが最後。200~300mの糸が巻いてあるはずだ。

 確か一色。25mくらい。次々と色が変わるので、それを数えれば、深さが分かるはずだ。

 一応、潮に流されにくいように、重りを選ぶ。
 小田原型と呼ばれる、先がとがった6角形の物。15号〈56.25g〉を付けてみた。

 ベールアームと呼ばれる。糸を巻き取るときには閉めるものを開いて、重りを海に投げ入れる。

 どんどん糸が出ていく。……ぼーっと、色を数える。……7、8、9。……やばい。もう少しで、糸が無くなる。
 最後は、スプールに結んであるから、そのまま無くなることは無いが。……糸が無くなり。止まった。

 巻いていたのは、数えた色から判断すると、11色と半分くらい。
 ただ。最初の色も、中途半端だから。270mくらいかな? 

 その長さで、底までとどかなかった。
 大陸棚でも、深いところは500~600mあるみたいだし。海の真ん中だと深いよな。
 
 顔を上げても、正面には、見る限り何も見えない。

 糸を巻き上げてから、玄関扉のフチにつかまり、くるっと玄関の裏を見る。

 変な表現だが、扉の反対側。
 現実なら、家の壁が見える方向を見てみたが、やはり何処まで行っても。海しかなさそうだ。

 家にはゴムボートもあるが、さすがに流されでもして。戻ってこれないと、大冒険になりそうだから。あきらめた。

 付けていたおもりを外す。
 一番下に、重り付きアンドンカゴを取り付け。針に薄い。白っぽい疑似餌が付いたサビキの5本針を取り付けた。
 撒き餌用のかごには、冷蔵庫にあった釜揚げちりめんじゃこを詰めて、投げ込んでみた。

 ただし、底が分からないから。100mくらいで止める。上に竿を大きくしゃくって、誘いをしてみる。……うーん。しばらく待ったが、何も反応がない。

 まあ、釣りじゃあよくある事。
 仕掛けを巻き上げる。餌を詰めなおして、今度はもう少し深め。150mくらいまで仕掛けを落として、同じように誘ってみる……。

 ……うん、こないな。

 仕掛けを巻き上げて、竿を脇にかたずけてる。
 玄関に腹ばいになり、そっと海面をのぞき込む。
 すると……向こう側。つまり水中からも、かわいい女の子がこっちをのぞき込んで。……いや、見上げていた。

 けっして、水面に映った俺が、かわいいと言っているわけではない。
 本当に女の子が居て。向こうも驚いているから、水死体でもないようだ。

 しばらく見つめあっていたが、手を振ってみると水面に上がって来た。

 とりあえず「こんにちは」と、声をかけてみた。

 少女も「こんにちは」と、返して来た。

 意思疎通は、できそうだ。
「あなたが、さっきの変なものを、落としていた人?」
「変な物ってこれ?」
 そう言って、サビキ仕掛けの竿を見せる。

「そう。お散歩をしていたの。すると、お空からそれがぶら下がってきたから。……気になって、追いかけて来たの」
 目のくりっとした、かわいい女の子は答える。

 水の中。人魚か?

「あなたは、ずっとお空の上にいて。苦しくないの?」
 と質問をしてきた。

「うん。逆にこの。……僕らは、水って呼んでいるけれど、この中だと、息ができなくて。苦しくなっちゃうんだよ」

 すると、彼女は。変な顔をして、困った感じになる。
「そうなの? 変わっているわね?」
 
「そうだ、僕はいくと。君は?」
「私はみう。西の都の、みうなの」
 西の都ということは、ほかにも都があると、いうことだよね。

「そうか。みう、よろしくね」
 挨拶だけを返す。

「本当に、中に入れないの?」
 ちょっと考える。
 浸かってちょっと潜るくらいは大丈夫だと思い、「そうなんだけれど……試してみるか」と、返事をして、試すことにした。

 玄関の外から、こっちを見ている人には。見えていないよなと、不安になりながら。服の中に入っているこまごましたものを、玄関先に放り出した。

 靴と靴下。それと、シャツを脱いで、水に入ってみた。……足が届かない。……怖い。
 まあ。横にみうもいるし、ちょっと潜って。
 息ができないか、試してみる。

 ……ええ。そうなんです。
 その時私は、死ぬかと思いました。
 ……人は、水中で、息ができません。
 本当なんです。と、誰かに訴えてしまった。

 少し水を飲み、咽こんだ。だが、再び挑戦。

 俺の横で、なんで咽こむの? と、言わんばかりの、不思議そうに俺をのぞき込むみう。

 体を沈めて、水の中で息をしないように潜り。目を開ける。

 居るのはいいけど。……服を着ていない。

 勝手に、人魚型だと思っていた俺が悪いが、人型でした。
 それを至近距離で見てしまい。
 驚いた俺は、壮絶に水を飲み。おぼれかけた……。

 玄関に這い上がり、何とか上半身を乗せて、むせていた。

 すると、俺の膝に摑まって、みうが、玄関から顔をのぞかせる。
「息ができなかったの?不思議ね。それに、足にこんな布をつけて。重くないの?」
 純真な少女は、聞いて来る。きっと、みう達の種族は、全員服なんか着ていないのだろう。

