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懸命なる自己弁護 (二)
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静との出会いを語る前に、貴方(或は貴女)に、一つ伝えておかねばならない事がある。
それは、私には静の他に、愛すべき女性が正しくいたという事だ。その女性は、真に純白な心の持ち主であったと思う。愚かなる私のすべてを、心から信じていてくれたのである。静と出会う四年前に私と彼女とは出会った。長らく愛を語り合い、互いの愛を信じ、未来永劫の関係を誓い合っていた。私は、今なお彼女を愛している。そして、彼女も私を愛してくれているに違いない。
静との間で生じた事件が私を苦しめて止まないのは、ひとえに彼女の存在の為であっただろう。彼女が存在しなければ、私などの苦しむ事は無く、静もまた、決して私にとって魔性の女になり得なかっただろう。私は、静との事件を彼女にそのまま打ち明ける勇気を持たない。また、打ち明ける必要も無いと考えている。彼女の、湧き水の様に清らかな涙は、私の手前勝手な傲慢さの為に流れるべきではない。何より、私がこの事件を白状する事に拠って、彼女の純白なる心が損なわれてしまうのであれば、それこそ償う事のできない罪になってしまう。
これらの話を聞いて、人々は酷く私を罵るかもしれない。私は、四方から聞こえる罵倒の声と、懸命に反論しようとする私のか細い声とを、時折頭の中に思い浮かべる。犯した罪に対する自己弁護を頭の内で繰り広げる度に、私はいつもこの様な妄想を繰り返すのだ。
貴方(或は貴女)「色欲狂いの卑怯者、意気地なし!お前など、地獄に堕ちてしまうが好い。」
私「ああ、きっとそうであるべきだ。しかし、これは果たして真に悪であるだろうか?」
貴方(或は貴女)「悪に決まっている!お前は、人の心を弄ぶ悪魔だ。」
私「私は悪魔などにはなれないさ。悪魔は常に、美しいものと決まっているのだから。」
貴方(或は貴女)「彼女に全てを話せ、せめて懺悔をしたまえ。そうすれば救われる罪もあるだろう。」
私「『そうすべきではない』と、先程、結論付けたではないか。」
貴方(或は貴女)「お前は、空虚な男だ。色欲に酔いどれ、今に死んでしまえ!」
私「そうできたなら、如何に幸せだろうよ。」
………その様にして、一通り対話を続ける。そして、その対話が途切れた時、不意に、私の脳裏にある一場面が表出するのである。それもいつもの事であった。私はこれからその一場面を何とか書き出してみるが、心に毒だと思うのならば、次の段を飛ばすと好い。
ーーー
私は、ある一室にいる。中央にはベッドが二つ並べて置かれていた。天蓋付きの豪勢なベッドには、静が全裸の股を開いて、淫らに私を誘惑している。もう一方の、何処にでもある様に簡素なベッドでは、私の愛すべき女性が、下唇を噛み締めるようにして正座に座っている。私の奥底からぎいぎい声の悪鬼のような声が聞こえる、―さあ、どちらか一つを選びたまえ。
愚鈍なる私は此処で酷く優柔不断に狼狽える。その二択は既に私の中では公平な天秤には掛けられていなかった。つまりは、唯悩まされるのは所謂良心の呵責のみである。愛すべき女性は、おどおどと静の裸体を見る。自分以上に張りのある大きな乳房、程よく肉付いた下半身。丁寧に陰毛の剃られた股座。短くも洒落の利いた髪型。完璧に持ち合わせた自信から滲む余裕を浮かべた微笑み。静は、にやりと笑って冷淡な視線を彼女に送る。彼女は、震える手で静かに衣服を脱ぎ始める。遂に全裸になってしまった時、大粒の涙を流し始めた。
その一部始終を見て、私は…。私は、長く悩み抜いた末に、愛すべき女性の元へ歩み寄るだろう。しかし、大きな、あまりに大きな未練を抱えながらである事は間違いない。私は、静の美しき裸を思い浮かべながら、彼女を抱き締める事になるのである。そして、呟かれる静の言葉を聞くのだ。それは、悪魔のように淫靡な響きを持って、私の脳裏を直接を揺さぶってくる。
「つまらない男ね。」
冷笑に似た声色に脳内を席巻され、彼女の体に静の体を思い写して、私は恍惚としたEcstasyに至るのだ。
