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第3章
25.ブレーキ外して
しおりを挟むスマホの画面には、向日葵や、オレンジのガーベラ、白バラ、かすみ草といった花が組み合わされた花が花瓶に活けられた画像が写っている。
食事中の風景らしい。
テーブルの奥には、男性が写っている。
その顔は、分からないように首のところで切れている。
「見覚えあるでしょ?今年の夏…俺が龍我を刺してから3年経った日に理斗がSNSに上げた投稿だよ。花束と龍我の写真…コメントには、3年経っても変わらない龍我への思いと、未来への希望、それから…刺した加害者…俺への未だ許せないという思いが書かれている」
遥可は無言で将大を見つめる。
将大は画面を下にスクロールする。
「遥可もコメントしているね。龍我と理斗の絆の強さへの尊敬の念と、これからも友達でいて欲しいという願い、それから…やっぱり加害者はずっと許せないって気持ちが書かれているね」
将大はスマホを自分の手元に戻して、遥可を見つめる。
「俺と初めて会ったとき、遥可は俺への憎しみをはっきり出してた。その憎しみは今はどこいったの?」
遥可の反応がないのを見て、将大は続ける。
「今でも憎しみはなくなってなんかないでしょ?大切な友達である龍我を傷つけて後遺症を残した、さらにその恋人である理斗にまで心に傷を残した加害者のことは、何年経っても許すことはできない。そうでしょ?」
将大は遥可を見る。
「俺だって遥可ならそう思うよ。さっきお兄ちゃんに秘書の浦上さんを許して欲しい、って言われたとき…確信したよ。許すことって簡単じゃない、って」
遥可は冷たい目で将大を見つめている。
「俺は遥可に許してもらおうなんて思ってない。やったことはサイテーで弁解の余地ない。俺は一生罪を背負っていかないといけない。それで良い。ただ…」
急に声に切なさが混じる。
「確認したいんだ。遥可が昨日俺を抱いたのには…少しでも俺を好きっていう気持ちがあったの?」
遥可の目が少し動く。
将大は唇を噛み締めて、少し考えてから話す。
「俺は身の程知らずだから…遥可に恋人のように抱かれたい、って願ってた。実際、抱かれて、心の底から嬉しくて…今朝、遥可の恋人やセフレの話を聞いて、俺もセフレくらいにならなれるかな、って期待してしまっていた…」
将大はアハっと恥ずかしそうに笑う。
「でも、普通、友達を傷つけた奴のことなんて好きにならないよね?遥可は俺を助けなきゃ、って思ったから抱いたんじゃないの?抱かないと俺がダメになりそうだったから…どう?遥可の本当の気持ちを教えて?」
将大は遥可を見つめて返事を待つ。
少し間があいて、怖い顔で聞いていた遥可がフッと笑顔を見せる。
「将大はすごいね。そんなまっすぐな目でそんなこと聞いて…俺のことすごく好きって、顔に書いてあるよ」
「え…」
将大の顔が赤くなる。
「将大みたいな人、俺は初めてだよ…そりゃ俺は金持ちの子どもだし、頭も容姿もそれなりだから、俺に好意を持ってやってくる人はいっぱいいるよ?でも、ここまで…俺を心の底から求めてくる人はいなかったよ?」
遥可は微笑む。
「将大が言うように…将大を助けようと思って将大を抱いたのが本当だったら、どんなに良かっただろう、って思うよ」
将大は目を見開く。
遥可の唇が震える。
「でも、そうじゃないんだよね。もう、ハマっちゃったんだよ、将大に。最初にZで将大と会ったとき…傷だらけで、クスリで無理やり発情させられてて…哀れな奴だと思った。それが…俺が指を入れたとき本当に気持ち良さそうで…卑屈さとか全くなく…まっすぐに悦んでいて…何なんだろう、この人は?って思ったよ。」
遥可は震えを止めようと笑顔を作る。
「この人はどんなことに悦びを感じて、どんな顔で絶頂を迎えるんだろう?って興味を持った…その時点でもうハマってた。俺は最初から将大のことが好きになってた。それはセフレとは全然違うし、恵麻に対する思いとも全く違った…生まれて初めて感じた愛しさだったよ」
遥可の告白に、将大は絶句する。
「でも、俺が将大のこと好きになるなんてありえないこと。俺の親だって絶対に認めない…いくら無理やりだったとはいえ体を売っていた男、しかも前科者と付き合うなんて許さない。それに、龍我や理斗にも軽蔑されて、絶交されると思った。俺自身の中でも、友達を刺した男を好きになるなんてありえない、ってブレーキかけてた」
遥可の顔が歪んでいく。
「ずっと好きだという気持ちを隠して…将大をZから連れ出したときも、スパイダーマンになるため、とか格好良い理由つけて誤魔化して…自分で自分を騙して…昨日だって、将大の方から求めてきたからって、恋人のつもりだからって、自分の心にブレーキかけながら将大を抱いて…これで後ぐされなく離れられる、と思って…それが綺麗な別れ方だと思ってた…」
遥可は耐えきれずに一瞬俯いて、また顔を上げる。
一筋の涙が光る。
隠すように髪をかきあげる。
「でも、将大はそんなこと許さなかったね?将大は、まっすぐな目で俺の気持ちを確認してきた。綺麗に別れられそうと思ってた俺の汚さがハッキリ分かって恥ずかしくなるよ」
「そんなことない。遥可は汚くないよ」
将大は涙ぐんで遥可を見つめる。
遥可は膝に乗せていたナプキンで顔を拭う。
充血した目で将大を見つめ、ナプキンを手に握りしめて言う。
「もう俺は誤魔化したくない。たとえ正しくなくても、俺は将大の気持ちに応えたい。将大の綺麗な目に恥じない男でいたい。だから…」
突然、遥可はものすごい速さで目の前にあった仔豚のローストを食べ始める。
ナイフとフォーク捌きはそれでも完璧で、優雅さすら感じさせる。
驚いて見ている将大に言う。
「ほら、将大も早く食べろよ。最後の夜だから…早く帰ってお前を抱きたい」
「…うん!」
将大も嬉しそうに笑って頷き、慌てて食べ始める。
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