「ひゅーひゅー。ゲホゲホ。これは、ズボンというものなんだ。みう達は着ていないんだね」
「うん。やっぱり邪魔そうだし。何でできているのかわからないけど、すぐダメになりそう」
 水中だからね。そうだよね。

 現実問題。玄関へ這い上がるのにも、水を吸ったズボンは重い。

「ああ。そうだね、僕も脱ぐよ」
 実際脱いでみると、この解放感。
 帰ってきて、家族に見られると。
 大丈夫かっていう顔で、きっと見られるだろうけど。気持ちいのは正義だ。

 再び、水の中に浸かり。話を聞く。

 足元深く。水深500mくらいに、みうたちの町が在る事。
 そこで、家族と暮らしているとか、少し話をした。

 しかし、普段運動をしていないこの体は、そんなに長くは、水の中に居られない。
 立ち泳ぎの限界を迎えて、プルプル震える足で、何とか玄関に這い上がろうとしたが。力が。……やばい。

 ドアは、少し水面より、高い所に開いている。
 ……玄関に、這い上がれない。

 蹴ろうにも、足は水の中。
 手だけで、玄関の枠に手をかけて。あがいていたが、上がれない。

 そのとき。みうが、水中で足を押し上げてくれた。
 助かった。
 何とか、必死で上半身を、玄関土間まで持ち上げ、仰向けに寝転がる。

 あー。死ぬかと思った……。

 足元から、みうの声が聞こえる。
「足に水かきがないから、疲れるのよ。変わった種族ね」
 そんなことを言いながら、俺の足を触っている。

「くすぐったいよ」
 俺が言うが。触りながら、上に上がって来るのが分かる。
 胸が、さわさわと、足にあたるのが分かる。

 そっと頭を起こし、足元を見ようとする。
 すると、すぐ正面。俺の胸の上にまで、上がって来ていた。
 ぶつかるような感じで、みうとキスした……。
 
 キスは良いけど。
 いやよくないけど。なんで、こっち側に上がってきているんだ。

 普通。こっち側の人間が、向こうに行けないように、向こう側の人間もこっちに来れないはずだ。 

 それは、試したことがあるから。分かっている。
 俺はそのことで、頭がパニックを起こしていた。

 途中で、みうが何か言っていて、「いいか」というので、「いいよ」と返事をしたが。なんだか、気持ちがいい感覚が、伝わって来た。

 頭はパニックだが、体はみうに反応したみたいで、俺の物が立ち上がったので、使っていいかの問いに。いいよと返事をしたようだ。

 それでまあ、みうを抱っこしたまま。
 せっかくだし、見せっこする。

 手足にに水かき。背中には背びれがあった。
 みうは、玄関先を見回し、やはり不思議そうな顔をする。
「変わったものがいっぱいある。ここは、地面がお空の上に出たところなのね」
 とまあ、よくわからない事を言っているが。みうの中での、常識と照らし合わせているのだろう。何か納得しているようだ。

 みうの所でも、2~3日移動したところに。土地が空の上に出ているところがあるようだ。

 みうの言うお空は海の水で。空気のある部分はすべて、お空の上なのかもしれない。
 抱っこしていると、泳いで火照った体に、みうの低い体温がきもちいい。

 しばらくして、満足したのか「それじゃあね」と言って、みうは帰っていった。

 海から玄関に完全に上がり、気持ちのいい倦怠感に浸っていると、玄関のドアが開いた。

 母さんと目が合い。
「あんた玄関で何しているの? それになんで裸。……なんでずぶぬれ? 川にでも落ちたの?」
 質問の嵐。だが、昔から説明しても、信じてもらえないことは分かっている。

 せっかくの、余韻が……。
「ああ。まあそんなところかな。気にしないで、風呂に入るよ」
 服と釣竿をもって、玄関から。はだかのままで、風呂場に向かった。

 まあ。どう客観的に見ても、おかしいのは俺の方だろう。

 今日の言い訳は、釣りに行って川にはまった。
 濡れた服が、気持ちが悪いので、玄関先で服を脱いだ。それでいいだろう。
 ただ。濡れていた水が海水で、釣りの仕掛けも海用だが。

 その釣果? が原因で、謎が一つ増えてしまった。
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