ーー
この妄想は、人々の気分を酷く害するだろう。罵詈雑言と共に冷やかな視線が私に集まる事だろう。しかし、その、嫌悪感を抱く事に関しては、私にしても同じなのである。
しかし…しかしである。貴方、或は貴女が、もしも私であったならば? この一室に居て、愛する人を目前にしながら、比べようもない程に美しい悪魔の誘惑を受けたならば? きっと悪魔のあまりの美しさに、今まで見つめる事のなかった愛する人の醜さを見つけてしまうに違いない。高く整った悪魔の美しい鼻に、低く潰れたあの人の丸鼻を。はっきりとした悪魔の二重まぶたに、腫れぼったいあの人の一重まぶたを。それでもその時、誰もが当然の様に振る舞いながら愛すべき人を強く抱き締めるだろう。紳士淑女の皮を懸命に被らんとするだろう。先程の私と同じ様に。
しかし、果たしてその選択の後に一切の未練も残らぬと言い切れるだろうか。美しき悪魔を思いながら、愛していたはずの誰かを抱いてしまう夜が、これから絶対に来ないと言い切れるだろうか。その異様なる空間にあって、自らの正義を誇れる者がどれだけ居るだろうか。もし、想像力に欠いた馬鹿者の外に、「私は一切の迷いもなく愛する人を抱き締める」などと言いきれる者が居たのなら、私は唯々その心の清らかさに驚嘆し賛美するばかりである。
しかし、その様に十全たる紳士淑女など、この世界にごく少数存在するのみに過ぎない。彼等は、この現代において最も危機的な絶滅危惧種であるだろう。現代社会を生きる男共は、大概、女神などより悪魔を深く愛するものではあるまいか………。女についても凡そ同じ事であろう。
「静」と名の付く悪魔に手招かれた私は、その様にして自分を正当化しようとしているのだ。
このように強弁を振るう私を憎むだろうか。勿論、虫けらが如き私など憎まれるべき弱者に違いない。
「わからぬ」
「理解出来ぬ」
「彼は気が違っているに違いない」
そうか、一向にそれで構わぬから。私が私を懸命に自己弁護する事を、この期に及んで自己防衛に走る阿呆さ加減を、この限りなき卑怯を、………どうか許してくれはしまいだろうか。
それは、私には静の他に、愛すべき女性が正しくいたという事だ。その女性は、真に純白な心の持ち主であったと思う。愚かなる私のすべてを、心から信じていてくれたのである。静と出会う四年前に私と彼女とは出会った。長らく愛を語り合い、互いの愛を信じ、未来永劫の関係を誓い合っていた。私は、今なお彼女を愛している。そして、彼女も私を愛してくれているに違いない。
静との間で生じた事件が私を苦しめて止まないのは、ひとえに彼女の存在の為であっただろう。彼女が存在しなければ、私などの苦しむ事は無く、静もまた、決して私にとって魔性の女になり得なかっただろう。私は、静との事件を彼女にそのまま打ち明ける勇気を持たない。また、打ち明ける必要も無いと考えている。彼女の、湧き水の様に清らかな涙は、私の手前勝手な傲慢さの為に流れるべきではない。何より、私がこの事件を白状する事に拠って、彼女の純白なる心が損なわれてしまうのであれば、それこそ償う事のできない罪になってしまう。
これらの話を聞いて、人々は酷く私を罵るかもしれない。私は、四方から聞こえる罵倒の声と、懸命に反論しようとする私のか細い声とを、時折頭の中に思い浮かべる。犯した罪に対する自己弁護を頭の内で繰り広げる度に、私はいつもこの様な妄想を繰り返すのだ。
貴方(或は貴女)「色欲狂いの卑怯者、意気地なし!お前など、地獄に堕ちてしまうが好い。」
私「ああ、きっとそうであるべきだ。しかし、これは果たして真に悪であるだろうか?」
貴方(或は貴女)「悪に決まっている!お前は、人の心を弄ぶ悪魔だ。」
私「私は悪魔などにはなれないさ。悪魔は常に、美しいものと決まっているのだから。」
貴方(或は貴女)「彼女に全てを話せ、せめて懺悔をしたまえ。そうすれば救われる罪もあるだろう。」
私「『そうすべきではない』と、先程、結論付けたではないか。」
貴方(或は貴女)「お前は、空虚な男だ。色欲に酔いどれ、今に死んでしまえ!」
私「そうできたなら、如何に幸せだろうよ。」
