神の使徒は闇を走り、道化師は戯れる。ー 異世界、世直し道中記 ー

久遠 れんり

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漁師。ダナ

第66話 それは突然に

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「帰ってこなかったわね」
「一体どこの女がカグラに?」
 テーブルに着き、顔を突き合わせて話し込んでいるヴァイオレットとディアナ。二人には、思い当たる女が多すぎて絞れなかった。

 だけど、どの娘も二人のことには気を使い、抜け駆けをするようには思えなかった。

 そんな二人のところに、出かけたはずのダナが帰って来た。
「ねえ、船が無いんだけれど、カグラさん帰って来ていないの?」
 彼女にとって船が無いというのは、商売そして生きがいに直結をしてしまう。
 旦那であるファンが持っていた普通の小舟は、波が来るだけで安定せず危なかった。まだ結婚する前、ボートの上で二人。少しドキドキして良いムードにはなったが、実は怖かった。吊り橋効果という物だろう。

 だけど、あの双胴船は怖くなかった。

 それにあの爽快な速度。
 一般の民はこの世界で体験できない速度。それは彼女を魅了した。
 常人には見えないマークに向かって突っ込み、船底を蹴りながらターンをする。
 その瞬間、内側になる船底は海中へわずかに没する。

 そう彼女は、双胴船という安定した船を、モンキーターンでコントロールしていた。キラキラと輝く水面、ヒュゴーという、独特な魔導具の唸り。
 すべてが快感だった。

 その大事な船が帰ってこない。
 彼女は、膝をついてしまう。

 その彼女に、デルデンは伝える。
「ダナ、あの船はカグラさんのだから」
「そんな事!! 知っているけれど、あれが無いと…… 私生きていけない体になってしまったのよぉ」
 そう言って、表へ駆けだしてしまう。

 デルデンは知っていた。
 あの船は、あくまでもカグラの試作船だということを。
 そう、港近くの掘っ立て小屋、そこに本気の魚船が在ることを。

 カグラが、現時点で造ることができる集大成。
 双胴船から進化をして、水中翼も備えたトリマラン三胴船タイプ。
 彼女の欲している旋回性は消えてしまっているだろうが、双胴船でバンクさせて曲がる彼女だから、あえてそうなったと言っても良い。
 
 双胴だと、船底形状がモノハル単胴に比べて安定をしているが、引っくり返っても戻ってこない。
 そのため、新造船ではキャビンや倉庫を中央に配置。
 双翼を伸ばした形状で甲板を広く取った。
 後部甲板の中央はスラントさせて、先端は海中にまで伸ばせる設計。
 ほぼ船体と同じ長さである、体長十六メートルのモササウルスが釣れても、半分引き上げることで引きずって帰るという対応が出来る。
 この世界の海に、あれが居るのかは知らないが……

 それに水中攻撃装備と、空中への自動近接攻撃魔導具を装備。
 弾は、魔法で生成して、周辺から魔素がなくなるまで自動で攻撃をする。
 だが海中の魔素濃度が、実験から意外と濃いことを知っている。

 船体は、少し周囲の漁民装備からすると、非常識な全長二十メートル、横幅は少し小さい十七メートル。
 両翼には冷蔵装置を持った倉庫を完備。
 無論、水槽にもできる。
 ちなみに、周囲の漁師は五メートルくらいの木造船を、艪を使って漕いでいる。
 もう少し大きい物は、少し沖に出るために帆を持っているが、小舟だ。

 そう、この船を使うために、港の一部だけ浚渫しゅんせつも行ったカグラだった。
 そうそれを、デルデンは専用の船として貰っていた。
 来るべき、マグロ釣りのために。

 カグラが欲していたのは、刺身という特殊な料理と、ツナ缶とか言うスペシャルな料理で、彼が言うにはどちらも至高の一品だと言っていた。

 『あれがあれば、料理の世界は革新を得る事になる。パンにご飯、そしてマヨネーズとツナ缶で、そこから生まれる料理は百を超える。最高だろう?』
 そう言って、彼は嬉しそうに語っていた。

「しかし、カグラはどこへ行ったんだ?」

 
 船で出航する前、カグラは夜を駆けていた。
 店に現れた二つの勢力。
 屋敷に忍び込むと、彼等はうだうだと言っていたが、店を奪い取るつもりだということは分かった。
 それを聞いた以上、黙ってはおけない。

 こそこそと、忍び込む。屋敷へと入れば、執事達に案内をさせながら、必要書類や金品を奪っていく。
 すると出てくる悪事。
「これは…… 人類のために、粛正せねばならない」

 彼は順に上位の者達が住まう屋敷へと走る。悪代官ジャイアノ=オーレンダ男爵家の金庫を空にして、その次へ向かう。
 領主である、アクジーノ=フィクウサ伯爵家、そして上位貴族であるツーゴウーノ=イーボース侯爵家。
 イーボース侯爵家では、彼がフィクウサ伯爵の傀儡であることが分かり、ため込んだ金品は貰ったが、フィクウサ伯爵に良いように使われていると説明と証拠を積んでおく。

 無論カグラは、その上位である王家にも連絡をする。
 証拠を添えて、こそっと。無論少々の味付けも施した一品だ。

 そう奴らの悪事はまるっと報告をされて、すべての金品は取り上げた。

 騒動の後、新領主となったオレガノ=ハーブ侯爵は、隣の領とともにこの地を治めることとなったようだ。
 前から、評判のよかった彼のこと、貧乏だったこの地も豊かになるであろう。


 それは良いが、よくないのはカグラが帰って来ることがなく、それに関わる関係者達。

「一体どうなっているの? もう三日も帰ってこない」
「どうされたのでしょう? あの人が命の危険ということは考えられませんが」
「そんな。カグラだって生きているんだし、どうにかなれば怪我くらい…… するかもよ?」
 あれーという顔で考えるが、他の女といちゃつく以外の不安が、全く想像できない。

「でも、眠っていたらオオムカデに囓られていて、ビックリしたとか言ってませんでした?」
「言っていた」
 彼女達は、カグラをどう心配して良いのか悩む事になった。
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