………その様にして、一通り対話を続ける。そして、その対話が途切れた時、不意に、私の脳裏にある一場面が表出するのである。それもいつもの事であった。私はこれからその一場面を何とか書き出してみるが、心に毒だと思うのならば、次の段を飛ばすと好い。
ーーー
私は、ある一室にいる。中央にはベッドが二つ並べて置かれていた。天蓋付きの豪勢なベッドには、静が全裸の股を開いて、淫らに私を誘惑している。もう一方の、何処にでもある様に簡素なベッドでは、私の愛すべき女性が、下唇を噛み締めるようにして正座に座っている。私の奥底からぎいぎい声の悪鬼のような声が聞こえる、―さあ、どちらか一つを選びたまえ。
愚鈍なる私は此処で酷く優柔不断に狼狽える。その二択は既に私の中では公平な天秤には掛けられていなかった。つまりは、唯悩まされるのは所謂良心の呵責のみである。愛すべき女性は、おどおどと静の裸体を見る。自分以上に張りのある大きな乳房、程よく肉付いた下半身。丁寧に陰毛の剃られた股座。短くも洒落の利いた髪型。完璧に持ち合わせた自信から滲む余裕を浮かべた微笑み。静は、にやりと笑って冷淡な視線を彼女に送る。彼女は、震える手で静かに衣服を脱ぎ始める。遂に全裸になってしまった時、大粒の涙を流し始めた。
その一部始終を見て、私は…。私は、長く悩み抜いた末に、愛すべき女性の元へ歩み寄るだろう。しかし、大きな、あまりに大きな未練を抱えながらである事は間違いない。私は、静の美しき裸を思い浮かべながら、彼女を抱き締める事になるのである。そして、呟かれる静の言葉を聞くのだ。それは、悪魔のように淫靡な響きを持って、私の脳裏を直接を揺さぶってくる。
「つまらない男ね。」
冷笑に似た声色に脳内を席巻され、彼女の体に静の体を思い写して、私は恍惚としたEcstasyに至るのだ。
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この妄想は、人々の気分を酷く害するだろう。罵詈雑言と共に冷やかな視線が私に集まる事だろう。しかし、その、嫌悪感を抱く事に関しては、私にしても同じなのである。
しかし…しかしである。貴方、或は貴女が、もしも私であったならば? この一室に居て、愛する人を目前にしながら、比べようもない程に美しい悪魔の誘惑を受けたならば? きっと悪魔のあまりの美しさに、今まで見つめる事のなかった愛する人の醜さを見つけてしまうに違いない。高く整った悪魔の美しい鼻に、低く潰れたあの人の丸鼻を。はっきりとした悪魔の二重まぶたに、腫れぼったいあの人の一重まぶたを。それでもその時、誰もが当然の様に振る舞いながら愛すべき人を強く抱き締めるだろう。紳士淑女の皮を懸命に被らんとするだろう。先程の私と同じ様に。
しかし、果たしてその選択の後に一切の未練も残らぬと言い切れるだろうか。美しき悪魔を思いながら、愛していたはずの誰かを抱いてしまう夜が、これから絶対に来ないと言い切れるだろうか。その異様なる空間にあって、自らの正義を誇れる者がどれだけ居るだろうか。もし、想像力に欠いた馬鹿者の外に、「私は一切の迷いもなく愛する人を抱き締める」などと言いきれる者が居たのなら、私は唯々その心の清らかさに驚嘆し賛美するばかりである。
しかし、その様に十全たる紳士淑女など、この世界にごく少数存在するのみに過ぎない。彼等は、この現代において最も危機的な絶滅危惧種であるだろう。現代社会を生きる男共は、大概、女神などより悪魔を深く愛するものではあるまいか………。女についても凡そ同じ事であろう。
「静」と名の付く悪魔に手招かれた私は、その様にして自分を正当化しようとしているのだ。
このように強弁を振るう私を憎むだろうか。勿論、虫けらが如き私など憎まれるべき弱者に違いない。
「わからぬ」
「理解出来ぬ」
「彼は気が違っているに違いない」
そうか、一向にそれで構わぬから。私が私を懸命に自己弁護する事を、この期に及んで自己防衛に走る阿呆さ加減を、この限りなき卑怯を、………どうか許してくれはしまいだろうか。
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